滋賀県某テールアルメ崩壊事故7(2ndRnd)

 さて、四月になると高裁照会状への各社の回答が出そろいました。こういうのは放っておいても良いのですが、D社のみが”準備書面”という形式を採っています。書面である以上、こちらとしても反論せざるを得ない。何故なら、放っておくと、相手の言い分をこちらが認めていると、受け取られかねないからです。攻撃は最大の防御なり。早速、反撃に移ります。しかし、反撃の体制を整えなくてはならない。そのネタはないかと思っていると、相手が教えてくれていました。一つはテールアルメの計測データ、もう一つは工事写真です。これらは、我々が、その存在も知らなかった資料です。そこで、早速、Aの担当者に電話してみました。担当者は、この訴訟が始まってから、A社に中途入社で入った人物だから、詳しいことはよく判らない。しかし、1時間ほどすると、「あった、あった、ごっそりあった」という返事。早速それを送ってもらいました。
 1)工事写真は地すべり発生直後から、対策工完成までの記録写真で、これによって、T.A.の崩壊がどの位置から始まったかがよく判りました。
 2)計測データはT.A.コーナー部での標高変化を記録したもの。最近流行のハイテクデータではなく、当時の所長の鉛筆書きのメモがいかにも生々しく、返って証拠価値が高い。

 以下は、上記のデータも利用した、D社準備書面への反論書です。そして、この後、D社の方針が大きく転換します。


      (株)B鉄工所テールアルメ崩壊事故原因について
・・・・・(株)D準備書面(5)に関する検討

      平成14年5月27日 技術士(応用理学部門)  横井和夫



1、はじめに
 今回、当方の要請に応じて、被控訴人Dよりテールアルメ変状状況について、具体的な資料の提供が行われた。まず、この点について感謝の意を表します。又、控訴人Aからも、これまで社内に埋もれていた資料の提供があった。
 本資料は、これまでの証拠資料に新たに得られた資料を合わせて、改めて本崩壊事故のメカニズムを再検討した結果をまとめたものである。

2、検討の要点
 被控訴人Dによるこれまでの主張をとりまとめると次のようになる。
 1)テールアルメ基礎の砕石置き換えを怠っていた。
 2)阪神大震災で、盛土のみならず、基礎地盤にもクラックを生じた(その後剪断変形又は剪断変形に伴うクラックと言いかえる。いずれにせよ何らかの損傷である。これは言葉は違っ  ていても性質は同じようなものなので、ここでは簡単のために「剪断変形」とする)。
  その証拠として
   @テールアルメ西壁に入った縦クラック(丁15−1)
   Aテールアルメ隅角部の目地開き(丁16−1)
   Bテールアルメの垂直変位
  を挙げている。
 3)剪断変形の結果、盛土及び基礎地盤内に「すべり面」を生じた。
 4)その後の断続的降雨により「すべり面」に水が浸透し、間隙水圧を上昇させ、土の剪断強度を低下させた。
 5)被控訴人Dは単なる材料販売者であり、テールアルメの設計や施工監理には何ら責任を負わない。
 以上の主張から、次の諸点が論点として絞られる。
   (1)垂直変位とはどういうものか、それがテールアルメ崩壊とどう結びつくのか。
   (2)テールアルメ壁体に入ったクラックとはどういうものか、それとテールアルメ崩壊とどう結びつくのか。
   (3)剪断変形と間隙水圧の上昇とはどう結びつくのか。
   (4)砕石置き換えをしておれば、剪断変形や垂直変位は防げ、結果として崩壊を防ぎ得たと云えるのか。
   (5)被控訴人Dは単純な販売業者と云えるか。
 以下、これらについて鑑定意見を述べる。

3、垂直変位とはどういうものか、それがテールアルメ崩壊とどう結びつくのか。
(鑑定意見)
 垂直変位とはテールアルメコーナー部での地盤沈下量と見られる。阪神大震災発生以前を含め、崩壊までに3回の沈下が生じている。内、崩壊と直接関連のあると考えられるものは5月中旬及び6月中旬のものである。何れも降雨と連動しており地すべり変動の性格が強い。
(鑑定理由)
 構造物は荷重が作用すると必ず変位する。変位は力の作用方向に発生する。ただし、力の作用方向は正確には判らないし測定することも出来ない。このため、変位を垂直方向と水平方向に分離して測定することが一般である。構造物のある一点を固定し、その位置での、計画高からの垂直方向の変位が「垂直変位」である。どういう場所を選ぶかは任意であるが、本件の場合、コーナー部のテールアルメ天盤と解釈するのが常識であろう。
 又、テールアルメ外壁は剛体であるため、力が加わっても収縮量は極僅かである。数10pオーダーの変位量の場合、変位量の大部分は地盤沈下量と見られる。もし、測定点が外壁内の盛土の中であれば、テールアルメ立ち上がり後、測定開始までの初期垂直変位量のかなりの部分が、盛土の収縮量になるため、それまでの値は殆ど意味を持たない。
 被控訴人Dは準備書面(5)でコーナー部の垂直変位として次の値を示している。
  平成7年1月27日  崩壊箇所に於いて、計画高から196o沈下 
  平成7年5月26日  同箇所に於いて、計画高から400o沈下
  平成7年6月29日  同箇所に於いて、計画高から540o沈下
  *計画高;設計において、その位置で設定された標高 
 このデータの表現には次の2点で問題がある。
 @崩壊箇所
  計測を開始した平成7年1月27日ではどの位置で崩壊するか判る訳はない(第一、崩壊するかどうかも不明の時点である)。一般常識ではコーナー部に於ける計測値である(図−1参照)。
 A沈下量
  上の表現では、地震でいきなり196o沈下したような印象を与えてしまう。後で述べるようにコーナー部は岩着していない可能性が高い。この場合、壁高14m以上に及ぶ垂直壁が施工後1年も全く沈下していない訳がない。地震以前に196oの相当部分が、既に沈下してしまっていた可能性がある。むしろ、この垂直変位を地震時のみで発生したとすると、基  礎が岩着していなかったという被控訴人Dの主張と矛盾する。
   従って、垂直変位の検討に於いて、1/25のデータを含めることは適切ではない。控訴人Aにより、1/25より崩壊までの天盤沈下量が計測されている(甲66−2)。図−2は、観測が開始された1/25の天盤高TP312.410mを基準として、これからの累積沈下量を降雨データと合わせて表示したものである。これを基に垂直変位の経過を眺めて見る。
 (1)先ず、地震で20p近く沈下したとすると、地盤は既に破壊されていると考えるべきである(被控訴人の主張に従えば、地盤にもクラックが入っていた)。この場合、沈下は継続して進行するのが当然である。しかしながら、観測開始後、5月中旬まで全く沈下していない。1/25から2/6の間に約2.3pの沈下があるが、これはその後(+)に転じたりしているので、単純な計測誤差と考えられる。
 (2)5月及び6月中旬にそれぞれ20p、14p近くの沈下が生じている。これらの沈下発生はそれぞれ5/12集中豪雨、6/13〜14降雨に連動している。沈下発生後では2週間以上にわたって沈下が継続する傾向がある。
   このように降雨と密接に関連する地盤変動は、地すべり変動に特に典型的に見られる現象である。
 (3)ところで、この間の3/16及び3/30にそれぞれ64o53oの降雨があった。一日の降雨量としては小さくは無い。もし、地盤に何らかの損傷が入っておれば、この降雨により多少の変位が生じても良いはずである。それが全く無いのはどういう訳か、当鑑定人には理解出来ない。納得出来る説明が頂きたい。最も判りやすい説明は、地震では地盤には安全性に関わるような損傷はなく、少なくとも5/12豪雨までは、地盤は十分な支持力を維持していたということである。従って、準備書面(5)p6〜7「当該テールアルメ基礎部分で置き換え処理がなされていないため地耐力不足が強く推察される」という推測の根拠はない。

以上から今回見られた垂直変位の性格は次のように纏められる
@垂直変位が阪神大震災で突如発生したかどうかにはかなり疑わしい部分がある。
A顕著な垂直変位は5/12集中豪雨及び6/13〜14降雨に連動している。
B降雨及び沈下のパターンは本垂直変位は地すべり変動によるものを強く示唆している。

4、テールアルメ壁体に入ったクラックとはどういうものか、それとテールアルメ崩壊とどう結びつくのか。
(鑑定意見)

 被控訴人Dが主張する、阪神大震災後に生じたとされる2箇所の損傷箇所については、本崩壊に直接関連するものとは考えられない。崩壊は、むしろ平成7年5月中旬以降に発生した変状に伴って発生している。
(鑑定理由)
 被控訴人Dの主張で具体的事実と認定されるものは
   @テールアルメ西壁に入った縦クラック
   Aテールアルメ隅角部の目地開き
   Bテールアルメの垂直変位
であり、他は全てこれに基づく推測である。又、これらの現象はテールアルメ壁に発生しているので、是非、壁体の状況を詳細に検討する必要がある。
4−1)テールアルメ壁の検討
1)形状
 被控訴人D作成による詳細設計図(丙19、丙20)を各壁位置に投影した(図−3、図−4)。但し、西壁での設計図は、当初のテールアルメ計画位置を基準に作成されているが、実際は約3.5m山側にシフトしているので、実施位置にスライドさせてある。設計形状と完成形状とは一致しないことはあるが、本件テールアルメは既製品を使用しているため、多少の施工誤差が発生する事はあっても、完成形状が設計形状と大幅に異なることはない。この点は、被控訴人Dも施工監理を通じて確認しているはずである。
 西壁形状の特徴として、基礎面が全体として山側に向かって傾斜しており、且つ図中(ロ)点を境に勾配が変化していることが挙げられる。
2)地盤線及び推定岩盤線
(西壁)
 図−3に、西壁に沿う断面を甲60−1 図9−1に基づいて作成した、地盤線及び推定岩盤線を併記した。ここで、図中(ロ)の位置から右側の部分は、復旧時ボーリングデータの根拠があるが、左側についてはボーリングデータがないため、右側の推定岩盤線と地盤面の勾配を勘案して推定した。但し、推定岩盤線の勾配は、被控訴人に有利になるように低めに設定してある。これによると、d点より谷側が岩着していなかった可能性がある。
 なお、図−3には被控訴人Cの方法による推定岩盤線の位置も併記してある。
(北壁)
図−4は西壁と同様の手順で作成した北壁沿いの地盤線・推定岩盤線である。但し、岩盤線は復旧時ボーリングに於ける柱状図での岩盤(砂岩又は泥岩)出現位置を示すが、図の左側ではこれを風化岩と軟岩の2層に区分している(ボーリングNO5で岩盤の上部約2mがN値25〜30程度に低下しているため)。これによると、テールアルメ壁の右側では基礎は岩着していない可能性が高い。
3)変状発生箇所
(西壁)
  阪神大震災以降崩壊まで撮影された写真を詳細に検討すると、a〜fの6箇所の変状箇所が確認された(図−3)。それぞれの発生経緯は表−1に示した通りである。
 ここで、a、bはそれぞれコーナー部から21m、18mにある。被控訴人Dが地震直後に発生したと主張する縦クラックとはこれに該当するものであろう。cは5/12集中豪雨後に発生した僅かな目開き、dは7/5以降に生じたテールアルメ崩壊部の端部である。c、dは地震後の調査でも記録されていない。なお、5/12集中豪雨後に頂部コンクリートに一部屈曲が見られる(丁11−2)。位置から見てこれはdに相当するものと思われる。e、fは地震後コーナー部に発生したとされる目開きである。
(北壁)
  コーナー部より28mの位置にクラックgのみが確認されている。但し、これは7/4以降に確認されたものである。
4−2)変状と崩壊との関連の検討
 以前の変状分布図は基準点が明確ではなかったが、今回新たに入手出来た各証拠に基づいて構造物及び地盤の変状分布を再整理した(図−5)。ここで、甲60−1図9−2の引っ張り亀裂(イ)を(ヘ)の位置にに変更した。
 これまでの証拠から、地震直後に発生した損傷としては、@a〜b、Ae〜fの2箇所が挙げられる。先ずこれに付いて検討する。
(1)a〜b
 これは地震直後に確認された非常に顕著なクラックである。その後も主要降雨毎に拡大しているので最も本崩壊に関連付けさせられ易い。被控訴人D他はこれを以てテールアルメ崩壊の第一原因とし、その根拠として、テールアルメ壁が岩着していなかった点を挙げている。この点は本訴訟に於いて極めて重要な点なので、特に綿密な検討を要する。
 @図−3よりa〜b 区間は岩着している可能性がある。
 A崩壊後の写真(丁15−4、)よりa〜b 区間に該当する2列の壁は崩壊後も自立している。基礎が岩着していなければ、前面が完全に崩壊しているにも拘わらず、自立しているとは考えられない。
 この結果、a〜b 区間は岩着している可能性が極めて高いと考えられる。つまり、被控訴人D他の、これまでの主張が根拠を失うのである。
(2)e〜f
 地震発生後生じた損傷としてa〜b 区間と並んで被控訴人D等が挙げる証拠である。しかし、これが本崩壊にとって何ら関係は無いことは次の2枚の写真で明かである。〇丁16−1は地震直後(1/27)のe〜f部分の状況である。コーナー部の梁と1列目のスキンに目地開きが見られる。
〇丁16−3は崩壊後(7/6)の状況である。e〜f部分の状況は地震直後の状況と全く変わらない。もし、この部分も損傷を受け構造上の弱点になっていたとすれば、崩壊時に破損がもっと進んで良い筈である。そうなっていないのは、この部分の構造的安定性が十分保たれていた証拠である。
(3)c、d、g
 この3箇所は何れも地震直後の被控訴人Dの調査では記録されていない。つまり、地震では発生しなかったと考えられる。発生時期c、dが5/12集中豪雨後、gは確認時期から見て、6/13〜14降雨後と見るのが妥当であろう。
 図−3、図−4と対比して発生位置の特徴を検討する。   
 @c点
  図−3から、この位置は岩着していた可能性が高い。位置的には(1)形状で述べた、テールアルメ壁の高さが変化する(ロ)点に相当する。崩壊時にこの部分がどうなっていたかは記録がないため不明であるが、周囲と一体になって崩壊しているため崩壊には直接の関係はないものと思われる。
 Ad点
  図−3によれば、これのテールアルメ基礎への延長は岩盤と崩積土との境界にほぼ相当する。テールアルメの内、本地点より谷側の部分(d〜f)が一体となって滑落している(7/6 丁16−3)。従って、本地点が主滑落崖になったと考えられる。d点からb点の間の土砂も崩壊し流出している。しかし、これはd〜f間が滑落すれば前面の抵抗が無くなるので当然である。一方、b点が主滑落崖ではないかという見方も出来る。もし、b点を主滑落崖とすれば、むしろその下のb〜f区間が一体となって滑落するはずなので実態とは矛盾する。
  7月5日撮影の甲59−2では写真右端に引っ張り亀裂が見られる(図−5の(ヘ)に相当)。これをテールアルメに延長するとほぼ図−3のd点に一致する。なお、これとテールアルメとの交差部付近は流出土砂で覆われている。従って、これは7/5以前に発生していたことになる。
 Bg点
   本地点では基礎は見かけ上岩着しているように見える。しかし、これは地質学的な堆積層と基盤の鮎川層群との境界である。近接しているボーリングNO−5のデータでは岩盤の上部約2mは著しく風化した風化岩(N値20〜30)である。この点を考慮すると基礎位置は風化岩と軟岩(N値50以上)の境界部に相当する。又、丁17−2を見るとg点から下方に浅い沢(ガリー)が入っていることが判る。図−6は復旧工事の記録写真から復元した復旧時切土斜面の地質図である。ガリーの直下で斜面下の地質が岩盤から崩積土へ急変している。従って、g点でも地質が岩盤から崩積土へ急変している可能性もある。いずれにせよ、g 点は地山の地質が安定な岩盤から不安定な風化岩又は崩積土への変化点であると考えられる。
 以上の点から壁体変状と崩壊との関係をとりまとめると次のようになる。
(1)被控訴人Dの主張通り、@基礎が岩着していなかった、A地震により剪断変形が生じ基礎が不同沈下を生じた、Bそこが弱点となって地下水が浸透し、盛土及び地盤のすべりを生じた、ということが事実であれば、先ず地震による不同沈下は岩盤と崩積土の境界付近を中心に生じる筈である。従って、テールアルメ壁の損傷は、西壁ではd点、北壁ではg点付近に集中して発生するのが当然であろう。
(2)しかしながら、これまでの検討で明かなように岩盤と崩積土の境界部に当たるd、g点では地震直後には何ら損傷を生じていない(被控訴人等はこれらの地点には何ら注目していないからである)。
(3)実際にこれらの地点に損傷が見られるようになったのは、d点では早くて5/12集中豪雨以後、g点では7/4である。つまり、地震では基礎の不同沈下に結びつくような、構造物や地盤の変状を示す証拠は認められない。3、で述べた垂直変位の経過から見ても、地盤は5/12集中豪雨までは、安定していたと見られるのである。
では、地震後の変状はどうして発生したのか。e、fは崩壊には全く関係がないので、a、bのみを採り上げる。この区間は岩着していた可能性が高い。又、コンクリートスキン断面やストリップ密度にも極端な変化がある区間ではない。唯一変わっているという点は、壁高がこの付近で大きく変化する、という点のみである。控訴人Aによる高裁照会状への回答の中で、地震時応答変位が異なる理由の一つに壁高の変化を挙げている(甲65 p8)。つまり、テールアルメ壁に地震荷重が作用したとき、a、b 区間の周辺で変位が異なり、盛土内に変位が発生する(これを剪断変形と呼ぶならそれでも構わない)。それを吸収する過程で壁体にズレを生じた、ということである。この現象は地震力が水平方向のみでも生じ得るので、敢えて大きな鉛直力を考えなくて済む。つまり、震源域から遠く離れ、大きな鉛直力の発生が考え難い場所や、震度4程度の地震でも起こり得るから、全体の現象の説明としては大きな矛盾はない。

5、剪断変形と間隙水圧の上昇とはどう結びつくのか。
(鑑定意見)

 間隙水圧の上昇は剪断変形やそれに伴うクラックが無くても、一定の土質・地質条件を満たせば発生する。当該斜面はその条件を満たしている。
(鑑定理由)
 被控訴人Dはこの関係を次のように関連付けている。
(1)崩壊箇所の下にある弱い層の付近で剪断変形とテールアルメの部分的な垂直変位が生じた。
(2)その結果、盛土や下部地盤中にすべり面を形成しうる層が生じた。
(3)そこに雨水や地下水が浸透しやすくなり
(4)地下水が滞留して間隙水圧が上昇し、剪断強度が低下した。
 実を云うと、当鑑定人はこの下りをいくら読んでも意味を理解出来なかった。その理由は、非現実的で理論の裏付けの無い、自分勝手な理屈で構成されているからである。今でも理解出来ているとはいえないが、取り敢えずこれらの妥当性について吟味する。
(1)「崩壊箇所の下にある弱い層の付近で剪断変形とテールアルメの部分的な垂直変位が生じた」。 
 これは垂直変位が地震時のみに発生したという点に疑わしい面があるが、一応地震時でもある程度発生したということにしておこう。
(2)「盛土や下部地盤中にすべり面を形成し得る層が生じた」
 一般に既存の地層の中に、新しい地層が形成されるのは次のようなケースである。
 @二次的に強い力が加わって、粒子が破砕されたり熱で溶融したりして別の物質に変化する場合。
   これの代表的なものには地震による断層岩が挙げられるが、何処でも出来る訳ではない。一般には震源近くの強大な圧力が作用する処(大体地下数q以深)で、且つ震源断層の極く近傍に限られる。
 A化学的、生物学的作用により、特定の物質が地層の中に濃集される場合。
   これの代表的なものには各種鉱床の形成がある。又、最近社会的問題になっている地層汚染もこのタイプである。この種の二次地層の形成は短期的には生じない。人工生産力が加わっても数10年、自然現象では数万年以上を要する。
 被控訴人Dは垂直変位で「すべり面を形成し得る層」を作ると云っている。この場合は元々あった粒子が、垂直変位をもたらすような圧力によって粒子破砕が生じたことになる。しかしながら震源から遠く離れ、震度4程度の場所で盛土荷重程度の圧力により粒子が破砕されることはない。
 地層というものはどのような薄いものでもそれが形成される過程には一定の法則・条件がある。自分勝手に作ってはならない。
(3)「そこに雨水や地下水が浸透しやすくなり」
 仮に垂直変位をもたらすような粒子破砕が生じたとすると、それによって形成される地層は、細粒で粘土質のものになるはずである。つまり、透水性は更に低下する。むしろ、雨水や地下水は浸透し難くなると考えるのが普通であろう。
 すべり面となるような地層は出来なくても、剪断力の作用により土の状態が変化する現象はある。これには次の2ケースが考えられる。
   @ダイレタンシー
   A剪断破壊に伴う割れ目の形成
 @ダイレタンシー
   ダイレタンシーについては、本鑑定書(甲60−1 p18)に説明してあるので詳細は省略する。下部地盤の土質が砂や砂礫であれば、ダイレタンシーは(+)だから体積は膨張し、透水性が大きくなって雨水・地下水が浸透しやすくなるのは判る。しかし、復旧時ボーリングでは、テールアルメ基礎地盤は粘性土主体になっている(丁7−4)。この場合はダイレタンシーは(−)になり体積は収縮する。地盤の透水性は返って低下する。従って、この考えでも何故雨水・地下水が浸透しやすくなるのか理解出来ない。なお、ダイレタンシーという現象は破壊直前に起こることが普通である。もしこれが生じたとすると、変位は途中で収束することなく、テールアルメはそのまま倒壊するのではないかとも思われる。そうすると地震後テールアルメが自立し、且つその後の垂直変位の累積が全く無いというのも疑問である。
 A剪断破壊に伴う割れ目の形成
   剪断変形が進行し、主剪断すべり面を形成すると、その周囲にリーデルシアーと呼ばれる、二次剪断割れ目系が発生する事がある。我が国の活断層の多くはこのような剪断すべり面で、その周囲にこれに斜交する副断層を伴う。これがリーデルシアーである。地下深部で地山が硬い岩盤の場合、この中にしばしば地下水を豊富に賦存する事がある。何故なら、岩盤の場合、一旦ブロック状に割れると、割れ目の状態は応力が元に戻っても元に戻れない。だから一旦開いた割れ目がそのまま残り、そこに地下水が流入するからである。
 一方、本件テールアルメの下部地盤は弱い(軟らかい)粘性土だから、剪断時に一旦割れ目が出来ても、割れ目の状態は応力が元に戻れば、 直ぐに元の状態に戻ってしまう(垂直荷重による圧密が進行する)。つまり、一旦出来た割れ目が閉じてしまうのである。即ち、剪断の前後で地盤の透水性は変化しない。又、一旦主剪断すべり面が形成されると、元の状態には戻れなくなる。テールアルメはそのまま倒壊するか、前に滑り出してしまうだろう。

 これもダイレタンシーの場合と同様、地震後テールアルメが自立し、且つその後の垂直変位の累積が全く無いというのが疑問である。
 なお、ダイレタンシーもリーデルシアーも垂直変位で生じるのではない。飽くまで剪断過程で生じるのである。即ち、被控訴人Dが主張する(1)の命題は意味を持たない。
(4)「地下水が滞留して間隙水圧が上昇し、剪断強度が低下した。」
 以上、地盤の状態が変化するケースを幾つか仮定して雨水・地下水が浸透しやすくなるメカニズムがあるかどうかを検討してみた。地震後のテールアルメの状態と見比べると、可能性のあるケースは極めて少ないという結果である。
 雨水や地下水が浸透しやすくなるということは言い換えれば排出もされやすくなることである。従って、地下水が滞留することもなければ間隙水圧が上昇する事もない。
 つまり、前提となる命題(2)とそれ以下の(3)(4)とはそもそも矛盾する。以下、被控人Dの主張が矛盾に満ちているかを論証する。
 テールアルメ崩壊機構に関するこれまでの被控訴人Dの主張の中で、「水」に関する論点を要約すると次のようになる。
  @阪神大震災で生じたクラックに雨水が継続的に浸透し、下部地盤の剪断強度を低下させた・・・・・・・「(株)B鉄工所滋賀工場造成工事に伴う変状並びに復旧」 報告書 平成8年1月(甲第25号証)
  Aクラックに継続的に雨水が浸透し、細粒分を流失し粒子間結合力が低下して剪断強度が低下した・・・・・「B鉄工所滋賀工場テールアルメ崩壊事故に関する事故原因の検討 平成13年11月(丁第13号証)
  B盛土及び下部地盤の中に「すべり面」のような層を形成し、そこに雨水・地下水が浸透し、間隙水圧を上昇させ剪断強度の低下を生じた・・準備書面(5)
 この場合の間隙水圧とは「すべり面」周辺という特定の部位への雨水・地下水浸透を前提としているから、全体の自由地下水面上昇による間隙水圧上昇ではなく、地盤内の特定部位での被圧水圧の上昇ということになる。つまり、間隙水圧という言葉は被圧水圧と読み替えた方が判りやすい。

(T自由水面による間隙水圧)
 不透水層がない場合。
水圧は地下水面から地下のある点までの高低差に
水の密度を乗じた値で表される。
 地下水位が変化すれば水圧も変化する。
 これの発生にはクラックの必要なし。
(U被圧水圧による間隙水圧)
 不透水層がある場合。
間隙水圧は不透水層の上下で異なる。下側の水圧
が被圧水圧として不透水層に作用する。被控訴人D
の主張はほぼこれに準ずる。
 これもクラックの必要性無し。

 間隙(被圧)水圧の発生という概念は@Aには現れていない。被控訴人Dはこの後に続けて「横井氏もこの見解に異論はないであろう」といかにも被控訴人Dの独自見解のように述べているが、元々、降雨→間隙水圧上昇→剪断強度低下という機構は、当鑑定人の主張していた処である(甲63 p4、甲60−2)。
 先ず、@Aの現象は水の自由浸透(クラックや空隙の中を水が自由に動き回れる状態)を前提にしており間隙(被圧)水圧の増大という概念は当てはまらない(上図Tに相当)。間隙(被圧)水圧が増大するということは、水の動きが拘束されている(非排水状態)処に水が供給されるか、水で飽和している地盤に圧力が加わる場合に起こる現象である(上図Uに相当)。Bは「すべり面」のような部分への地下水の集中を考えているからUの状態になる。つまり、@AとBとは全く機構が異なるのである。
 なお、Aで主張していた「細粒分の流出」という概念はBでは消えてしまっている。何処へ行ってしまったのか。消した以上、被控訴人DはUの状態を想定していると見なし得る。

このような混乱を生じたのは、被控訴人Dが剪断強度定数と剪断強度を、混同して用いていたためと思われる。土の剪断強度は有効応力法では次式で表される。
                       τ=C´+(σ−u)tanφ´
                            τ   ;土の剪断強度
                            C´ ;粘着力
                            σ ;垂直全応力
                            u ;間隙水圧
                            φ´ ;内部摩擦角 
 ここで C´φ´が剪断強度定数である。例えば水で飽和していない部分に水が浸透してくる場合や、粒子の流失で土の密度が変化した場合は、剪断強度定数が変化するので剪断強度も変化する。@Aはこの状態を意味する。一方、C´φ´を不変の定数とし、間隙水圧uのみが変化するとしても剪断強度は変化する。この考え方に基づく安定解析法を「有効応力法」という。Bはこの状態を意味する。被控訴人Dは本崩壊の原因を、ある時は剪断強度定数の変化で説明しようとし、ある時は間隙水圧の変化で説明しようとしている。首尾が一貫しない。 当鑑定人は鑑定安定解析(甲60−2)に於いて有効応力法を用いている。必然的に崩壊機構を降雨→間隙水圧上昇→剪断強度低下というメカニズムで表現しているのである。

 崩壊の経緯(これは垂直変位の経緯とも連動している)を見ると、降雨が大きく関係しており、地下水浸透に伴う間隙水圧の上昇と剪断強度の低下が主因となっているのはあきらかである。
 そもそも、降雨による間隙(被圧)水圧上昇→剪断強度低下という機構が生じるためには、剪断変形やそれに伴うクラックの発生のような、二次的な現象を必要としない。地盤内に被圧水圧を発生させられるような不透水層が存在し、雨水・地下水が集まりやすい地質構造を持っておれば十分なのである。仮にクラックが発生したとしても、水はそこからだけ流入するわけではない。雨は何もテールアルメ区間だけに降るのではなく、周辺の広い範囲にも一斉に降る。本件の場合、工場造成により、斜面背後の流出係数や流域面積が大幅に変わってしまったという点をもっと考慮に入れなければならない(甲第60−1 p14)。この結果、地下水条件も大幅に変化してしまった。当然、テールアルメ周辺の地下にはテールアルメ背面だけではなく周辺からの降雨が浸透してくる。そこに不透水層と地下水が集まりやすい地質構造があれば、クラックの有無に係わらず地下水は流入し、間隙(被圧)水圧の上昇は発生する。当該斜面がそもそも地すべり斜面であり、斜面を構成する崩積土の土質が不透水性の粘性土が主体(上図Uの不透水層が元々あった)で、地下地形から地下水が集まり易い条件にあった(甲第60−1 p20)ことを認めれば自明なのである。
 被控訴人Dの主張は余りにもテールアルメ基礎という局部にこだわるため、論理的に無理が多くなり、次の諸点に難点があり、説得力に乏しいと云わざるを得ない。もっと、斜面全体の土質・地質構造に目を向けるべきである。
 @「すべり面」を造れるような層の形成メカニズム。地震エネルギーとの整合性。
 A雨水・地下水浸透のメカニズム。「すべり面」を造れるような層の土質的な意味との整合性。特に地盤の透水性の変化について。
 A間隙水圧発生のメカニズム。特にここで云う間隙水圧とは何か。@A及び斜面全体の変状との整合性。
上記3点についての明確な説明が無いため、被控訴人Dの主張は意味不明になっている。

6、砕石置き換えをしておれば、剪断変形や垂直変位は防げ、結果として崩壊を防ぎ得た」と云えるのか。
(鑑定意見)

 剪断変形や垂直変位は本件崩壊事故の本質的原因ではない。従って、砕石置き換えでは崩壊が防ぎ得ない。
(鑑定理由)
 被控訴人Dは準備書面(5)に於いて、剪断変形発生から間隙水圧上昇機構の説明に続けて(1)「仮に弱い層が取り除かれ、置き換え処理がなされた上でテールアルメが施工されていれば地震の揺れによる当該部分の剪断変形やテールアルメの垂直変位を防ぎ得た可能性がある(照会事項4−2の回答)」。
 これは、当然ながら剪断変形や垂直変位がなければ崩壊は防げた、という意味であろう。
 この件は3)、4)で検討したとおり、地震でこのようなものが発生したと認めるに足る明確な証拠は見いだせない。仮に砕石置き換えをしたところで、地震時剪断力や大きな垂直荷重が加われば砕石にも剪断変形や垂直変位は発生する。これは力学的に当然なのである。土に比べその量を小さく出来るだけの話である。
準備書面(5)に於いて「Dは、最終的に地すべり崩壊が生じたことを否定したものではなく、・・・・・すべり破壊が生じる前段階として、地震後の垂直変位が崩壊を誘発する一つのきっかけを作った可能性を否定出来ないと考えている(p8)」と述べている。
 結論的には砕石置き換えさえしておけば地すべりは防げたという意味であろう。
 しかし、今回生じた地すべりは南北方向約50〜60m、東西方向約40〜45mに及ぶ。それに比べ、必要置き換え範囲は南北10m東西30m弱に過ぎない。面積としては全体の7〜8%である。この程度の置き換えでは、地すべりの素因の大部分は除去されない。残り92〜93%の範囲に降った雨、及び周辺から流入する地下水だけで十分地すべりを発生させることが出来る。すべりを発生するきっかけにすらなり得ない。
 仮に基礎をコンクリートで置き換えたとしよう。この場合は事実上、剪断変形も垂直変位も生じない。しかし、5/12集中豪雨のような降雨があった場合、周辺斜面で地すべりが起こらないという保障は無いのである。コンクリート置き換えの場合はテールアルメは自立しているだろう。しかし、砕石置き換えでは砕石はテールアルメ荷重により逐次崩壊を生じるのでテールアルメの崩壊を防止することは出来ない。
 砕石置き換えのもう一つの効果に剪断抵抗付加がある。しかし、これの効果が殆ど期待出来ないのは既に鑑定安定解析で立証済みである。
 なお、これに続けて「横井氏の見解は、地震後に垂直変位が生じたのは明らかなのに、それが無いことを前提にして説明しているので、Dとしては、事実に基づかない非科学的な議論としか評価しようがない(照会事項5に対する回答)」と述べている。
 一体どういう理由でこういう見解がでてくるのか理解出来ない。こういう見方は被控訴人Dが如何に地すべりというものを理解していないか、という証拠である。
5)で述べたように、地すべりが発生するためには、垂直変位やクラックの存在などは必要ではない。地盤に一定の条件(素因)が備わっておれば、それに集中豪雨などの誘因が加われば垂直変位があっても無くても地すべりは発生する。本斜面はその条件を十分備えている。

7、Dは単なる販売者であるというのは正しいか。
(鑑定意見)

 業務上は単なる販売者であるというのは正しいが、本件に関しては販売者の域を逸脱していると考えられる。
(鑑定理由)
 被控訴人Dの業務態様は正確にはその定款、営業計画書等を見て判断しなければならないだろうが、それは当鑑定人の役割ではないので、本件テールアルメ設計・施工に関する被控訴人Dの役割のみを検討する。
 先ず本件テールアルメの設計・施工が、次のように行われていたとすれば、確かにDは単なる販売者であり、本件事故について免責可能と思われる。
 (1)被控訴人Cが自身で、テールアルメの計画・設計・数量計算を行った。
 (2)控訴人Aはそれに基づいて、Dに部材の発注を行った。
 (3)Dが部材を納入した。
 (4)設計管理・施工監理も被控訴人Cの責で行った。
 しかしながら、実態はそうではない。
(1)平成4年1月頃から被控訴人Cと協議し、設計案をとりまとめ、共同でBに工法提案を行っている。工法が決定されていた場合、メーカーがコンサルと協議するのは当然で構わないが、この場合工法選定段階で関与していた事実がある。
(2)事実上設計を肩代わりしている。通常、既製品を用いる設計では、内的安定はメーカー、外的安定はコンサルというのが暗黙の了解事項である。本件では、Dは外部安定解析まで行っている事実がある。又、ボーリング地点の選定にも意見を述べている(丙第2号証p8)。これらは本来、コンサルが行うべき業務である。
(3)実際に施工監理を行ったキムラ設計(株)は、被控訴人Dの下請けであり、事実上被控訴人Dの支配下にあったと考えられる。
 以上の業務に従事したのが、設計のみを請け負う単純下請け業者であれば、例え実態が上のとおりであっても、全責任は元請けコンサルである被控訴人Cが負うべきであろう。何故なら、単純下請け業者の場合は、どのような工法が選定されても、それについて設計業務利益以上の利益を得ることはないからである。一方、被控訴人Dは販売業者だから工法選定の結果は大きな意味を持つ。そうでなければ上記(1)、(2)のような場面まで関与する筈がない。
 無論、被控訴人Dにとって、上記(1)、(2)は関与すべきではないが、元請けコンサルである、被控訴人Cの強い要請によって、断れなかったというケースはあり得る。しかし、被控訴人Cがそのような要請を行うに当たっては、被控訴人Dに対しテールアルメ設計・施工に於いて、相当部分の関与を期待していたからである。
 被控訴人Dは本テールアルメ工法のリーデイングカンパニーであり、施工実績も豊富で設計・施工に関するマニュアル作成も行っている。他コンサルに対しても無償設計協力を行っていたのは周知の事実である。このため一般コンサルは、テールアルメに関しては、控訴人Dに対し、一切を丸投げで委託することは、半ば慣行化していたのである。被控訴人Cの行った行為は、当にその典型である。
 被控訴人ヒロセは当にそれに答えた訳だから、被控訴人Cが負担すべきリスクを、負担せざるを得ないのも理の当然と思われる。
 従って、被控訴人Dは、単純下請け業者と同列に論ずることは出来無い。本来、メーカーがタッチすべきではない工法選定、その他設計細部に関与しているから、単なる販売業者のなすべき役割を、大きく逸脱していたと考えざるを得ない。
                              以上
 


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