洪水と堤体補強工法

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技術士(応用理学) 横井和夫



台風2号に伴って発生した線状降水帯によって、生じた静岡県磐田市敷地川破堤現場の復旧工事。工事は大型土嚢を積んでその周囲を盛土する現状復旧か。この写真では基礎対策がどの程度行われているのかわからない。
 写真を見ると、敷地川は破堤地底の上流でカーブを描いており、破堤地点はその攻撃斜面になった可能性がある。この時、水は弱いところ押し寄せる。堤体基礎地盤がかつての洪水堆積物なら、それが洗堀された可能性がある。今回の復旧工事でも基礎対策を怠れば、同じことの繰り返しだ。また、この部分だけ堤防を強化しても、その隣に軟弱地盤が残っておれば、そこが弱点になる。河川全体を見た対策が必要であるが、なかなかそれが出来ない。
(23/06/20)


7/17豪雨で破堤・冠水した宮城県大崎市古川の破堤現場。中央が破堤箇所。テレビではバックホウが砂を積み上げていたが、あんな砂では防止効果はない。又雨が来れば同じことの繰り返し。
 この辺り殆ど起伏のない水田地帯。それもそのはず、6000年ほど前までは水深数mの浅い海。戦国時代までは一面の湿地帯だった。戦国末期伊達政宗の仙台入府以来「定山堀」他伊達藩累代の改良事業で今のような水田地帯となった。
 さて肝心の堤体材料だが、残念ながら仙台周辺宮城県下にはこれだ、という適正材料がない。砂か凝灰岩を基層に砕石とか、セメント系固化剤などを適当に混入して、粒度調整と透水性をコントロールするしかないだろう。堤防規模がもっと大きければ、補強盛土という手もある。
 或いは構造物。両岸を鋼矢板とし、ターンバックルで頭部を結合する。これなら堤体材料は何でもよい。
(22/07/19)


堤体補強工法

1、始めに
 ここ10年、あちこちで洪水被害が続出しています。この原因は地球温暖化に伴い、気象予測のパラダイムが変わったのにもかかわらず、国が相も変わらず100年前からの気象統計と、条件環境が全く異なる欧米譲りの設計法に拘っているからです。その代表としてこの間ネットを見ていると出ていた「インプラント工法」なるものを取り上げ、そのインチキ性を暴くと同時にもっと現実的な堤体補強工法を紹介します。


図1-a

これは河村ナントカとかいう素人学者が国に売り込んでいる「インプラント工法」という堤防補強法。ワタクシに言わせればこんなもの昭和40年代の化石、幼稚園の色塗り程度のバッタモン。おそらくこの学者は経産省か鉄鋼メーカーの回し者でしょう。


図1-b

 これは例の「インプラント工法」の解説用パンフレットです。これには大きな嘘が三つ隠されています。分かりますかあ?ナントカ審議会という素人の集まりは、こういう嘘にもだまされます。その嘘は次の通りです。

①図1-bでは右側斜面(裏のり)の浸食防止効果が示されていますが、堤体の中央の隔壁にこんな効果があるはずはありません。これが第一の嘘です。
②左側(表のり)では、満水時での堤体の底部破壊が図示されていますが、満水時ではこのような破壊は起こりません。これは水位急降下時に起こる現象です。又仮に起こっても堤体中央の隔壁にこれを抑止することはできません。これが第二の嘘です。
③地震時の液状化防止効果を謡っていますが、地盤の液状化は周辺地盤全体に面的に起こるもので、堤体下の狭い帯状部分に杭を打ったところで、全体の液状化防止の役には立たない。これが第三の嘘です。
 それどころか、この図ではクイの両脇に堤体土があり、これにより地震時には強い慣性力が働くから、下手するとそれによりクイが座屈する危険の方が大きい。それを避けるにはクイ列に別途対策工を付加しなくてはならなくなるので返って高くつく。

 一体全体こんな馬鹿げたものを誰が考えたのでしょうか?

 堤防災害は大きく分けると1)越水、2)堤体自身の破壊、3)堤防基礎地盤の破壊 の三者があります。1)越水は洪水木時河川水位が堤防を乗り越えるもので、これは河川計画の領域に属し、堤体補強とは何の関係もありません。従ってここでは2、)3)にテーマを絞って解説します。
 

2、堤体自身の安定対策
 洪水で堤体自身が不安定化する状態です。これには1)水位上昇時と、2)水位急降下時の2ケースがあります。
2-1)水位上昇時
 図のように河川水位が警戒水位を超え、堤体内の応力のバランスが崩れた段階で発生する崩壊です。


図2-1

①河川内水位が上昇すると堤体内に浸潤面(図2-1の①)が発生します。この結果土中の間隙水圧が上昇し、それに伴い剪断強度(有効応力)が低下し、ていたいが破壊する。
②堤体内に何らかの弱線(図2-1の②)があり、それに沿って水が浸透するとパイピング(砂の流動化)を起こし堤体が崩壊する。弱線としては透水性の良い砂の混入とか施工不良などが挙げられます。数年前の北関東豪雨での鬼怒川災害では、堤体自体を透水性の大きい・・・・常総台地産(おそらく上総層群かその相当層・・・砂で作ったからです。自分からパイピングを起こしてくださいと云っているようなものだ。ここに見られるのは、如何に日本の河川屋が土を勉強していないかです。

2-2)水位急降下時

 以上は内水面の上昇時に於ける事象ですが、内水面がいきなり低下するとどうなるでしょうか?これも堤体材料の透水性に関連しますが透水性あまり大きくない場合は堤体内に①浸潤面による残留間隙水圧が発生し、これによるすべり破壊が発生することがあります。

図2-2

 図1-bの左側では、水位が満水位にも拘わらず堤体が崩壊するように描かれていますが、満水位状態では堤体に水圧が働くので、このようなことはあり得ません。嘘です。
 また、通常の河川堤防では雨が止むと同時に水位もゆっくり低下し、それにつれて堤体内水位もゆっくりと低下する。教科書に書いてあるような水位急降下はなかなか想定しにくい。もし水位急降下が発生するとすると、それは近くの何処かで破堤し、そこから河川水が一気に堤外に流出するケースです。つまり河川内破堤は近傍の破堤の二次的な現象です。要するに河川防災は一か所だけに着目するのではなく、全体を見渡してバランスある対策を取らなければならないということです。

 ではどうすれば破堤を防ぐことが出来るか? 上記の破堤現象はどれも河川水の浸透に対し、堤体断面又は強度が不足していることが原因です。断面不足は堤体の拡大によらなければならないが、用地その他の関係でこれはなかなか難しい。基本的に河川センター、河積を変えないという前提なら堤体強度の補強が考えられます。下図のように、堤体に補強材を挿入することによって、上記の問題は全て解決できます。

図2-3

ここで
①基礎補強材。何でも構わないが、例えばタイロッドアンカーなど。
②補強材。現在盛土補強材は高分子材のポリマーグリッドや鋼製籠(ジオメッシュなど)、土木用不織布まで多数が利用されているので、現場にとって使いやすく安価なものがよいだろう。但し、廃棄後の環境対策には気を付けなくてはならない。
 施工幅は正確には設計が必要だが従来の経験から云えば概ね壁高Hbの0.5~0.7程度を目安とすればよいだろう。
③高さも壁高全部を対象にする必要もない。概ね警戒水位辺りを目安にすればよい。

3、堤体基礎地盤の安定対策
 幾ら堤体自体を強固にしても、それを支える基礎地盤が破壊すれば何にもならない。基礎地盤破壊のタイプは大きく下図のく二つが挙げられます。

図3.-1

1)堤体基礎地盤が透水性地盤・・・概ねルーズで粒径のそろった砂・・・である場合、河川内水位が上昇すると堤体基礎地盤内に浸透流が発生する。浸透流速・・・これは基礎地盤の透水性と内外水位の水頭差で決まる・・・がある限界を超えると砂が流動化しパイピング破壊を生じる。これが広がると図3-1②のように堤体全体が破壊する。
2)一方表のりでは河川の流速が大きいと、基礎地盤の洗堀が発生し支えを失った堤体が破壊する。これはどんな川でも起きるものではなく、河床勾配の大きい中上流で特に河川が屈曲している場合、その攻撃斜面で要注意である。

3-1)基礎パイピング対策
 これはまず抑え盛土が最も有効です。下図の様に堤防の外側に盛土を7行なう。これにより浸透路長が長くなるので、浸透流の動水勾配が小さくなると同時に、下から噴出しようとする砂のちからを盛土の荷重でおさえつけられる。これの規模の大きいのがいわゆるスーパー堤防です。

図3-2

但し誰が見てもこれは用地に十分余裕がある場合にかぎります。現在の様に、堤防際まで住宅地が迫っている状態では、到底無理なのは分かります。スーパー堤防なんて、全部整備出来るのに450年掛かる。出来た時には日本に人口は今の1/3以下にへっている。それどころか日本という国が存在しているかどうかもわからない。そんなことも考えずにこんなほらを吹く人間のスーパーアホ振りが問題でしょう。

 では用地に余裕がない・・・つまり今の堤防敷の下だけで処理しなければならないときはどういう工法が考えられるでしょうか?

1)遮水壁
 堤体の下に不透水性の壁を作り、河川水の地下浸透を防いだり、透水路長を増やしてパイピングに対する安全性を確保する方法です。

図3-3

工法としては単純で、堤体下に何らかの止水壁を築造するものです。止水壁には(1)鋼矢板(鋼管矢板)、(2)CCP等による柱列壁、(3)RC連続地中壁などが4あげられます。施工は現在の堤防の上からでも可能だから、堤防を作り直したりする必要はない。

 この内(1)鋼矢板(鋼管矢板)工法を大規模にしたものが冒頭に紹介したインプラント工法です。ではインプラント工法とこの工法とではどう違うでしょうか?インプラントは図を見る通り構造体です。従ってそれに使う鋼材はSSKでなくてはならない。一方図3-3では鋼矢板は只の止水材で構造材ではないからSTKでOK。強度断面性能は
同じでも値段は倍ぐらい違う。

3-3)基礎洗堀対策
 河川の流速が大きい中上流域では堤体下部だけでなく護岸のような構造物基礎の下も河川によってえぐられて、洪水時にはここを起点に破堤する。対策としては護岸構造物基礎を、洗堀に耐えられる剛なものにすることや、堤体を洗堀されない材料で置き換えることが考えられます。

 図3-4

 構造体としては、(1)重力式擁壁、(2)蛇篭工、(3)鋼製枠工などいくらでもあります。

4、まとめ
 日本の河川の特徴は源流から海までの標高差が大きいわりに流路長が短い。つまり河床勾配が大きいことで、大雑把に言うと、ミシシッピーや長江などの大陸河川に比べると一桁以上大きい。その結果大陸では流域に雨が降っても水位が上昇するのに時間が掛かるが、日本では直ぐに洪水になる。逆に日本では雨が止むと直ぐに水は引くが、大陸ではなかなか引かず数カ月もかかることがある。又ユーラシア大陸と太平洋の境界に位置する変動帯であるため、地形の起伏が激しく、河川規模も小さいので、一つの流域での流出量は乏しい。これは逆にダムなどの貯水施設による治水が不利になる要因でもある。このような自然環境の変化に富む地域の治水計画は、河川流域の地形・地質を反映したものでなくてはならず、当然堤体補強工法もそれに倣ったものでなくてはならない。
 通常、自然河川はみな蛇行する。地形・地質の変化が激しい日本では、この蛇行の曲率半径が小さく短距離で向きを変える。近世以降平野部では河川改修が進み、頻繁に洪水を繰り返す個所では河道を付け替える工事が行なわれ、農地の拡大がおこなわれた。この結果、堤防の外側に旧河道が残るような状態が発生した。戦後の高度経済成長に伴って生じた車社会は更にこの傾向を加速させた。そして堤防が旧河道を横断するところが、堤防の弱点となる。そのj弱点こそが破堤の根本原因になっているのである。つまり現在の堤防はみんなその下に弱点を抱えていると云える。
 しかし逆に言うと、その弱点を的確に押さえ、その部分に重点的に補強対策をすればよいということになる。従来の治水対策の最大の欠点は、このような弱点の存在を無視し、何でも一律でやってきたことである。その結果が、何度も繰り返される破堤ー洪水災害だ。
(20/08/19)