偽活断層(活断層と見間違い易い地質現象)

横井技術士事務所
技術士(応用理学) 横井和夫

 日本で活断層研究が始まったのは1960年代。主に地形屋の世界が始まりで、その主武器となったのが空中写真(当時は航空写真と呼んでいた)。ある時、ある研究者が空中写真を見て、ここにリニアメントがあるからそれを活断層と思いこみ、現地に行くと高圧線だったという笑い話を聴いたことがある。筆者はさすがに高圧線をリニアメントや、まして活断層と見間違うようなことはしていなかったが、世間では結構それに類した失敗がよくあったようだ。例えば、地すべりの頂部滑落崖を活断層とするなど。
 立川断層での東大地震研の間違いは、我々としてはただのシロート早とちりのお笑いとしか見えないが、他にもシロートなら活断層と間違えやすい現象は多々ある。その幾つかを紹介してみましょう。皆さんこういうシロートにならないように注意しましょう。


【構造物の破損】
 筆者が活断層の調査を始めたのは今から40年ほど前、日本の活断層調査の初期段階である。当時活断層には地震断層とクリープ断層の2種類がある、と誰かから教わった。前者は地震の震源断層になったり、地震に伴って変位を生じる断層、後者は地震とは無関係にズルズルと動く断層である。後者は多分にアメリカのサンアンドレアス地震をイメージしたものだろう。
 当時活断層調査法の一つとして、既存構造物の変状・破損状況の分布・連続性の追跡が有力視されていた。例えば、鉄道レールの曲がりとか、擁壁の前傾などである。これは活断層をクリープ断層として捉える発想から来ているのだろう。当時ある先輩から六甲山地の断層はクリープ断層の可能性が高い、などと吹き込まれたものでそういうものか、と思っていたら、1995年兵庫県南部地震でそんなことはないということが判った。日本にはクリープ断層というものは存在していない。世界的に見てもそうだと言えるものは極めて少ない。それも地震の後のアフタースリップをそう勘違いしている可能性もある。つまり日本で断層が構造物に損傷を与えるのは地震だけと云える。
 ある地域で構造物に被害を生じるだけの地震が発生する間隔は、せいぜい数10年〜100数10年。それに比べれば構造物が入れ替わる周期は遙かに短い。従って、構造物に発生している損傷は、地震・活断層とは無関係なのである。しばしば世間には、構造物変状の原因を断層特に活断層に求める見方は今だに多い。しかしこれは全て間違いである。
 構造物が変状を起こす原因は非常に種類が多いが、大きくは構造上の問題、基礎構造の問題、基礎地盤の問題、背面の応力不均衡の問題に分けられる。それらを逐一説明するのはとても面倒なので、皆さんで考えて下さい。ここで一つ指摘しておきたいのは、擁壁や石垣などで偶角部には必ずクラックが入るということです。これには幾つかの説明が出来ますが、筆者は次のような説明を考えています。
 偶角部ではない一般部での擁壁背面応力状態は次式で表されます。
       σm=(σ1+σ2+σ3)/3
       又、背面土の剪断強度τはC=0として
       τ=σmtanφ
       ここで   σ2、σ3;平均主応力
              σ1、σ2、σ3;それぞれ最大・中間・最小主応力
              σ2=σ3 とすると
              σm=(σ1+2σ3)/3
 では偶角部ではどうなるかというと、下図のようにABOCを結ぶくさび状の土塊が擁壁に作用する事になります。

図-1

 ここでは主応力σ2及びσ3がそれぞれ半分になるので
                σm=(σ1+σ3)/3
 偶角部の土の剪断強度が小さくなるので、偶角部壁体に作用する力は一般部に比べ大きくなる。この結果、両者に発生する応力に不均衡が生じ、その境界部クラックが発生する。ウソだと思ったら、実際の擁壁や石垣、壁を見てみればよく判ります。これを避けるためには、偶角部断面を一般部より大きくすることが考えられる。ところが、何でも一律一遍道の我が国設計基準ではそのような細かいことは無視されるので、上記のような壁体クラックは今後も増え続けます。従って、その度に活断層が増え続けることになるのです。
 無論これとは違って、偶角部でもクラックが発生していない構造物もあります。それは中世の城郭です。中世の日本の城では、偶角部に隅石と言って、他の部分とは異なる大きい石を用います。これによって、偶角への応力集中を防いでいるのです。ヨーロッパでは角には円筒形の砦を構築しています。これによって、偶角部への応力集中を防いでいるのです。
 他にも構造物に亀裂損傷を与える原因は沢山あります。その理由の多くは周辺応力の不均衡です。だから、こういう現象を見たらいきなり原因を「活断層」に持っていくのではなく、周辺の応力状態をよく吟味することが肝要です。何故こういう誤解が生じるかというと、活断層に直接タッチするのが、土質基礎工学や構造力学に疎い地形屋とか地質屋だからです。関電大飯原発のやりとりを見ていると、当にその感がします。

【ボーリングコアの剪断亀裂】
 今から45年以上前の新入社員の頃、神戸市西部の神戸層群での宅地造成の地質調査を担当することになった。そもそも筆者は神戸層群など三回生の実習でちらと見ただけで、どういう性質のものかも知らないし、まして神戸層群のボーリングなど見たこともなかった。それどころか、会社自身も神戸層群の本格ボーリングなど未経験の時代だったのである。しかしコアの判定は私の仕事だからボーリングコアは全て見る。すると多くのコアで図-2の左のように、コア軸に対し約30゜の角度で綺麗に剪断面が入っていることが観察された。しかもその面を見ると顕かな断層擦痕(スリッケンサイド)が入っている。ぴかぴかに光っているのである。この割れ目は新しく入ったものに違いない。果たしてこれは第四紀の新しい地殻変動に対応するものか?又、ある現場では掘進速度が遅く、オペレーターも岩盤は固いと云っていたが、いざコアチューブを引き上げると、中には何にも入っていなかったりする。これらは全て泥岩の中で起こっており、凝灰岩や砂岩ではそんなことはなかった。その後色々試行を繰り返した結果、次のような結論に達した。そもそも神戸層群の泥岩は軟らかい。ストレートビットではチップとクラウンとの間隔は1o位しかないので、少しスラストを加えただけで・・・極端にはロッド荷重だけで・・・チップが地山に食い込んでしまう(図-3左)。そこに泥水を加えると、泥水は外に逃げられなくなるから、コアバレル先端に過大な水圧が掛かることになる。この水圧によってコアは一軸圧縮状態になり破壊する。要するにコアバレルの中で一軸圧縮試験を行っているのである。その結果画に描いた様な剪断亀裂が発生する。これを避けるには、コアバレル先端の水圧を下げることが必要である。そこで図-3右のようにクラウンに切り込みを入れ、先端を心持ち広げて(こんなことは現場で簡単に出来る)水圧を逃がすようにした。そうすると、問題解決で不思議な剪断亀裂も発生せず、コア採取率は常に100%となったのである。
 問題はボーリング現場を知らない大学研究者とか、新米エンジニア、所謂ソファサムライがコアに入った剪断面を見て、「これは活断層だあー!」と騒ぐことである。

図ー2 図-3
  

【人工地盤の勘違い】

 これの典型が立川断層での東大地震研のチョンボ。はっきり云って、当事者がものを見ていないのである。ただ見るだけではダメで、そこには観察眼というか、推理力が必要なのである。立川断層に関しては、如何に東大地震研の推理力が劣化しているか、の典型である。
 さてここで紹介するのは、地盤が如何にして形成されるか?そのプロセスを如何に推理するかの例です。これは結構難しい。

これは高槻市JR高槻北部再開発の一環工事。偶々隣の歩道橋を通りがかると、写真の様な露頭が現れました。真ん中に黄色い地層、両脇に灰色の地層。一体これは何でしょう?
上の写真のアップです。中央の黄色い地層は砂礫層。見かけは河川成の砂礫。ほぼ水平に成層しています。高槻の平野部は淀川氾濫原にあり、そこでは自然堤防や後背湿地といった河川成堆積物の存在が予想される。この砂礫層はそういうものの一部でしょうか?
 さてこの辺りは高槻市中心部の沖積平野で、淀川とはかなり距離があります。と言うことは、この地域にこんな河川成の砂礫層が堆積するはずがない。
 一方この砂礫層の両脇に灰色の地層があります。これはなんでしょう?この直ぐ北には「有馬高槻構造線」が奔っているからその所為でしょうか?これが本当に活断層なら、この砂礫層だってその影響を受け、多少は変形しても不思議ではない。しかしそのカケラもない。

これはアングルを変えて撮ったショットです。中央に直方体が二つ並んでいますが、これは免震ダンパーの養生。右の直方体の右下に黒い泥層がありますが、これがホンモノの沖積土。その上に灰色の雑多な粒径の地層が重なっています。
 この地層は何でしょう?この土地は元々ユアサの本社工場で、再開発に当たって、汚染土除去をやった。地表面の下に見られる地層は全て、その時に持ち込まれた置換土です。
 上の写真の黄色い砂礫層もその内の一つ。両脇の灰色層は、のり面安定対策のモルタル吹きつけに過ぎません。
(13/05/05)