陥没と原初空洞
横井技術士事務所 技術士(応用理学)横井和夫


1、始めに
 陥没とは、地殻崩壊過程の一つである。また、陥没が生じると様々な社会現象を引き起こす。数年前明石大蔵海岸で女児が陥没孔に呑まれて死亡した。又、昨年も北海道のゴルフ場で女性が陥没孔に転落して死亡した。その他、廃坑、都市部でのトンネル・掘削工事等で陥没が生じ、家屋が傾斜して住民が避難を余儀なくされるなどの被害は少なからず生じている。筆者はこれらの事故は、行政始め関係者が陥没のメカニズムに対し十分な知識を持てば未然に防止出来ると考えている。
2、 陥没の素因と発生メカニズム
 筆者はこれまで幾つか陥没調査を行った。陥没は概ね次のような形態を採っていると考えられる(図-1)。


図-1


 過去の陥没例から見ると、a)が最も一般的であり、b)は国内ではあまり見られない。c)は理論的にあり得るのみである。どのケースでも、地下に必ず素因として何らかの空洞があり、それの拡大成長が陥没の原因になったと考えられる。即ち。
1) 最初に何らかの理由で、地山中に小さな空洞が出来る。これを"原初空洞"と呼ぼう。原則として、これの大きさ、場所、成因に制限はない。但し、水又は物質が移動出来る程度の経路が、地表(又は水底)に到達していることが必要である。
2) "原初空洞"が出来ると、その周囲の地山にゆるみ域が発生する。それが次第に崩壊し、空洞が拡大する(落盤)。空洞が拡大すると、更に地山のゆるみが進行する。
3) 空洞の拡大が進行し、土被りがHc(限界自立高さ=限界土被り)に達したとき陥没が生じる。
 ここで2)〜3)は古典土質力学で説明出来る。問題は1)"原初空洞"が如何にして発生するか?である。陥没事故防止には、この"原初空洞"の発生とその拡大成長防止がポイントになる。
3、原初空洞 
"原初空洞"は大きさにより、次のカテゴリーに分けられる。
(1) 大きい空洞
(2) 小さい空洞
(3) 微細な空洞
1)大きい空洞
 トンネルや廃坑のような、少なくとも人間が入れる程度の大きさを持つ空洞である。トンネルの場合、土被りの浅い坑口部や崖錘、断層破砕帯などの軟弱地山で陥没が生じる。これは事例も多く、その対策について特に触れる必要もない。廃坑の陥没は、古くは筑豊炭田、次いで栃木県大谷町、最近は阜県瑞浪町が話題になっている。その他、旧軍用トンネルによる都市部の陥没も頻発している。いずれも廃坑後、長期間にわたって放置したためゆるみが進行した結果と考えられる。図2-aは三重県津市で06年に発生した陥没である。津には旧海軍弾薬庫があり、これがその崩壊であることは顕かである。原因は地盤にこのような欠陥があるにも拘わらず、行政が安易に開発許可を出したことである。
 このタイプの対策にはよく埋め戻し充填が用いられるが、これはコストが懸かるだけで効果は一時的。充填材は沈下が避けられないので、天盤との間に必ず空隙が出来る。従って、ゆるみの進行を防ぐことは出来ない。又、充填材によっては別の環境汚染を引き起こしかねない。百害あって一利無しである。筆者はむしろ、適切な支保工を行うことにより、空洞の自立性を高め、空洞を新たな地下空間として二次利用する事の方が有効と考えている。
 これに似たタイプに鍾乳洞があるが、これは後で述べるように(3)微細な空洞が拡大成長する過程なので、このカテゴリーには入らない。
2)小さい空洞
 直径数〜数10pオーダーの、手や小さい機械は入れるが人間は入れない空洞である。これには、(1)道路下の上下水道管、(2)宅造盛土の地下排水管などが挙げられる。これらを取り巻く諸般の事情により、今後増加する事が懸念される。
(1)道路下の上下水道管
バブル崩壊後、過積載による道路災害が増加している。これは舗装だけでなく、その直下にある地下構造物にダメージを与える。その結果、管に破損を生じ土砂流失→陥没を生じる。
(2)宅造盛土の地下排水管
 図2-bは大阪府下のある造成地で施工中に生じた陥没である。原因が地下排水管の破損にあることは顕かである。しかし、通常のHPなら数m程度の盛土荷重で破損する筈がない。おそらく、基礎処理を怠っため管が不等沈下を起こし、そこから折れたものと推察される。施工業者に基礎と地盤との関係の認識が不足していたためである。
 30年ほど前、兵庫県の某造成地で陥没が生じた。深礎を掘って調査したところ、撤去されるべき仮設防災管のジョイントが外れ、そこから土砂が流失したことが判った。昨年、北海道ゴルフ場で発生した転落事故も、メカニズムは同様と考えられる。一般宅地でも、造成後数10年を経過すると、排水管が劣化し、破損部分より土砂流失→陥没を生じる。


図2-a                   図2-b


 これらの事故には、一時的対策として埋め戻しが行われるが、原初空洞を処理しなければ同じ箇所での陥没を繰り返す。従って、抜本的対策は各埋設管の移設、取り替えしかない。しかし、ここ20年以上の公共事業縮小、更に現政権に於ける「コンクリートから人へ」予算により、更に事故は増加するだろう。この対策には"管"を取り替えるしかない。
3)微細な空洞 
 一見目に見えない空洞が発生し、それが拡大・成長する事によって思いがけない崩壊を起こすことがある。その例とし(1)緩い砂地盤のパイピングと、(2)岩盤裂かを取り上げる。
(1)緩い砂地盤のパイピング
 平成13年暮れ、明石市大蔵海岸埋め立て地護岸背面で、女児一名が突如発生した陥没孔に転落生き埋めになり死亡した。この護岸の一般構造は図3のとおりである。


図3-a                                 図3-b


 ケーソン背面土質は下位の雑石(おそらく建設残土)、上位の養浜砂(購入材)からなる。ケーソン継ぎ手には図4-aに示すU字型防砂版が設置されてあった。これにより、干潮時には内外水位差が発生する。その結果ケーソンが差動運動を起こし、図の(イ)(ロ)(ハ)で示す三カ所に応力集中と破断が発生する。これにより養浜砂内に水流が発生しパイピングが生じる。それが空洞を造り、最終的に陥没に至ったものと考えられる。実はこの防砂版が欠陥商品だったのである。その点は兵庫県・明石市事故報告書でも触れられていない。
 では、この事故は未然に防げなかったであろうか?公園管理者が図1に示す陥没メカニズムを知悉しておれば簡単に防げたはずである。即ち
@最初に陥没が発生したとき(同年春)、明石市はケーソン背面を掘削調査し、防砂版の破損が原因であることを把握していた。
Aこの場合、図4-bに示す主働土圧角の範囲を立ち入り禁止区域にすればよい。せいぜいケーソンから数mの範囲である。


図4-a                                   図4-b


  高度成長期の都市地下工事では土留め壁背面で陥没が頻発していた。メカニズムは本件事故と同様と考えられる。
(2)岩盤裂か
 鍾乳洞やドリーネは、岩盤中に発生した空洞・陥没の典型である。図1より、ドリーネの下には必ず鍾乳洞があることが判る。鍾乳洞拡大が地表に達した結果がドリーネである。では、鍾乳洞やドリーネの素になるのは何であろうか?
 図5は三重県のある石灰岩鉱山の露頭である。図5-aでは、画面中央のほぼ水平の節理とそれに交差する節理との交差部で湧水が発生している。図5-bはこれがやや成長した段階で、空洞は割れ目に沿って上に成長し、砂が噴き出している。既に何処かで地表と繋がっていることが推察される。なお、図5-aは岩盤地域に於ける効率的な地下水開発にヒントを与える。 


図5-a                図5-b


 なお、このような岩盤れっか空洞が進行すると、図-6のような巨大陥没に進展する。


図6-a(グアテマラ07年)                          図6-b(ギアナ高地)


4、まとめ
 「陥没」という現象に関し、筆者の見解を述べ本論のまとめとする。
1)「陥没」は地表面では、一見小さな穴でも地下では大きく広がっていることが多い。
2)「陥没」は一見特異な現象に見えるが、実は条件さえ整えば何時何処にでも起こり得る現象である。現代都市は、常にこの危険と隣り合わせにいることを自覚すべきである。
3)「陥没」は関係者がそのメカニズムを熟知しておれば、未然に防止する事が出来る。重要なことは、如何に「原初空洞」を処理するかである。これを怠れば、同じ陥没を何度も繰り返す事になる。
4)原初空洞処理は空洞の実状に応じて選択されるべきである。特に大きい空洞については、適当な支保を用いた二次利用が地域経済活性化に繋がるだろう。
5)「陥没」は地形発達プロセスの一つでもある。この視点で地形を見れば、新しい視野が開けると考えられる。
 一見、複雑で難解そうに見える事柄でも、その根本を辿っていくと原因は意外に単純なものであることが多い。してはならないことは、それを初期段階で解決せず、放置することによって複雑で大きな問題に発展させることである。これは企業戦略・国家戦略にも共通する。
以上

注;このレポートは平成22年度日本応用地質学会関西支部研究発表会で講演したものです。これについて、若干捕捉しておきます。栃木県大谷町の大谷石採掘坑道と、今話題になっている岐阜県御嵩町の亜炭採掘坑道の崩壊はメカニズムがよく似ていて、いずれも坑道内の掘り残し部(ピラー)の座掘と考えられます。ピラーが座掘する原因としては、永年の放置によるピラーの風化・ゆるみ、或いは地下水の浸透などの劣化要因と、天盤地山のゆるみによるゆるみ荷重の増加の二つが重なったものと考えられます。これに対する対策は幾つか考えられます。一案としてピラーに鉄板を巻き、天盤地山を梁で補強すれば、空洞の二次利用が可能になります。
 又、グアテマラでは今後とも陥没が累発するでしょう。ここに日本が持っている崩壊予測技術を輸出すれば我が国への経済効果も大きい。(10/11/03)

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