右風と左ネジ
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技術士(応用理学) 横井和夫

私がアベ国葬に反対する理由は、単に彼が国葬に値する人物ではないからだけではなく、国葬であれば皇族の誰かが彼に向かって拝礼することになる。アベ晋三は日本に於ける統一教会の代表的人物。ということは、アベを通じて日本の皇室が統一教会に頭を下げることになる。これを統一教会が利用しないはずがない。かくて岸田と自民党は、日本が韓国と統一教会に屈服したという宣伝に手を貸すことになる。

 政権交替以来日本列島に吹き荒れていた左ネジは、今回の総選挙で一挙に逆風となり、今や右風が力を持ってきつつあります。右風が強くなればなったでこれ又問題が出てきます。これも又、厳しくチェックしていく必要があります。


 何かと人騒がせな嘘つき百田尚樹が「日本保守党」なる」団体を立ち上げ、それに名古屋の河村が同調する。さてこの「日本保守党」とは何を目的とする組織か?そもそもの発端はLGBTQ法に自民党が賛成したのに反発したものと云われる。そうだとすれば、この党のテーゼは自ずから見えてくる。つまり、LGBTQ法反対、家族別姓反対、女性天皇反対、教育勅語復活てなところだろう。かなりの部分が統一教会の主張と重なる。
 百田が何を云おうが勝手だが、問題は河村だ。河村の政治団体は「減税日本」という名古屋ローカルの地域政党だ。しかしこれだけでは選挙は戦えない。実際には名古屋の7労働組織「連合」、中でも旧同盟系労組員の組織が重要だ。同盟系労組は保守的ではあるが、いくら何でもLGBTQ反対団体を支持するわけはない。更には女性票の反発を食うのも顕か。
 「日本保守党」の支持母体は、所謂ネトウヨである。ネット上で、反リベラル、反中韓、反知性主義言論をばらまく連中である。百田は彼らをまとめれば、一定の政治勢力になると踏んだのだろう。ではネトウヨとは何者か?筆者はSNSなどやらないからネトウヨの実態など知らないが、かつての2チャンネル何かを見ていたら、やっぱり世間・社会に何らかの不満を持っている人達だろう。特に中韓・部落差別などへの偏見書き込みが多いのは、彼ら自身が世の中から疎外されていることを自覚しているからで、余計に弱者に対し攻撃的になる。
 世代的には中高齢者は停年退職したか、リストラにあってすることがない孤独な老人とか熟年者。次に就職氷河期にあって世間の主流から外れてしまった非正規雇用者。彼らは今や40~50台半ば。団塊二世世代と被る。こういうところがネトウヨ主流ではなかろうか?彼らの特徴は「孤独」と「社会からの疎外感」ということである。「疎外」といえば、革マル黒田寛一の疎外論を思いだすが、実はネトウヨと左翼過激派とは通じるところがある。党員募集をすると、忽ち5万人が集まったというが、逆に云うとコアなネトウヨはこの程度しかいない、ということでもある。孤独で疎外されているからこそ、何か既存ではない組織に集まりたがるのである。かつてナチが急拡大したのとよく似ている。
 孤独に生きる、或いは孤独な生活しか経験したことがない彼らネトウヨが、何より組織力を要する政党で力になるだろうか?忽ち始まるのが、ネトウヨ同士の内ゲバ、指導層の内輪もめ、権力闘争ではなかろうか?左翼過激派が何時か歩んだ路だ。
(23/1/22)

 さて「満蒙問題」の舞台になった満蒙地域も、日本人が大正の終わりにいきなり気付いた訳でもないだろう。一つの切っ掛けは第一次大戦末期に起こった「シベリア出兵」である。1917年、ロシア帝国をノックアウトしたドイツは、東部戦線で余った兵力を西部に移動し、西部戦線で一大反攻を企図した。所謂ルーデンドルフ攻勢である。スペイン風邪の流行で兵力不足に悩む連合軍は、ロシア国内に抑留されたままのチェコ人捕虜をシベリアーアメリカ経由でヨーロッパに送ることを計画した。折からロシアは革命のさなか、ボリシェビキや帝政派、反ボリシェビキ派などの諸勢力が入り乱れた混乱状態。そこでチェコ人捕虜救出援護するため、連合軍はロシア内戦に介入し、1918年シベリア派兵を決めた。日本もそれに加わった。これが「シベリア出兵」である。これを決めた当時の首相は寺内正毅(長州)。
 この時、陸軍三太郎の一人と云われる宇都宮太郎という人物が、ある人物に東アジアの地図を広げ、カムチャッカからバイカル湖辺りを指さして「ここからここまでを日本のものにする」と云った。宇都宮太郎は普段から大言壮語する癖があり、聞いていた人物も「どうせいつもの大ぼらだろう」と聞き流していたが、意外のそうでも無かったようだ。というのは翌19年、ドイツが降伏すると、米欧軍は逐次シベリアから撤兵していったが、日本だけはなおも駐兵を続け、尼港事件等もあって、占領地域を拡大すると同時に一時はバイカル湖近くまで進出した。結局数万の戦死傷者を出しただけで何も得るものはなく、撤兵を決定したのは3年後の19222 年だった。何故ここまで日本はシベリア駐兵に拘ったのか?駐兵に拘ったのは陸軍である。当時陸軍を牛耳っていたのは、陸軍大臣でもなく参謀総長でもない山縣有朋という一人の元老である。彼の意図がシベリア出兵の拡大長期化をもたらしたのである。
 では山縣が、何故シベリア出兵に拘る理由があるのか?あるとすればそれは何か?山縣は陸軍のドンであると同時に、当時の軍部政界に於ける長州閥のドンでもあった。宇都宮太郎の出身は長州だから、山縣のの子分でもある。彼の言う「カムチャッカからバイカルまでうを日本領とする」というのは、第一次大戦時には既にアナクロとなっていた、19世紀型「帝国主義」そのものである。
 では日本人で最初に帝国主義に減れたのは誰かというと、それは吉田松陰という長州人である。吉田松陰は19世紀前半の思想家・教育者。長州萩に松下村塾という私塾を開き、青年に尊王攘夷思想を説いて明治維新の先駆けとされる。門下生に桂小五郎(木戸孝允)、大村益次郎、久坂玄瑞ら維新第一世代がいる。山縣有朋はその末席に連なる。安政の大獄に連座して刑死。松陰が育った19世紀初期の長州沖には、ロシアの捕鯨船や軍艦が頻繁に到来した。若い松陰がこれに危機感を持ったのは当然である。
 当時の東アジア情勢はというと、インド・中国・ベトナムはイギリス・フランスによる植民地化が進み、ロシアは極東に進出する。日本はこれら帝国主義国家に取り囲まれる状態だった。これから脱するには、自らも帝国主義国家にならなければならない、というのが松陰の結論である。戦後の日本が復興するには、アメリカと同じ工業国家にならなけれならない、と考えたのと同じだ。つまり、日本も列強に倣って、領土を拡大し、東亜を制圧しなければ列強に対抗出来ず国防も出来ない。これが「一千万といえど我行かん」の本質だ。今でこそ帝国主義はアナクロそのものだが、当時は世界の最新の思想だったのである。無論これを否定する社会主義思想がカール・マルクスらによって唱えられてきたが、未だ力にはなり得ていなかった。
 松陰の思想を実現しようとすれば、まず藩政を握ってこれを改革し、次に幕府に対し王政復古攘夷断行を要求する。しかしこれは藩の方針に反するので、松陰は逮捕投獄される(「野山獄」)。この時に、松陰は松下村塾塾生達に、「東はカムチャッカから西はバイカルまでを日本領とせよ」と、教えている。後の宇都宮太郎の大ぼらとそっくりだ。むしろ山縣の子分である宇都宮が、山縣から松陰の言葉を教えられ、それを自分の言葉として発信したと考えてよい。日本の大陸進出の一大エポックであるシベリア出兵の原点は、吉田松陰にあったのだ。
 シベリア出兵は有耶無耶に終わったが、それも止むをえない。何故なら、第一次大戦後で日本は戦勝国となり、戦後出来た国際連盟常任理事国の一角を占めるようになった。世界の一等国、つまり列強の仲間入りである。そうなれば、日本を侵略しようなどと考える国はなくなる。吉田松陰は日本の国防維持のための大陸制覇を考えたが、日本自身が列強になってしまったのだから、これ以上大陸進出を進める意味はない。そこで日本政府がとった政策が国際協調主義。
 しかしこれは長続きせず、昭和に入ると外国特に中国との摩擦が増えだした。1900年の義和団事件で締結された北京条約で、海外列強は中国国内に駐兵権を得た。その末端に列強の仲間入りを目指す日本もいた。これを背景に各国は中国国内各地に租界を設け、治外法権特区とした。無論これが注億民衆の反感を買ったのは言うまでもない。30年代になると各国は中国本土から次々と撤収していったが、日本だけが何時までも残留を続けた。つまり中国民衆の植民地主義への反感を、日本が一人で買ったようなものだ。
 果たしてこれが吉田松陰の帝国主義の残渣だろうか?

(23/08/15)

 昔、アベ晋三が官房副長官になったとき、毎日新聞のインタヴューで、毎日が8.15を「敗戦の日」と云ったところ、アベはカチンと来たのかキッとなって、「敗戦ではなく、終戦」ですと反論。誰が考えたって、8.15は「敗戦の日」だ。ただ当時の政府が、国民に対して「敗戦」とは云いずらくて「終戦」と誤魔化したに過ぎない。「退却」を「転進」と云ったり「増税」を「公平な負担」と誤魔化したのと同じだ。
 仮に「終戦」だとしても、「終わり」があれば「始まり」があるはずだ。1945.8.15に実質的に終わった「アジア・太平洋戦争」の直接の始まりは、1940.12.08日本軍の真珠湾攻撃に始まるとされるが、この前には盧溝橋事件に始まる日中戦争という前段がある。これとても、その前に永い日中対立があり、その都度和平協定が結ばれるが、必ず何処かで破綻する。この対立の前には昭和6年満州事変がある。満州事変も、いきなり始まったわけではない。その前には「満蒙問題」という前段がある。満州事変でも、関東軍は「満蒙問題解決」を表に出して、政府が文句をいえないようにしている。
 ということは、8.15終戦の原因は「満蒙問題」なのか?ということになる。では「満蒙問題」とは何か?今の中国東北部(当時満州)と、その西に隣接するモンゴル人民共和国との境界は永く確定されず曖昧なままだった。そのためしばしば国境紛争の場であった。普通に考えれば、これが「満蒙問題」のはずだ。しかし大正末期から、日本国内で起こった「満蒙問題」は、これと全く別物だったのである。
 満州事変の三年前、張作霖爆殺事件というのがあった。事件の実行犯である関東軍独立守備隊の東宮鉄男大尉が、事件前に関東軍司令部にだした上申書に「・・・年々100万人づつ増える農村人口問題を解決するには、満蒙問題解決において他なく・・・」とある。
 つまり「満蒙問題とは中国/モンゴル国境問題なんかではなく、日本の国内問題、中でも農村問題のことなのだ。日本国内で取りざたされてきた「満蒙問題」とは、広大な政治的空白地帯である満蒙国境地帯を日本領とし、そこに過剰になった国内農村人口を移住させようというものだった。この構想は満州国建国後、「満蒙開拓団」*という名で実現され。東宮大尉は「満蒙開拓の父」と呼ばれた。 しかし満蒙問題は農村問題だけに留まらず、日本の国防問題にも深く関り、例えば石原莞爾の「世界最終戦論」のように、昭和における日本の方向性を大きく規制することになる。
*これだけ見ると「満蒙開拓団」はいかにも農村救済事業の様にみえるが、実際はそうではない。来るべき対ソ戦に備え兵士を確保しておくことが、陸軍中でも関東軍の真意だったのである。(続く)
(23/08/13)

 筆者は稲田朋美という女性は、アベオタクという点で高市早苗に負けずとも劣らぬと思っていた。しかし最近、稲田に若干興味を覚えるようになった。両者とも自民党保守派で、アベ晋三に引き立てられ異例の出世を遂げた点は共通だが、最近微妙な点で違いが出てきている。その一つがLGBT法案への対応である。
 色々批判があり法律としては未熟だが、今国会でLGBT法が成立した。Kの法案作成で自民党を引っ張ったのが稲田朋美。あるテレビ自自番組・・・TBSだからリベラル系・・・にゲストとして稲田が登場した。番組の性格として稲田をゲストに呼ぶなんて、とかよく稲田が承知したもんだ、と不思議に思ったが、テーマはLGBT問題。話を聞いていると、さすが弁護士だけあって理路は整然、現状に於ける法律の不備は埋めなくてはならない、というもの。殆どリベラル派の主張と変わらない。
 アベ銃撃事件から1周年、自民党の多くから出てくるのは「・・・アベ先生の遺志を受け継いで」とか「アベ政治の継承を」といった、アベ追悼文ばかり。これはとりもなおさず自民党保守の、何時まで経っても7アベ離れができない幼児性を表す。これに対し稲田だけがアベ政治からの脱却を主張する。アベ政治を守っていくだけでは、自民党の将来はない。そもそもアベ政治とは何か?実態は統一教会政治では無かったのか?
 一方の高市は始めからLGBT法そのものに反対で、その主張は自民保守を通り越して、統一教会に近い。奈良県特に奈良盆地南部は元々が大物主の神域で、物部氏の領地が多いスピリチュアルな地域。昔居た奥野誠亮のような保守主義者や、その息子のように統一教会に関係するものも多い。アベ射殺犯の山上も実家は統一教会だった。つまり高市は同じ保守でも稲田とは性格が異なり、溝は深いのである。
(23/07/11)

 突然の方針変更で、杉田水脈の更迭。突然と見せかけて本当は前々からそう思っていたが、タイミングを見計らっていたのかもしれない。と、本院は思っているかもしれないが肝心のタイミングが悪すぎて逆効果。本人が鈍感なのか、周りがボンクラなのか、タイミングを外したサプライズは逆効果を産むだけ。
 さてこの杉田水脈という人物、政治家になる前からネット上では色々話題が多かった。当初維新から立候補したが落選。それを拾ったのがアベ晋三。その言動から自民党内から異論もあったはずだが、それを強引に押さえつけて立候補させた。典型的アベチルドレンである。
 彼女は何故更迭されたのか?岸田内閣で更迭された政治家は、大臣が4人、政務官が一人である。大臣の場合は、世間的に顰蹙を買う発言や、虚偽の説明、金銭費枠などスキャンダルに相当する行為があったが、少なくと杉田にはそれはない。過去の差別発言が問題になったのである。過去のことは過去のことと割り切れば問題はないはずだが、そうはいかない。差別発言をするような人物を閣僚に据えることが適切か、ということを問われたのである。そしてそれが今後の国会運営、ひいては選挙にもマイナス効果しかないと、判断されたのである。であれば、これは完全に岸田のミス人事でそれ以上でも、それ以下でもない。
 ところで杉田本人は過去の差別発言について、謝罪はしたが撤回はしていない。それどころか信念に基づいて、今後も活動を続けるとし、「あらゆる差別に反対する」、とまで云っている。さて、現在類まれなき産別主義者が差別反対などと云うとは面妖な、と思うが「差別」という言葉を逆に捉えれば賛同はできないが理解できる。
 通常差別とは社会や共同体にある基準(スタートライン)を設け、その基準に達しないものを排除する行為である。たとえば、人種、少数民族、宗教、学歴、出自、LGBTなどである。これは正義に反すると、様々な修正の工夫がなされてきた。資本主義社会では、これでは正しい競争が出来ないと、弱い者に対して何らかのハンデイキャップを与えスタートラインを均一化する。例えば地方大型店が進出する場合、ほおっておけば地元商店街が潰れるから、何らかの規制を設けるのもその一つである。社会主義国家では逆にゴールラインを設定し、全員が同じゴールにたどり着けるように競争そのものを廃止する。
 ところが、自己責任論に基づく新自由主義では全く逆になる。新自由主義者はあらゆる社会的規制を排除し、自己責任による競争を追及する。この世界では、旧時代の様な弱者へのハンデイキャップは存在せず、逆にそれは逆差別と受け取られる。つまり普通は差別廃止の政策が、新自由主義者にとっては自分達に対する新たな差別になる。
 アベ晋三は一見保守主義者に見えるが、一方で新自由主義者でもある。彼のシンパに堀江、三木谷、橋下など新自由主義者が集まるのはその所為だろう。杉田水脈も保守主義者に見えるが、その差別観はむしろ新自由主義者のそれである。更にその周囲には今はやりの陰謀論も見え隠れする。
 杉田水脈という女は、一見アベ復古主義と新自由主義とのハイブリッドが陰謀論をまとって生まれた特異な人間に見えるが、果たしてそれで済むだろうか?全体で見れば危なっかしい論理で組み立てられているが、個々それぞれの課題には、成程と思うものもいるだろう。特に若者世代にその傾向がつよいのではないか?ヒトラーだって、最初は誰も見向きもしなかった。
(22/12/29)

 今から77年前、アドルフヒトラーはベルリンで自決する時に「今私が死んでも100年後に蘇るであろう」と予言した。未だ100年に達していないが、それに近い現象が起こっている。先般、ドイツ司法・治安当局はハンリッヒ13世と称する少し頭のおかしい老人をリーダーとする集団が、国家転覆クーデターを計画したとして、2000人もの警察官・治安当局者を動員して摘発した。その割には逮捕者はたったの25人とネズミ一匹的だ。2000人もの官憲動員なんて滅多にあるものではない。中世のテンプル騎士団摘発並みだ。
 ところがこの集団明確な組織・テーゼを持つわけではなく、いろんなグループの寄せ集め。未だにドイツ帝国の滅亡を信ぜず現在のドイツ連邦は偽物だと信じるタイヒスビュルダーというグループもあれば、Qアノンに共鳴する陰謀論者、極右民族主義者何でもありだ。日本でこれに近い集団といえば今年の参院選で登場した「参政党」が挙げられる。これも反ワクチン団体から地球温暖化反対論者までなんでもあり。
 さてこのような集団、ドイツや日本特有の者か?ドイツ・日本の共通点といえば、国民全体の教育水準が高く衛生意識が強い。経済的には中流意識が強く、政治的には中道的で安全パイと思われること。そしてどちらも第二次大戦の敗戦国でありながら、その後の経済戦争の勝者となったことである。そんな先進国でこんな過激団体が出来て、おまけにそれがクーデター計画まで、なんて思うでしょう。しかしそういう国だからこういう騒ぎが生まれるかもしれないのだ。
 要するに暇なのである。暇だから一日中SNSばっかり見ている。ドイツも日本も高度福祉国家だから、少なくともみんな食うには困らない。貧困問題はあるが、その程度は最貧国に比べれば雲泥の差。あるのは貧富の格差だけ。つまり食うには困らないが、もっと儲けている奴がいる。そいつらは、なにがしかの特権を持っている。本来なら俺たちはもっと良い暮らしができたり、世間から尊敬もされたはずだ。
 それを邪魔するのは一部のエリート、中でも左翼やリベラル7だ。というわけで今の世の中に不平不満を持つ連中がSNSを通じて核を作り、更に似たようなのがやっぱりSNSをつうじて集まりライヒスビュルガーとか参政党といった集団を作るのである。彼らの意識はヒトラーがウイーンでルンペンやっているときに抱いた、反ユダヤ・ブルジョア感情と変わらない。
 かくて77年後、ヒトラーは蘇ったのである。いっておくが、ヒトラーが活動を始めた時、誰も彼の存在に気付かなかった。
(22/12/09)

 差別発言を国会で取り上げられ袋叩きになった杉田水脈。漸く発言を撤回し謝罪したが、政務官も議員も辞めるとは言っていないから、謝罪は表向きだけ、本心は相変わらずは当然。しかしこの件で分かったのは、顕かなアベ権力の凋落である。
 元々この女、最初は維新から立候補したものの、支持団体も何もないから選挙には負けてばっかり。次々と所属政党を変えるが一向にうだつが上がらない。そこに手を差し伸べたのがアベ晋三。その力で比例区上位に登録。お陰で無事衆院議員になれた。つまりアベあっての杉田なのである。そのアベがいなくなってしまったから、党内での位置も低下する。
 岸田本心は、杉田本人からの辞意を期待していたが、そうなるとマタマタ辞任ドミノの批判を受ける。かといってこのままにしておくと、国会審議が停滞し、統一教会被害者救済法や防衛予算倍増の補正予算も通らなくなる。そうなれば支持率は更に低落し、内閣は立往生だ。それを避けるために、アベがいなくなったのを幸い今回の謝罪・発言撤回で済ませた。
 さて問題はこれからだ。支持団体も組織もなく・・・票が勘定出来ない・・・、アベの力をバックに禄に選挙活動もしない人間を、果たして今後も公認候補として認められるか?次の衆院選はこのままいけば約2年半後、岸田内閣支持率がこのまま低下を続ければ、突発的な解散総選挙があるかもしれない。そうなれば差別発言で自民党の足ばっかり引っ張るような人間を、比例上位に置くことに当然党内から批判も出る。この女もこれでおわりか。これこそが、自民党内でのアベ影響力の低下の現れである。
(22/12/04)

 アベ国葬が終わって、最初の世論調査結果が発表されました。読売新聞調査では、内閣支持率は9月調査に比べ5ポイント下げの45%。政府応援団の読売でこれだから、朝日・毎日・東京などの支持率は押して知るべし。ところが国葬弔辞で菅が山縣有朋を引用して、何故か山縣が評判になっているらしい。日本の近現代史で山縣有朋ほど評判の悪い人物も珍しい。
 何故なら、山縣有朋といえば、どうしても陰険、尊大、傲慢にして権威主義、陰謀家というイメージがつきまとうからである。生まれは長州萩で、松下村塾閥の中堅どころ。明治維新で東北諸藩は、当初新政府に帰順を申し出た。しかし新政府、中でも長州藩でそれで同意せず、より厳しい条件を突きつけた。その結果は奥羽越列藩同盟結成となり戊辰戦争が始まった。
 この時山縣は上越、奥州方面長州軍を率いて、上越・会津・秋田戦争を指揮したが、あまり戦争に強いとは言えない。上越では河井継之助率いる長岡藩に苦戦。その後長岡藩は帰順したが、長岡城で酔っぱらって寝ている隙を長岡藩兵に襲われ、山縣は褌一丁で逃げ出したと云われる。つまり山縣有朋は東北地方にとって不倶戴天の敵なのである。秋田出身の菅が何故そんな仇敵を、寄りによって大事な国葬弔辞に引用したのか?
 維新後は大村益次郎暗殺、前原一誠下野などでトコロテン式に出世。いつの間にか長州軍閥トップに躍り出、薩摩の黒田清隆と並んで陸軍中将。西南戦争では征討軍参謀。その後政界にも手を伸ばし、二度に渉って内閣総理大臣を務めるなど、政官界に長州中でも自派閥を育成することに余念がなかった。
 あるネットニュースに山縣を「日清日露戦争で参謀総長として指揮した」という解説記事があったが、こんなことを書く人間の不勉強ぶりにあきれる。日清戦争では、当初参謀総長は有栖川宮熾仁元帥宮。山縣は第一軍司令官として遼東に出征。ところが開戦(1894)の年の夏、有栖川宮が急死。すると山縣は体調不良を理由に突如帰国。実は空席になった総長ポストをねらっていたのだ。日清戦争を実質的に動かしていたのは、陸軍では、陸軍省は次官の児玉源太郎(周防)、参謀本部は次長兼兵站監の川上操六(薩摩)。海軍は次官の山本権兵衛(薩摩)。彼らはそろって山縣の総長就任に猛反対。川上に至っては「山縣が総長になれば俺はやめる」とまで言い出す始末。結局、総長の後任は小松宮大将(後元帥)、山縣を監軍という盲腸ポストに祭り挙げて一件落着。このように山縣は常にトップになることを目指す機会主義者でもあったのだ。
 日露戦争では山縣は形式上は参謀総長だったが、実質作戦指導は満州軍総参謀長の児玉源太郎とそのスタッフ。これも当初山縣は満州軍総司令官を熱望したが、総参謀長に内定していた児玉他参謀達が猛反対して、総司令官には大山巌(薩摩)となった。
 日清といい、日露といい、山縣が何故こんなに嫌われたのか?それは山縣が何事につけ口うるさく、細かい点にも口を挟む癖があるからである。今のプーチンのようなものだ。又本心を明かすことなく、側近だけで物事を決めたがる傾向があるのも参謀達に嫌われた理由だろう。これもプーチンに似ている。
 その性格的特徴は強い権勢欲と郷党意識。それが合体して、政治的には権威主義、反自由主義、反政党主義となり、何時まで経っても政治に影響を及ばさなくては気が済まぬようになる。又、思想的には軍部特に陸軍を中心に置いた軍国主義である。旧憲法に「統帥権の独立」*を書き込ませたのも山縣である。
 例えば、日露戦争後、大山巌は一切の顕職を辞して、女房と一緒に那須の別荘に引きこもり、東京に出てくることはなかった。しかし山縣は戦後も陸軍をバックに元老として内閣の上に君臨し、軍や政府の人事に介入し続けた。大正・昭和期には、熱海にある山縣の別荘椿山荘は、しばしば政局の舞台になった。無論それに反対する勢力も出来るわけで、それが大正末期陸軍大学校長州出身者入学禁止になる。確かに昭和軍閥には、明治・大正期のような露骨な長州閥はなくなったが、統制閥が出来てしまった。今の日本会議に続く統制右翼の元祖だ。
 又ある人曰く「候(山縣)は自分に近いもの、よってくるものには親切で、面倒見も良かったが、批判的なものには冷淡だった」。つまり依怙贔屓が酷く、うっかり批判したり反対するものがいると、人事で報復するわけだ。この辺り、アベ、菅政権にそっくり、生き写しだ。
 以上がざっとした山縣有朋像である。そこで最初の疑問に戻るが、秋田出身の菅が、何故東北の仇敵山縣有朋を引用するのか?東北にとっては菅は裏切者であり村八分だ!東北地方では「菅」という姓は殆ど聞いたことがない。実は菅家の祖先は秋田ではなく、長州出身と考えれば疑問は氷解する。
 つまり明治維新後、東北地方は「白河以北一山百文」で売り払われた。菅の先祖はそれに乗って秋田の山林を安値で買いたたき、戦後リンゴ園農家に変身した。そもそも「菅」とか「秦」という一字姓は渡来人に由来し、近畿地方以外では九州・中国地方に多い。その姓が何故秋田に生まれたか不思議だったが、明治維新と山縣有朋を介在させると納得出来る。
 菅は記者会見で、批判派メデイアにはろくに答えず、産経・読売に媚びを売る態度も、山縣ー長州譲りと思えば、これも納得できる。8年以上ものアベとの関係、涙あふるる弔辞も長州郷党意識の表れだ。そういえば公私混同も山縣有朋以来長州人の特徴。公私混同は、世の中が自分を中心に動いているという錯覚から生まれる。社会と自分を相対化出来ないのである。一種の幼児性の表れだが、長州人は明治維新の中心になったため、長州と日本の区別が出来なくなった。例の都議選での「こんな人達に負けるわけにはいかない」というアベの一言は、当に明治維新の長州人意識そのものだ。長州人は実はその祖先は朝鮮半島経由の渡来人だが、日本は自分のものだと思っているのだ。なお麻生太郎の故郷、北九州も渡来人天国。
*当初の意図は違っていて、まだ出来て間のない軍を政治家(実質的には大久保利通即ち薩摩)の勝手にはさせない、というのが本意だったらしい。それを逆利用したのが、犬養毅であり、石原莞爾ら昭和軍人だ。
(22/10/03)

 昨日TBS「報道特集」、1980年代に当時の皇太子ご夫妻(現上皇ご夫妻)が韓国芸術団を訪問し分鮮明と会見した映像が紹介された。この芸術団を所有していたのが統一教会。そしてこの会見を陰で進めたのが、当時の国際勝共連合日本代表の岸信介。つまり統一教会は岸を通じて、皇室まで手を伸ばしていたのだ。
 岸信介とは何者か?立花隆流にいえば「昭和の妖怪」だが、戦前・戦後を通じて日本官僚右翼のドン。果たして彼の右翼思想はどういうものだったのか?右翼にも色々あって一律には語れない。例えば、明治期には頭山満ら大アジア主義に基づく民族右翼が生まれた。彼らは当時ヨーロッパで起こった汎スラヴ主義、大ゲルマン主義、汎トルコ主義などの民族主義運動に影響を受け、ヨーロッパ植民地主義からのアジア解放を主張した。
 また、大正昭和期には社会主義運動に影響を受けた、北一輝、井上日昭らの社会主義反体制右翼が発生した。これは当時の陸海軍青年将校らに影響を与え、5.15、2.26事件を起こし壊滅した。もう一つ昭和期に発生したのが、軍部、特に陸軍統制派や官僚・民間の保守勢力をバックにした右翼である。これを統制右翼と呼ぼう。彼らは当時の戦時体制と翼賛体制を維持補強することを目的とする集団である。彼らの主張は反共、反米、反自由主義で、政治だけでなく思想・教育・経済全てを国家の統制下に置くべきとする。この統制右翼の中の、官僚セクターの代表が岸信介である。東条英機は見かけ上これの軍代表になるが、彼自身は何の思想信条もない二流の官僚軍人、岸の傀儡みたいなようなものだ。
 彼ら統制右翼の思想はどういうものかというと、ズバリ「国策が全てに優先する」というものである。この全ての中には天皇も含まれる。それは満州事変以降の、天皇の意向を無視した軍部の暴走に見て取れる。彼らにとって、天皇とは、国策遂行を合理化するためのツールに過ぎない。これは言い換えれば「天皇機関説」である。明治維新時の木戸、大久保、西郷ら薩長同盟の天皇観と通底する。そしてその尻尾は今の清和会に代表される岸ーアベ派ら自民党保守勢力の天皇観に繋がっている。彼らは皆「天皇機関説」論者なのである。
 では彼らの信奉する国策とは何か?無論国会で民主的に討議され、主旨・目的・成立過程等全てがオープンになっている政策ではない。社会のトップにいる極一部の人間たちが、自分勝手な理屈或いは思い込みででっち上げた妄想に過ぎない。例えば「八紘一宇」とか「アジア解放」などである。最近ではロシアの「ネオユ-ラシズム」なんかがそれに入る。
 戦後、右翼は解体された、はずだった。しかし朝鮮戦争の発生は、地下に潜っていた右翼に復活の機会を与えた。当時共産党に指導されていた労働運動は過激化し、これを抑えるためにGHQは追放されていた右翼を解放した。そのドンが児玉譽志夫、そのまた親分が岸信介だったのである。最初に挙げた皇太子ご夫婦と文鮮明との会見を見ても、戦後統制右翼の天皇観がよく分かる。彼らは反共・勝共を国策と捉え、そのツールに皇室を利用し、あまつさえ文鮮明などといういかがわしい人物に皇太子ご夫婦を会見させたのである。これもまた国策優先の「天皇機関説」論理だ。
 この会見は、政府が宮内庁に働きかけて実現したものとされる。当時の総理は中曽根康弘。統一教会と自民党の関係では、岸ーアベ或いは岸ー福田ーアベラインが協調されるが、中曽根ラインも相当のものである。
 以前触れたことがあるが、30年前に筆者が見た「日韓トンネル」のパンフレットでは、日本側代表が中曽根康弘になっている。中曽根は元々自民党では非主流の河野派所属。大蔵省・銀行金融業界に根を張っている宏池会や、鉄鋼業界のような輸出系産業をバックとする福田派、郵政・建設・不動産業を又にかける田中派に比べ資金力に劣る。そこで飛びついたのが統一教会、と思っていたのだが、どうもそうではなく、岸ー福田から受け継いだものだ。それをある時、岸ーアベラインに戻したのだろう。
 それはともかく、諸悪の根源は岸信介。本当にあいつは昭和最大の悪党だ。
(22/09/25)

 今回の参院選で注目を浴びていたのが「参政党」という新党。案に相違して比例区で1名当選した。この政党何者かというと中身はさっぱり分からない。考えるに、政党としての統一政策や理念はなく、様々な・・・その多くは世の中に受け入れられない・・・意見を持つ人間が、寄り集まって一つの集団を作ったようなものだ。要するに、政策のふりをした不平不満のフリーマーケットである。その中身は100均商品と変わらない。
 あるサイトに彼らの主張の主なものが載っていた。そのうちの幾つかを取り上げる。
1、真の日本、真の日本人の回復。真の日本人とは何者か?これネット広告によく出てくる日猶同根説のことだろうか。人類学的には「日本人」という単独種は存在しない。先住の縄文人、後に大陸や朝鮮からやってきた弥生系渡来人などのハイブリッドが今の日本人というのが、学問上の定説である。何を回復したのかね?
2、コロナワクチン否定。ワクチンの結果死者が増えているというフェイク情報。例の「ヤマトQ」の片割れだろう。
3、地球温暖化説の否定。地球温暖化は嘘だ、というのは、参政党メンバー武田邦彦という似非学者の説である。地球は温暖化していないとか、温暖化すれば南極の氷床はもっと大きくなるはずだ、なんてトンでも理論をずいぶん昔からネットに挙げていた。無論これは原発推進論に繋がる。
4、戦後の日本人はみんなGHQに洗脳されている。ということは日米安保条約もGHQによる日本人洗脳工作の一環か?そうなら60年安保改訂を推進した岸信介、日米同盟強化でトランプにすりよったアベ晋三もGHQ=アメリカの工作員ということになる。
5、軍備を強化し江戸時代のように鎖国すべし。こんなことをいう人は正気でしょうか?エネルギー自給率37%、食料自給率27%の国が鎖国すれば、たちまち全国民は飢え死にだ。第一いくら最初に軍備を強化したところで、武器は必ず劣化や破損で損耗する。損耗した武器を補充するには、必ず何らかの資源輸入が必要である。今の日本は、これに必要な資源を殆ど自給出来ない。例えば鉄や銅だが、現代の武器は只の鉄・銅だけでは役に立たない。レアアース、レアメタルが必要だ。また今のウクライナ戦争で明らかになったように、現代戦では半導体*が不可欠だ。鎖国をすればこれら希少物質の輸入が出来なくなる。つまり単独軍備は不可能であり、最初の軍備は無意味となる。
 これらの主張に共通するのは、右派ポピュリズムだが、それぞれは何の関連もない。これまで、それぞれの主張をする人間はネットを中心に意見を開陳してきたが、それだけでは政治的力になりえない。これらを全部まとめれば一定の力になり得る、と考えた人物がいた。それが主催者である神谷某なのだろう。
 ところがこのような雑多な巷の意見を集約して力を得たモデルがある。それが「大阪維新の会」である。神谷は元大阪府吹田市議で、自民党から参院選に出馬して落選。その時に維新の手法を学んだのだろう。それだけではない。政策を沢山並べ争点を隠し、有権者を混乱に追い込む選挙手法は、アベ政権下で散々使われた手法。実はこれコイズミ内閣を支えた飯島勲がやり始めた。と考えれば、今の若手といわれる政治家は、実は極めて旧い手法を真似ているだけなのだ。今の60代以下の、特に保守系政治家は、なんの分野についても全く勉強していない。
(22/07/11) 

 今から20年ほど前、やけに家の上でヘリがバリバリ音を鳴らしているなあと思っていたら、それが重信房子逮捕の瞬間でした。その重信が生きて娑婆に出てこられたので二度びっくり。マスコミでは赤軍派最高幹部などと大げさに表現するが、赤軍派自身大した組織ではないし、彼女が幹部になれたのも、その上にいた奥平やその他革共同のメンバーが次々とパクられたから。仕方がないので、パレスチナに行ってPFLPにオルグされて、共闘路線に入った。
 さてここで筆者が昔から疑っているのは彼らの資金源だ。確かにPFLPは誘拐身代金作戦もやっているが、重信らがその分け前に預かるとは限らない。筆者は赤軍派の国内・海外の資金源は、旧ソ連のKGBではなかったかと疑っている。
 当時国内でソ連に対し最も大きいパイプを持っていたのは、新左翼なんかではなく、瀬島龍三と伊藤忠である。瀬島とソ連との関係は彼のシベリア抑留時代に始まる。当時ソ連の情報機関(GRUやGPU)は、日本人抑留者に中で特に知的水準が高く、社会に影響を及ぼせそうな階層出身者を選んで洗脳工作を行った。彼らを帰国させたのち、日本の各界、各層への工作員に仕立てるためである。その点元大本営参謀瀬島龍三元大佐はうってつけだった。
 彼が真価を発揮したのは1967年第三次中東戦争。この時彼は伊藤忠商事常務。海外支店の情報網を駆使してイスラエルの勝利を予測したといわれる。しかし本当にそうでしょうか?イスラエルに対抗するエジプトを含むアラブ連合とバース党のバックにはソ連があり、KGB(の指導下にある。KGBはかつてのGPUが衣替えしただけ。瀬島はシベリア時代のGPU人脈を使って、アラブ側の内部情報を入手し、軍人時代の経験から、これではとてもじゃないがアラブに勝ち目はない、と判断したのだろう。
 これをきっかけに瀬島は専務から社長、はては会長として最期は中曽根臨調会長まで上り詰め、国鉄民営化をやった。この時期起こったのが東芝機械事件。東芝機械が第三国に輸出したスクリュー切削盤が廻りまわってソ連に渡り、ココム違反で東芝機械が摘発された事件である。実はこの背後に伊藤忠が介在していたといわれ、警視庁公安部は伊藤忠にガさ入れするはずだったが官邸の指示で事件は終わった。元公安の佐々淳行は瀬島がソ連のスパイだったと確信していたらしいが、事件は闇から闇だ(保坂正康「昭和7の怪物(1)」)。
 無論重信と瀬島の間に直接の接触があったわけはない。又、日本の新左翼みんながソ連と共謀し、KGBに操られていたわけではない。しかし革マル松崎と動労にはその疑いは残る。松崎と組んで国労(中核)潰しをやったJR東の松田と中曽根との関係、中曽根と統一教会との関係。世の中、当事者が全く知らない場面で、ことが進んでいることは結構多いのである。公共事業や電力事業特に原発7関連では、いきなりとんでもない方針変更があって現場は大混乱、てな話はよくある。しかし真実は分からない。
 「幾山河」という瀬島龍三自伝・・・多分誰かの代筆・・・がある。全く中身のない本で2ページ以上は読めたものではない。そこで筆者は瀬島のことを2ページ半の男と呼ぶことにしている。しかしこの空っぽの中に、彼が溜め込んだ秘密が隠されているのだろう。かれはその秘密を全てのみこんであの世に行った。果たして重信房子は何を残すのか?暴露されては困る面々も大勢いるだろう。筆者が昭和史を考える上で、今も引っ掛かるのが瀬島龍三だ。
(22/05/30)

(石原慎太郎とプーチン)
 言うまでもないが、両者には個人的な接触はない。石原が「日本維新の会」共同代表を務めていたころ、ひょっとして鈴木宗男を介して間接的接触はあったかもしれないが、憶測の域を出ない。しかし両者を比較すると類似点・共通点が多いことに驚く。
1、反米民族(愛国)主義者。
 両者に共通するものは、民主主義、資本主義、多様性の尊重等の西欧的価値観の否定あるいは嫌悪・憎悪である。結果として権威主義、単一主義等孤立主義に陥る。
 ここでキーワードは反米。日本の民族(愛国)主義者・・・所謂保守・右翼・・・には親米と反米とがある。親米右翼の代表はアベ晋三で、彼を支持する自民党保守派やこれを外部からサポートする「日本会議」、その主要構成団体である神道政治連盟などが含まれる。かつて反米を掲げていた連中が、終戦と同時にコロッと親米に早変わりするのは、黒塗り教科書と同じで、ブラックユーモアを通り越して滑稽でさえある。
 一方戦後の反米右翼は赤尾敏を筆頭に、街頭で反米・反共・反政府宣伝を繰り返し、70年安保闘争以後は一水会のようなニュー理論右翼に連なる。石原の自主防衛・憲法改正論と「ノーといえる日本」というのは、この延長線上にある。
 プーチンの反米民族(愛国)主義は説明するまでもない。ただ石原のそれと異なるのは、石原の反米主義はこれまでの歴史的経緯を踏まえた、それなりに論理性、合理性を有する.が、プーチンはそれらを超えたスピリチュアルな領域にある。だから合理的な論理に慣れた、日本を含む西側世界の人々にとって理解を超えたものになる。彼の反米主義の基底にあるものは、あらゆる災厄はアメリカ始め西側の陰謀による、彼らは常にロシアを騙し滅ぼそうとしているという陰謀論である。更にロシア正教という、東方正教会の中でも異端に近いセクトが加わり、宗教性を帯びてくる。
2、アナキズムとポピュリズム
 アナキズムとは、従来の価値観・・・文明、宗教、思想、政治・・・を全て否定し、それらによって抑圧されてきた人間の持つ本質を解放しようとするもの。だからなんでも好き勝手にできるだけ、というのは浅はかな理解で、結構宗教的な思想運動である。
 アナキズムが人間に対し攻撃的になれば、それは今ウクライナで行われているロシア軍による残虐行為となる。一方逆に欲望を徹底的に追い求めれば、際限のない快楽・享楽主義になる。これを政治的に利用すればポピュリズムとなる。
 石原が23才で新人文学賞を取った「太陽の季節」は、当時の日本はやっと戦後の混乱を脱し、復興期に入った頃。地方はまだまだ貧しく集団就職が当たり前。それにもかかわらず、湘南海岸で享楽にふけっていた若者蔵を描いたもので、その意味ではアナーキー作品である。
 ポピュリズムは又大衆扇動にも利用される。この天才はヒトラーだが、石原だってスケールは小さいがやることはやっている。その一つが2010年尖閣衝突事件。この時彼は東京都知事だttが、尖閣諸島の都有化を発表し、全国から寄付金14億を集めた。これなど立派なポピュリズムである。
 プーチンの場合はキリスト教との関係を考えなければならない。現在ロシアにおける最大宗教勢力は、ロシア正教である。ところがロシア正教は東方正教会とは対立関係にある。それはロシア正教が主張する「モスクワ第三のローマ論」である。これはイワン三世時代に唱えられたもので、「第一のローマは堕落した。第二のローマ(コンスタンテイノポリス)は滅びた。モスクワこそ第三のローマである」というもの。つまりロシア正教は東方聖教会の中では異端であり、その熱心な信者・・・を自称する・・・であるプーチンは、異端であり、アナーキーである。西欧のカトリックやプロテスタントのような偽善は受け入れられない。キリスト(プーチン)に刃向かうものには、容赦なく罰を加えよ。如何に残酷であっても、神の許しを得られるだろう。
 一方で享楽主義的側面も忘れてはいない。周辺にまとわりつくオルガルヒのような利権亡者、プルシェンコのようなプーチン信者には惜しみなく恩恵を与える。強固なメデイア統制は、逆に言えば大衆扇動の別の方法である。
3英雄崇拝
 前掲の書の目次を見てみると、50台で夭折した弟の石原裕次郎に関する評論がかなりのスペースを占めている。事実慎太郎も裕次郎の死後「弟」という本を出版している。麗しい兄弟愛と云えそうだが、本当にそうでしょうか?
 作家というものは例え肉親の情愛葛藤でも、作品にするときはモデルを客観化するものである。それを臆面もなく前、面に出すには何か意図があるはずだ。「英雄」と「その死」は作家(詩人)にとって、古代ギリシャ、ローマから中世ケルト伝説まで永遠のテーマである。兄慎太郎は弟裕次郎のの生涯に、自分がなろうとしてなれなかった英雄を見たのだろう。ここで重要なことは、英雄が英雄であるために必要なことは、「悲劇的な死」を迎えることである。弟裕次郎の死は当にピッタリだった。
 ではプーチンはどうか。彼が具体的な英雄を取り上げたことは、多分ない。おそらく誰も英雄とは認めていないだろう。彼にとって人間は利用する価値があるかどうかだけである。過去のロシアの英雄達も、彼にかかれば自分の権威を高めるためのツールに過ぎない。これもロシアアナキズムの一典型である。
 むしろ逆に彼自身が英雄として崇められたい、願望があるかもしれない。日本や西欧では、英雄は只強いだけでは駄目で、信義に篤いとか、正義に忠実だとか他の要素を求められる。残虐行為などもっての外だ。しかし大陸民族では逆で、領土拡大、権力強化のためなら、裏切りでも残虐行為でも、何でも許される。むしろそういうことを平然と行える人間こそ、英雄として称えられるのである。ロシアの雷帝イワン四世は権力のためなら自分の子を殺すは、あらゆる悪行を積んだが、ロシアでは領土を拡大した英雄だ。この意味でプーチンは自ら英雄になろうとしていると考えられる。つまり英雄崇拝の自己同一化だ。
 慎太郎とプーチンに共通しているのは、英雄になりたいが果たせない怒りとコンプレックス。それは自分が二流人間ということを分かっているからだ。結果として二流人間・・・・この中には文春のようなメデイアも含まれる・・・が周りに集まってくる。彼らの媚びへつらいにいい気になっているうちに、「裸の王様」になってしまった。
(22/04/18)

 昨日駅前の本屋で書棚を見ていると「石原慎太郎伝 その虚像と実像;大下英治」というのがあったので、中身はどうかと思って立ち読みしてみたら、こういうエピソードが載っていた。ある時慎太郎が旧友二人とカラオケに行くと、「いきなり同期の桜」を歌いだした。その後、一人が何故か、と聞くと慎太郎はこういう話をした。
 「おれは戦争末期、勤労奉仕で少年整備兵として特攻機の整備をやっていた。俺が整備した飛行機に乗って特攻したかと思うと・・・」。これは真っ赤なウソ。彼が死んだのは昨年末89歳、終戦の年彼は12才か13才小学6年生。勤労奉仕は中、女学校3年以上で小学生が対象になることはない。まして小学生に特攻機の整備を任せることはあり得ない。
 又別のあるところで、こんな嘘もついている。戦争末期小学校6年で疎開先北海道小樽・・・ここまでは本当・・・での出来事。学校の帰りにいきなり米軍機の機銃掃射にあった。すると何処からか日本軍機が現れて敵を追っ払ってくれた。そのとき国家というものの存在を感じた」。
 終戦末期と云っても何時かわからないが、沖縄戦当時なら米軍空母は沖縄海域にに集中しているし、その後でも本土上陸戦に備えて関東以南に兵力を集中している。北海道までは手が回らないし、戦闘機の航続距離からみて、関東から小樽までは無理だ。また日本軍機も殆どが特攻要員で、主戦場は関東以南。とても北海道の日常パトロールに回す余裕はない。それと幾ら早熟といっても、小学6年生で国家という抽象概念を理解できるでしょうか?
 ズバリどちらも慎太郎の頭の中で捏造された妄想である。前者の少年整備兵の逸話は、鶴田浩二を自分に重ね合わせた結果かもしれない。無論彼は嘘を描くのが本業の小説家である。しかしその嘘は小説という主戦場で発揮されるべきであって、プライベートな会話とか、マスコミ取材という半ば公的な場で広めてはならない。しかも彼は政治家という二足の草鞋をはいていたこともあり、その発言は本人の意志とは無関係に、しばしば政治的な意味を持ってしまう。
 そして別のページをパラパラめくっていると、いろんな人間の名前が出てくる。ところがそれがみんな二流の人間ばかりだ。中に小池百合子の父の勇二郎というのあった。この男、芦屋に住む石油ブローカー。1980年イラン・イラク戦争が始まった。たちまち始まったのがホルムズ海峡問題。イランがペルシャ湾の出口のホルムズ海峡を封鎖すると、日本に石油が入ってこなくなるという妄説である。
これを日本で広めたのが、当時関学大教授の武村健一という石油や国際政治には素人の英語遣い。実はこの人物、小池勇次郎の取り巻きの一人だったのである。武村がそれらしく喋るとマスコミが飛びつく。それにつられてガソリン価格も上がる。中間の小池が儲かるという仕組みだ。ところが何年たってもガソリン価格はあがらない。それどころか下がる一方。これは何故かと考えたところ、9年目で筆者が得た結論は、イランとイラクが戦争している限り、石油価格は下がっても上がらない、ということだ。その翌年キッシンジャーが同じことを言っていた。
 新井将隆という名前もあった。彼は安宅産業かイトマン事件に絡んで自殺した。原因は今もわからないが、背景に許永中の影がちらつく。当時は中曽根政権時代。新井は日本に帰化していたが在日。許との関係で疑われるのが、許ー統一教会=国際勝共連合ー新井将隆ー中曽根康弘という関係。中曽根金脈或いは対ソ政策*に繋がる何かを握っていても不思議ではない。何らかの秘密を握っていて、それを墓場まで持って行ったのだろう。
 石原は当時中曽根派に属し、中曽根のボデイガードのような役目も担っていた。行く行くは中曾根派を受け継ぎ、総理総裁を目指したのだろう。しかし中曽根は跡目を渡辺美智雄に譲った。これがきっかけで石原は中曽根とたもとを分かち、議員を辞し都知事を目指すことになる。
 他にもいろいろあるが、全体としてみて、石原慎太郎の交友関係は極めて狭く、それも二流の人間が多いということだ。いわば、二流の人間に囲まれた「裸の王様」というのが筆者の見る石原慎太郎の実像である。これはロソアのプーチンにそっくりだ。もし慎太郎が生きておれば、現在のウクライナ戦争を、親ロシアスタンスで語るはずと筆者は考える。何故なら彼のこれまでの言動は、ウクライナーヨーロッパよりプーチンーロシアの主張に整合性が取れているからである。もし逆なら、それこそ変節漢、日和見主義者となる。
*当時中曽根臨調会長は伊藤忠会長の瀬島龍三。この時起こったのが東芝機械のココム違反事件。東芝機械が潜水艦スクリュー切削盤を第三国経由でソ連に輸出したというもの。実はこのバックに伊藤忠がいたという説がある(保坂正康「昭和の怪物」)。それを握りつぶしたのが、中曽根と瀬島だ。
(22/04/15)

【石原慎太郎批判】 社民党副党首が慎太郎についてレイシスト、ファシスト、女性差別主義者等と批判したところ、ホリエモンが「・・・死んだ時ぐらいそっとしてやれ、左翼はとことん叩くのだな」とツウイート。随分慎太郎に優しいじゃないか。逆に左翼の誰かが死んだとき、彼はどういうのか、聞いてみたいものだ。それはともかく、石原慎太郎とはどういう人物だったのか?これは文学面、政治・思想面双方について評価があり得ます。それぞれは全く別かもしれないが、見えないところで繋がっているかもしれない。
 筆者は文学特に私小説には全く興味はないので、石原文学など紙とインクの無駄使いと思っていた。政治・思想面でいえば彼は確信犯的歴史修正主義者・反知性主義者です・・・つまりアホです。本人もそう思っていて発言・行動していたはずだ。その中で最も基本にあるものは”反知性主義”で、他の歴史修正主義や破壊主義的文学などは、その延長線又は形を変えた表現と考えられる。
 では彼の反知性主義はどうして形成されたのか?フロイトによれば、個人の人格は幼少期体験に拠るとされる。彼の幼少期体験といえば戦争と敗戦である。彼の年齢では小学校は国民学校となり、徹底的な軍国主義教育を施された。立派な軍国少年になったはずだ。
 しかし小学生が軍隊に行くわけはないので、彼の戦争体験は他人からの吹き込みや伝聞・・・大体が自慢話・・・だけだ。これが田中角栄や竹下昇・野中広務などの兵役経験者と異なる点だ。敗戦後の体験も、父が日本郵船の重役だったせいで世間とは異なる優雅なもの。戦後の混乱経験などない。これが野坂昭如とか美空ひばり、山口組三代目田岡一男ら焼け跡闇市派と異なる点。
 もう一つの戦後体験がある。それは当時の共産党が主導した暴力革命路線だ。これのバックにはソ連共産党があり、それに操られた強硬派による騒擾事件が相次いだ。但しこれらの多くはGHQの謀略とされている。石原家は共産党が目の敵にする典型的プチブル階級。幼い慎太郎は政府とGHQの発表を鵜吞みにし、共産党と背後のソ連に恐れを抱いのだろう。左翼的に言えば、プチブルとは日和見の代名詞でもある。
 更に世間では飢えと貧困が重なり、巷では暴力事件が多発した。その多くに朝鮮人や中国人暴力団が絡んでいたと・・・拡大して・・・伝えられていた。これが後の中国人・韓国人蔑視発言に繋がり、レイシスト呼ばわりされる元になった。
 朝鮮戦争の影響も考えられる。1950年突如北朝鮮軍は南進を始め、2カ月後の8月には米韓軍は釜山橋頭保に追いつめられる。この頃日本では、共産軍が日本に攻めてくるのではないか、日本でも本当に革命がおこるのではないかという風説が飛び交い、その中で吹田騒擾事件もあって、国内でも緊張が高まった。慎太郎は高校生。さて当時の世界をどう考えたのか?更に反共思想を強めた可能性はある。これは三島由紀夫も同じだ。
 当時日本の知性は左翼が圧倒的に強く、左翼にあらずんば人にあらずという雰囲気だった。この雰囲気と上で述べた慎太郎の原体験が相容れるはずがない。かくてアンチ左翼=反知性主義という石原慎太郎の人格が形成された。
 そもそも近現代日本の思想対立を見ると、好景気の時には左派が、不景気になると保守・右翼が強くなる傾向がある。第一次大戦後の好景気では大正デモクラシーという左派文化(革命)が栄えた。1929年大恐慌後の昭和大不況下では、右翼・国粋主義者が台頭(改革)し、軍部と結びついて国を滅ぼした。ドイツでもこれまで泡沫だったナチが躍進した。「日本維新の会」と同じである。
 戦後の10年間は占領下、社会運動もGHQの統制下だから例外だが、60年代から70年代前半にかけての高度成長期には社会党が議会の半数近くを占めるなど左翼が伸張した。70年代後半以降はドルショック、オイルショックによる50年代不況に突入するが、前時代の貯金もあって何とか切り抜けた。しかしこの時期にじわじわと保守の巻き返しが始まる。
 90年代バブル崩壊とソ連東欧崩壊は、日本だけでなく世界中の思想界に大きなパラダイム変換をもたらした。つまり社会主義vs資本主義の対立では資本主義の勝利、資本主義の中でも新自由主義の勝利が叫ばれ、東西冷戦下では、米ソともに抑えていた個別民族主義が頭をもたげ、ネオナチや反ユダヤ主義が復活し、極右政党が存在感を示すようになった。更にイスラム原理主義を始めとする宗教勢力が政治に影響力を持つようになった。これは日本でも同じで、今の保守・右翼業界に影響力を持つ「日本会議」の基は「生長の家」であり、最大の支持団体は「神道政治連盟」である。石原慎太郎と「生長の家」との関係は有名だ。
 更にそれに輪をかけたのがインターネットの普及である。ヒトラーが宣伝にラジオを使ったように、政治宣伝は時代のテクノロジーを真っ先に利用する。日本でも90年代からネトウヨなるものが現れ、2ch等のネット空間を利用して保守・右翼派宣伝拡散が始まった。その匿名性を利用してこれまで言いたいことが言えなかった本音が表に出てきた。その中には様々な差別・ヘイト発言が大きな比重を占めている。
 石原慎太郎の言論活動をよく見てみると、本人やその周辺は否定するだろうが、その時代、時代に合わせてきた傾向が見え隠れする。まず出世作である「太陽の季節」が出たのは1950年代。世間は米ソ冷戦時代で朝鮮戦争の余韻も冷めやらぬ中、湘南海岸で遊び戯れる若者像を描いた作品、らしい。ここで彼が得た評価は、現状の安定を否定する破壊主義的作家。なんだ左翼系か思ってしまう。
 更に1973年環境庁長官長に就任すると途端に環境保護派に転身。デイーゼル車規制もこの時代に始まった。環境保護は今も昔も左翼の縄張り。遂に慎太郎も左派に転身か思われたが、50年代に入ると亀井静香やヤマタクなどと「青嵐会」なる一味を結成。国士を気取る様になってしまった。その後一旦は政界を引退したものの5年には「東京都知事に復帰。更に都知事引退後も橋下なんかに担がれて「日本維新の会」に参加。これが分裂すると」本当に引退してしまった。
 その間彼がやったことといえば、小泉純一郎と組んだ親中竹下経世会潰しのための地方潰し東京一極集中政策、東京オリンピック誘致と豊洲移転。政策が行き詰まった政治家が選ぶのは、オリンピックか万博、それと戦争だ。慎太郎は都知事としての政策に行き詰ったのだろう。それと不景気で保守化が進んだ世間におもねるアンチ左翼の悪口雑言、妄言、寧言、奇言。マスコミはこれらを石原節と呼び、本音の発言とおだてた。田原総一郎のようなアホも彼をブレない政治家おだてたが、慎太郎は実はブレまくっていたのだ。
 その一例として筆者が記憶しているのは、豊洲移転問題で、マスコミが慎太郎の実家を直撃したところ、いかにもやつれた表情で「なんでこんな年寄りにそんなこと聞くの・・・」と逃げを打つ。これだけ見ると慎太郎もおとなしくなったなあ、と思うがとんでもない。その数か月後の某民放テレビ番組では意気軒高、大声で国家論、憲法論をぶちまくっていた。一体全体どっちが本当の慎太郎なのか?
  何故彼のような反知性的悪口雑言妄言を、多くのメデイアが拡散し人々は受け入れたのか?それは彼の言説が難しい知性の批判をスルーして、ユングの言う人々の集合無意識に直接作用したからである。ある地域に住む人間集団は独特の集合無意識を持つ。普段はそれに気づかないが、集団に不安定な状態が発生すると、この無意識が表に出てくる。それは体制に対する不満であったり、既成権力への反感であったりする。扇動者はそれを刺激し人々の不満・反感を拡大する。但しその行先については責任を持たない。
 ある記者が慎太郎に「貴方は政治家ですか、小説家ですか」と聞いたところ「小説家に決まってるだろう」と返事。なるほど、これが本音なのだろう。昔ある作家が「小説とは多数の小さな真実を集めて、一つの大きな嘘をつくことだ」といった。あるいは「小説とはその時代の風潮を凝縮したものだ」という言葉もある。
 小説家というものは言葉で勝負する。従って常に原稿用紙の向うの読者を意識する。政治家もまた、新聞やテレビの向うの一般国民の反応を意識する。そして誰よりも時代の風潮に敏感である。ということは、彼もまた自分の発言が世間でどう受け止められるか、今の時代の風潮がどうであるかを見切って計算しているはずだ。彼ほどの政治人間がそうでないわけがない。
 結論を言えば、石原慎太郎とはその先々の時代風潮を読んで姿かたちを変える天才的俗物、日和見主義者、機会主義者(オポチュニスト)である。本人は自分を無頼派小説家と称するが、本当の無頼派か。三島や西部と異なって89才まで長生きしてしまった。言葉だけじゃなかったのか。
(22/02/13)

 平成・令和マスコミ界3大老害の一人、石原慎太郎がいなくなってせいせいだ。後二人は読売のナベツネと田原総一郎。これらの首に鈴をつける度胸のある人間はマスコミ界にはいないのか。
 まずナベツネは元日共党員。その後脱党して転向、戦後読売新聞に入社。その間のいきさつは佐藤・池上「戦後左翼史」参照。しかし下ネタを売りに政界に食い込み、自民党筋から仕入れた特ダネを連発して読売で出世の階段を昇りつめ、更に組織体制を支配するプロセスは共産党そのもの。それに誰も気が付かないのだからあきれる。
 田原総一朗の老害振りは説明する必要もないだろう。最近では一昨年、菅内閣が発足すると、いそいそと官邸に乗り込み、それを自慢たらしくテレビで垂れ流す。そして昨年菅内閣が崩壊すると「僕は菅さんに期待していたんだ」と言い訳。何故かというと、菅が自分で語った苦労話を真に受け「庶民の気持ちがわかるせいじかだと思っていた」というのだ。菅の語る集団就職や段ボール会社アルバイトなどその時代背景を見れば、嘘に決まっているのが分からないのか?あんな下手なウソを真に受けるようでよくジャーナリストといえる。
(22/02/01)

 

 物知りと云うか物好きというか、20世紀民俗学に大きな足跡を残したフレーザーによれば、古代世界では季節(収穫期)の変わり目毎に選ばれた人間を生贄にささげ、来季の豊作を願ったという。最近イギリスやアイルランドで2~3世紀頃の、板に打ち付けられた人物の遺骸が発掘されたテレビドキュメンタリー番組を見た。
 犠牲者はどれも健康状態は良く、上流階層と考えられている。中で筆者が興味を持ったのはある女性の遺骸。これにはタータンチェック柄の布が副葬品として添えられていた。 タータンチェックの格子模様は、本家は単純で分家が進むほど格子を重ねるので複雑になる。発掘された女性のチェック柄は黒い線が二本交差するだけのシンプルなもの。ということはこの女性は非常に高位の家系の出身と云える。つまりこの女性は罪を得て殺されたのではなく、部族の願いを叶えるため生贄にささげられ神となったのである。3世紀にローマによって禁止されるまで、ケルト社会では生贄が行なわれていた。
 生贄は農業だけでなく、何か災害や疫病が流行った時、これは王の力が弱った所為として罪を王に移して生贄にささげた。王殺し、神殺しのはじまりである。前述のケルトの女性は、一族の罪・穢れを背負って生贄となったのである。この思想は西方世界だけでなく、世界各地に共通して存在する。
 それはともかく、この時期になるとやたら増えるのが特攻モノ。中でも特に保守派から良く聞こえるのが「戦後の繁栄は彼らの犠牲のお陰だ」という論法。一見特攻を美化しているようだが、実は当時の政治家や軍人の無能・無責任を糊塗する詭弁。
 特攻隊員の誰も戦後の繁栄など望んでいない。はっきり言えば戦争を始める前に繁栄させろ、と言いたいぐらいだろう。戦後の繁栄を作ったのは、まず(1)通貨切り替えで政府の借金をチャラにしてしまったこと、(2)1ドル360円の固定相場、(3)新憲法下で天皇より公共と云う概念が力を持ち、政府による土地収用が簡単になったこと。農地改革で政治家と関わりを持つ大地主がいなくなったことも大きい。4)日本人の再興を阻止するためにルメーがやった戦略爆撃は日本の工業施設を破壊させたが、その御かげで戦後日本の工業施設は最新鋭に入れ替わった。戦勝国のアメリカや
イギリスは古い設備のままだった。これでは勝負にならない。ざっとこんなところである。
 それでも何こんな詭弁をろうするか、そして何故そこそこ世間に受け入れられるのか?やはり特攻隊員に対し後ろめたい気持ちがあるのだ。世の中が変わる時、神は犠牲(=生贄)を要求する。特攻隊員をその生贄とし、政治家や軍人の無能・無責任という罪、敗戦という穢れを特攻隊員に移し替え、古代ケルト人と同様神に見立てることによって、全ての罪が消えると考えるのである。逆に言えば、生き残った者の罪を消すには生贄が必要であり、更に生贄を神に祭り上げる必要がある。靖国神社はそのためのツールである。
(21/08/16)

 最近大阪で故田辺聖子の日記が見つかって、その中の昭和20年8月15日の冒頭に大きな字で「何事ぞ!」とあった。これを大阪庶民語に訳すと「(これまで散々嘘ついてきやがって)、ワレ何ぬかしとんねん、いてもうたろか!」となる。多少河内弁が入っていますが。お聖さん、よっぽど頭に来たのだろう。それぐらいの意味が、この短い言葉に込められているのだ。
 それに比べ今の政治家、特に首相である菅の言葉の貧弱さ薄っぺらさに驚かされる。何を聞いても「安全・安心」、「そうとは考えておりません」の連続。この男に掛かっては、黒いカラスも「ワタシには白い鳩に見えます」で押し通すだろう。ガースーじゃなくて、カースーだ。言葉がスカスカ。
 これはアベ晋三始め保守派が敗戦を認めず、「敗戦ではない、終戦だ」と言い張るのとよく似ている。それこそお聖さんじゃないが、「ワレ何ぬかしとんねん、いてもうたろか!」ということになる。
(21/08/14)

 大阪市の松井は、昨年府市統合案の住民投票による否決の原因となった大阪市の試算文書を廃棄したと発表した。こういう文書こそ、「報道の不自由展」に展示した方が良い。
(21/07/17)

 「報道の不自由」展大阪開催は、地裁判決に続いて大阪高裁でも会場管理者(事実上大阪府)への違法判決。従来の判例から見てこうなるのは分かっている。大阪府側はなお最高裁に特別抗告するようだが、門前払いは眼に見えている。同展開催に対し何者かが「サリンだ」と称して液体を送り付けてきた。こんなもの偽物に決まっている。当たり前だがサリンのような危険物質を素人が作れるわけがなく、作り出したとしても出来る前に当人が死んでしまう。
 ではどんな人物が送り付けていたのだろうか?サリンと云っているからには犯人はテロを意識しているはず。テロ=サリンを発想するのは、30年前の地下鉄サリン事件を強く記憶している世代。それから類推すると、年齢は50才前後、若い頃からアルバイトや非正規で働いていた。
 この世代はバブル崩壊の被害をまともに、且つ最も強く受けた世代だ。又、従来輸出型重厚長大産業に偏ってきた大阪と云う土地も、又バブル崩壊と円高被害を最も強く受けた土地でもある。こういう二重被害を受けた世代は、世の中をどう評価するか?既成政党・・・代表は自民党と旧社会党・・・を信用せず、難しい政治理念はほっといて、今目に見える政策を実行してもらいたい。そう願う世代が維新に流れる。尤も、筆者の目では維新は只の批判勢力、ポピュリズム政党であって、長期的な展望に立った視点はなく、人々の願望をかなえる力はない。せいぜい現状に不満を抱く人達を煽るのが関の山。その結果産まれるのは混乱だけだ。
(21/07/16)

 名古屋で愛知県知事インチキリコールが話題になった「報道の不自由展」に、何者かが爆竹を送り付けたので事実上中止に追い込まれた。犯人が何者か分からないが、やり口から見て素人の愉快犯。河村や高須の行動に刺激を受けてやってみたのだろう。そういう意味で、高須に悪乗りして騒動を煽った河村や大阪維新の吉村や松井も共犯である。
 その「報道の不自由展」が大阪で開催申請を出したところ、大阪府が市民の安全が保証できないという理由で不許可にした。これに対し主催者側が提訴。吉村は法廷闘争なら受けて立つと明言。
 この騒ぎ、いまから20年ほど昔、各地で起こった、日教組教研集会の許可取り消しや申請不受理という騒動によく似ている。理由は右翼が周囲で騒ぎ出し、市民の安全が保てないと云うものだ。それに対し日教組側が提訴したところ、全ての裁判で行政が負けている。
 吉村は一応は弁護士なのだから、この判例は知っているはずだ。つまり大阪府敗訴は眼に見えている。それにもかかわらず何故「受けて立つ」と云うのか?本当に弁護士かあ?。
 名古屋の河村も大坂の吉村も、共通しているのは脅迫勢力を恐れ、それにおもねっていることである。彼らの言い分は、この企画によって市民に危害が及ぶ可能性がある、というもの。では危害を与えるのは何か?水害のような天然や感染症のような、人智を越えた広域的災害ならいざ知らず、相手はたかが右翼や愉快犯のろくでなし。こんなものに怯えて何が出来るというのか?
 こういう意気地のないことをするから、奴らがのさばるのである。それより、河村や吉村自身が、このような反社会団体シンパで、それに協力するため企画を妨害しているのではないか。つまり彼ら自身、このような反社会勢力の一味と化しているのだ。何故か?それは次の選挙のためだろう。
 筆者が中学生だったころ、筆者の通う中学校には三つの不良グループがあった。その内最強グループのボスは中学生でありながら山口組の盃を受けたという大物。筆者はそのボスとある時トラブルになった。その時、何故かそのボスと友達になってしまい、その後怖いものがなくなった。その理由は学校側が問題を有耶無耶にせず、ボスに対し強い態度で臨んだからである。

 ところが今日、大阪地裁が大阪府に施設の使用を命ずる判決を出した。この問題の背景にあるのは、実は同和問題。弱い人間はより弱い人間を差別する。維新のバックにあるのは解放同盟である。解同如き怖がって何が出来るというのか!
(21/07/09)

 愛知県知事不正リコール事件で、リコール運動事務局長とその家族が、公選法違反で逮捕されました。本人だけでなく家族までと云うのが面妖。この事務局長この2月まで日本維新の会名古屋支部局長で、なおかつ次の衆院選出維新公認候補だった。
 このリコール運動、始めたのは高須院長だがそれに名古屋市長の河村や”日本維新の会”の松井・吉村・片山などが加わり、彼らが中心となって運動を拡大した。ところがリコール用紙偽造発覚後から、これら応援団は一切の責任を事務局長に押し付けて、自分達は知らぬ顔を決め込む。まるっきり河井事件で、互いに責任を押し付けあう自民党首脳・・・二階・甘利ら・・・の見苦しさとそっくりだ。
 それはさておき公認候補をいきなり支部長から解任するなど不可思議千万。こういう場合は大抵、事前に警察からその所属団体へ、何時いつパクるという情報が伝えられる。そこで慌てて支部長解任で組織防衛を図ったのだろう。
 この件で不思議なことが未だある。それは集めた資金の行方である。報道によれば運動事務局は、クラウド献金などで5000万円超の資金を集めている。一方支出では約7割に相当する3600万円超が”政治活動費”になっている。ということはこの団体は政治団体ということになる。
 この場合、具体的な政治活動が無ければこの収入は代表者・・・例えば事務局長とか高須院長・・・の雑所得となり、課税対象になる。政治団体が知事リコールという市民活動を装って資金集めをしたとすれば、献金者に対する詐欺行為に当たり、政党法違反にも問われかねない。又、一部が維新や名古屋市長選で河村陣営へ、あるいは自分自身の選挙資金へ、などという余計な勘ぐりが産まれる。
 つまりこの事務局長、結構ヤバい橋を渡っているのである。こんなヤバい橋を渡る人間はひょっとして維新ではあるまいかと思っていたら案の定維新だった。類は類を呼ぶというが、何故こんな少々世間からずれた連中が維新に集まるのか?橋下も松井・吉村も考えた方が良い。いや彼ら自身、ヤンキーだから世間からずれている。そしてそれは世間からずれた芸人”ヤシキたかじん”のDNAかもしれない。
(21/05/22)

 一昨日5月15日は、昭和史にその名を遺す5.15事件のあった日。この事件は4年後の2.26事件と並んで、昭和初期に起こった政府転覆・国家改造運動の一つである。事件そのものが犬養毅殺害一件にとどまり拡大しなかったことから、2.26事件に比べマイナーに捉えられてきた。しかし最近の研究で事件そのものは小さくても、後に及ぼした影響の大きさから再評価が行なわれている(小山俊樹 中公新書「5.15事件」他)。
 事件がその後に及ぼした影響は大きかったかもしれないが、事件に関わった人間、特に若手海軍士官や一部の右翼活動家の思想はやはり軽かった。上に挙げた書籍を読んでみたところ、筆者が感じたのは、事件計画のお粗末杜撰さ、主謀者の手前勝手な過剰期待、事件後に対する無責任さである。これは70年三島由紀夫防衛庁占拠事件や現在進行中のコロナ下での東京オリンピック実行論にも繋がる。
1、少しまともな人間なら、彼ら事件主謀者の思想の浅はかさにあきれるはずである。普通の人間は解決すべき問題に接した場合、解決に至る手順を一つ一つ考えていくものである。それを体系化した方法が弁証法である。
 弁証法と云えば直ぐにマルクス主義に行くが、それは間違い。弁証法の基礎はインド哲学にある。仏教で釈尊が開いた小乗仏教は厳密な論理で組み立てられている。その基になっているのがバラモン教のヴェーダ哲学。これが後のヒンズー教哲学になる。それが18世紀ドイツに輸入され、ヘーゲルの弁証法になる。マルクスはそれを唯物論に応用しただけである。
 ところが弁証法を順序通りやればとてつもなく面倒で、しばしば自己矛盾に陥ることがある。それを解決しようとしたのがドイツ観念論である。つまり途中の面倒な手順は省略していきなり結論に行こうというわけだ。代表的なのはニーチェ。その延長線上にヒトラーもみえかくれするが、これはニーチェをパクっただけ。社会的矛盾を一挙に解決しようとした人物のもう一つの代表が毛沢東である。彼が行なった暴挙の代表が弁証法を無視した「大躍進」と「文化大革命」である。これによって中国では数千万人が犠牲になったと云われる。
 事件主謀者の主張は、今の経済的困窮の原因は財閥・資本家の横暴にあり、それを束ねているのが今の政府である。又ワシントン軍縮条約に見る通り、英米は日本の弱体化を測っている。これらの責任は全て今の内閣にある。従ってその頭目である犬養を誅殺する。
 こんな話を聞いて、「はあそうですか」と云えますか?そもそも昭和大恐慌の原因は29年ニューヨーク株式の暴落に発するもので、その原因は一部投資家による過剰株式売買・・・所謂投機・・・が焦げ付いたからである。その当時既に世界の金融・経済はニューヨーク経済に組み込まれてしまっていたから・・・社会主義路線でニューヨークと縁を切っていたソ連を除いて・・・誰も逃れられない。
 また、海軍軍縮にしても、米英の海軍当局だけが日本を狙い撃ちにしていたわけではない。欧米各国民衆が世界恐慌から逃れるために軍縮を要求したわけで、各国政府はそれに従っただけだ。こんな複雑な問題を犬養一人を誅殺して解決できるわけがない。
 更に笑止なのは橘孝三郎という民間農本主義者である。かれは茨城県で愛郷塾という団体を主催していたが、青年士官や同郷の井上日招等に誘われて事件に参画した。彼の主張は現在の政治腐敗、国民窮乏は資本主義の為すところの必然である。資本主義を支えるものは科学技術である。従って科学技術の暴走を阻止しなければならない。まあここまでは納得できる。1960年代ヨーロッパ学生の反乱で挫折した左翼が環境保護を掲げてドイツ「緑の党」を結成し、70年代以降の単純反科学主義も概ねこれに沿ったものだ。一方これが暴走するとトランプのような陰謀論に結びつく。そして橘が考え出したのが、東京電力の変電所を襲撃し、帝都を暗闇にし、民衆の覚醒を誘うと云うものだった。まともな人間ならこんな馬鹿げた話に付き合うはずがない。
 橘はネットワークというものを理解していなかったのである。電気は水が源流から始まり、次々と下流に枝分かれするものと思っていた。この場合支流に分かれるところにあるのが変電所だから、ここを破壊すれば都市の電力供給はストップすると錯覚していた。ところが近代都市のインフラはそんな単純な者ではなく複雑なネットワークを作る。この場合、ネットワークの一か所を切断したところで、別の経路を使えば簡単に復旧できる。このネットワークの構築は、破壊を想定したものではなく、インフラを短期間に構築するためにやむを得ず作り出したものである。それを要請したのが橘が憎悪する資本主義だったのである。現実には東京は暗闇にもならず、普段の状態そのままだった。
 そして、彼らの最も愚かだったのが「義挙捨石論」である。つまり、我々の行動は「義挙」であり、失敗するかもしれないが、その後に大衆がついてくるだろうという殆ど神頼みに近い「過剰期待」。これは1970年三島由紀夫の防衛庁占拠事件。三島らは我々が事件を起こせば自衛隊が決起して、現体制を倒壊させ天皇中心の国防国家が出来ると考えた。しかしいずれも何も起こらなかった。大衆が無知なのか、彼らが暴走しただけなのか?筆者はこれは大脳生理学あるいは心理学の1ケースと考える。
 人間は何かを突き詰めて考えると、脳に快楽物質であるドーパミンが過剰に分泌され、その結果ソレトニンの分泌が抑制される。ドーパミンの過剰分泌は人間に正常な判断をさせなくなる。覚せい剤をやった時と同じだ。その結果が上で述べたような、殆どあり得ない身勝手な結論を出したのである。
 そしてそれに似たことが今進行している。それはこの世界的感染症下でのオリンピック開催論である。そしてかつての5.15事件主謀者と同じことを主張しているのが、実は日本人ではなくIOのバッハや、副会長のコーツなどである。彼らの言い分は、どんな困難なことで日本人ならできるとか、今は支持は低くても大会が始まれば支持は広がるといった根拠不明の精神論、自分勝手な思い込み(=過剰期待)である。5.15事件が起こったのは今から89年前。少しは学んだらどうか。
(21/05/17)

 愛知トリエンナーレリコール署名疑惑。36万筆が偽造でアルバイトだったという。この構図はどうもこうらしい。リコール発議者(個人又は団体)ー事務局ーイベント会社ー人材派遣業者ーアルバイト
 さて36万人の代筆を無料でやる馬鹿がいるでしょうか?一筆幾らか相場は分からないが少なくとも10円から20円。最低で10円少しとしても、アルバイト料だけで400万円近く懸かる。それにリコール用紙の印刷代や何かで直接費だけで500万近くなる。それに中間企業のマージンを入れれば、総経費は少なく見積もっても1000万近くになる。
 そんな金をポーンと気前よく出せる人などそう多くはいない。名古屋の河村とか、大阪維新の松井・吉村・橋下のようなしみったれが、そんな金をだせるわけがない。やっぱりあの院長か?てなことになってしまうのだ。美容整形外科というのは保険外診療だからどうにでもなる。確かあの院長、これが発覚したとき、ネットに「死刑でも何でもなったる!逃げも隠れもせん」と粋がっていたのではあるまいか?
 偽造数36万筆は全体の8割になるということだから、全体では45万筆が選管に届けられたわけだ。ということは、本当に大村リコールに賛同したのは、たったの9万人ということになる。愛知県の有権者は200万人位はいるはずだ。全体の1割にも満たないお粗末さ。名古屋の河村はこの騒ぎを、とんだ大恥だといったが、自分自身それにヨイショした。同じくヨイショした大阪維新の吉村」松井・・橋下らこそ天下の恥さらしだ。彼らの頭の悪そうな顔を見れば、やっぱりと思ってしまうのである。
(21/02/17)

 愛知トインナーレ問題で愛知県知事相手に起こしたリコール署名の、なんと8割以上が偽物だった。このリコールを主導したのが高須某という町医者。といっても美容整形外科だから本当の医者かどうか疑わしい。医は算術なりという派だろう。
 このインチキリコール運動に名前を貸したのが、百田尚樹とか櫻井よし子、名古屋市長の河村、大阪維新の橋下、松井、吉村ら。これを見てもこの運動のバックが何かがよく分かる。百田、櫻井は日本会議の主要メンバー、勿論高須もそうだ。松井、吉村らとはネトウヨ繋がりだろう。
 そもそも筆者はこの高須院長なるもの、その言動からみて、どうせろくでもない人間と思っていた。当にそれが今回のインチキで証明されたわけだ。問題はこんなインチキ人間に頼まれて、ホイホイと名前を貸した河村、松井らの頭のお粗末さである。
 人の上に立つものに要求される最も重要な能力は、人を見る目である。河村らはそういう人物鑑識眼がなかったということだ。お粗末!なお高須のような女性相手の人物が右翼と拘わりがあるなんて、と思うだろうが、事実はそうではない。女性下着メーカーワコール創業者塚本はれっきとした日本会議創立メンバー。その他芸能界にも大勢いる。例えばジャニーズ事務所のジャニー喜多川、音楽家の黛敏郎、その他芸能事務所やファッションモデル養成所経営者やお笑い界にもちらほらいる。吉本などその口だ。ある時期から右翼もコワモテだけではダメだ、ソフトで行こうということになったのだ。しかしその結果が今回のようなお粗末。左翼もダメになったが、右翼はそれ以上に堕落・腐敗が進んでいる。
(21/02/03)

最近街の本屋を覗くとやけに多いのが三島由紀夫本。実態は没後50年に乗じた利にさとい出版社の仕掛け。三島由紀夫とその自殺とは何か?もっと客観的・・・精神病理学的・・・に考えるべきだ。
(20/11/25)

 ALS患者を石原慎太郎が「業病」と表現。先日の新聞広告を見ていたら晋太郎は「法華経」を読んでいるらしいが、本当に読んでいるのか?「法華経」の本質はあらゆる苦からの解放である。死は苦からの解放であるが、それは人から与えられるものではない。世尊のみぞ知る、が大乗の教えだ。
 慎太郎の思想にナチズム*が潜んでいるのは薄々感じていたが、こうも露骨にやられるとがっくり来る。患者の遺族としては娘を業病持ちといわれてはたまったもんじゃない。告訴はありうる。私なら慎太郎のそっ首を切り落としたいぐらいだ。
 実はこの「業病」という思想、起源はヒンドウー教にあってその差別感を正当化するために編み出された呪文のようなもの。それを法華教徒やその延長である浄土教徒が教勢拡大に利用したものに過ぎない。そんなことも知らないで法華経を読んでますとはよく言えたものだ。石原慎太郎こそ「弱者差別」という「業病」に侵されているのだろう。
*ナチズムというのは歪んだ合理主義である。合理主義の起源はヘーゲルの弁証法にあるが、その後ダーウインの進化論に影響され人種差別主義に至った。但し普通の人種差別主義とナチズムが異なるのは、前者は主に感情だけで優劣を付けるのに対し、ナチズムはそれを理論的に合理化する。その対象は人間だけでなく、全てを進化に適するかどうかで分別する。進化に適するかどうかは社会の進歩発展・・概ね物的価値・・・に寄与しているかどうかで推しはかる。
慎太郎のALS患者、あるいは相模原連続殺人事件犯人の被害者に対する感情を見れば、彼らがナチズムに影響されているのは明らかである。但しナチズムをどれだけ理解しているかは別だが。
(20/07/28)

 75年前」の6/23は沖縄陥落の日。平成期間中は天皇は毎年、この時期には沖縄訪問を欠かさなかったが、令和の天皇はどうでしょうか?沖縄戦で、何時も話題になるのが久米島での集団自決事件である。これは大江健三郎が昭和40年代に「沖縄ノート」という評論を発表し、その中でこの事件は軍(海軍陸戦隊久米島守備隊長)が島民に自決を強要した事件だと告発した。
 ところがその後、陸戦隊長の弟が集団自決は守備隊長の強制ではなく、島民の自発的意思で、自決に用いた手榴弾は島民が勝手に持ち出したものだ、と反論し大江を名誉棄損で告発した。弟の告発は自分の兄の名誉を守るためだが、逆に言えば島民に対する大変な侮辱である。
 そもそも手榴弾と云えどもは旧軍時代では天皇陛下から頂いた重要な武器であり、厳密な保管が要求される。その処分を現場の一部隊長が勝手に決められるはずがない。まして弟が云う様に、住民が勝手に持ち出すなどあり得ない。もしこれが本当なら、島民が天皇を無視したことになる。こんな侮辱はない。島民が持ち出すのを隊長が黙認していたとすれば重大な軍律違反である。又、大江が云う隊長が島民に配布したとすれば、これも軍律違反である。いずれにせよ隊長は軍法会議は免れない。
 つまり前線の一部隊長が武器を勝手に配布するなどということは、あり得ないのである。あるとすれば事前に上級司令部からの何らかの指示である。沖縄海軍陸戦隊の上級司令部は確か佐世保鎮守府だ。鎮守府参謀の誰かが、司令官にも諮らず密かに前線部隊に・・・秘密護持のための・・・行動指示を出していたのだろう。軍律の頽廃極まれりである。
 何故こんなことを書くかというと、現在のアベ政権が当に旧大戦末期の軍律頽廃に似てきたからである。軍律頽廃の証拠は何処から出てくるかというと、まず情報のリークである。何処からとも知れず怪しい情報が漏れてくる。次にそれぞれの部署が勝手な行動をとるが、首脳部がそれを抑えきれず、最後は逃げだしてしまう。今回の国会終了などその典型だろう。
(20/06/18)

 今から49年前の本日、筆者は紀伊半島のダムサイト概略調査で、和歌山県新宮の旅館にいた。朝からの大雨で外に出られないから、旅館でテレビを見ていると飛び込んできたのが、東京市谷防衛庁に三島由紀夫が乱入し、自衛隊に決起を呼びかける報道。いわゆる三島由紀夫市谷事件である。
 筆者は三島作品は読んだこともなく、その思想にも興味は無いが、何故こういう人間が出来たのかにはいささか無関心ではない。結論は三島由紀夫は強度の統合失調症であり、事件はその結果である。統合失調症には先天性と後天性とがあるが、三島家にはそのような遺伝的特徴はなさそうなので、おそらく後者によるものだろう。
 後天性統合失調症原因で最も多いのはストレスである。これにも他人による圧力のような外的要因と、本人自身の内在的要因によるものとがある。かれは東大ー大蔵省というエリートコースを歩んでいるから、他人に圧力をかける立場であっても懸けられる立場ではない。では内的要因か?
 内的要因で大きなものと考えられるのはコンプレックスである。あんなエリートがコンプレックスを持つのか?と疑問に思うだろうが、実はありうるのだ。昭和18年政府は兵員不足を解消するために学徒動員・・・と称する徴兵・・・を始めた。無論東大はそのモデルとなった。このため三島の友人も次々と兵役に就いた。しかし三島は身体虚弱を理由に徴兵から免れた。さて本当でしょうか?後で述べるが、戦後彼は肉体改造を行っている。それが出来るぐらいなのだから、彼の身体は普通並みのはずだったはずだ。では何故三島が徴兵が免れたのか?
 ここからは筆者の推測(殆ど邪推)だが、彼の父親もまたエリート官僚だった。その線で陸軍当局に働きかけ、徴兵を免れさせたのではないか、そして彼もうすうすそれを気付いていたのではないか、という疑いである。これがコンプレックスの原因である。終戦で東大にも同級生が次々と復員してくる。彼らの話題と云えば当然軍隊時代の思い出、それも自慢話だ。これは大蔵省へ行ってもかわらない。そういう話を聞かされれば、本人はますますコンプレックスの虜となる。これが進めば本人はうつ病から更に統合失調症へと進む。
 このコンプレックスを解消するために、失調症患者が選ぶのが肉体改造と格闘技へののめりこみである。1960年代に入って、彼はいきなりボデイビルを始め、次はボクシング、更には剣道へ、最後は「盾の会」と称する私設軍隊まで作ってしまった。彼はこれを日本の赤化を防ぐためと説明するが、どう見ても本人の勝手な思い込みによるものとしか見えない。第一「盾の会」が出来た68年頃には、新左翼はほぼ壊滅状態。その後四分五裂状態に陥ってしまったのである。又統合失調症患者の内在的な問題に自殺願望がある。最期の市谷突入事件など、当にその現れである。
 こういうと49年前の市谷事件は三島由紀夫という統合失調症患者の突発的な衝動と思うかもしれないが、それは短絡である。統合失調症患者の頭は常人よりも繊細緻密で、その行動は計画的なものであることが多い。この点を理解しなければ、三島事件の解釈を誤ってしまうだろう。
(19/11/25)

 N国の丸山が、天皇即位の慶賀式で、秋篠宮家両プリンセスに不敬ため口発言。一般に皇(王)族に対する一般市民の対応には次の3種類がある。
 第一は皇(王)族というものはゴリラのボスが進化したもので、人類進歩の妨げになる。速やかに排除すべきである、という考え。これは急進左翼の思想である。
 第二はその逆に、皇(王)族の血統は神から続くもので、人間ではない。我ら人間はすべからくその威に従うべきである。これは日本会議や自民党保守派に通じるアナクロ右翼の主張である。
 第三はその中間で、現代の皇(王)族は過去と違って絶対君主ではない。それなりの役割があるのだから尊重すべきである。これは左右を問わず中道的意見である。無論これにもスタンスによって見方が変わるのはやむを得ない。
 ところが最近というか、ここ20~30年来の傾向として際立ってくるのが皇(王)族を自分達一般庶民と同等とする第四の見方である。
 これの行き着くところ皇(王)族、の商品化である。これを主導したのがテレビや写真週刊誌を始めとするマスメデイア。これの最初の生贄となったのが、イギリスのダイアナ王妃である。夫のチャールズや英国政府が、彼女をほったらかしにしてメデイア資本主義のやりたい放題に任せ、何もしなかったのが、悲劇の原因である。そこに見えるのが社会全般に蔓延する皇(王)族への尊敬の念の欠落である。つまり尊敬されるべき存在である皇(王)族と民衆意識の垣根、あるいはけじめがなくなり、芸能人扱いするようになった。
 そこで思い出させるのが、大阪維新の会の橋下徹が、大阪府知事選で云った言葉「ふわーッとした民意」である。「ふわーッとした民意」とは何者か?実体のない空気のようなもの、しかし何らかのエネルギーを持っているから圧力にはなれる。圧力は空間を変形させたり移動させたりする。しかし熱力学第二法則に従えば、その圧力もいずれは亡くなって、全ては熱的平衡状態に達する。今の大阪や日本はその中間状態にあるに過ぎない。
 では皇(王)族への尊敬の念とは何処から生まれるのか?北欧や日本のような先進国皇(王)族は長い間の民族内抗争を経て作られた、国民統合システムのシンボルである。それに対する尊敬の念とはそのシステムを作ってきた先人、祖先の努力と知恵に対する尊敬なのである。パパラッチに代表される皇(王)族への侮辱とも云える態度は当に先人の努力への否定・侮辱なのである。
 その侮辱の行った末が現代日本特に皇族女子への、殆どAKBと同じレベルのアイドル化である。その根底にあるのが「ふわーッとした民意」なのだ。
(19/11/24)

 大嘗祭の内、最後の大嘗宮の詳細が政府によって明かされました。これは皇室行事(=宗教行事)に対するアベ長州田舎大名の明らかな干渉です。それだけでなく、新天皇即位儀式に関する政府の露出度は限度を越え、殆ど政府(=アベ長州)による天皇拉致に等しい。
 長州による天皇拉致及び未遂事件は過去二回発生している。一つは文久三年、桂小五郎を始めとする長州浪士による京都焼き討ち天皇拉致未遂事件(いわゆる池田屋事件)、次は明治元年天皇の江戸行幸である。行幸ならそれが済めば京都に帰るはずなのだが、150年経っても帰ってこない。つまり天皇は長州によって江戸に拉致されたままなのだ。これは現代の北朝鮮日本人拉致より永い。
 こういう天皇家への重なる侮辱に対し、日本右翼は何も言わない。今や日本の右翼は愛国者にあらず、ただの権力者にこびへつらうクズ集団に堕したのである。
(19/11/16)

今日、高槻の「紀伊国屋」を覗いてみましたが。「日本国紀」は完全に姿を消していました。
(19/06/11)

 本日(19/06/03)、久しぶりに高槻のジュンク堂に行ってきました。なんと以前にはエレベーターを上がった一番目立つところにあった「日本国紀」がない。それどころか店内の幻冬舎コーナーにもない。ュンク堂がこんな愚劣なコピペ本は置けないと撤去してしまったのか?明日あたり紀伊国屋を見てみよう
・・・・というわけで本日、高槻西武4階の紀伊国屋に行ってきました。何時もはエレベーターを降りると正面の一番目立つ場所にあった「日本国紀」がありません。その斜め向かいには今週の売れ筋ランクがあって、何時もは常にトップを走っていた「日本国紀」が影も形もない。よおく探すと、棚の隅に数冊がひっそりと置いてありました。なお奥の幻冬舎コーナーにも姿はなかった。
 序に向かいにある「大垣書店」を見てみる。何時もなら、入り口を入った正面にうずたかく置いてあるのだが、それはない。奥の新刊書コーナーに、これも数冊が置いてあるのみ。
 このように対応は書店によって異なるようです。ジュンク堂の様に全面撤去をすれば、それこそ著者やその支持者から「言論弾圧」と訴えられるおそれがあるから、出来るだけ目立たない様に、安楽死を諮ったのではないでしょうか?
(19/06/04)

 百田尚樹という頭の禿げた頭の悪そうな作家がいる。彼が書いた「日本国紀」という本がある。私は勿論あんな低級愚劣な本は読みません。これをある作家が「これがコピペだらけだ」と批判ツイートをしたところ、出版元の幻冬舎と揉めて、それに作家協会も加わって大騒ぎ。
 ワタクシはこの顛末を新聞やネットで知って、百田の作品ならコピペだらけは当たり前だろうなあと思った。そしてつい蓑田胸喜という人物の名前を思い出したのである。
 蓑田は昭和14、5年頃姿を現し、原理日本社という出版社を起こし「原理日本」という冊子を発行した右翼活動家である。主に左翼、リベラル派の学者、ジャーナリストを攻撃し、彼らを標的にした今でいうヘイトデモを繰り返した。戦後故郷で気が狂って死んだという説がある。その所為か、胸喜を狂気と呼ぶ人もいる。
 こう見ると蓑田は筋金入りの右翼に見えるがそうではない。戦前の正統派右翼の系譜には彼の名前は登場しない。そもそも戦前の右翼には大きく三つの系統がある。
1、民族派右翼;明治・大正期つまり19世紀末における民族主義運動に影響を受けた、岡倉天心・頭山満らの大アジア主義に基づく系列。これを民族派右翼と呼ぼう。彼らは兼まず欧米帝国主義に反対し、アジア解放を主張した。
 更に大正期に社会主義と結びつき昭和に入ると国家社会主義となる。思想的には反権力、反資本主義、一切の差別の否定、天皇親政に基づく公正平等社会の建設を主張した。この系列には橘孝三郎、北一輝、大川周明更に2.26事件の皇道派将校や赤尾敏まで含まれる。その特徴として、元々社会主義者だったのが共産党に失望して転向したというのが多い。これは当時のコミンテルンの内部抗争、つまりスターリン対トロツキーの対立が大きく影響していると考えられる。
 この系列は2.26事件以降、後で述べる統制右翼の策謀で弾圧され、力を失った。今ではせいぜい「一水会」ぐらいだろう。一番まともな右翼と云える。
2、宗教右翼;これは結構複雑で、大きくは仏教系と神道系に分かれる。神道系は更に大本教のような教派神道系と国家神道系に分かれ、それぞれ国家権力との距離によってスタンスが異なる。
 仏教系右翼には日蓮宗系が目立つ。国柱会の田中智学とか226事件の井上日召、他に石原莞爾のような陸軍軍人にも多い。これは法華経が示す終末論と日蓮の予言を重視し、天皇親政の公正平等社会の建設を目指す。その点で民族派右翼との接点が多い。
 教派神道と云うのは少し難しい。簡単に言うと、平安初期に作られた延喜式に記載されていない神々を信仰する教派である。多くはアマテラスが日本列島にやってくる以前から列島に巣くっていた神々を主祭神とする。明治維新で作られた神社庁からも疎外された教派と云って良いだろう。
 しかしかれらも熱烈な皇道主義で天皇親政政治を理想とする。だからこれも民族派右翼と親和性があり、しばしば国家権力・・・統制右翼・・・から弾圧・迫害を受ける。
 一方国家神道と云うのは、神社庁に認定された神社勢力である。そのため教派神道とは逆に国家権力との距離が近く、これの補完・支持勢力として利用される。現在の「日本会議」主要構成組織である神社本庁がこれの流れと思えば丁度良い。
3、統制右翼;同じ右翼でも民族派や宗教派右翼が天皇親政、反権力、反資本主義を謡うのに対し、これは天皇は権威として利用するが実態は、政官軍複合体による国家統制を目指す集団である。その起源は維新後に現れた薩長藩閥政治にある。さらにこれを強化したのが山縣有朋で大正、、昭和期には穂積八束、高杉新吉、岸信介など東大法学部がイデオローグとなる。
 更に昭和期には永田鉄山、東条英機、武藤章、佐藤賢了などの官僚軍人*がこれに加わる。戦後は軍がなくなった代わりに財が加わる。岸・佐藤・中曽根・アベ等いわゆる自民本流と称する勢力がこの流れに属する。
 このグループは最初こそ姿を見せなかったが、2.26事件以後、特に昭和13年の総動員令以降力を強め、天皇を無視して大陸進出を諮り、これがうまく行かなくなると突然矛先を英米に変え、遂に日本を滅ぼした。それだけでなく戦後もいつの間にかゾンビの様に復活し、再び天皇無視の専横政治を繰り返そうとしているのである。
*瀬島龍三もこの系譜に入る。世間ではこれを天才参謀などと錯覚す馬鹿・・・例えば中曽根康弘・・・もいるが、あれは上司の意向の忖度と官界遊泳術は天才的だが作戦は下手で軍人としての能力は30点。筆者に言わせれば2ページ半の男。理由はあるときある人から、彼が書いた「幾山河」という自伝を貰ったことがある。そこで読みだしたのだが、馬鹿バカしくて2ページ半以上読めないのである。小学生の夏休み日記と同レベルだ。

 さて蓑田の件だが、彼が登場したのは2.26事件以後の戦時統制色が強まったころ。それまでの右翼史に彼の名前は現れていない。また主張はひたすら反軍・反政府言論人、学者、出版社の攻撃で、ヘイトデモや「原理日本」・・・今でいえば「Will」や「ハナダ」などの三流雑誌・・・を舞台にした言論攻撃である。当に現代の在特会やネトウヨそのまま。反権力・反差別・公正平等社会の建設を主張した正統右翼とは真逆のスタンスである。
 この点から見ると、彼の背後には軍特に陸軍統制派を中心とした政管軍複合体があるとみるべきである。この複合体は蓑田を使って、世論を戦争支持に誘導しようとしたのだろう。
 そのおかげで昭和16年東条内閣が成立。その時の内閣支持率は70%はあったという研究がある。この高支持率を背景に東条内閣は対英米戦に突入した。3年後東条内閣は退陣するが、内閣支持率は20%以下とも云われる。あの状態で、20%近くも支持する人がいたことも驚きだ。おそらく蓑田もこの一人だったはずだ。

 以上の検討から、蓑田胸喜のスタンスは軍部統制派よりで、筆者の分類では統制右翼となる。しかし真からの右翼かどうかは怪しいものだ。そして穿った見方だが、その資金は軍部からとも考えられる。ということは、彼は統制右翼というより、むしろ金集めで動いた疑いもある。つまり営業右翼だ。
 さて百田の場合だが、彼の本職はテレビバラエテイ系脚本作家。過去に右翼活動の経験もなければ、その筋からマークもされていない。極普通の人間だったはずだ。それが今や右派保守系言論人の代表として日本会議顧問となり、アベ側近に居座っている。。
 これは数年前に彼が書いたある作品が映画化され、これを見たアベが涙を流したという話が世間に伝わった。たちまち彼はアベ応援団の一員となり、更に愛国思想家とされてしまった。周りからちやほやされると本人も一端の国士愛国家気取りなり、とうとう「日本国紀」なる愚作*を世に出してしまったのである。しかしこれまで彼は右翼的あるいは愛国的著作は一つも出していない。日本史そのものに知識・見識があるかどうかも疑わしい。このように全くの素人が何かの拍子・・・多くはメデイアとの接触・・・で、いきなりその道の専門家に祭り上げられることはよくある。
 もう死んだが江畑健介という軍事評論家がいた。彼は正式に軍事学の教育訓練を受けていない、ただのミリタリーオタク。それが確か湾岸戦争の時だったと思うがいきなりテレビにインタビューされた。その後紛争が起こるごとにインタビューを受け、知らない間に軍事・外交の専門家になってしまった。

 百田も似たようなもので、たかが放送作家だから日本史の正規の教育は受けていない。だから原資料はおろか一次論文を読むこともできない。そんなのが日本の歴史を大観しようというのだから、内容は他資料の丸写しになるのは当たり前。ここで放送作家という馬脚が現れてしまった。
 だからといって放送作家が文学者として二流というわけではない。テレビでバラエテイというジャンルが発生したのは昭和30年代後半。先駆けは永六輔で、場所を提供したのはNHK。その後民放に移り、青島幸夫や前田武彦が続く。更に大橋巨泉が加わってバラエテイ全盛時期を迎えた。彼らはテレビという新しい地平線にバラエテイというジャンルを書き加えたのである。
 ところがそれが低迷しだしたのが80年代の円高不景気。ついで90年代以降のバブル崩壊。この結果テレビの主スポンサーだった輸出系企業が広告宣伝費を絞った。代わりに出てきたのがIT、流通中進の軽薄短小産業。彼らは短期の結果を求める。この点でバラエテイと云うのは、低コストで確実に視聴率が得られるからテレビ局としてもおいしい。そして発生したのがどのチャンネルを回しても同工異曲番組.。お馴染みのタレントが同じような動作と発言を繰り返すお馴染み番組ばかりになった。これなら脚本だってコピペ、パクリで使いまわしをしていて当たり前。要するにそれが如何にうまいかで価値が決ってくる世界だ。百田はそういう世界で成功したのだから、コピペ、パクリなどやって当たり前、罪悪感などないだろう。
テレビという現代的媒体を無視すれば百田と蓑田のスタンスは非常によく似ている。まず体制側に身を置くことによって自分の安全を確保しておき、次にこれを梃子に反対派(左翼、政権批判者、リベラル)を叩く。いうことやることがいくら過激でも、政権べったりだから誰も文句は言えない言っていることはいくら荒唐無稽でも保守派マスコミが取り上げるからどんどん世間に広まる。その結果自分の著作物の売り上げも上がる。売り上げを挙げるために論調、行動は更に過激化する。最後は引っ込みがつかなくなって、蓑田は気が狂って死んだ。さて百田はどういう最後をとるのか、興味津々。
 というわけで、筆者の見方は百田直樹という作家の愛国論はただのポーズで、実態は従来の伝統右翼とは全く異なる、理念も何もない営業右翼、金儲け右翼だ。これを逆に言うと、こんなまがい物を顧問に据えている「日本会議」という組織こそ、右翼、愛国とは無縁の自民党的利権集団、偽右翼と云うことになる。実際やっていることはそんな類だ。そういえば名誉総裁のアベ晋三の母方の祖父岸信介は戦前は満州利権、戦後はベトナムやインドネシア賠償利権に深くかかわっている。岸ー東条ー児玉譽志夫という一連の利権、これを繋ぐM資金と云うのは昭和史最大の謎。関東軍ルートのM資金の原資がアヘン密売益だったのはほぼ定説。上の三人はこれに深く関わっている。さて瀬島龍三は無関係だったのか?謎は令和となっても未だ残る。
 *愚作かどうか、筆者は読んでいない。読んでいないがあのバカ面が書いたのだから中身は大体分かる。毎日新聞にある評論家が「過去の出版物の丸写しだけで新しい情報は何もない。だから批判する気にもならない」といっていた。多分瀬島龍三「幾山河」と同レベルの2ページ半ものなのだろう。
(19/06/08)

 「北方領土を取り返すのにロシアと戦争してもええか」とトンデモ発言した元維新の丸山という議員。選挙区は何処かと調べたら衆院大阪19区で、ここは岸和田や泉大津、泉佐野と云った泉州南部地域(いわゆる泉南)。大阪府のデープサウスだ。岸和田ダンジリ祭で分かるように、少々気が荒く深く物事を考えずに、思ったことを率直に言うことが美徳とされる土地柄。ずばり言えば河内と並んでヤンキー生産地でもある。
 幾ら大阪府民でも、わたくし達摂津の住民にとって、あんなのと同じ人種と思われるのは迷惑至極。しかし維新には馬が合うタイプだ。
 この丸山という議員、東大卒だそうだ。そうすると別の面も見えてくるそれは東大特有の打算性である。
(19/05/14)

 アベ/トランプ会談でトランプが親天皇即位儀式とアメリカスーパーボウルとどちらが重要かと聞いたら、アベが100倍以上重要だと切り返したという報道。これだけ見るといかにもアベが皇室を重要視しているように見えるが、そもそもスーパーボウルなど一民間企業が行なう営利イベントにすぎない。そんなものと天皇即位儀式と比較することが問題である。戦前なら”不敬”のそしりを受けかねない。下手をすると内閣総辞職だ。
 しかしアベ晋三はそんなこと全く気にせず、トランプのペースに乗ったきりだ。久坂玄随、木戸孝允以来、長州人は皇室を軽んじること甚だしく、自分達の野望のための道具にしか見ていない。その現代版が今の朝敵賊軍長州自民党のアベ晋三による改元だ。
 今の右翼のダメな点は、金を目の前にぶら下げられると途端に権力にペコペコし、強き(アメリカ、自民、財界・富裕層)を助け弱き(沖縄、野党、弱者・貧困層)をくじく路線にはまってしまっていることだ。右翼の堕落甚だしい。真の朝敵アベ晋三に対抗する右翼はでてこないのか。少しは左翼リベラルを見習え。
(19/04/29)

 本日、偶々高槻の紀伊国屋書店をぶらぶら見ていると、今週売り上げNO1に百田尚樹の「日本国記」というのがランクされていた。無論、私はこんなくだらない自己チュー書を読むわけはありません。時間と金の無駄、それ以上に紙とインクの無駄遣いだ。そういえば、石原慎太郎の書く本も、紙とインクの無駄遣いという点では同類だ。
 この二人に共通するのは歴史修正主義と反知性主義である。これは実はアベ晋三とその一派にも共通する。もう一人の反知性主義*アジテーターとして挙げられるのが、三日ほど前に酒の飲みすぎで肝臓を傷めてくたばった勝谷誠彦という人物である。
 この人物、筆者は最初おもろいこと言うやっちゃと思っていたのだが、あるときこれは駄目だと思った。それは12年政権交代前の、勝谷とアベ、麻生とのテレビ対談番組で、勝谷が「アベさんはものすごく頭が良い」と誉めていたのにびっくりした。アベと麻生の頭が良いという位だから、本人の頭はよっぽど悪いのだろう、と思ってしまったのである。
 又別の靖国問題を取り上げた番組で、いきなり「靖国に祀られると、〇〇の命(ミコト)となる」と真面目な顔をしていうのである。正直この男正気かと思った。確かに靖国神社に祀られると、〇〇の命という忌み名をつけられるが、これは靖国神道だけの特殊な習慣で、他の神社神道や古神道にはそういうしきたりはない。「御嶽教」ではみな「霊神」になる。つまり彼は神道そのものを自分勝手な方向に解釈しているのである。
 又古事記を読めば直ぐに分かるが、命とはアマテラスを主神とする天津神に対する称号で、天津神が列島にやって来る以前にいた先住民は神(カミ)と呼ばれる。つまりカミにとって、ミコトは侵略者だったわけだ。靖国神社祀られている霊の祖先の大部分は神である。カミがいつの間にかミコトになってしまうのだ。
 これはどうでもよいとしても、勝谷という人物はただの左嫌い、愛国オタク、靖国妄者にすぎない。冒頭に挙げた百田と石原慎太郎と並ぶ平成三大アナクロの一人である。その一人があの世にいったのだから、もう二人もさっさと行くべきだ。
*これはこの三人とアメリカのトランプそしてアベ晋や麻生の思想を理解する上で不可欠のアイテムですが、これは後程
(18/12/03)

 ヘイト記事で話題の「新潮45」が、新潮社長の反省表明からわずか1週間で突然休刊。筆者の見るところ。、素人が慣れない舞台に踏み込んで、いきなりやったが観客のブーイングを受けて、慌てて引っ込む三流田舎芝居の典型である。
 出版業の場合、「編集権独立の原則」*があって、経営者が出版物の内容に介入することは出来ない。従って、経営者が出版物の方向性を決める場合は、人事権を使って、編集長を選任する。さて今の新潮45の編集長がどのような思想的背景を持っているか知らないが、問題になった杉田論文、更に批判が高まると杉田擁護特集を組むことは、ネトウヨ・ヘイトスピーチ容認派とも思えるが、休刊に対しさして抵抗した様子もみえないことは、結局売上重視の日和見サラリーマンだったか。
 問題は月刊文芸誌の売り上げ低下に悩んだ経営陣が、乾坤一擲今流行りの右傾化路線に舵をきり、売り上げ増を目指したところ、とんでもない地雷原に踏み込んで、うっかり地雷を踏んでしまったということだろう。
 編集長も編集長で、従来の新潮45読者や執筆者・取次店の意向を無視して、いきな自己チュー誌面を持ち込んでしまった。木に竹継いだ状態で、杉田のとんがり論文だけが浮き上がってしまったのである。この編集長、雑誌界の状況とか、このようなオピニオン業界の現状についてまるっきり素人だったのではないか。これは新潮経営者についても云える。既成業界に新参者が参入しようとすると、しばしばとんがったことをやって目立ちたがる。今回の新潮45騒ぎは素人が大舞台に土足で踏み込んで、大恥をかいただけの話だ。
*読売新聞の場合は、社主として経営最高権者であるナベツネが、主筆として、編集内容を左右している異様なシステムを執っている。
(18/09/26)

 杉田水脈という少し頭の足りない国会議員が、「LGBTのような生産性のない存在を援助するのは公費の無駄遣い」とやって、ネットで炎上。反論の中には大阪の松井のように、オカマでも税金を払っている」とおよそ的外れの反論をするアホもいる。
 筆者はネットでこの記事を見て、自民党(この杉田議員は自民党の比例区で細田派。12年初当選のアベチルドレン。日本会議のメンバー。幹事長の二階は特に批判しなかった)は、何時ナチ日本支部になったのか、と思った。ポイントは反LGBT思想と”生産性”という言葉である。
 ヒトラーはその著「我が闘争」の中の「人種論」で、人類を創造型人種、破壊型人種に分け、その中間に改良型人種を置いた。創造型人種とは人類文明の進歩に貢献した発明を行った人種で、北方アーリア人種(白人)がこれに属し、ドイツ人がその代表とした。破壊的人種は、白人が発明した文明を破壊する人種で、アフリカ系、アラブ系等の有色人種で、その代表がユダヤ人である。そしてこの故に白人種が常に有色人種を支配・指導する権利と義務を有すると主張した。これが人種差別主義の始まりである。
 さてここで困ったことが起こった。それはドイツ人と並んで強大な白人帝国であるロシアが、アジアの一人種に過ぎない有色の日本人に敗れたという事実である。ここでとってつけたのが改良型人種で、日本人をそれに位置づけた。こう見るとヒトラーの人種論も結構とってつけたご都合主義だということが分かる。問題は、戦前にナチに改良型と誉められて喜んでしまったアホな日本人も結構いたことである。例えば三国同盟を推進した平沼棋一郎とか、開戦時駐独大使を務めた大島広とかである。
 ナチが政権を取ると、悪名高い人種法を成立させ、更に人種差別主義は単に民族差だけでなく、個人の機能にまで拡大させた。即ち同じドイツ人でも、純粋アーリア人と認められ、知能が高く身体健全で、見てくれもよい人達は”生産性が高いと見なされ優遇されるが、逆に”知的障碍者、精神障碍者は社会発展”生産性が低い(社会発展の障害)”と見なされ、断種・中絶を強制された。無論LGBTも例外ではない。1938年ドイツは世界に先駆けて”動物保護法”を制定した。これでドイツは動物保護の先進国とみなされたのだが、実際に保護されたのは犬、熊、虎やライオンなどの猫科の猛獣、見かけの良い馬などで、牛、豚、羊など有諦目の動物は、単に人間や猛獣の餌になるだけとされ、虐待の対象となったのである。(18/07/27)
 何時の時代にも、どんな民族や集団でも、集団に異質で弱い存在への差別はあった。それが民族単位で現れるのは、主に肌の色や身長など原形質に基づく差別である。白人はアフリカ系黒人への差別を隠さないが、アフリカ系でも、大柄のバンツー族は小柄の種族を差別し、奴隷としてこだいではエジプト、中近世ではトルコやアラブ、近代ではヨーロッパの奴隷商人に叩き売っていたのである。
 ヒトラーのような白人優越論は彼のオリジナルではなく、19世紀末から20世紀初頭にかけての欧米白人社会では、広く信じられてきたのである。その代表的なイデオローグにA,チェンバリンという英国人がいる。ヒトラーは彼の人種論に大いに感銘を受けた、と語っている。
 ヒトラー以前の人種差別論は、根拠も何もなく見かけだけを見た、ただの空理空論。飲み屋の無駄話には面白いが中身はない。橋下徹の”ふわーっとした世論”のようなものである。しかしヒトラーはそれに「生産性」という近代経済学用語を付け加えることによって、合理的に見せかけることに成功した。更にラジオという当時最先端の情報媒体を使って宣伝することによって、一般大衆だけでなく、知的階層への刷り込みにも成功した。その中には20世紀を代表する哲学者ハイデガーや、高名な心理学者ユングなどの名前もある。彼らは民衆に対し、ナチズムの広告塔の役割を果たした。
 以上は人種差別の問題だがこれとは別に、LGBTを初めから否定する文化がある。それは主に宗教的タブーからきている。最も厳格なのはイスラムである。ついでユダヤ教、キリスト教保守派が挙げられる。これらの宗教はいずれも旧約聖書という共通の祖先をもっている。この中の「創世記」、「産めよ増やせよ、地に満てよ」という神の言葉、そしてモーゼの戒律が、古代ユダヤ社会に於けるLGBT否定の根拠となり、それを厳格に受け継いでいるのが、イスラムとキリスト教保守派なのだ。
 なぜこういう考えが生まれたかというと、中東という厳しい環境下で子孫を増やすためには、LGBTという非生産的行為は認められないことと、生活環境が砂漠という多様性に乏しい単色社会ということとも無関係ではない。
 一方、エジプト(ナイル地帯)やバビロニア(チグリスユーフラテス地帯)、ギリシアやロマ4などの地中海世界、あるいはバラモンー(仏教)-ヒンズーというインドや東南アジアなどの多様性に富む森林・湿地文明では、遥かに寛容だったようだ。
 日本ではどうだったか?古事記にこんな話がある。仲哀天皇が九州の隼人を討つために軍を起こし筑紫の坐剤府でウケイを行った。すると「西へ向かえ」という神託がでた。そこで天皇は「南へ行こうとしているのに、西へ向かえとは、異なことをいう神だ」と神託を疑った。するとその後三日三晩苦しんで身罷ったという。「さてもヤマトの神は恐ろしきかな」。祟った神は住吉神といわれる。皆さんも住吉大社でおみくじを引いたとき、お告げが気に入らなくても疑わないように。
 そこで朝廷は全国に一年間の服喪を命令し、肉食・飲酒・賭博・・・・・姦淫・近親姦・同性姦・鶏姦・・・など。禁止するということは、やっていたということだ。つまり古代日本は何でもありだったのである。これらが不道徳とされるようになったのは、古くても明治以降、それも貴族や官僚などの上流階層、庶民では怪しいものだ。それが一般市民階層まで浸透してきたのは、おそらく戦後、GHQの指令で、アメリカ式生活様式=画一的プロテステイズムがテレビを通して拡散されて以来である。
 つまり、中東・パレスチナのような貧しく単一的自然環境下で暮らす集団では、子孫を生きも美させるために弱者や異端への差別排除の論理が産まれ、ユダヤ教・キリス教ト・イスラ教ムなどの単一的排外宗教が産まれた。欧米やアラブイスラム世界でのLGBT差別はこの延長である。
 一方豊かなアジア・地中海世界では、常に大地や天の恵みを受けているから、自然崇拝=多神教世界が産まれる。そこはあらゆるものが共存する多様性社会である。人種差別やLGBT差別が、元々物質貧困地域から発生したためか、物質文明が豊かな現代世界で見られるこの種差別は、物質というより文化・知性に乏しい地域・集団に特徴的である。現代日本でその代表が自民党保守派や日本会議と名乗る集団である。
 ここで冒頭にあげた杉田水脈という議員、その妄論を否定しなかった自民党二階俊博の頭の悪そうな顔を見れば、知的貧困が共通する。この行く末は反知性主義である。なお、ナチもトランプも基は反知性主義だ。
(18/08/01) 

 二三日前までネットで大炎上していた「スリーパーセル」関連記事が昨日からすっかり姿を消しています。過去ログにも見当たらない。何処かから圧力でもかかったのか?事の次第は次の通りである。三浦瑠麗という、自称国際政治学者で東大客員研究員という(これも自称だから本当かどうかは分からない。なお研究員というのは正式の大学職員ではなく、研究室が外部から特定研究を委託されたとき、研究室が臨時に雇用する要員のこと。東大とは何の関係もない)女が、フジテレビのワイドナショーという低俗番組で、「何十年も前から某独裁国家の特殊工作員が韓国や日本に住み着いていて指導者に万一のことがあれば予め指示されたプログラムに沿ってテロ行為を行う。東京・大阪・ソウルが危ない」。この特殊工作員をスリーパーセルという。なおこの情報は政府や研究者には広く知られているが、表には決して出ない」。たちまちこれがネットで拡散して、否定論・肯定論が入り乱れての大騒ぎ。
 先ず結論を言うと、スリーパーセルというのは、この三浦という氏素性のはっきりしない女がでっちあげた”嘘”です。”嘘”と断定できる証拠は以下の通りです。
1、先ず三浦を本人の云う通り東大客員研究員としましょう。たかが研究員が何故政府のデイープな情報に接することが出来るのでしょうか?政府内部の誰かがリークしたことになる。ということはそれは、一昨年大揉めの揉めて成立した特定秘密保護法違反になる。
2、又、三浦が東大職員でなくても、研究内容には守秘義務が課せらているはずである。その内容を、たかが民放の低俗番組でペラペラ喋るなんてことはあり得ない。もし本当なら当然契約解除ということになる。
3、スリーパーセルの本国が何処かは明言していないが、三浦がスリーパーの本国を北朝鮮と考えているのは顕かである。先ず何十年も日本に溶け込んで生活できるということは、日本語がペラペラで人相も日本人と変わらないということである。そういう人種は東アジア系モンゴロイドで且つ日本の永住権をもっている人達に限られる。それは在日韓国・朝鮮人及び台湾人(旧植民地)に限られる。且つ攻撃対象にソウルが含まれるから、そういう国は北朝鮮以外にあり得ない。なお三浦は大阪に朝鮮人が多いらしいと、大阪に偏見を持った発言をしているが、これがこの女のアホのアホさらしいところである。今どき大阪鶴橋のコリアタウンなど、特殊な場所でも何でもない。ただの商店街である。
4、北朝鮮スリーパーは指導者に何かあった時、行動を起こすことになっている。何かというのは死亡である。この何かは既に2回起こっている。1994年のキムイルソンの死、2013年のジョンイルの死である。しかしどっちも何にも起こらなかった。何故ジョンウンの時だけが問題になるのか?
5、阪神淡路大震災の時、迫撃砲が瓦礫の中から見つかったことを、関西のスリーパーセルの証拠としてあげている。しかしこれは読売新聞記者が伝聞として、他の記事の間に差し込んだものにすぎない。
 筆者も神戸には知人もいれば同業者もいる。震災直後はいろんな噂話が飛び込んできたが、迫撃砲の話は聞いたことがない。現地に住んでいる人間より、読売新聞の伝聞記事の方が正しいのか?なお、今どき迫撃砲など暴力団だって持っている。
 果たしてスリーパーセルというのは存在するか?日本はともかく欧英には存在すると考えられます。それは80年代、アメリカのイラン大使館奪回作戦が失敗して、ホメイニが対欧英米ジハードを宣言したのが始まりです。ただしこれはシーア派に対するものでスンニ派にはおよばない。しかしその後スンニ派の内アルカイダなど原理主義者が次々とジハードを宣言するに至って、欧米居住のイスラム教徒の中にこれに共鳴するものが生まれた。彼らの多くは父・祖父の代から欧英に住んでおり、言葉や生活慣習も欧英人と変わらない。つまり日本の在日韓・朝・台人と変わらないのである。おそらく三浦はそういう外形的共通点だけを見て、日本にもスリーパーセルがいるとしたのだろう。
 しかし肝心なことを忘れている。欧英にはスリーパーを送り込むバックグラウンドがものすごく大きい。かつての欧英植民地の内イスラム圏は概ねそうだとみてよい。おまけにこれらの国は独立時に、宗主国から市民権を優先的に与えらることになっている。ということはバックグラウンド人口はン億の単位になり、スリーパー候補だってン万人ぐらいはいるだろう。
 一方日本では対象は北朝鮮一国に絞られる。古い世代は高齢化が進み役に立たない。若い世代にしても、狭い日本で、おまけに世界一厳しい銃砲等取締法の下では、武器の調達もままならないし、おまけに訓練もできない。スリーパーを養成しようにも出来ないのである。これらの点から日本ではスリーパーセルを存続させるのは極めて困難である。この点から、この説を三浦の妄想と断ずるむきもある。
 しかし筆者はこれは妄想なんかではなく、確信犯と考える。その目的は売名及び再就職活動である。研究員の身分は不安定で、委託研究期間(一般には5年)が終われば契約解除。次の職場に移らなければならない。アメリカではこれは当たり前で職場を転々と変えてキャリアアップを図り、より高い地位を目指す。
 三浦の場合もそれで、今の日本で名前を売ろうとすれば、出来るだけ派手なテーマを掲げメデイアに登場することが一番である。特に昨今では出来るだけ右寄りで、北朝鮮や中国の脅威を煽るスタンスがゆうりである。旨く行けば右寄り大学やアベ系研究機関に就職できるかもしれない。それを狙っているのだろう。それにひっかかったのがフジテレビのワイドナショーという低俗番組のプロヂューサーというわけだ。こんなキワモノばっかり追いかけていると、ワイドナショーもいずれ番組打ち切りになりかねない。ゲストを頼むときは、その裏側もよく調べておくべきだ。
 なおこの女、最後にスリーパーセルを目覚めさせないために、米朝で戦争を起こさないでほしいんです、といかにも平和愛好家のふりをする。最初に危険を煽っておいて、最後それを打ち消して責任逃れをするのは、典型的マッチポンプである。
(18/02/21)

 評論家の西部邁が自殺sました。理由は遺書が公開されていないのでわからない。10年ほど前何かで西部の論説を聞いたか読んだかして、これは駄目だ、と思った。ここ数年たまにテレビに出てくるが、段々支離滅裂になってきて、何を言っているのかよくわからない。それで彼が出てくると少しだけ聞いてチャンネルを変えることにした。
 彼は30年ほど前東大を辞めたが、その理由はオウム真理教シンパと噂される某若手評論家の東大法学部教授任用を、法学部教授会が拒否したため、それに抗議したからとされる。その後の展開を見れば教授会の判断が正しく、西部が間違っていたのはあきらかである。もしオウムシンパを教授にしていればどうなるか?捜査の進展で某とオウムの関連が繋がれば、西部にも追及が及ぶ可能性がある。
 そういえばつい最近、オウム最後の被告高橋の裁判が結審した。果たしてこれと関連があるのか?誰も言わないが、西部思想の根底にあるのは反民主主義・反協調主義・反文明主義・ファシズムへの憧れである。これはニーチェの影響と思われるが、オウムにも繋がる。そういえば確かニーチェも自殺したはずだ。
(18/01/22)

 今日も暇でネットを見てみたら、ホリエモンが井筒監督を「人間として最低”という記事が飛び出す。提供者は日刊スポーツ。スポニチにはもっとまともな日本語が書ける記者はいないのかね?それはともかく内容は井筒が何処かの雑誌に「最近の映画は売り上げ重視で表面だけとらえた虚像作品ばかりだ、もっと実のあるものを」と述べたのが、ホリエモンのカンに触ったらしく「虚像が未来の産業を作って行くんだ、虚像批判は過去の遺物」と反論。
 さてここで筆者が述べるのは、堀江/井筒対立の発端となった虚/実の違いは何者か、ということです。虚/実の対立は実は中国古代儒教に始まります。実とは人間の本性、生きるための仕業で、孔子はこれだけでは人間はけだものと変わらないと考え、その外面を覆う外皮こそが人間の成長のあかしと考えた。この外皮が虚である。従って、儒教では虚が実の上にくる。更に外皮を作る人間を、実をつかさどる人間より優れているとした。しかし外皮の本質は、中身=実を覆うヒラヒラに過ぎない。中身がなくなれば、何処かへ飛んでいくいかないのである。
 ところが虚重視では実力が伴わないから、戦国乱世の世の中では全く役に立たない。そのため秦の始皇帝は虚学を廃し、焚書坑儒をやった。ところがその後の争乱を統一した、漢の劉邦は儒学者におだてられて、虚学を実学の上に置いた。これが今でも中国・韓国・日本のような儒教文化圏で見られる文系優位思想のはじまりである。
 日本ではどうだったか?狩猟採取文化の縄文時代はもちろん、その後の弥生時代、各地に部族が乱立していた古墳時代が”実”の社会であったことはいうまでもない。日本に虚が入ってきたのは、「壬申の乱」で乱れた国土を統一しようとした天武天皇以来、おおよそ7世紀以降と考えられる。その後虚学=儒学が官吏の指導指標となったのは奈良時代聖武天皇以来。裏で動いたのが藤原不比等。つまり藤原氏は虚学を武器に朝廷を支配し、天下を牛耳った。
 ところが保元平治の乱で藤原氏は力を失い、世は武家社会となった。武家はもちろん実力重視社会である。しかし人民を支配しようと思えば、実より虚を振りかざした方がはるかに楽だ。それは自分でやってみればよい。下請け会社が見ている前で自分で図面を書くより、建前で下請けに書かせた方がずーっと楽だ。ということで実力本位の武家社会も次第に虚業社会に変化していく。このままでいけばよかったが、行けなくなったのが、黒船来航以降の貿易自由化圧力。
 そこで復活したのが”実”である。一般に明治維新を推進したのは薩長同盟といわれているが、実態は三菱・住友・大倉などの実業資本家達。つまり再び実の時代が到来したのである。ところがこれも何時までも続かない。昭和に入って国粋主義が勃興すると又虚が復活した。
 このように虚の時代と実の時代は黒返しやってくる。それは、実ばかりの時代は窮屈でやってられないから人々は無責任な虚を望む。しかし世の中虚だらけだと不安になってくるので、実の復活を望むのである。
 現在はどの時代でしょうか?顕かですが「虚」の時代4です。経済は虚経済そのもののアベノミクス。政治には「虚」そのものの小池「希望」が現れ、テレビをつければどこを見ても虚業の典型である芸能人だらけ。政治家もみんな芸能人化を志す。この時代を筆者は「タレントクラシー(芸能人支配)の時代」と呼ぶのです。
 井筒監督の評論は日本人がこのまま”実”を忘れ”虚”に奔れば、上で述べたように日本はヒラヒラだらけになって何処かへ跳んで行ってしまう危機感からきているのです。そしてこの危機感は、ワタクシを含め同年代の、どちらかといえば左翼ではない保守派知識人に共通する感覚だ。
 一方の堀江は、虚と実の関係は無視し、今の時代の価値の最大化のみを考えるスタンスである。これをプラグマテイズムという。この前提には現在社会のベースをなす要件が常に一定で、そのための資源の供給も安定確保出来ることである。この前提が少しでも崩れた時、その世界はパニックに陥り崩壊する。1920年代のアメリカがまさにそうだったのだ。
 だから堀江は現在の超低金利、米ロ中三国の力の均衡、アベノミクスの永続を前提として”虚業”の発展を願わざるを得ないのである。現在問題になっているメーカーの検査データねつ造。一般にはこれを”実”の問題と思うかもしれないが、これこそ”虚”が作った犯罪なのである。検査済証など幾らでも偽造できる。これこそが意味のないヒラヒラなのだ。このヒラヒラをありがたがることこそが”虚”なのである。
(17/11/25)

 高須クリニックの高須院長が全米美容医学学会から追放された。本人は「弁明も聞かず勝手に追放とはけしからん」と息巻いているが、おそらく同学会にはそれが出来る規定があったのだろう。原因は彼がSNSに南京事件もアウシュビッツもなかったと投稿したことである。上記学会にこの件を申し立てたのが、世界に名だたるナチ追及団体のウイーゼンタール協会。それと高須が不注意だったのは、トランプの娘婿のクシュナーはれっきとしたユダヤ人だということ。この背景にアメリカ大使館とCIAが絡んでいる可能性もある。
 さてこの件で筆者が注目しているのが、日本最大の右翼団体「日本会議」を、国際ユダヤ連盟とか反ナチ団体がどう見なしているかである。高須が同会議に洗脳されたか少なくとも支援者と云うことは明らかである(南京事件)。日本会議の名誉総裁はアベ晋三。その他メンバーにアベシンパは多い。もしどこかから親ナチ発言が出れば、日米同盟が瓦解するおそれはある。何故ならトランプ支持者で強いのがユダヤ人団体だからだ。なおアベ晋三はこれまで欧州に何度か行っているはずだが、アウシュビッツに行ったという話は聞いていない。
 親米と親ナチは両立しない。その点を高須院長も含め、日本アホ右翼もよくわきまえておくように。
(17/11/10) 

 麻生太郎が昨日某講演会で、ヒトラーを例に「動機が良くても結果が悪けりゃ駄目」と喋ったもんだから、猛クレームで本日発言撤回に追い込まれた。実態はアメリカ(大使館)からクレームがついたのだろう。
 トランプの娘婿のクシュナーはれっきとしたユダヤ人だ。その点でもナチやヒトラーがらみの発言は気を付けなくてはならない。この程度のことも副総理タローは分かっていないのである。こんなのが来年G7に出かけかねないとしたら、シンゾーも気が気じゃないだろう。これも身から出た錆だ。
(17/08/30)

一昨日毎日新聞朝刊、森友事件での保守論客のコメント。百田尚樹・櫻井よし子から中西輝政・八木秀次まで。それぞれの所見だろうが、全体として見えるのは、モゴモゴ、グチグチ。これみんな日本会議の主要メンバーです。彼らのコメントはみんな問題に目を向けず、逃げまくりばっかり。中で本音を語ったのは、田母神だけ。こいつはアホだから、ずる賢い新聞記者に載せられて、言わんでもいいことを喋ったのだろう。、
 これが現代保守右翼の実態だ。自分が安全な時はきれいごとを言い、大言壮語を吐くが、いざ不利となると、たちまち逃げだすモグラのような連中だ。旧大戦でも威勢のいいことを言っていた愛国者連中に限って、逃げ出したり米軍にペコペコした。敗戦後、占領軍に抵抗したり、腹を切った翼賛議員や神主がいたか?東大教授で内閣参与だった平泉渉は、その独自の皇国史観で戦争を扇動してきたが、45年8月ポツダム宣言受諾必至とみるや、いきなり公職を辞し、恥知らずにも事欠いて故郷の白山神社に逃亡してしまった。これが神社神道の実態だ。
 02年イラク戦争で、イラクはわずか一カ月で降伏したが、その後にイラク側の抵抗が始まり、結局アメリカは撤兵に追い込まれてしまった。それに比べ日本の愛国者達は、占領下では地下に潜り、いかにも無関係者を装っていたが、占領が解けるといきなり頭を表し、愛国者面をする。コイズミ純一郎の父は翼賛議員で、占領下では追放をうけたが、その後復活し、防衛庁長官までやっている。自分らがそそのかして始めた戦争が大敗北だったのだ。少しは恥を知れだ。これこそまさに恥知らずのモグラである。
 その恥知らずモグラの一人が飯島勲。昨日BSフジプライムニュース。この番組、こういう事件が起こると、与党・野党からゲストを招いて発言させる。あたりまえだが、この番組から新しい事実が明らかになることはない。ワタクシが見ているのは、叩かれる方(一般に自民与党)がどう言い訳するかだ。今回最強の言い訳マンとして送り込まれたのが飯島なのだろう。しかし全くダメで、彼の言い分は言い訳にもなっていない。ずばり論点のはぐらかし、責任の分散である。
 森友事件でも、やたら強調するのは手続き上問題はない、の一点張り。そんなことはみんな分かっている。問題は手続きに入る前の、前提条件の設定なのである。ここに疑惑があるから問題になっているのだ。そこを胡麻化そうとするから、ますます疑惑が深まるのである。
 フジテレビも自民党も、なんで飯島勲などと云うアナクロをゲストスピーカーに選んだのでしょうか?こんな、ずばり云って人間の屑を、表面に出せば政権支持率が低下するばかりだ。
(17/03/16)

 さてまたまた森友事件。これが発覚して以来ズーット疑問だったのが、地下9.9mからゴミが出てきたという話。この所為で時価9億の土地が1億そこそこになってしまったこの問題、実は分からないところだらけなのだ。
1、深さ9.9mにゴミが見つかったというが、どこにそれがあったのかさっぱり明らかではない。9.9mの深さにゴミを埋めるなど、それだけで大工事*である。これに疑問をさしはさむマスコミも政治家もいないということが面妖。
2、財務局はゴミ撤去費用を「正規の手順」で積算したというが、積算根拠となるゴミの量、埋設位置等詳細は一切明らかにしていない。調査すらしていないのである。根拠なしで数字が独り歩きする奇怪さ。
3、それより面妖なのは、ゴミの量も分からないのに、減額査定段階で、ゴミ埋設量比率をン10.ナン%とか、コンマ一桁まで細かく査定していることである。何故こんな忍術というか、殆ど妖術のようなことが出来るのか?近代土木技術では不可能である。東大工学部では出来ないことが、東大法学部では出来るのでしょうか?
 以上のことから考えられるのは、減額査定額8億いくらかがまずあって、それに合わせるよう数値を逆算したのである。ただ逆算の仕方があまりにもお粗末というか下手だったから、簡単にばれてしまったのだ。この点が法学部のお粗末な点。
 つまり森友=籠池は、初めから1億そこそこしか原資をもっていなかった。これで評価額9億の土地を手に入れようと、あちこちに働きかけ、無い知恵を振り絞って、嘘をつきまくった。それが今回の事件の顛末だ。それにひっかかったのが、大阪航空局と近畿財務局。奴らだって馬鹿じゃないから、籠池の狙いは判っていたはずだ。ということはこの事件、森友ー航空局ー財務局三者共謀詐欺事件ということになる。従って事件の始末は最早会検ではなく、検察マターになる。
 そして不思議な行動を採ったのが、梶田という大阪府教育長。これがいきなり大阪府私学審に手をまわして、小学校認可のハードルを下げてしまった。梶田の背後にいるのが橋した徹。この辺りに大阪維新と日本会議との暗い関係が見え隠れする。さすがに松井も現在の世論の趨勢には抗しきれず、認可は延期の方向をさぐっているが、最終判断は梶田(と橋した)だ。
*当該用地は豊中市内の都市計画区域である。こういう場所で深さ10m近くまでゴミを捨てようとすると、その分掘削しなくてはならない。掘削高は10m未満だから国の認可は要らないが、府の認可は要る。勝手には出来ない規模の工事なのである。豊中のこの辺りは、いわゆる沖積世の軟弱地盤だから、通常は10数mぐらいの土留め壁を打設し、支保工を入れながら中を掘削していく。工費だけで数億以上、数カ月の工期を要する工事である。この工事は遥か昔に行われていたとしても、森友は、そのゴミ撤去に8億必要だったというのだから、同じやり方で掘削除去をしなくてはならない。しかし近隣のひとはそんなところなど見たこともないという。つまり、8億減額の根拠は完全な嘘だったのだ。
(17/03/06)

 さて俗物と云えば、俗物の極みが森友の籠池。今度明らかになったのは、敷地の一部が昔の池や沼だったから賃借料を負けさせたという話。一々クレームをつけて値段を負けさせるというのは、当にモンスタークレーマーの手口。こんなにクレームをつけられるのなら、あっさり契約を解除して、森友を排除した上で再入札すればよいのである。何故しなかったのか?これが今後の会計検査のポイントになるだろう。
 昔池や沼だった土地は日本中に幾らでもある。それを理由に値段を下げるという話は聞いたことがない。例えば東京都港区赤坂溜池といえば、現在日本で最も地価の高い場所の一つだが、江戸時代では文字通り溜池があって、おまけに江戸有数のヒニン集落があったから、まともな人間は近寄らなかったのである。つまり地価と云うのは、その土地が将来どれだけの価値を生み出すか、で決まるのであって、過去のことなど無関係なのだ。
 それにも拘わらず、たかが9億円そこそこの物件の、こういうクレームに一々対応する近畿財務局や航空局の態度こそ面妖。そもそも近畿財務局長というのは、関東財務局長と並んで、将来の財務次官に直結するエリートポスト。籠池などというローカル人とは次元が異なるのである。背景に大阪府議や兵庫県議の名前がちらほらするが、こんなものはただの使い走りで、何の役にもたたない。
 こんなエリートに影響を及ぼせるのは、本省次官か政策審議官ぐらいしかない。そして彼らに影響を与えられるのは官邸中央しかないのである。そして今のアベ官邸の中身はどうか?重要ポストは首相補佐官だが、これには各省庁からの出向者と政治任用の2者がある。そして政治任用者の大半が日本会議関係者かそのシンパという事実。特に主席補佐官の萩生田が日本会議のバリバリということは周知の事実。アベがこの件で直接指示を出したかどうかは判らないが、萩生田がアベの意を受けて、財務省に何らかの影響を与えた可能性は否定できない。但し、アッキーが小学校名誉校長を一旦引き受けたのが、本当に本人の意志だけだったかどうかは疑問である。亭主の意向が働いたのではないか?
 いいですか、たかが9億円の物件処理に、なんで財務局長まで出てこなけりゃならないんだ、それがこの問題の本質なのだ。
(17/03/05)

 アッキーが大阪の塚本幼稚園に行くにに、護衛の公務員が付いて行ったので、アッキーは公人か私人かという話。アッキー側は経費はアッキーが負担したから問題はない、と云うがこれはアウト。公務員に対する寄付行為に当たり、貰った方も公務員法違反(収賄)に問われる。
 首相夫人は準公務員と心得、首相に準じた行動を採ること。なお、これはアメリカ合衆国大統領夫人並びにその家族にも適用される。しかしトランプ一家にこの原則が理解できるでしょうか?
(17/03/03)

 森友学園問題に、例の鴻池祥肇が登場。出てきても、こんな小物かとがっかりする。泰山鳴動ネズミ一匹か、それとも陰にもっと大きい黒ネズミがいるのか?この鴻池という代議士、昔知り合いの鴻池組OBに聞いたら、鴻池一族のもてあましもので、親類付き合いも殆どないらしい。しかし籠池が鴻池を利用しようとしたのは間違いない。本人は記者会見で、籠池が持ってきた紙包みを投げ返したと大見得を切ったが、実は籠池や役所と25回もあっていたらしい。いうことはでかいが、気の小さい人間なのだ。顔を見ればそういう顔だ。大阪人に多い。
 又、財務局や航空局のあの不可解な契約・・・・話を聞いても意味がわかりますか?・・・が成立したことをを考えれば、鴻池が本人の云うように何もしなかったとしても、背景に鴻池以外の誰かがいたはずだ。鴻池が駄目なら、〇〇があるさ、となったのだろう。
 しかしここで呼びもしないのに、突然割り込んできたアホがいる。それが元大阪府知事橋した徹。森友が申請した小学校設立認可の審議会は、相当紛糾したにも関わらず、事務方がさっさと認可の方向でまとめたという。当時の知事は橋した、教育長は橋したが引っ張ってきた早稲田出身のゴロツキ。これが公募で採用した校長が、あちこちでセクハラや万引きをやって、今残っているのはほとんどいない。要するにゴロツキ橋したをトップとするガラクタ集団だ。これにクズの籠池がくっついただけなのだ。
 橋したに産廃、右翼とくれば、やはり背後にあるのは、同和利権か、となるのだ。
(17/03/02)

 例の森友学園問題に会計検査が入ると、首相が国会で明言。この程度のことを首相が約束しなければならなくなったことこそ情けない。ワタクシはこの件で会検が入ることは、とうに予測していました。会検にひっかかると担当官庁は厄介だ。1年はひっぱられる。下手すると犠牲者だって出ることがある。皆さん、会検を舐めてはいけませんよ。
 会検だけでなく、大阪地検も興味を持って眺めているのではないでしょうか?8億円の詐欺容疑だ。しかし籠池が経営する、変わった教育法の幼稚園に通わせる、親の顔が見てみたい。まるっきりヒトラーユーゲントだ。かつてのドイツでは、あれと同じ教育が全国的に行われていたのだ。
 それとこれに関して、稲田朋美が「教育勅語の丸暗記は良い教育法」と国会答弁。この女、かつてジャパンネオナチとツーショット写真を撮ったこともある、バリバリのネオナチだ。こんなのを防衛大臣にするなど、日本が自由と民主主義を名乗る資格を、自ら放棄しているようなものだ。
(17/02/28)

 ゴロツキと云えば、大阪森友学園理事長。国から安値で買い取った土地に、9.9mの深さまで産廃があると偽って、更に国から8億円以上をだまし取った。場所が千里丘陵か箕面山地の谷ならいざ知らず(その場合でも不法投棄の疑いがあるので、国が撤去費用を出す謂われはない)、新聞写真では国道脇で、直ぐ傍を阪神高速が走っている。地形的にはれっきとした沖積地盤。地下水位は高く簡単には掘れない。こんなところに10mもの産廃を捨てようとすれば、その分掘削しなければならない。土留め、排水を含めれば大工事で、当然大阪府の許可が必要。
 そんなことをやっているわけはないから、森友学園の云うことは嘘に決まっている。こんな簡単な嘘も見抜けず、森友の云うままに金を出した大阪航空局や近畿財務局の間抜けぶりは万死に値する。おそらく彼らの背後に見えないプレッシャーが働いたのだろう。プレッシャのー元は何か?アベかそれとも?この事件のキーワードは産廃である。森友理事長は日本会議幹部だから、れっきとした右翼。実は右翼の多くは産廃業者(=同和団体)との繋がりが深い。そして彼らの背後には暴力団を含む日本闇世界がある。大阪府議会保守派議員の2/3は、この世界と関係があると思って間違いない。そして彼らを取り仕切る頂点にいるのが、アベ晋三なのである。
 産廃業界を巡るスキャンダルは、昨年世間を賑あわせた甘利事件の薩摩興業が耳新しいが、それ以外にも地方では多い。そして必ず背後には、右翼と政治家、同和団体と暴力団がからんでいるのである。そして櫻井よし子や石原シンタローそしてアベや麻生は、彼ら屑野郎達を愛国者と呼ぶ。これからは、櫻井クズ子とか、石原クズタローと呼ぼう。
(17/02/22)

 大阪森林学園と「日本会議」との関連。学園理事長は日本会議幹部、そしてアベ晋三は日本会議名誉総裁。両者の間に何の関係もないと思うのがアホ。さて、今国会も問題の一つに「共同謀議」法があります。名前は反テロ法と云っていますが、真の狙いは、沖縄反基地デモや国会周辺デモ、原発反対デモの規制・制圧にあることは顕か。この際なんでもやってやろうと云うわけだ
 さてテロには。左だけでなく、右からの白色テロもある。ロシア革命の前には赤白会い乱れて訳が分からなくなってしまった。日本でも戦前では、白色テロの方がはるかに多かった。 「共同謀議」法の政府答弁の中に「普段は普通の組織だが、一変すると捜査の対象になる」という文言がある。アベが名誉総裁を務め、小池百合子も有力役員である「日本会議」こそ、その範疇に入る。これのイデオローグである櫻井よし子は、その機関紙で「我々の主旨に従わない者は、愛国者が排除するだろう」と述べている。これこそテロ組織のテロ予告である。そしてその頂点にいるのが、元祖幕末テロ集団を産んだ長州の末裔であるアベ晋三なのである。
(17/02/19)

サミットが終わった途端、再開したのが山口組vs神戸山口組抗争。一説によると、サミット期間中は抗争を自粛しようという取り決めがあったらしい。そういう取り決めは誰が決めるのでしょうか?親分か幹部か?それが彼らの自主的取り決めなら、その後の抗争停止も、自主的に決められたはずだ。それがサミットが終わった途端再開するのは、この自粛が誰か第三者の要請または指示によるものに他ならない。
 暴力団同士の抗争にちょっかい出せるのは、同業者か国家権力に近い筋。今の暴力団社会で山口組に口出しできる勢力ははない。わたくしが思うに、これは右翼筋に違いない。おそらく日本国家権力の中枢である官邸の奥深くから、そういう意思が現れ、それを汲んだ誰かが間に入って、サミット期間中の抗争自粛をお膳立てしたのだろう。要するにアベの顔をつぶすな、だ。無論ただではありません。問題の大きさからみて、仲介料は少なくともン億以上。これが右翼を通じて暴力団に流れたのです。
 これに比べれば、舛添公私混同などネズミの糞のようなもの。政府にとって、これにマスコミや世間の関心が集まってくれればありがたい話。だから官邸も与党も舛添問題は知らん顔。舛添が急に強気になってきたのはこの空気を読んだからではあるまいか?
 では官邸内で一番右翼に影響を及ぼせる人物は誰かというと、総理大臣のアベ晋三その人なのである。彼の祖父岸信介は、若いころ東大右翼のリーダーで、商工省にはいってからは、「天皇の官僚」という概念を作り、後の霞が関官僚優越主義の基礎を作った。満州国建国後は商工部次長として赴任、東条英機や鮎川義介、星野直樹らとともにニキ三スケと呼ばれ、満州国に絶対的権力をふるった。このとき満州浪人の児玉誉志夫と知り合い、日満闇世界に関係をもった。当時関東軍参謀副長だった石原莞爾は、彼らを「法匪」と呼んで毛嫌いした。その所為で彼は陸軍中央を追われた。
 戦後は岸も児玉も戦犯として服役したが、1954年サンフランシスコ平和条約による恩赦で巣鴨を出所し、ここに戦後右翼の再編成が始まった*。岸と児玉は一心同体といってよいだろう。彼らのDNAは日本の経済成長とともに増幅し、現在「日本会議」という名の右翼組織にまで拡大している。その総裁が誰あろう、アベ晋三なのである。
 右翼と暴力団とは背中合わせである。この点からもサミット期間中抗争自粛は官邸の最も奥深くから出てきた指示と考えて間違いない。
*このたった3年後の57年、岸は自民党総裁となる。これには莫大な買収資金が必要である。その資金とされたのが、巷間噂されるM資金。これには諸説あるが、旧関東軍の秘密資金で原資は関東軍のアヘン密売利権**。金やダイヤに化けて終戦前に国内に秘匿されたもの。満州でこれを仕切っていたのが、岸ー児玉ライン。日本秘匿の指揮を執ったのが瀬島龍三という説がある。瀬島がその自伝で肝心なことを、何も語っていないのはその所為か。
**昭和8年熱河作戦で、関東軍参謀長小磯國昭は作戦部隊に「アヘンは現地住民の重要な収入源である、従ってケシ畑は決して破壊せぬよう」という指示を出している。そしてその後熱河省は、関東軍の重要な資金源となったのである。
(16/06/04)

 今日2月26日は2.26事件のあった日。2.26事件は陸軍部内における所謂統制派vs皇道派との対決。統制派皇道派については話せば長くなるのでやめますが、もとは満州事変処理を巡る陸軍部内の対立が発端。これをマスコミが面白がって勝手に名づけただけなのである。ところが、不思議なもので人間はそう名づけられるとそんな気持ちになってしまう。つまり言葉が独り歩きしてしまうのである。
 要するに統制派は陸軍中央でのエリート将校(つまりキャリア組)からなる派閥。彼らは人事と予算を握って陸軍を押さえ、国家革新を図るとした。一方皇道派はノンキャリの隊付将校の集団。彼らはキャリア組のようなエリートやその周辺にまつわる財閥などの不純分子を排斥し、天皇直裁によるユートピアを作ろうとした。これに陸軍中央の派閥争いが加わる。統制派の暗躍によって、統制派が守旧派と見なした荒木・真崎の2将軍と、永田と対立している小畑が陸軍中央から追放された。これを恨みに思った彼らがノンキャリ将校に接近した。これに刺激されたノンキャリ組は、自分達の手で国家改造が可能と勘違いしたのである。その結果起こったのが2,26事件というわけだ。
 さて事件の後、勝利を収めた統制派は皇道派を粛清し、ここに皇道派の根が絶たれたかと思われた。一方統制派の天下も永続きはしていない。1945年の敗戦で統制派は壊滅した・・・かに思われた。ところがそれから半世紀後再びゾンビの如く復活してきた。
 現在、かつての陸軍統制派DNAは政治では自民党保守派、「おおさか維新の会」や防衛省。マスコミではサンケイ・読売などアベシンパジャーナリズム、経済界では経団連は勿論そうだが、三木谷やワタミらが主催する新経連というのもその有力一派。戦前でも統制派の廻りには、規制財閥だけでなく鮎川義介の日産財閥のような新興財閥も群がっていたのだ。
 では皇道派は残っていないのか?戦後では三島由紀夫や石原慎太郎などが皇道派系に見えるが、いかにも過去の生物。皇道派の特徴は議会政治を否定し、理より行動を重視する。そういう目で見れば、やはり橋したとその一派ということになる。彼らは首相公選制とか一院制を主張する。これは議会制度そのものを否定することになる。
 では統制派的思想がどうして始まったのか?そのベースは日本大(強)国主義という錯覚である。まず戦前に統制派が出来た背景には第一次大戦戦勝国という地位があった。日本も一等国、大国だという国民的意識だ。それが日本人優秀民族説という妄論をまきちらした。
 今も似たようなものだ。敗戦後復興か高度成長期にかけては統制派は陰を潜めていた。ところがこれがバブル期あたりから面に出だした。特に際立つのはコイズミ時代から。このとき、日本の経済力は世界代二位、アメリカは戦争であえいでいた。つまり日本の景気がよくなったり、国力が増強すると、彼らは域を吹き返す。そして日本のエネルギーを食いつくして、あとは知らん顔をして地下に潜るのである。これこそオオモノヌシ以来の列島地主神の知恵。
(16/02/26)

 さて本日よく考えると「建国記念日」、つまり日本国家の誕生日ということになる。海外各国での誕生日をどう決めているかというと、殆どは独立記念日か革命記念日。大概は19世紀以降の話である。はるか昔の伝説を根拠にしているのは、日本と韓国ぐらいなもの。
 韓国は別にして、日本で建国論議が政治議題になったのは明治以後。それまでは一部の神道家や儒学者だけの話題。その他の武士や一般市民は全く興味は無かった。それがいきなり重要課題になったのは、当時の国際政治状勢が原因である。当時日本の周りには、ロシア・英米・独伊など帝国主義国家がウヨウヨしていた。彼らから日本の独立を守るためには、国家的テーゼが必要である。そこで日本の指導者が飛びついたのが、中国渡りの儒教、特に朱子学思想である。
 この建国思想は戦後新憲法下で一旦否定されたのだが、昭和50年代に復活。復活論者の言い分は「個人に誕生日があるように、国家にも誕生日があるはずだ」。しかしこんな意見、なんの根拠も必然性もないのはあきらかである。又、自民党保守派始め改憲派は、天皇の元首化を主張する。そもそも国と個人を1:1で結び付けるようなったのは、第一次大戦後、即ちたった100年前なのである。
 2週間後の26日は2.26事件82周年。決起将校が主張したのは「天皇親政」の実現。こんなもの、只の空想・妄想の産物だったのだ。それに気がつかなかったのが彼らの悲劇(続く)
(16/02/11)

 ジョンウンが今回の核実験を「国家の自立、民族の生存権」と主張。「民族の生存権」と云われると、日本もつらい。かつて第二次大戦が始まったとき、ナチスドイツも日本も、この言葉を大義名分として占領地拡大を進めた。実際はヒトラーが言い出した言葉を、何も考えないアホの東条内閣が、鵜呑みにしてモノマネしただけのお粗末な話。例えそうでも云ってしまったものは仕方がない。もとには戻らない。皆さん「民族生存権」という言葉は、ナチ用語だということを知っておくべきですよ。
 ジョンウンの主張を否定しようと思えば、日本もかつての民族テーゼを総括すべきなのだが、それをしてこなかったのが今の事態を招いているのである。何故できなかったかと言うと、一つは靖国神社、もう一つは「日本会議*・・・総裁はアベ晋三」という右翼団体、これらがアベ自民政権を牛耳っているからである。事実高市早苗とか、稲田朋美のような、現職閣僚や与党幹部・・・これらはみんな「日本会議」のメンバー・・・も「民族生存権」などというナチ用語を平気で使っている。顔もブスだが頭もブスだから仕方がない。靖国などという空虚な妄想に依存している限り、日本右翼はジョンウンとなんら変ることはない。
 と言うことは、ジョンウンもアベ晋三も根っこは繋がっているということだ。確かに、最近の自民党保守派の動きにはチョーセン=韓国臭いところが一杯ある。自民党こそ本当はチョーセン=韓国政党ではないか?
*ワタクシはこの団体の本質は、韓国団体ではないかと疑っている。
(16/01/10)

 ヒトラー「我が闘争」の続き。この本で何時も話題になるのが、印税収入の行方。ナチ時代、ドイツでは一家に一冊この本を置いておかなければならなかった。無論有料です。その印税はヒトラー個人の収入になったはずだが、それによる所得税納入は確認されていない。又この再販本の著作権は誰で、印税収入は誰のものになるのでしょうか?
 それだけでなく、彼は大統領・首相・国防大臣果ては陸軍大臣まで兼職している。それらの給与所得は当然課税対象になる。更にナチ党党首としての給与所得もある。ところがこれら給与所得に関する納税記録もない。つまり彼はパクリだけでなく、脱税の常習犯だったのだ。彼が脱税した巨額のマネーは何処へ行ったのでしょうか?果たしてスイスかアルゼンチンか?南米ルートはあり得ると思う。
 さて翻って我が国総理アベ晋三。彼の動向を見れば判るが連日連夜、高級料亭やレストランでの飲み食い。この費用は無論、国庫支出である政治活動費からではないはずだ。何処かと言うと、後援会費とか自民党収入等私的収入源或いは内閣官房機密費。私的だからいいじゃないかという意見もあるだろうが、後援会費を払ったり、私的献金をした人は、銀座や赤坂での飲み食いのために金をだしたはずではないのだ。
(15/12/05)

 ドイツでヒトラーの「我が闘争」の出版が解禁になった。ところが日本では、ずーっと昔から誰でも買える。ワタクシなど数年前に、高槻の紀伊の国屋で角川文庫版を買って読んでみた。ずばり嘘とハッタり、それとデマゴギーの羅列だが、本人も云っているように、嘘も百回つけば真実になる。この本は、彼が1925年に起こしたミュンヘンプッチで収監されたミュンヘンの兵営監獄で、ナチの副党首だったルドルフ・ヘスと、もう一人に対し行なった口述筆記を出版したものである。殆ど4資料も使わず、このような膨大な口述を可能にした、ヒトラーの記憶力と弁舌力にも驚かさせる。中で重要な部分は下巻に記述されている、彼の国家統治法である。
 この根拠になっているのは、彼独特の・・・というより殆どパクリ*の・・・人種論・階級論である。これを基に彼は極めて効率的な権力奪取法と国家統治手段を述べている。彼はこの中で、唯一の天才に導かれるピラミッド国家を夢見ている。世論などどうでも良い、議会は指導者の指示を承認するだけの機関だ。唯一の天才とは誰だ?本人以外の何者でもない。このナチ式国家統治法の根底に流れるものは、徹底した効率主義である。
 このモデルは世の中の権力主義者を捉えてやまないだろう。日本でもかつて中曽根康弘、今ではアベ晋三などがその信奉者だ。プーチンや習菌平、日本のアベや大阪の橋したなど、この本に学んでいないはずはない。
 アドルフヒトラーは死んだが、彼が指向した効率主義国家モデルは消えていないのである。
*このパクリと言うのが曲者である。ナチズムの原点は反ユダヤ主義と人種差別主義である。実はこれはどれもヒトラーが独自に作ったものではない。反ユダヤ主義の原点は19世紀末から特に東欧やロシアで盛んになったスラヴ民族主義、人種差別主義はダーウイニズムの悪用である。これらの思想運動は、19世紀末から20世紀にかけてヨーロッパで盛んになった。ヒトラーはそれらの諸説をパクリ、都合の良いように繋ぎ合わせていっただけなのである。
 ヒトラーやナチが扇動に使った諸説は、既に様々な出版物やプロパガンダを通じて大衆の意識に入り込んでいた。しかしそれらがすべてバラバラだったから、大衆の信頼を「得られなかった。ヒトラーはその隙間を突いて、統一的な解釈を与えたのである。この結果、大衆はヒトラーのものとなってしまった。
 このように事実の一部を切り取り、全体を都合の良いように切り貼りし、ひとつの大きなデマゴギーを作るやり方は、現代日本でも歴史修正主義の形で盛んに行なわれている。その際たるものが、アベ晋三をトップとする日本会議という集団である。その提灯持ちをするのが自民党保守若手、橋下というヤクザを筆頭とする「大阪維新の会」、サンケイ、週刊新潮、文春といった商業主義マスコミである。
(15/12/03)
 

 長谷川智恵子(74)という茨城県教育委員が、障碍者福祉施設を視察してその印象をツイッターに「障碍者教育は大変な予算が必要だ、生まれる前に診断する方法はないものか」なんて書き込んだものから、各方面から猛烈抗議。診断した後どうするんだ、という話になって、ブログは炎上、とうとう教育委員を辞職する羽目に。この婆さん今の世の中、自分が何を云っているのか、よく判っていないみたいだ。
 世界先進国の中で一番障碍者が少ないのは何処でしょうか?それはドイツです。何故ドイツで障碍者が少ないのか?それはかつてのナチス時代に、優生政策が採られたからです。優生政策とは、生物集団の中で優れた資質の種を優先的に保存し、劣性種を排除する政策です。この結果ドイツでは、障碍者や劣性民族とされたユダヤ人やロマ人には、強制的に男性には断種、女性には子宮摘出手術が行なわれた。その結果ドイツでは障碍者出産率が低下したのです。このナチス的優性保護政策は日本にも導入され、悪名高い「優性保護法」として施行されました。この法律は、国連勧告もあって、数年前廃止されましたが、この元教育委員はそれすらもしらなかったようだ。筆者も中学生の時、保健の授業で「優性保護法」を聞いた記憶がある。長谷川は筆者と同世代。かつて学んだ「優性保護法」が頭のどこかに染み込んでいたのだろう。
 ナチは女性からやってくる。ヒトラーを熱烈に支持したのも女性だ。日本でも女性政治家や評論家の中に、ナチ的思想がしばしば見られる。何故女はナチに惹かれるのか?女は頭が単純だから、橋下とかアベのような単細胞的発言に惹かれるという説もある。ナチの主張が単純なのはその通りだが、何か子宮に響くものがあるのだろう。それが優性思想なのだ。

 あっと驚く歴史認識。本日毎日新聞朝刊を開くと、いきなり飛び込んできたのが「よみがえる戦前日本の全景」と言う本の広告。著者は亀岡修とか言う、自称ジャーナリスト。これだけでも、ろくでない本だということが判る。
 その惹句に「何故世界極貧国だった日本が世界第5位の軍事大国になれたのか」というのがあった。著者は明治維新までの日本は極貧国で、それを豊かにしたのが明治維新だ、といいたいのだろう。
 ところがこの認識には重大な誤謬が含まれている。それは江戸時代の日本が極貧国だったという思い込みである。江戸時代の日本は、当時のトルコやインドや中国ほど贅沢金持ちではなかったが、おそらく貧富の格差は世界で最も小さく、皆が中流程度の生活をしていた。丁度高度成長期の日本並みの経済レベルである。当時日本は世界最大の産銅国。金・銀も豊富でこれが主な外貨獲得源だった。
 明治になって、鉄道やインフラ投資を全て自前でやったが、この原資の元は徳川幕府と、三井・岩崎・大倉等の民間資本。彼らは幕政時代から資本を貯め込んでいた。
 維新後各地に小学校や中学校が作られたが、建設費用は殆どが地元負担。ところが作られた校舎は皆豪勢。特に京・大阪では一流の建築家を招いて世界でも一級の建築物が作られた。世界遺産になった長州の松下村塾など、只のバラック。これに比べれば、江戸時代の大阪の寺子屋の方がよっぽど立派である。
 アベ晋三は政権奪取後の国会演説で、「塩・米・蝋それと何とかを長州四白と云い、これが明治維新の原動力となった」と述べたが、アホかと云いたい。こんな金にもならない安物で革命原資が賄えるわけがない。明治維新の原動力は薩摩の軍事力(これもイギリスの援助によるもので、その担保は菱刈の金だ)と、京・大阪商人の経済力である。
 1864年の下関戦争で長州は諸外国に30万両の借金を作ったが、これを肩代わりしたのが徳川幕府。それを建て替えたのがやっぱり民間商人達。その担保は幕府が抑えていた全国の鉱山資源や外国交易権だ。一体全体日本の何処が極貧国だったのか?
 無論日本にも貧しい地域と豊かな地域があった。極貧地域の代表が長州だったのだ。幕末という技術革新時代でも、あんな長州四白という金にもならない産物に頼らなくてはならなかったことがその証拠だ。何故極貧になったかというと、要するに頭が悪かったからだ。特に長州人は海の向こうの朝鮮系だから当然。明治維新とは幕府が持っていた資産をそっくり薩摩・長州に移し換える、いわばパクリ革命だったのだ。
 著者はジャーナリストということだが、ジャーナリストが書く本とは、まず自分の頭に予断があって、それに会う都合の良い情報をつまみ食いすることである。彼らはストーリーを作る訓練は受けているが、歴史家に必要な一次資料の収集・批判の訓練は受けていない。その典型が司馬遼太郎である。彼は新聞記者出身の歴史小説家、歴史家でもなんでもない。従って彼の著作は小説以外の何者でもない。ところが世の中には、それを真実と勘違いする慌て者が結構多いのだ。この本の著者も多分それと似たようなもので、維新後薩長政府が作った徳川否定論というプロパガンダに洗脳されているのだろう。
 今必要なのは、頭の悪い長州人が撒き散らす、長州維新史観を撲滅することである。
(15/11/04)

 滋賀4区の自民党衆院議員武藤某がツイッターで反安保法案デモに参加した学生に、「戦争に行きたくないのは利己的だ」とツイッテイングしたところ、猛反発。あの橋下でさえ「行きたけりゃお前が行け」という始末。あれもたまにはいいこというではないか。
 同じことは原発にも言える。川内原発再稼動に関し、東京16区(といわれても具体的に何処か判らないが)選出の衆院太田某が、反原発コメンテーターに各個撃破すべきと発言。つまりこの男、原発は絶対安全と信じているわけだ。だったら東京16区に原発誘致運動でもすれば良いのにその様子もない。原発を誘致すれば電力交付金や迷惑料なんかで莫大な金が16区に落ちる。16区は左団扇だ。そうだと言って、自ら誘致運動の先頭に立てばよい。しかしその様子もない。これが今の日本保守の実態だ。口先だけはえらそうだが、いざとなれば何も出来ず、責任を誰かに押し付ける。押し付けられるのは常に一般市民か左翼だ。この蛆虫がにほ保守・右翼の実態である。
(15/08/04)

 例の法的安定性の礒崎陽輔首席補佐官。どういう経歴かとウイキペデイアで検索してみると出るは出るは。支持団体は日本「創成」とか「日本会議」「神道政治連盟」。これらは正真正銘日本右翼(ナチ)だ。これら右翼団体の頂点に君臨するのがアベ晋三と言うことになっているが、ホントかね?担がれているだけではあるまいか?
 ところがこれらの右翼団体、骨がない。骨が無いのは晋三っと同じ。アメリカからこうしろといわれればハイハイ、原子力業界からああしてほしいと云われればハイハイ。日経平均が下がれば、金融緩和だとか、金と力のあるところにペコペコだ。
 何故日本右翼はここまで脳なし骨なしになったのか!もとを糾せば吉田松陰に辿りつくが、戦後岸政権の従米思想が大きかった。もう一つ大きいのが、今世界中で話題に。なっている「反知性主義」。反知性主義は人間の脳内、特に大脳前頭葉理性分野に直接作用するため、影響は大きい。大体、右翼の人間は頭が悪いというか、大脳前頭葉神経細胞の発達が未熟なのである。つまり脳神経細胞を繋ぐシナプスが未発達なため、情報が上手く伝わらない。このためシナプスを飛び越えた発想をしてしまうのである。その典型が石原慎太郎なのだが、こういうアホが右翼主流を作っているから、右翼と言うのは馬鹿にされるのだ。
(15/08/03)

安女郎といえば、例の沖縄報道圧力騒ぎの原因を作った百田という小説家も相当の安女郎。ずばり云っておきますが、百田尚樹および例の自民党勉強会に参加した議員はずばりナチです。しかしナチズムをキチンと勉強はしていない。見えるのは雰囲気だけなのだ。それは橋した維新大阪派にも見える。
 百田は元バラエテイ専門の放送作家だったらしい。つまり視聴率を何処でどう捕らえればよいかが、よく判っている。その結果があの内容空疎、何もない「永遠のゼロ」などという三文小説を産んだのである。沖縄普天間基地をもとは何も無かった田んぼだったといったが、実はあそこは沖縄王朝の中心地で都があったと言うのが沖縄県側の反論。このように裏づけ取材をしないのが、彼等バラエテイ作家の特徴なのである。この癖は「旬愛」という作品にも表れる。結局ヤシキタカジンの本妻家族から訴えられる始末。
 つまり百田尚樹と言うのは、放送作家どころか、妄想作家、・・・・朝日やマスコミを捏造というが・・・本人自身が捏造作家なのである。
(15/7/01)

 ISによって殺害された後藤さんの遺骨を、真右翼一水会のメンバーが現地法人を通じて国内に持ち込もうとしたところ、当局によって阻止されたという報道がある。当局とは誰か?普通感じるのは公安警察。公安に影響を及ぼせるのは国家公安委員長だけである。これを指揮できるのは内閣総理大臣アベ晋三しかいない。つまり後藤遺骨引き取りは内閣にとって不都合だ、ということだ。
 何故不都合か?後藤事件が起こって世界中に盛り上がったのが実はアベ批判。一番先に火をつけたのは日本のマスコミではなく、海外マスコミ。筆者の記憶ではWSJ。それに拠れば後藤殺害の切っ掛けを作ったは、アベのカイロ演説。この疑いは国際的には未だに消えていない。それを引きずった遺骨が日本に現れ、慰霊祭でも行われれば、たちまち発生するのがアベ演説批判。これを阻止せよというところだろうが、これまさにかつての統制翼賛政治、東条憲兵政治そのものである。
(15/05/05)

 バンドン会議でアベと習近平が言葉を交わしたのを日中関係改善のシグナルと政府や、政府寄りマスコミが宣伝する矢先、高市早苗ら閣僚が靖国参拝をしたから、中国はかんかん。権平が種撒きゃカラスがほじくるの例えだ。
 さてこの件の中心人物である高市早苗とはそも何者か?個人の経歴などはウイキペデイアでも見れば幾らでも載っている。高市という姓は非常に古い姓で、起源はおそらく飛鳥天平期まで遡れるだろう。奈良県高市郡は奈良盆地南東部を占める地域で、明日香村や高取町などが含まれる。
 奈良県は全国平均で見ても同和地区の多い県だが、特に南部は多い。おそらくは聖徳太子の貧民救済政策で、全国から貧民が集まってきた所為だろう。今の大阪市に各地から生活保護を求めて貧困者が集まってくるようなものだ。彼等貧民は太子の命により、興福寺や薬師寺・法隆寺など大手寺社領地内の特定地域に収容された。寺社側も太子の要請なら断るわけには行かない。この居住区が所謂”悲田院”である。これが後に被差別部落に変わっていく。高市氏は、被差別民ではないが、これら貧民を統御する役割を担った氏族ではないかと思われる。しかし、この過程で彼等貧民との関係が深くなっていったことは容易に想像できる*。
 これら貧民は後に寺社に付属する長史(チョウリ)神人(ジニン)となり、様々な特権を与えられるようになった。そのため畿内の長史神人は、朝廷に対する忠誠心が厚く、南北動乱期では南朝方**に、維新騒乱期には朝廷方に味方した。一方関東東北の被差別民は、幕府に対する帰属意識の方が強く、幕府や反薩長方についた。
 その結果、維新後関西の被差別民は従来の居住区・特権を維持できたが、差別も残った***。逆に関東東北では社会的特権や居住地も奪われたが、明治の富国強兵政策に乗って新たに出来た労働者階級に変身し、差別もウヤムヤになってしまった。
 これが日本右翼と同和利権、それと高市氏はじめ自民党保守派との関係の概要である。ヘイトスピーチの起源も大方このあたりにあると思われる。アベというか長州岸氏が畿内同和と関係があるとは思えないが、朝鮮系被差別民白氏との関係は疑われる。
 この小論は物凄い差別文書です。それは十分判っている。しかしこれは今の日本人の本質であり、ユングの言う集合無意識のようなものだ。これを誤魔化していては、何時までたっても日本人は今のままだ。
*ワタクシは昔奈良県南部が地盤のコンサルに籍を置いておいたことがあるが、選挙の度にそう思ったことはある。奈良県建設業・建設関連業の2/3は同和だからねえ。
**楠氏も彼等被差別民(長史神人)への関係が深いと思われるが、その点は未だに謎である。そもそも、これまで楠氏にまともに切り込んだ研究はないのではないか?
***四民平等を唱えた横井小楠、既得権益の撤廃を訴えた赤報隊は、いずれも被差別民特権を否定したために粛清された。
(15/04/24)

 鳩山がクリミヤで左の大ボケをかましたかと思ったら、自民三原じゅん子が「八紘一宇」で右の大ボケ。おそらく本人は言葉の意味を理解しないままに、誰かに吹き込まれて信じきってしまったのだろう。オウム真理教と同じ現象である。大体、タレントとか軍人・世襲議員と言う人種は基礎的な勉強をサボってきたから知識や批判力に乏しく、おまけに頭の構造が単純だから、騙すのは簡単。誰かに吹き込まれたことを云われたことを、そのままに受け取る。オウムか九官鳥のようなものだ。その悪しき典型がアベ晋三。 
 さて「八紘一宇」という言葉だが、古くからあったらしいがそれほど一般的ではなかった。実際この言葉が日本史に登場するのは昭和に入ってからである。広めたのは田中智学という日蓮信者(日蓮正宗ではなく、創価学会とも関係はありません。むしろ敵対派閥)で、彼は国柱会という団体を作って日蓮思想を広めていた。その中に石原莞爾もいた。
 昭和戦前の日本思想史は一般には右翼神国思想と社会主義思想の対立で捉えられることが多いが、もう一つ無視してはならないのが日蓮思想。昭和戦前では多くの軍人・政治家・思想家が日蓮信者になっています。例えば本庄繁、井上日召、北一輝などです。
 昭和日蓮思想の危険性は、その独特の予言性と終末説にあります。これを敷衍していくと、例えば石原莞爾のように日米決戦世界最終戦論と言うことになるのです。ところが、これが後に東条ら統制派にパクラレ、あっちこっちに「八紘一宇の塔」などを作り、東条官僚軍閥の手先にに成り下がった。その結果が東南アジアまでの領土拡大と悲惨な敗戦だ。日蓮予言の敗北である。日蓮など過去の遺物。21世紀では通用しない。何時まで」こんなのを信じているのか理解不能。それを今だに信じているアホが居るわけだ。三原じゅん子もその類か。
 クスリと同じで、言葉にも有効性もあれば副作用もある。政治家は言葉で営業するのだから、言葉の副作用にも気をつけなくてはならない。鳩山も三原もその点の注意がかけている。マクドナルドの異物混入、幼稚園・小学生のレベルだ。
(15/03/17)

   田母神の資金団体管理者が3000万使い込んでトンヅラ。田母神は無関係と主張するが本当でしょうか?。3000万は大きい。本人は現場一途で世間のことは判らなかったと言い訳するだろうが、空幕長という官僚機構のトップまで上り詰めている。世間のことは判らないという言い訳は通用しないのである。
 そこで思い出したのが、数年前タッチした山口県岩国市での訴訟。この工事、国交省補助事業だったら絶対に認められない工法を採用している。理由はこれが防衛施設庁補助事業だからだ。要するに、防衛官僚のシロートが山口県の海千山千におちょくられたようなものだ。山口ゼネコンが稼いだ差額は選挙資金に化けている。この顛末はいずれアップするつもり。
 田母神は実は何も判っていない裸の王様の様なものだ。だから選挙に負けたのである。
(15/02/19)

 やっとあのアメリカオタクの岡崎があの世に行ってくれました。彼の思想の原点は何でしょうか?彼の論説の特徴は、一つは強烈な反共主義。そして徹底したアメリカ追随主義です。これは岸信介のそれと共通しています。
 生まれは昭和6年大連。丁度満州事変が始まった年です。14才の時に敗戦、そして満州はソ連に占領されます。これが彼の思想の原点を作ったのでしょう。
 そしてソ連東欧崩壊後、共産主義の脅威はなくなったが、その代わりに表れたのが、イスラム原理主義。彼にとっては、共産主義もイスラム原理主義も、既存秩序を破壊するもので区別はない。そして既存秩序を護るのはアメリカ合衆国だという思い込みだけである。従ってここでも彼はあくまでもアメリカに加担せよと主張する。これに大きく影響されたのが自民党保守派。中でも筆頭がアベ晋三だ。その結果出てきたのが、集団的自衛権の見直し、特定秘密保護法。彼は確か現内閣の参与のはず。ということは就任時は82才だ。アベは何故こんな骨董品を参与なんかにしたのでしょうか?
 さて岡崎はその内容のお粗末さ・アナクロ振りは別にして、自民保守派の強烈なイデオローグであったことには間違いない。彼の死後、果たして誰が彼の路線を受け継ぐのか?元防衛相の中谷か?勝谷だったりして。笑ってしまうね。
(14/10/27)

一見突然のアベ靖国参拝。ワタクシには1864年(元治元年)、長州藩によるいきなりの攘夷断行(下関戦争)の再現のように思える。後先の事を考えず、頭に血が上るととんでもないことをやるのが、長州人、特に萩の人間の特徴。その割りに陰謀好き。やっぱり海峡を挟んで、朝鮮人の血が入っているのでしょう。アベやジジイの岸の顔を見れば、この一族が実は朝鮮だというのは直ぐに判る。
 下関戦争の時は、幕府が諸外国の間を取りなした(莫大な償金を支払っている)から無事に済んだが、そのまま行けば長州・周防は欧州連合軍に占領されている。私が連合軍司令官なら、下関を占領した上で、全体を2軍に分け、一方を萩に向け、もう一方で山陽筋の徳山か宇部を占領して、藩都山口を攻略する。無論それに平行して海軍により、山陰道・山陽道を艦砲射撃を行い長州軍の補給路を断つ。全体は2週間もあれば十分。戦費は幕府に請求し、長州・山口県を植民地とする。これは現代風に云うと特区である。
(13/12/27)

 革労協(社青同解放派)と言えば、数ある新左翼セクトの中でも特に戦闘的だったことで有名(所謂青ヘル)。先日これの反主流派幹部が逮捕された。まず、こんな化石のような組織が未だあったことに吃驚。それと容疑はホテルを偽名で予約したこと。有印私文書偽造にあたるそうだ。
 しかし、現代社会ではホテル予約はネットが当たり前。果たしてネット予約は有印私文書に当たるのか?それと芸能人タレントやIT企業家などが、偽名でホテルに女を連れ込んだり、政治家がホテルで偽名で金品受け渡しをやるのは当たり前。と言うことは、彼等もみんな逮捕されるということだ。
 今どきどきしている奴は大勢いるはず。
 なお、本日米軍横田基地に迫撃砲まがいの砲弾が撃ち込まれたらしい。これ彼等の犯行だろうか?時折しも中国防空識別圏問題で日米中関係が緊張、米軍機が中国識別圏を飛行したタイミング。と言うことは、革労協のバックに中国共産党があって、資金提供しているということだ。実際70年代の新左翼運動の背後には、旧ソ連や中国、北朝鮮の臭いが強く、それに操られていたのは間違いない。そのために内ゲバを繰り返し自滅していったのである。
(13/11/29)

 右翼の街宣が東京でアレフ施設に突っ込んだらしいが、何故アレフの様な屑団体に突っ込むのだ?本当に右翼が愛国・民族団体なら、この期に及んでなお中国に尻尾を振る、経団連を攻撃対象にすべきではないか?例えば、先日訪中して大恥をかいた、トヨタ奥田、張、イトチューの丹羽などが恰好のターゲットになるだろう。しかしそんなこともしない。何故なら経団連から献金があるのだろう。そして、その原資が中国共産党だったらどうする!愛国と言いながら、実は共産党の手先だったりするのだ。これだから右翼はアホよばわりされるのだ。
(13/11/29)

 ネトウヨと言えば日本独特現象かと思っていたらそうじゃなく、ヨーロッパが起源らしい。右も左も日本人のやることは、ヨーロッパ人の物まね。最近ヘイトスピーチ反対会議がヨーロッパで開催された。ヨーロッパネトウヨの攻撃対象は、アラブ・イスラムからアジア・アフリカ系不法移民、ユダヤ人やロマ人と一杯あって、差別どころかヨーロッパ人が差別されているような状態だ。その点日本のネトウヨは、韓国人とか中国人だけ相手にしていれば良いのだから楽だ。筆者はアベの先祖もそうじゃないか、と疑っている。あの顔はどう見ても朝鮮系なのだ。日本人の中にも差別があるじゃないか、と怒る人も居るが、日本ネトウヨと右翼の大部分は同和系。被差別者が被差別者を差別する。西田幾太郎じゃないが、絶対矛盾の自己同一だ。被差別部落民の子孫が国権の最高位に達する。当に日本は差別のない民主国家なのだ。
(13/11/10) 

 山本太郎の直訴事件を天皇の政治利用とする向きもあるが、あんなもの政治利用には当たらない。天皇政治利用では、小沢一郎の天皇・習近平会談の方がより性質が悪い。山本愚挙はむしろ天皇を利用したテレビジャック、テロのようなものだ。但しこんなことを許せば、次から次へと真似するアホがでてくる。その結果が議会制民主主義の崩壊だ。
 戦前、三月事件や5.15事件の犯人を「憂国の情だ」などとアホなことを云って、処分を曖昧にして最後は2.26事件で墓穴を掘った愚を重ねぬためにも、この際一罰百戒、厳罰で懲らしめたほうが良い。山本愚挙に理解を示す共産党やアホ若者は断固弾圧迫害すべきである。
(13/11/02)

 本太郎の園遊会手紙差し出し事件が話題になっています。一種の直訴だが、これは江戸時代では即死罪。明治憲法下でも禁止。大正の難波大介直訴事件では、難波は死刑。今回の事件は左からの2.26事件或いは三島「盾の会」事件のような者だ。極左も極右も、手間のかかる議会制民主主義を否定しているのには変わりない。目標は天皇だ!。従って、両者は最終的に繋がるのである*。
 しかしこの男何を考えていたのだろうねえ?只目立ちたかっただけじゃないの?馬鹿だから。但しマスコミの使い方だけは心得ている。
*大正~昭和期に甘粕正彦という人物がいた。一般に極度の反共右翼とされているが、彼の思想は天皇を除けば、共産主義と全く変わらない。東条倒閣運動にも加担している。
(13/11/01)

「付け火して 煙喜ぶ 田舎もの」、これは果たして誰のことでしょうか?山口県周南町の一集落のことでしょうか?いや、現代日本保守層、特に自民党支持層のことです。
 昭和20年8月の日本を概観してみましょう。海軍は完全に壊滅。特攻に出る飛行機もままならぬ有様。小倉・名古屋・東京・大阪など日本の大都市は、軒並み米軍の戦略爆撃に曝され、壊滅状態。仙台でさえ爆撃されたのだから、如何に米軍に爆弾が余っていたかがよく判る。一方陸軍は南方に進出した部隊は壊滅状態になったが、主戦場である中国では未だ優位を保っていた。つまり陸軍は未だ負けたとは思っていなかったのだ。そして陸軍兵士の主供給源は、都市ではなく農村(戦時疎開地域)。そしてこれらの地域は米軍爆撃の洗礼を受けていない。東京空襲など何処の国の話しだ、というレベル。そしてこれらが即ち今の自民党支持層地域。
 彼等は未だ日本は負けたと、本心では理解出来ていない。だから死んでも常に復活の機会を伺う。これをゾンビという。或いはクト
ルフ教徒か?麻生は定めし自分の権力維持のため、彼等を利用しようとしたのだろう。卑しい奴だ。
(13/08/03)

 たかが新聞広告をあれこれあげつらうのも大人げないと思うが、昨日朝刊に載っていた「盾の会」の綱領。あれを本気で実行すれば、日本社会は1500年前に逆戻りだ。三島由紀夫とその仲間(「盾の会、石原シンタローら)は進化論が理解できなかったか、信用しなかったのだろう。
 進化論は基本的には、進化は一方向に進むと主張する。但し例外もあって、稀に「先祖返り」といって、形質が元の状態に戻ってしまうものもある*。しかしこれは、生息環境が閉鎖的で、他種との交配が得られなかったケースである。そして大概はその後絶滅してしまう。
 と言うことは、三島ー盾の会、そしてシンタローの路線では、やがて日本民族は間違いなく絶滅する。彼等は愛国主義者どころか、最終的には日本民族絶滅を狙うユダヤ人やフリーメーソン**の陰謀の片棒担ぎに過ぎないのである。
*魚や蛙など下等生物に多い。哺乳類などの高等生物には殆ど見られない。やっぱりシンタローなどは下等生物の部類なのだ。
**三島由紀夫フリーメーソン説は昔からある。イノセもその一人ではなかったかね?
(13/08/01) 


 一昨日の麻生発言の中に「ナチス憲法」というのがあった。筆者の理解はナチが権力を奪取したのは、確か大統領ヒンデンブルグの死去に伴って、ワイマール憲法下の全権附与法を利用しただけの筈。その間憲法は何一つ変わっていない。何時の間に「ナチス憲法」なるものができたのか、筆者の錯覚だったのか?しかし、シャイラーの本を見直してもそんなことは一言も書いていない。それどころかヒトラー「我が闘争」の目次を見ても、憲法など一言もふれていない。
 そもそもヒトラーは民主主義を否定していた。憲法は専制主義と民主主義の闘争の中から産まれたもので、君主の権力を規制することが目的である。絶対専制制の復活を願うヒトラーが、憲法に興味を持つ訳がない。*
 つまり麻生太郎は、有りもしない「ナチス憲法」があると錯覚し、デタラメなことを喋ってしまった(誰がこんなことを彼に吹き込んだのか?)。モノ知らずにもほどがある。それを何ら批判しなかった自民党改憲派も同罪である。そろいも揃って、大恥を天下にさらした。
 さて問題は「・・・その手口に学べ」という一言の解釈である。これには次の二通りがある。
①言葉通り、改憲論議はナチに見習ってこっそりやろう・・・・・改憲派の文脈
②ナチを反面教師とし、あんな卑劣な真似をしてはならない・・・・・非改憲派の文脈
 さて麻生は今一所懸命、②の方向へ話しを持っていこうと言い訳している。しかし、彼が講演したのは自民党改憲派のサークルである。彼の発言意図が①でない筈がない。全く顔もイタチなら、考えることもイタチ並みの卑しさだ**。育ちが悪いのだ。若い頃ヤクザと付き合っていたから、ついそうなってしまうのだろう。
 問題はこれから先だが、麻生発言は既に国際問題になってしまった。特にアメリカの反応は手厳しいものになるだろう。日本政府が麻生を庇えば、日本はアメリカからも見放され、国際的に孤立することになる。これを避けるには、少なくとも麻生の閣僚辞任は避けられない。さてアベに「泣いて馬謖を斬る覚悟」があるかどうかが問われるだろう。
*これに今一番近いのが、シンタローの「廃憲論」である。
**この様に顔も根性も卑しい人間の事を、最近の大阪弁ではコンババというらしい。ワタクシはこんな品のない言葉を使ったことはないが、麻生には使っても良いかもしれない。
(13/08/02)

 この麻生発言に対し、大阪の橋したが「あれはブラックユーモアだ、それが分からないようでは国語力に欠ける」と語った。さて彼は何を意図して、麻生擁護発言をしたのか?麻生の発言はブラックユーモアでは済まされない。欧米特にユダヤ社会では、ナチズムは極めてデリケートでセンシテブな話題である。だから政治家は、仮に例え話であっても、これを簡単に話題にしてはならない。麻生はその一線を越えたと見なされる。いや、それは日本国内の問題ではないか、という反論もあるだろうが、日本は30年以上前からG7の一環である。つまり西側同盟も一部である。そして西側同盟とは反共でもあるが、実は反ナチ同盟でもあるのだ。アベも麻生も橋したも、そしてシンタローもそこが判っていないのだ。
 麻生発言の真意は、こっそり改憲をやろう、ということに他ならない。これが判らないのは、さすが早稲田三浪の国語力だ。北野の国語教師は何を教えていたのかね?

 麻生が自民党保守派サークル集会で、サービスのつもりで余計なことを云ったばっかりに、またまた日米関係が怪しくなった。麻生太郎という人間は、生半可な知識で余計なことを喋って墓穴を掘るタイプだ。バックに変なのがいて、それにあれこれ吹き込まれて、思いこんでしまうのだろう。要するに、アメリカに全部盗聴されていることも知らず、言葉の意味が十分理解出来ないまま、喋ってしまうと言うことで、これは頭が悪い人間の典型行動。幼稚園並みの知能である。
 早速発言撤回となったが、そんなことをしなくてはならないと言うことは、やっぱり頭が悪いととしか云いようがない。アベ、麻生、菅義偉、これが現代自民党三大馬鹿なら、逆にさつき・珠代・早苗これが現代自民党三大悪女か。悪女になりきれるかなあ?
(13/08/01)

当たり前ですが、現在の自民・維新が主張する96条改正先行論は、憲法改正論では邪道です。政治家がこんな邪道に手を染めるようでは、国家は終わりだ。
(13/05/02)

 鳴り物入りの主権回復記念日イベント。しかしよく見ると、海外特に戦勝国からの来賓が一人もいない。つまりこのイベント、戦勝国からは無視され、敗戦国の中でただ日本一国だけが騒いでいるのである。そもそもサンフランシスコ平和条約の主役は当たり前だが、米英仏ソ(日本に負けておいて、日本の負けが決まってから、おずおずと宣戦したフランスがこれに加わっているのが面妖だが、他に全く関係のないブラジルやペルーなども加わっている)。この会議では、日本はいわば過去の犯罪者の立場である。少なくとも戦勝国と対等ではない。戦勝国にしてみれば、ここら辺りで日本を許してやろう、てなもんだ。要するに、日本が敗戦を認め、戦勝国特にアメリカの属国であることを正式に認めた記念日である。つまり言い換えれば、日本が永遠に主権を売り渡した記念日でもある。なんでそんなものを祝わなきゃならないんだ。これこそ自虐史観の最たるものである。日本敗戦確認儀式がサンフランシスコ講和会議であり、平和条約である。ところが、その時既に東西冷戦状態は始まっており、朝鮮戦争も3年目を迎えていた。各国はその対策の方が大変で、7年も前の戦争には関心はない。日本のことなどどうでもよかったのだ。その証拠が今回のイベントに外国来賓が一人もいなかったことである。要するに、このイベント、日本と言うより自民党とアベのアホの自己満足に過ぎない。日本の恥さらしイベントだ。そんな非国際的二流イベントに天皇出席を強要するとは、アベと自民党はかつての小沢以上の思い上がり、傲慢である。必ず神罰が降るだろう。
(13/04/29)

 明日04/28はサンフランシスコ平和条約で日本主権回復の日とアベは嘯いていますが、実態はそうではない。日本が完全にアメリカに主権を売り渡した日であると同時に、巣鴨に収容されていたアベの祖父の二流国賊B級戦犯岸信介が釈放された日でもあり、あの無能にして臆病者辻政信*が、戦犯訴追を恐れての逃げまくりを終えて、のこのこ姿を現した日でもある。戦後日本最大の屈辱の日でもある。
*この男、その後参議院に立候補し、議員を2期ほど努めた60年代終わり頃、突如姿を消す。その後の辻の消息はようとして判らない。色々説があって、一つはベトナムに渡って米軍に対ゲリラ戦を指導しているというもの、一つはラオスに渡ってパテトラオを指導していると云うもの、今一つが中国経由でラオスに潜入しようとしたところ、林彪麾下の人民解放軍に逮捕されその場で処刑されたというもの。どれが本当か判らないが、確かなのは現職の国会議員が行方不明になっったにも拘わらず、当時もその後も日本政府は積極的に捜索しようとしなかったことである。みんな厄介払いが出来て、せいせいしたのでしょうか?自民党も知らぬ顔をしていることを見ると、CIAか或いは日米闇社会住人に消された可能性もあります。はっきり云ってスキャンダルですよ。
 辻が戦犯に問われるべき容疑は、昭和17年バターン捕虜移送(所謂バターン死の行軍)事件、昭和19年のシンガポール華僑及び捕虜処刑事件である。いずれも辻が軍命令書を捏造したことが発端。しかし、辻はこの責任を当時の司令官や参謀長に押しつけ、お陰で本間雅治、木村兵太郎の2将軍が無実の罪を問われてB級戦犯で処刑された。他にも辻の強引な作戦指導で被害を蒙った部隊は、ノモンハンでの小松原兵団始め数多い。彼等は中国軍で、ではなく自分の手で辻を縛り首にしたかったろう。

(13/04/27)

 アベ晋三の祖父の二流国賊岸信介は満州時代国賊東条秀樹や三流ヤクザ児玉誉志夫と組んでアヘン密売で財をなし、戦後はA級にもなれずB級戦犯で服役(アメリカもこんな小物をA級にする必要を感じなかったのだろう)。児玉が作った闇資金(所謂M資金)で自由党を買収して総理総裁。ベトナム賠償ボロ儲けで地位を確立。弟の佐藤栄作は赤坂のキャバレー「ミカド」のNO1ホステス根本某(誰か判りますねえ)をインドネシア大統領スカルノに提供。インドネシア賠償を自分のものにしてしまった。それを側で見ていたのが田中角栄。岸・佐藤兄弟のやり方をそっくりフィリピンに持ち込んだ。そして失脚。
 さて岸ー佐藤ーアベ家に連なる系譜は利権犯罪一族だということである。アベの後ろには山口県利権組織がある。
 東条始めA級戦犯は殆ど犯罪射的無能力者である。なんでこんなノーナシを神に祀らなきゃならないんだ。そこにあるのは宗教法人靖国神社の営利主義・営業戦略。それに食いついた岸らB級経済戦犯は戦争利用知能犯である。アベはその孫だ。
(13/04/24)

 普天間問題で連立与党が揺れています。これも参院の数合わせのために、相手構わず連立を組んだから。鳩山・小沢・管の見込み違い。ここで明らかになってきたのが、与党三党の沖縄問題への姿勢の違い、というより対米姿勢の違い。今度は連立与党の反米度を考えてみましょう。
1)まず対米最強硬派は社民党。普天間の県外・国外を主張して譲らない。鳩山がもし妥協すれば連立離脱も辞さないとコワモテ。そもそも社民党の前身は旧社会党左派。これの行動部隊が社会主義協会というラジカル左派勢力。そして社会主義協会を主導したのが、元九州大学名誉教授の故向坂逸郎という急進マルクス主義者。そして、その前身を辿れば戦前の人民戦線に行き着く。人民戦線とは1930年代、ヨーロッパに急激に高まりを見せた、ナショナリズム・ファシズムの流れに恐れをなしたスターリンが、コミンテルンを通じて各国左翼に働きかけた戦法で、共産党による革命主義を隠し、社会党との連帯を謳い、反戦・平和宣伝を流してファシズムを牽制しようとしたものである。しかし、実態は共産党による社会党組織の乗っ取りで、その証拠がスペイン内戦での人民戦線政府の敗北である。日本では、東大経済に根を下ろし、大内兵衛を筆頭とするいわゆる講座派というものを作る。これは岩波書店が企画した「資本主義講座」の執筆陣を中心とするグループで、この中に宮本賢二や当時若手のマルクスボーイ美濃部亮吉らがいた。無論向坂もそのメンバーの一人である。
 この日本版人民戦線は昭和12年の「人民戦線事件」で一斉検挙され壊滅したが、戦後息を吹き返し、その最急進部分が後の社会主義協会となる。しかし、60年安保の挫折によって、日本のラジカル左翼は分裂を始め、65年の新左翼の結成、70年後の新左翼の分裂と抗争に至る。新左翼セクトの大部分はその後消滅するが、その中の一部が生き残って今の社民党に潜り込んでいると考えた方が良いだろう。従って、社民党の立場は基本的に、反安保・反帝・反スタ・反米ということになる。筋金入りの反米グループだ。
2)次に民主党。この党は基本は保守なのだが、幹部に反米・左翼の匂いがする。どういう匂いかというと、一つは団塊世代の匂い、もう一つが旧田中派の匂いだ。
(1)民主党閣僚16人の内、実に5人が58才から62才までの、いわゆる団塊世代に属する。この世代の特徴はいわゆる「反抗」と「甘え」である。学生時代では学園紛争を起こし、就職すると労働争議を起こす。その延長にあるのが反安保・ベ平連活動。これが70年安保闘争で瓦解すると、その後反公害・環境市民運動に変化する(これは何も日本だけでなく世界中で起こった現象で、むしろヨーロッパの方が過激で、日本左翼はそれのサルマネをしただけだ、とも云える)。管が唱える「コンクリートより人間へ」というフレーズや、鳩山の2酸化炭素25%削減などはこれのノリ。更にこれが進むと極端な反科学主義・反文明主義にまで行き着く。例のシーシェパードなどはこれが奇形化したものである。
 しかし、一方で甘えの論理もある。日本の団塊世代にとって切っても切れないものがベ平連である。1)の社会党左派(今の社民党)=人民戦線がヘルとゲバ棒で象徴されるコワモテ路線なら、これはフォークと集会とお手手繋いで仲良しデモに象徴される良い子路線。良い子ぶってりゃ機動隊にぶん殴られたり、公安に検挙される心配もない。しかし、指導層は反安保・反帝・反資本主義を掲げるから、基本は反米である。それが刷り込まれている。なお、昔ナンパ目的でデモで参加したこの世代も、その後みんな転向し、憎むべき米帝・日米独占資本主義のために働いて、そして日本の繁栄を築いた。ここにも何処か甘えの構造が伺える。転向出来なかった者が、民主党の結成に参加した。鳩山・管などはその典型で、70年安保を引きずった、いわばオールドレフト、アナクロリベラルと云えよう。小田実死して、リベラルを残す。
(2)1974年暮れ、遂に田中角栄辞任。ロッキード疑惑に端を発する田中金脈・元首相逮捕劇の始まりだ。さて、これがアメリカCIA の陰謀なのは明らかなのだが、その原因はその前に起こったオイルショックで、角栄が資源ナショナリズムに奔ったためである。これがアメリカ石油メジャーの逆鱗に触れ、角栄解任に至ったのである。これが当時角栄側近だった連中のトラウマにならないはずがない。筆頭が小沢一郎だろう。最近小沢が発する政策や、発言の中に様々な形での反米メッセージが伺われる。例えば、農家の個別補償制とか、例のキリスト教排他主義論とかである。この結果かどうかは知らないが、旧田中派は一斉に親中派となり、それを重要支持層と考える鳩山の親中発言に結びつく。つまり、民主党内旧田中派グループも又、形を変えた反米勢力である。
3)次に国民新党。これも旧田中派と同じ基本的には保守勢力である。これが反米的かどうか判断は難しい。もし、反米的とするなら、例の郵政民営化と、親米一遍道のコイズミー竹中路線の反発と言うだけだろう。外交・安保問題については、自民党と全く同じと考えて良い。只、連立だからパートナーに遠慮して(来年の参院選があるから)本音は言わないだけ。
(09/12/08)

新政権の課題
1、1936年2月、スペイン総選挙。左派人民戦線が地すべり的勝利を収め、直ちに王政廃止共和制を宣言した。更に鉄道・鉱山等基幹産業の国有化を進め、企業・高所得者への課税を強化した。これが保守派の反発を買い、資本預金の海外逃避が始まり資本が縮小する。但し軍部は政権発足後直ちに共和国憲法に忠誠を誓っている。その間、政府は何ら有効な手を打たず、ひたすら共産党対社会党、社会党内でも急進左派対穏健派の路線闘争ばっかり。経済は停滞しインフレが進行し、国民の不満が高まる。経済危機を乗り切るためにカトリック教会に課税しようとしたが、これが裏目。教会と教会に扇動された農民・右派の反発を招き、同年7月モロッコでの叛乱*をきっかけに、足かけ3年に及ぶスペイン市民戦争と、それに続く半世紀あまりの右派独裁政治が始まったのである。
 不毛のイデオロギー路線闘争ほど国民にとって迷惑なモノはないという一例。

2、ワシントンポストが民主党政権にクレームを付けているが、この新聞自身、ある時某メデイア資本傘下に入り、今や共和党の機関誌。日本で云えばサンケイみたいなもの。昔のWPとは体質が全く違っている。従って、党首が当惑する必要はない。WPが何かを云えば、日本国内に反米世論を作るだけでアメリカにとってプラスは無い、と何処か・・・例えば外国記者クラブ会見・・・でアナウンスすればよいだろう。

3、その内、日本が相変わらず英米型自由主義経済圏に組みするのか、それとも仏独型制限資本主義圏に加わるのか、の意志表示を迫られるだろう。世間一般には新政権は後者を指向すると思われている。
 与党になれば嫌でも財界との接触は避けられない。これまでの自民党を支えてきたのは経団連。現在の経団連が自由主義経済重視だったのは顕か。経団連に対するのが経済同友会。民主党も経済同友会と定期会合を持てば、経団連に揺さぶりをかけられ、分裂を誘えるかもしれない。そうなれば、自民党に決定的打撃を与えられるだろう。

4、ソマリア沖海賊対策はやはり重要課題。本来は沿岸国が責任を持つ(ソマリアとイエーメン)べきだが、ソマリアは無論イエーメンも怪しくなっている。最近イエーメン北部にアルカイダ系組織が出来たと云われる。それに影響されてソマリアにもアルカイダが進出し、海賊がアルカイダ化すれば大変。これまでは船を乗っ取られても、金で取引出来たかもしれないが、これからは自爆テロをやるかもしれない。更にソマリア暫定政府(と言っても実態はないが)がタリバン化すると手が着けられなくなる。かといって、アメリカ流力づく解決が逆効果なのはアフガンの失敗で証明済み。何か、日本流の解決策を出して自民流対米追随を差別化するチャンス。これが上手く行けば対米関係は、コイズミーブッシュ時代より良くなるのは顕か(の筈)。
 これまでの自民党型外交は、まずワシントンの決定が何かを見定め、その方向・枠内での日本の貢献をどう限定するかに腐心してきた。つまり、何も考えずハード(つまりマネー)の心配だけしておれば良かったのである。これは楽だあー!(昔の地方ゼネコンや田舎コンサルはこの手で儲け、利益が当時の与党に環流していたのである)。
 新政権の日米対等外交とは、そうではなく、アメリカが抱える諸問題の解決に対し、日本独自の解決策を提案するということであろう(現在の大手ゼネコンやコンサルはそれを求められている。それが出来ない会社は指名停止だ。)問題は1)アメリカにそれを受け入れるだけの余裕があるか?、2)日本側、特に外務省にアメリカを説得出来るだけのアイデアを出せる能力があるかである。1)はブッシュ時代ではあり得なかったと思われる。しかし相手も変わっているので、これにもチェンジの可能性はある。2)が問題で、非常に心配。長い自民党政治が日本外交を堕落させてきたのである。

*叛乱を主導したドン・ファン・フランコは大変評判の良くない人物だが、筆者は割合買っている。若い頃は結構柔軟で、第二次大戦中はヒトラーの脅迫にもめげず、のらりくらりと中立を貫いた。これは連合軍の対独戦略に大いに寄与している。お陰で戦後は独立を維持し、海外領をイギリスに盗まれずに済んだ。戦後はNATOに加盟し西側の対ソ戦略に貢献している。根っからの王党派だが、独裁権力を手に入れても王政復古は許さなかった。言い換えれば、共和国憲法に忠実だったのである。只、後半は頑固になって、世の中の変化についていけず、、スペインをヨーロッパの後進国にしてしまった。スペイン王国の栄光やファシズムなど時代遅れで、民主化を進め英米からの投資を活性化すべきという発想になれなかったのだろう。
(09/09/03)

 新聞広告に、文春「諸君」が「日本への遺書」なる特集。遺書を書くぐらいだから、著者は自分の死期が近いのを自覚しているのだろう。そうなら、さっさとあの世にいった方が世の中のためになる。特にシンタローなどは。何時までもズルズル生きていると、それこそネタキリ保守、ハイカイ右翼呼ばわりされかねない。
(09/05/03)

 プリンスホテルの日教組大会キャンセル問題について、昨日 (03/13)参院予算委員会で①鳩山法務大臣は裁判所の命令が無視されるようでは日本は法治国家とは云えない、と明言。又警察庁警備局長は②右翼の妨害に対しては警察は断固たる処置を執る。決して近隣に迷惑を掛けることはない、と明言、又プリンスホテルが先に宿泊予約をしていた大会参加者に対し、一方的に宿泊をキャンセルしたことについて、③桝添厚生労働大臣は、旅館業違反の疑いありと明言。ところが西武側は「正義は我にあり」と徹底抗戦の構え。さてこれが何処まで続くのか。それより自分の決定手続きを無視された裁判所側はどう出るのか?政府も裁判所がこの先何もしなければ、日本は法律よりはやっぱり暴力団(例えば石原慎太郎のようなヤクザ)が支配する世の中になるだろう。
(08/03/13)

 日教組全国集会東京大会で、会場を受け入れた西武が、東京地裁・同高裁の使用命令を無視して受け入れを拒否。理由が右翼の妨害と宿泊客の安全確保。テレビ記者会見での西武HD会長の苦し紛れの言い訳が見苦しい。実態は裏で東京都知事、つまり石原慎太郎というヤクザが、西武に対しゴロを巻いているのは顕か。そもそも、ホテル側が右翼暴力団の脅しを受ける可能性があるにも関わらず、裁判所が使用命令を出した以上、右翼暴力団の脅しを排除するのが都知事の役割。それにも関わらず西武が会場使用を拒否したのは、都知事の支援を得られないと判断したに他ならない。つまり、都知事が裏で右翼暴力団という反社会的勢力と結びついているということだ。何故そうなるのか?西武グループは東京都内で多数の開発計画を持っている。開発許認可権を持っているのは東京都知事。つまり、日教組大会開催を認めれば、西武の開発計画の認可は認めないという脅し。これに西武はびびってしまって、日教組大会受け入れを拒否した、と言うのが真相だろう。これは、はっきり言ってヤクザ・暴力団の手口。法律よりは実力がモノを云うという世界。つまり石原慎太郎というロートルヤクザ・ごろつきが日本の法律を無視し、自分の言い分を押し通したのが今回の事件の顛末。ここまで法律の権威を馬鹿にされて、なんにも出来ない裁判所が情けない。私が裁判官なら、命令を無視した西武に対し、当該施設の無期限使用停止を命令しますがね。それぐらいやらないと、日本の法律は無視されるのみ。いずれは実力のみが支配する暴力国家になるだろう。もし、大阪で日教組大会をやるとすれば、大阪府知事はどうするのか?右翼暴力団の脅しに屈してこれら反社会的勢力の言い分を認めれば、ああやっぱり橋ノ下もあっちの勢力か?と思われるのである。
(08/02/27)

 日教組全国集会東京大会で、会場を受け入れた西武が、東京地裁・同高裁の使用命令を無視して受け入れを拒否。理由が右翼の妨害と宿泊客の安全確保。テレビ記者会見での西武HD会長の苦し紛れの言い訳が見苦しい。実態は裏で東京都知事、つまり石原慎太郎というヤクザが、西武に対しゴロを巻いているのは顕か。そもそも、ホテル側が右翼暴力団の脅しを受ける可能性があるにも関わらず、裁判所が使用命令を出した以上、右翼暴力団の脅しを排除するのが都知事の役割。それにも関わらず西武が会場使用を拒否したのは、都知事の支援を得られないと判断したに他ならない。つまり、都知事が裏で右翼暴力団という反社会的勢力と結びついているということだ。何故そうなるのか?西武グループは東京都内で多数の開発計画を持っている。開発許認可権を持っているのは東京都知事。つまり、日教組大会開催を認めれば、西武の開発計画の認可は認めないという脅し。これに西武はびびってしまって、日教組大会受け入れを拒否した、と言うのが真相だろう。これは、はっきり言ってヤクザ・暴力団の手口。法律よりは実力がモノを云うという世界。つまり石原慎太郎というロートルヤクザ・ごろつきが日本の法律を無視し、自分の言い分を押し通したのが今回の事件の顛末。ここまで法律の権威を馬鹿にされて、なんにも出来ない裁判所が情けない。私が裁判官なら、命令を無視した西武に対し、当該施設の無期限使用停止を命令しますがね。それぐらいやらないと、日本の法律は無視されるのみ。いずれは実力のみが支配する暴力国家になるだろう。もし、大阪で日教組大会をやるとすれば、大阪府知事はどうするのか?右翼暴力団の脅しに屈してこれら反社会的勢力の言い分を認めれば、ああやっぱり橋ノ下もあっちの勢力か?と思われるのである。
(08/02/27)

 最近の保守系雑誌広告を見ていると、「保守の再生」とか、「保守の再建」とか、「真の保守は」とか、やたら弱気なタイトルが目に付く。コイズミ政権後期やアベ政権発足時の時のような、我が世の春的元気はない。言葉だけから見ると、保守が潰れてしまったようだ。何故、潰れたのか?左翼の攻撃か?マサカ。今の保守右派は政府与党・財界・マスコミの支援を受け、最強の体制にある。ところが、今の左翼にはかつての勢いは全くない。左翼に保守右派を潰す元気どころかその能力もない。現実は保守右派が勝手に潰れた(自滅)のである。
 この保守の低落は、アメリカネオコンの凋落に期を一にするものである。00年ブッシュ政権が誕生すると、にわかに注目されたのがネオコンという勢力。ホワイトハウスを占領し、議会や産業界にも影響力を及ぼし、一時は2035年迄彼らの支配力は続くと予測されたのである。ところが彼らの絶頂もせいぜい5年。今や、ホワイトハウスにはネオコン人脈は誰もいない。それどころか、現在のアメリカ大統領選共和党候補の中で、唯一ネオコン的(宗教右派層の取り込みを狙っている点で)なのはハッカビーぐらい。彼もホーマツ呼ばわりされている。つまり、アメリカでも保守右派はメロメロなのだ。何故ネオコンの威力が潰れたか?それはイラク戦争の失敗である。彼らはイラク戦争を始めるための戦略は持っていたが、終わらせるための戦略を持っていなかった。これが全ての失敗の素である。
 日本の保守右派も同様で、彼らは政権を取るための戦略はあったが、肝心の政権を取ってからの政策を持っていなかったのである。まことに今から思えばそうなのだが、保守右派には政策というものが全く無かった。だからアベも選挙で負けた時にどうして良いか判らなくなったし、アベが政権を投げ出した時に保守右派もうろたえるだけで為すすべがなかった。この点を要約すれば、ただ一言「やっぱり右翼は頭が悪い」ということになる。その代表が中西輝正というところか。あんな頭の悪い人間見たことがない。
(07/12/25)

右風が強く吹きすぎると、その反動で左ネジが巻き戻す。いつも繰り返されたパターン。橋本経世会撲滅を狙うコイズミ純一郎は、自分自身はそれほどでもないのに(中身がカラッポだから右でも左でもない)、総裁選で日本遺族会の票欲しさに右翼ポーズを取ってしまった。これに騙された保守・右派が廻りに集まり、逃げるに逃げられなくなった。この結果、自民党内の雰囲気は、保守・右派ムードが大勢を占めることになった。云うまでもなく、大勢の殆どはノンポリ。選挙の公認が欲しいから、そういうポーズをとるだけ。しかし、中に確信犯的右派もいた。それが集まったのが、旧森派(現町村派)。彼らの狙いは憲法改正である。その為に担ぎ上げたのが、アベシンゾー君(彼の末路は皆さんご存じのとおり)。
 また、当面の活動の象徴としたのが、歴史教科書問題。そのターゲットとなったのが、沖縄戦での住民自決強制問題である。これは、軍が自決用手榴弾を住民に配布し、住民に自決を強要したという事件である。この話しは、住民の証言により歴史学者の間では定説となっていた。これに異議を唱えたのが曾野綾子というアホ小説家。この女、ペルー政府の訴追を受けたフジモリをかくまったり、やることなすことがトンチンカンなのである。この女が目を付けたのが、当時海軍守備隊長だった某老人。これが「そんな命令は出していない」と叫び、名誉毀損で訴訟を起こしたのが事の発端。この命令書が見つからなかった為に、裁判では「その事実は確認出来なかった」という結果だけなのである(1)。これを鬼の首を取ったように喜んだのが、いわゆる自由主義史観論者と、その実行部隊である「新しい歴史教科書を作る会」。これがコイズミ内閣以降、文部科学省を動かして、シンパを教科書検定官に送り込む。これを梃子に教科書の書き直しをやろうというわけだ。やり方はかつての陸軍統制派と全く同じ。彼らが選んだ目標が、従軍慰安婦問題と沖縄集団自決問題。さて、遂に彼らの寵児であるアベ内閣が成立。いよいよ我が春が来たと気負い込み、教科書の記述からこれらを消すのに成功したかに見えた・・・当時の文部科学大臣である中山成彬も、それに賛同する発言をしているのである。しかし従軍慰安婦問題は、アメリカ議会の反対で敢え無く頓挫。残るは沖縄戦問題。平成19年度中学校教科書で、集団自決の軍強制表現の削除に成功した。ところが、アベが途中で戦線離脱。変わった福田は、沖縄での11万人集会に怖気を篩って、これでは次の総選挙に勝てない、と言うわけで教科書の書き換えに同意する発言。
 そのほかにも、福田発言は対北朝鮮対話路線とか、対中友好路線とか、一々保守右派の勘に触ることばかり。これが左ネジなのである。当然、保守右派としては、この左ネジを右に巻き戻さなくてはならない。しかも、それは解散総選挙の前にやらなくてはならない。しかし、今のところ、これと言って良いネタがないのが実状。一番良いのは、北朝鮮がもう一回、核実験とかテポドン発射をやってくれる事だが、ジョンイルもそこまで馬鹿ではないだろう。
(07/10/06)

 コイズミ内閣成立以来、列島を吹き荒れているのが右風。その極めつけがアベ内閣。この右風の実態は何で、それは何時までも吹き続けられるものでしょうか?右風なんだから、右翼から吹いてくると皆さんは思っているでしょう。ところが、とんでもない。今右風を吹きまくっている連中は、純正右翼とは縁もゆかりもない、保守反動ミーハーなのである。そしてその風が何処から吹き出しているか、というと、それは日中関係からです。
  (日本右翼の系譜)

文化文政 維新直後 明治 大正~昭和 昭和戦前~戦中 戦後
平田篤胤 ・・・ 平田鉦胤 ・・・ 穂積八束 ・・・ 上杉慎吉
平泉 澄
筧 克彦

平沼騏一郎
鳩山一郎
・・・ 安岡正篤
岸 信介

蓑田胸喜
四元義隆
菱沼五郎
・・・ 三島由紀夫
石原慎太郎

安部晋三
中川昭一
中山成彬
復古派神官、士族


自由民権派
頭山 満 北 一輝
井上日召
西田 悦

児玉譽志夫
内田良平
笹川良一
赤尾 敏
西部 遷
渡辺昇一
西尾幹二
中西輝正
岡崎久彦

小林よしのり

 明治から現代までの、右翼と目される人物をランダムに挙げてみました。特に重要なものは表中太字で示した系列です。これを連ねるものは実は東大法学部の系列です。

 明治維新前後の日本右翼の思潮は、時代遅れの神国思想に基づく復古主義と攘夷論、反欧化主義、反自由主義で特徴付けられる。又、日清・日露戦争の影響で植民地拡大思想が強まる。大正になると、ヨーロッパから左翼思想が流入し、更にロシア革命の影響で、これに対する反動として、反共が加わる。昭和になるとナチズムの影響で民族主義傾向が加わり、その極端な形として天皇機関説排撃運動、国体明徴運動が主体となる。
 では戦後はどうなったか?GHQの指令で主な右翼団体は解散させられ、右翼指導者の多くも追放になった。当時のGHQの日本統治基本思想は殆ど共産主義と云ってよい。ところが、ここに晴天の霹靂のように起こった事件が起こった。ソ連によるベルリン封鎖、それに続く鉄のカーテンと朝鮮戦争である。これに驚いたアメリカ政府は、日本をアジアに於ける反共の砦とすべく、右翼指導者の追放解除に踏み切った。その代表が表世界では岸信介、闇世界では児玉譽志夫だったのである。これまでいろんなところで触れているが、この二人は満州時代からの腐れ縁。お互い後ろで手を組み合っていた仲間だ。その他、服部卓四郎や辻政信・笹川良一と言った、怪しい人間も復活してくる。しかし、かといってアメリカが、天皇制や偏狭な民族主義の復活まで認める訳がない。アメリカが認めたのは、飽くまで反ソ・反共運動だけである。その間に、日本社会の隅々まで、アメリカ型民主主義が浸透していった。つまり戦後日本右翼の思想的よりどころは、反ソ・反共運動しかなくなってしまった。
 では反共運動の対象は何処か、と言うと、国外では旧ソ連とその衛星国、それと共産中国。北朝鮮はソ連の衛星国という認識だった。つまり独立国とは見なしていなかったのである。この認識は単に右翼だけではなく、自民党及び国内保守派及び政府の共通認識だった。北朝鮮を独立国として見なさない、この認識が、実はその後の北朝鮮による、拉致被害の拡大をもたらしたのである。ソ連共産主義とは別に、その他の様々な社会主義、そこにはキューバのようなユートピア社会主義もあれば、北朝鮮のような非ソ連系社会主義的封建主義もあり得ることが、理解されていなかったのだ。
 1971年4月、アメリカ(ニクソン大統領)は米中接近と国交正常化を表明。同年11月には国連安保理事会から国府(台湾)が追放される。中国が国連安保理事国として登場した。さてその後どうなったか?1972年12月、日本(田中内閣)は日中国交正常化に合意した。この時点から自民党は大きく次の3派に分裂した。一つは旧田中派を中心とする親中国派。これには大平派(宏池会)、河本派、三木派などのリベラル派が参加する。一つは、反中国親台湾派で、これの中心は岸・佐藤派の主流を自認する福田派である。当時、コイズミ純一郎は福田邸で玄関番をやっていた。これにはその後、石原慎太郎などが加わる。もう一つはその中間、というかどっちつかずの河野(中曽根)派と、無派閥の議員達。さて、ここで親中派が現在の自民党内護憲リベラル派、親台派が改憲派と概ねラップすることが判る。中曽根は当初親台だったが、首相になると途端に態度を曖昧にした。風見鶏だから、その時々の風の吹き具合で態度を変えるのである。それ以上に弱小派閥の出身だから、何よりも身の安全を図るのだろう。
 国際舞台から追放された台湾が何を始めたとかいうと、アメリカ保守層への積極接近。いわゆる台湾ロビーの形成である。台湾ロビーはその後ネオコンと結びついて、ブッシュ政権の反中国政策形成に成功した。日本に於ける台湾ロビーの窓口になったのが、岸・佐藤兄弟と中曽根康弘。岸兄弟は両方とも政界は引退していたが、逆にそれだけ自由に動けたと言える。福田赳夫が本心からの反共・反中主義者だったかどうかは疑問が残る。彼は元もと大蔵官僚。大蔵官僚というものは、明確な政治主張を持たないものである。そうでなければ出世出来ない。彼は主計局長から次官まで進んでいる。だから対中国問題のようなデリケートな問題に主義主張を持つ筈がない。彼が、反中親台路線に奔ったのは、単にライバルの田中角栄に対する当てつけだけだろう。
 1980年代、台湾は日本と米国の支援によって、驚異的経済成長を遂げる。日本の電気製品は殆ど台湾製になってしまった。この時代は未だ冷戦時代で、台湾はアメリカにとっては反共の砦、日本にとってはシーレーン防衛前線としての価値があった。ところが成長もここまで。90年代に入ると、東欧ソ連崩壊、次いで中国の改革解放政策によって、冷戦構造は崩壊し、原油価格は急落した。つまり、西側の右翼保守にとって、反共というスローガンは最早自らのレーゾンデートルではなくなってしまったのである。そして替わって出てきたのが、(1)アメリカでは、①パレスチナ問題を背景に、反テロを名目とした反イスラム・アラブ主義。②中国を最後 の共産主義大国とし、市場主義経済の敵とする変形反共主義。(2)日本では、石油の中東依存度が高いから、あからさまに反イスラム・アラブを唱えるわけに行かないから、②の反中国主義を掲げることになる。つまり、日本右翼保守の最後のレーゾンデートルとは、台湾防衛以外になくなってしまった。そしてその触媒の役割を果たしたのが、台湾なのである。これが日中間に於ける、全ての問題の原因である。
1)日中国交回復以降も、日本と中国との関係は安定円滑なものではなかった。それは①日本政府の対中国政策が一貫していない、②対中国ODAが日本企業(と中国政府高官)の利益にのみ流れ、中国側人民の満足を得ていない、③その点を日本国内反中国勢力(自民党アンチ経世会グループ)に攻撃され、それをアホマスコミが増幅する、④中国政権も必ずしも安定していなかったこと、が理由である。その隙間に進入して来たのが台湾である。昨秋アベが訪中し、今春温家宝が来日した。日中関係がコイズミ政権以後最も良好になったと思われる一瞬である。ところが先日、サミット前に李登輝が訪日した。これなどは、日中間がこれ以上良好にならないようにするために、両国間にクサビを打ち込む意図が見え見えである。折りもおり、アベの個人諮問機関である「集団自衛権に関する有識者懇談会」は、ケースを4類型に分けて、自衛隊の米軍護衛の必要性を述べているが、この懇談会はアベの下請けに過ぎず、座長の柳井(中米大使)はアメリカのスパイ(ミイラ取りがミイラになる例え)と言ってよい。つい先日防衛省は、防衛参事官を台湾に常駐させる方針を発表した。対中関係の一線を越えた感がする。これを放置すると、日台同盟に繋がる。台湾の一部急進派が、台湾独立を主張し、それを行動に移せば、中国も黙っていないだろう。台米同盟から米艦隊が出動する。米軍と中国軍と接触すれば、アベ懇談会の定義により日本有事となり、自衛隊が出動、自動的に日本は中台戦争、そして米中戦争に巻き込まれることになる。日本右翼保守の想定するところは、こういうことである。その狙いは何であるか?
2)現在アベ内閣は、私的安保懇話会を通じて、解釈改憲の可能性を模索している。最近中川昭一を座長とする「価値観外交を推進する議員連盟」というものが旗揚げした。価値観外交とは、従来型の経済社会関係重視の外交ではなく、国家の観念的主義主張に重きを置く外交である。これを最初に言い出したのはネオコンであり、イラク戦争勃発後のブッシュ外交の基軸がこれだった。不安定な弧に対する、アメリカ型自由と民主主義の輸出、これによるアメリカ型価値観(ユダヤ型か?)による世界統一。しかし、これ自身実現が危うくなっている。イラク、アフガニスタン、イラン、パレステナ、北朝鮮に於ける行き詰まり。国内的にもネオコンメンバーが次々に政権から離脱し、最大の支持母体であるキリスト教保守派からも見放される始末。とうとう中間選挙で大敗北を喫し、支持率は30%を切ってしまった。肝心のアメリカ政府自体が、価値観外交からの離脱を模索しているのである。
 当たり前の話しだが、価値観というものは、人ぞれぞれ固有のものである。独立国が100あれば、100とおりの価値観がある。そこへ自分だけの価値観を持っていっても、価値観が一致するわけがない。90%一致しても、10%一致しない部分が出来る。そして外交問題では、その10%の相違が、決定的相違になることがしばしばなのだ。そもそも、外交には外交相互主義というものがある。個々の問題について、一方がこう処理をすると言えば、他方も同じ処理をするということである。例えば、今日本と中国とでは名称の発音は自国発音による、となっている。「毛沢東」は日本のTV・ラジオでは日本語読みで「もうたくとう」と発音される。逆に日本人の名前は、中国では中国読みになる。ということで、外交の場では、一方が一方の価値観を持ち出せば、他方は他方の価値観を持ち出す。それを双方が認めあえれば構わないのだが、アベ、中川らの思惑はそうではなく、日本流価値観の一方的押しつけを指向していると見られる。これではとてもじゃないが、外交どころの話しじゃない。
 ひょっとして、アベ・中川は日本が何時までも経済的優位性をもっているから、これを持ち出せば、発展途上国は何でも日本の云うこと(価値観)に従うと錯覚しているのではないか?ところが現在、円はユーロ・ドルに対し下落を続け、それほど魅力のある通貨とはいえない。逆に資源保有国は先進国に対し強気である。むしろ逆価値観外交に遭遇して、大慌てするのが関の山である。ここに見られるのは、日本右翼保守の不勉強とアナクロ自大主義のみである。アメリカ価値観外交の尖兵だったライス自身が、最近イラクやシリアを訪問し、現実外交に目覚めつつある。如何に馬鹿揃いのアベ内閣でも、この程度のことは判っているはずである。にも拘わらず、何故今頃価値観外交などというアナクロを言い出すのか?第一、日本流価値観などというものがあるのだろうか?あるなら一度お目に掛かりたい。
 今の世界で、日本政府(というよりアベ政権)の価値観と大きく異なる地域は、(1)アラブ・イスラム世界、(2)北朝鮮、(3)中国の3地域が挙げられる。具体的にどいう問題があるだろうか?
(1)アラブ・イスラム世界
 当たり前の話しだが、アルカイダを始めとするイスラム原理主義は、日本にとって受け入れられるものではない。しかし、日本はアルカイダやイスラム原理主義者と外交関係を持っている訳ではない。イランは国際的に孤立しているが、少なくともイスラム原理主義を他国に押しつけたりはしていない。イスラム原理主義はあくまで、イスラム国家の中だけの問題なのだ。第一、アラブ・イスラム諸国に日本流価値観などと云うものを押しつけても、相手にされない。石油を売る代わりに、アラブ流価値観を押しつけられたらどうするのだろうか?
(2)北朝鮮
 北朝鮮の脅威があるではないか、という人がいるだろうが、本気でそんなことを思っている人間の頭の中を覗いてみたい。どっちみち、カラッポか腐っているだけだろう。北朝鮮の脅威は、今や核や大量破壊兵器ではない。キムジョンイル後の混乱と、日本への難民の殺到である。そして、それは数年後に現実のものになるだろう。先日の青森県深浦への難民漂着を見ても、この国がそういう事態に、全く対応出来ていないことがよく分かる。おまけに日本と北朝鮮には、外交関係がないのだから、価値観外交も何もない。
 以上から、「価値観外交議連」が云う価値観外交とは、対中国政策以外に目的はない。そしてそれを側面或いは背後から画策しているのが、現在の台湾独立派なのである。座長の中川昭一はアベシンゾーの盟友である。従って、価値観外交とはアベ外交そのものと考えて良い。そしてこの延長線上にアベ流改憲がある。
 1)と2)を合わせて考えると、アベを中心とする日本保守右翼の狙いは、(1)中国を国際的に孤立化させ、(2)中国国内を分裂させ、(3)中国に日本(及びアメリカ)に協力的或いは従順な政権をうち立てる、ことにあるという結論にしかならない。では果たしてそんな思惑通りことが運ぶだろうか?サミットでアベはメリケルに対し、日本は中国のG8への加盟を拒否する意向を伝えたところ、メリケルも賛同した、と伝えられる。メリケルが本当にどう思ったか、誰も判らないし、こんな東独出身の田舎ババアがどう思おうと、世界の大勢に影響はない。筆者はこの記事を読んで本当にアベシンゾーというのは頭が悪くて、物事を見るピントがずれているという感を強くした。アベの意図は、中国のG8加盟を拒否する事によって、日本と中国との国際的ステータスの差を際だたせる、ということだろう。どうも彼は、中国がG8に加わりたがっている、と思っているらしい。しかし、中国がG8に加わりたがっているかどうか判らない。
 東西冷戦が終わった以上、そもそもG8のメリットなど、とっくの昔になくなってしまっている。プーチンは今回のサミット前に、ロシアのG8離脱をほのめかす発言をしている。サミットは飽くまで先進国の集いである。そこでの決議は、先進国にとっては足かせになるが、発展途上国に取っては屁のようなものだ。中国は以前から、自らを発展途上国であると言い続けている。二酸化炭素排出量規制にしても、発展途上国だから規制の対象外になる。何よりも大きいメリットは為替レートの維持である。人民元の対ドルレートは少しづつ上がっているが、なおドルにリンクしたままである。これが先進国になれば一気に自由化だ。未だひ弱な国内企業はイチコロである。だから、中国は当分(おそらく10年位)発展途上国で居続けるだろう。
 一方、G8とは別に経済サミットがある。政治サミットは単なる外交駆け引き、お祭の場だが、ここでの合意事項は実効性を持っている。1984年プラザサミットでは、日本(宮沢蔵相)は円高容認を呑まされた。これが引き金となって、日本ではバブルが発生し、その後の経済混乱の原因をつくったのである。しかも、この時、海外決済銀行の自己資本8%(BIS)規制という密約が交わされた。これがその後の不良債権発生、90年代不況の原因となった。つまり、政治サミットよりは経済サミットの方が遙かに重要である。現在中国の外貨準備高は世界一である。これを使って、盛んにヘッジファンド投資をやっている。それどころか、国営ファンドまでやろうかという勢いである。そうなると、世界の株価、為替レート、商品先物価格などが、中国の意のままになるおそれがある。これを避けるためには、嫌でも中国を、世界経済管理システムの中に組み込まなくてはならない。だから、中国に経済サミットに加わって欲しいのは、むしろ先進国側なのだ。しかし、先進諸国が三顧の礼を持って、中国をG8に招かない限り、中国は先進国になることを急がないだろう。
 台湾も同じことである。三国志演義冒頭に曰く「天下合すること久しければ、必ず分かれ、分かれること久しければ、必ず合す」、と。「天の時、地の利、人の和」が完熟したとき、いずれ中台は統一する。これはむしろ歴史的必然のようなものである。だからそれまで中国は急がないだろう。それより、今は国内の経済格差是正とか、内陸・辺境地開発とか、台湾問題以前に片づけておかなければならない問題が山積している。台湾どころではない、というのが中国指導部の正直な心境だろう。だから、台湾解放反対などと、廻りの人間がワアワア騒がない方がよい。中台統一が完成したときに、大恥をかく。それは今の朝鮮半島問題も同じで、いずれ南北は統一されるのだから、廻りは余計な口出しをしないのが賢明なのである。
 
 先ほど外出したら、表で右翼の街宣が「・・・・赤い中国があ!日本を侵略しようとしている!それの先棒を担ぐのが左翼だ!」と怒鳴っていた。これだから右翼は馬鹿呼ばわりされるのである。今の中国の何処が赤いのかね。日本以上に真っ白だよ。ところが、これと同じ過ちは、街頭右翼だけでなく、よくTVに登場する保守系評論家(例えば塩川正十郎あたり)や政治家にも見られる。同じ社会主義国家でも、旧ソ連と中国とでは、国家のあり方が全く異なっている。旧ソ連は憲法でプロレタリア独裁を謳い、共産党独裁を明記していた。ところが中国は建前では多党制なのである。革命当時存在していた民族政党は、そのまま存続を認められていた。但し民主協商という組織への加盟が義務付けられ、これは共産党の指導を受けるものとする、ことになっていたから結果は同じだが。それでも全人代に、一定の議席も持っていたのである。又、旧ソ連では、私有財産制が否定され、一切の個人財産が国家に没収されたが、中国では中小商工業者や小規模自営農は、そのまま私有財産の所有も認められていた。この点が中国革命が、真のプロレタリア革命であったかどうか、研究者によって意見が分かれる原因になっている。この辺の曖昧さを精算し、中国を真のプロレタリア独裁国家にしようとしたのが、プロレタリア文化大革命だったのである。しかし、文革も遠い過去の歴史となった。1990年代以降の改革解放路線は、中国を真の社会主義国家とは、似てもにつかぬものにしてしまった。この前の憲法改正で、資本家でも共産党加盟が認められたし、非共産党員の政府要職就任も可能になっている。世界で、現在の中国共産党に一番似ている政党は、日本自由民主党だろう。権力維持のためには何でもありという点でだ。一体、現在の中国の何処が赤いのか、さっぱり判らない。今の日本右翼にとって、中国攻撃が唯一の収入源だから、中国が共産党独裁アカ国家と云わざるを得ないのである。左翼とは何かを最も勉強していない無知アナクロの塊が、今の日本の右翼・保守なのである。
 筆者は、中国が平和愛好国家だ、などという子供じみたことを云うつもりはない。中国は単純平和愛好国家ではないが、何処にでも喧嘩を売るならずもの国家でも、アメリカのような独善的価値観押しつけ国家でもない。取引可能なリアリスト国家だ。このリアリスト振りがどの程度か、と思わせるエピソードがある。江沢民(上海人)が国家主席になったとき、中国人民解放軍は広州沿岸で大規模な上陸演習を行った。すわ台湾武力解放か、と世界中が色めき立ったのだが、その後解放軍からの請求書を見て、江は目を回し、以後台湾解放のタの字も云わなくなったのである。つまり、全てを商売で割り切る上海人や江南人が政治権力を握っている限り、中国は武力解放や武力侵略のような、リスクが高くコストの懸かる手段は執らない。しかし、経済活動という間接手段で、外国への影響力を強めることは十分考えられる。ここ数年以内に、日本企業や塩漬け土地が、中国資本に買収されるケースが増加することは十分予想される。シビアに買いたたかれますよ。それも身から出た錆。自分が愚かだっただけの話し。その尖兵として使われる可能性が高いのが、匿名ファンドである。しかし有り余った資本で、外国土地や企業を買い占めたのは、かつて日本企業がよくやったことである。匿名ファンドの行動については、今度の経済サミットで、欧州側からファンド規制案が出たが、アメリカと並んで日本はそれに反対している。当事者は尾見だが、当然アベの指示又は了解の下である。つまり、中国系匿名ファンドが何をしようが、それが国内法に触れない限り、日本は規制出来ない。後になって、あのとき規制に賛成しておけば良かったと後悔しても、後の祭りなのだ。
(07/06/17)

 以上の検討から、現在の日本右翼保守の当面のターゲットが中国であることが判る。何故、こうなったかには意外に簡単な真実がある。対中国問題で常に出てくるのは、対中ODAの是非である。ではODAとは何か?これは戦後、日本政府が行った戦時賠償が、その後形を変えたものだ。ところでここで不思議なことがある。サンフランシスコ平和条約でソ連を除く4ヶ国は対日賠償請求権を放棄した(放棄したのは蒋介石だけではないことに注意)。だったら賠償などしなくて良いはずなのだ。ところが、現実に賠償は行われた。対象はベトナム、インドネシア、マレーシア、フィリピンである。これら諸国は、日本が軍事占領したのは間違いないが、これら諸国民を敵に廻したわけではない。敵に廻したのは、これら諸国を植民地支配していた仏・蘭・英・米である。それでも賠償したのである。何故、賠償したのか?それは賠償が、巡り巡って与党政権側の貴重な財源になったからです。賠償金の行方はどうなったか?これは飽くまで噂の範囲だが、一説によると中間の商社がまず1~2割り穫り、次に相手国高官が1~2割り穫り、相手国末端の役人とか顔役が1~2割り穫る。なおこれはかなり良心的な数字で、フィリピンの場合、これが3割りだったとも云われる。つまり、全体賠償額の内、実際の相手国援助に使われる部分は、良くて7割り、下手すると半分以下になってしまう。賠償は無償だから良いが、有償の政府間援助、つまり円借款の場合、全額に対し、金利が上乗せされるから、途上国側は援助されても借金が増えるばかり。援助つまりODAをネコババ出来る政府高官とか顔役は儲かって仕方がないが、一般国民は税金ばっかり増えて一向に生活が向上しない。一方で日本企業の進出は著しく、自国産業は一向に成長しない。これが新植民
地主義という批判を呼び、1974年田中角栄がインドネシアを訪問したときの、反日デモに繋がるのである。で、これも噂ですが、いろんな段階でネコババされた金が、廻り廻って、政府与党の政権派閥に還流し、国会対策費や総裁選挙資金に化けたというのです。噂によれば、一番最初に、賠償の還流を思いついたのは岸信介。それ以来ベトナム、インドネシアは岸・佐藤派の縄張り。それを横目で見ていた角栄は、上手い手だとばかりに、まずフィリピン、次に佐藤の政界引退と同時に、インドネシアを手に入れた。更に角栄は日中国交回復の余勢をかって、中国も手中にした。以後、対中ODAは田中派、竹下派、橋本派と、旧田中派の後継に連綿と受け継がれることになったのである。この美味しい話しから、常にハミゴにされていたのが、親台反中の旧福田派とそれに連なる面々。アベは勿論、石原を始めとする現在の保守右翼は、大なり小なりこれに連なっている。旧福田派に連なる自民保守勢力が反中になるのは、この所為なのである。一方、中国政府は国連安保理事国という立場上、上述のように日本に賠償を請求することは出来ない。だから、対中ODAはあくまで民間ベースであることを強調する。しかし、中国は社会主義国家でもある。企業も政府の指導下にある、ことになっている。もし、中国政府が少し気を利かせて、中国側企業を指導して、対中ODAの一部を自民保守派に還流させていれば、彼らの対中スタンスも随分変わったのでは無かろうか、と考えられるのである。例えば、マカオ辺りの何処かの銀行に、森とか町村辺りの仮名口座を作るとか。シラクが、日本の銀行に仮名口座を持っていたのがばれて告発されたが、これもフランスの対外援助資金のネコババではないのか。


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