'19 台風19号災害のポイント

技術士(応用理学)


 これは同じく茨城県鹿島川で起こった氾濫の跡。画面上方に見えるのは利根川でしょうか。ここでも合流点では嘴状に突きだしています。河川屋はこういう突き出し形状が好きなんでしょうか?私なんかだと、こういう個所ではむしろRを大きくして、水流を滑らかにしくなるが?だから昔から河川屋(但し国交省河川局)と馬があわなかったのか。

 これは台風19号豪雨で災害を出した宮城県丸森町の阿武隈川合流点付近の状況。多分合流点付近で河積が小さくなりバックウオーターが発生したのではないかと思われる。合流点の三角形状突出部とその上流の住宅地の簡に堤防を設け、突出部と先の中州を開削しておけばバックウオーターは防げたのではないか。阿武隈川は曲流河川だから湾曲部で流速が下がり、その結果上流の水位が上がる。これがバックウオーターを作る原因になる。
(19/10/24)

 台風15、19、21号と立て続けの台風の影響で首都圏は大災害の様相*。特に19、21号が雨台風で、千葉、神奈川、茨城は大洪水に見舞われている。しかしこの中で首都東京だけは何とか生き延びている。この理由として大規模地下貯水施設とか周辺のダムの効果、中でも八ッ場ダム効果がクローズアップされている。
 しかしそれだけでしょうか?例えば多摩川では神奈川県側で大きな洪水が生じている。その中で注目されるのが止水堰が開かなかったとか、下水道の止水弁が開かなかったため、上流の水位が上がり越水を生じたと説明される災害である。本当でしょうか?開かなかった堰の中には12時間も開かなかったのもある。開かなかったのではなく、開けなかったのではないか?又、洪水の原因を国交省はみんな越水としているが本当か?上流で堤防をわざと切ったという風聞がある。無論堤防基礎の洗堀とか、他の理由もあるはずだ。みんな越水にするのは天下の愚挙、末代までの民族の恥「スーパー堤防」を推し進めるためではないか?
 これらの疑問、風聞は所謂フェイクネタだが、あるパラメーターを加えると、俄かに真実味を帯びてくる。それは東京オリンピックである。ただでさえ、夏の暑さ話題となり、マラソン・競歩の会場変更まで決まりかけだ。これに洪水が加われば東京オリンピックの評判はがた落ちだ。東京オリンピックもアベが残したいレガシーの一つ。天皇を迎え世界に向かってオリンピック開催を高らかに宣言する。ジジイの岸も大叔父の佐藤栄作もできなかったパフォーマンスだ。何が何でも成功させねば。そのためには多摩川流域住民の犠牲など屁のようなもの。おそらくアベの意向を忖度して、国交省が堰の開放を止めたのだ。
 さて皆さん、こんな風説を信用しますか?しかし何となく今の日本政府ではありそうな気もする。
*これぐらい災厄が続くと、古代社会では王様は犠牲となって殺された。王様の霊力が足りないからだ。弥生時代ならアベも生贄として生き埋めにされたかもしれない。
(19/10/26)

 今回の台風19号豪雨で崩壊した中央道の法面。のり面勾配、のり面工は概「設計要領」を踏まえており、特に設計・施工の瑕疵を疑う理由は見られない。但し地山土質はロームと風化が進んだ岩盤で、事実上の土砂斜面。やはり老朽化が主因か?
 古いのり面、特にに名神など第一世代から北陸道などの第三・第四世代高速道は、のり面工を根本からやり直す必要があるかもしれない。
(19/10/20)


 

 これは今回の台風19号豪雨」で千曲川の支流の何所かに懸る橋の崩壊です。一見老朽化した橋と思うでしょうが、橋脚や別の画面を見るとそうでなない。この橋は古くとも「道路橋示方書」以後、概ね昭和50年台以降の作品です。ということは上部工の構造には十分な安全性はある。
 問題は下部工特に基礎です。事故は明らかに橋脚下部地盤の洗堀によるものです。原因は施工の手抜きか設計ミスです・・・支持層の判断ミス。地盤調査データを発注者がねつ造した疑いもある。河が何で出来ているかを知らないアホな土木屋に基礎を任せるからこういうことになる。
(19/10/16)

 長野県千曲川が氾濫して、多大の被害を出しました。北アルプス槍ヶ岳を源流とする高瀬川が平野に出て千曲川と名前を変え、大小の支流を合わせて長野盆地にたっする。川中島という中洲があることから、元々暴れ川だったことが分かる。
 千曲川は更に北流し、新潟県に入ると信濃川と名前を変え、阿賀野川と共に新潟平野に大量の水を供給し、新潟を日本有数の穀倉地帯とした。
 さて川中島と云えば中世戦国期を彩る武田信玄vs上杉謙信の「川中島の戦い」が有名である。これは北信濃の地場豪族間の抗争に武田が介入したところ、反武田派豪族の求めに上杉が応じたものとされる。しかし筆者はこの戦いは本質的に千曲川の水利権争いと考えている。
 戦いがあった16世紀半ばはいわゆる「近世小氷期(あるいは寒冷期)」と呼ばれる、世界的な寒冷気候の最中だった。寒冷期には夏の日本海の水温が高くならないので、冬季朝鮮半島に発生する低気圧も十分発達せず、従って北陸・東北地方の冬季降雪量が減少する。その結果は夏季の河川水量の減少となり・・・特にこれは太平洋側で顕著になる・・・、各地で水争い、それに伴う抗争が発生する。前世紀の後半、関東で起こった20年に及ぶ「関東争乱」もこれに起因するものだろう。但し、太平洋高気圧に支配される割合が高い西日本では、この影響は少ない。
 北信濃で起こった抗争も、当初は地域間の水争いだったはずだ。それに武田が介入してきたから話がややこしくなる。仮に武田が北信濃を制圧し、越後との国境付近で千曲川に堰堤を作って水を貯め、更にその水を武田流土木技術を使って南に流路を変えれば、越後の稲作農業は大打撃を受ける。謙信にとって、信濃川の水利権は佐渡の金、飯綱山の鉄と並んで越後の三大戦力資源である。川中島を失うことは、その一つに打撃を受けることになるから断固許すわけにはいかない。かくて始まったのが前後7次にわたる「川中島合戦」だ。
 なお今回の千曲川災害に限らず、内陸部水害の原因は堤防の破堤が原因となるケースが多い。こういうと河川屋は河川延長を持ち出して、全面対策をしようとするととんでもない時間と費用が掛かる説いて世間の牽制にかかる。これはとんでもない嘘である。
 破堤原因にはいくつかあるが、中でも気になるのが堤体基礎地盤の破壊あるいは堤体下からの浸透である。これは何処でも起こるかというとそうではない。大概は堤体下に存在する欠陥が原因となっている。それは河川改修時に旧流路下の軟弱地盤対策を怠った所為である。つまり破堤は何処にでも起こるのではなく、ある特定の箇所で選択的におこるのである。
 それを防ぐにはまずその欠陥の場所を特定することである。欠陥の代表的なものは、古い洪水で出来た旧流路と、そこに堆積する緩い砂や砂礫などの軟弱地盤である。どこにそれらがあるかは、空中写真や古地図、あるいは現地踏査で判明出来る。これに対し詳細調査を行った上で対策をすればよい。
 ところが行政はそれをやらず、破堤するとそこを単に元通りに盛土して形だけを繕うとする。だから同じ個所で何度でも同じことを繰り返す。ナントカは死ななきゃ直らないの例えどおりである。災害はみんな「天災」として諦めるが、これは役人と政治家の責任逃れ。実態時は殆どが「人災」である。
(19/10/14)



 これは今回の台風19号で、試験湛水を待たずに満水に達した八ッ場ダム。無事湛水することができることが、とりあえず実証されました。タダで湛水試験が出来たのだからこんな有難いことはない。後は堤体に何か異常がないかどうかを確認するだけ。
 アベはこのダムを「後世の命を救う」と讃えたが、将来予想される超台風に対しては、この程度じゃ焼石に水。それと台風進路がもっと西にそれていたらどうなっていたかわからない。自然現象に素人が軽々しく口出しすべきではない.。だから成蹊裏口入学は頭が悪いのだ。アベは八ッ場ダム建設を中断したのは旧民主党だと皮肉ったが、再開を決断したのも旧民主党である。嘘とパクリ。これがアベ晋三という長州・・・特に萩にルーツを持つ…人間のやり方である。世の中にはダムスキーという人種がいるらしい。今回の豪雨は彼らにとってこのダムを救世主のようなものにしてしまった。しかしダムは緒戦ダム。形あるものは必ず崩れる。
 この後もネット上の映像をチェックして、興味あるものがあれば紹介します。
(19/10/14)