アトランテイス大陸は存在したか


 沖縄県与那国島で自衛隊配備に関する住民投票が始まりましたが、ワタクシは与那国島の謎の海底遺跡に関心があります。世の中にはオーパーツと称する様々な遺品・遺跡があって、与那国島海底遺跡もその一つと思われています。オーパーツを超古代文明だとか、宇宙人到来の証拠だとか怪しげな話がありますが、その殆どは錯覚かインチキです。しかしワタクシは与那国島は本物ではないかと思っています。
 この遺跡の水没が後氷期の海水面上昇だけで出来たとすれば、水深から考えると、約8000年前の遺跡になります。一方、かつて陸上にあった構造物が地震によって沈下したとすれば、もっと新しくなります。しかしこれまでネットなどで紹介されている映像を見ると、地震による損傷が全く見られない。この点から地震説は俄かに「はいそうですか」と云い難い。この点が謎です。
(15/02/22)

 以前、アルバイトで教師をやっていた学校で学生に「アトランテス大陸があったと思うものは手を挙げよ」といったら、誰も手を挙げない。「無かった思うものは手を挙げよ」というと、一人が渋々手を挙げた。理由を聞くと、「見たことがないから」という情けない答えが返ってきた。

 正解は「アトランテ大陸というものは存在しない」というものです。「大陸」に傍線が引いてあることに注意。

 時はギリシャ古代。アテネを追っ払われたプラトン(何故、追っ払われたのかはこれ自身面白い話ですが、アトランテスとは関係が無いので割愛します)が、エジプトまでやって来た時に、エジプトの神官ソロンから聞いた話がアトランテス伝説の基になっています。プラトンはこの話しをテマイオスという本に書き残しておきました。ソロンも誰かから聞いた話をプラトンに話した訳だから、要するに、又聞きの又聞きのそのまた又聞き……の又聞きが、おそらくは十字軍を通じて12世紀頃にヨーロッパに伝わったわけです。これがヨーロッパ人の想像力をいたく刺激して、その後ベルヌの「海底2万浬」といった様々な大衆小説や映画のネタに使われています。日本でも光瀬龍のSF小説(原作より萩尾望都の漫画のほうが、若い人にはおなじみかも判りません)に登場しています。

 ソロンの話は大体、次のようなものです。から8千年の昔(ソロンの時代を基準にしていますから、現代からは1500年程前)、「ヘラクレスの柱」の向こうの海上にアトランテスという大陸があった。住民は海神ポセイドンを信仰し、ポセイドンの恵みのもとに幸せに暮らしていた。しかし、次第に傲慢になり、ついにポセイドンの怒りに触れて、山は火を噴き、大陸は一夜にして海中に沈み、住民は全滅してしまった。アトランテスではオリハルコンという金より高価な金属を日常的に使用しいた。

 当時のヨーロッパ人は欲が深かったから(今でもそうですが)、古代文明というロマンより、金より高価な金属の方に目が眩んだのかもしれません。

 ヨーロッパの研究家(本当の意味で研究者といえるかどうか判らない山師も混じっている)のほぼ一致した見解では、「ヘラクレスの柱」とは現在のアトラス山脈―つまり、ジブラルタル海峡―、その向こうの海とは大西洋のこととされてきました。戦後、確か1960年代頃に、旧ソ連が考古学者や地質学者を総動員して、大がかりな総合調査を行いました。その結果は金子史郎先生の「失われた大陸」という新書版の本に紹介されています。ソ連の研究結果は「アトランテスとはエーゲ海に浮かぶ火山島(具体的にはサントリーニ島)。これが、噴火を起こして島が海中に陥没したもの。ヘラクレスの柱とは、エーゲ海の何処かの海峡。時代も1万年という大げさなものではなく、せいぜいプラトンの時代から数百年前」という味も素っ気もないものでした(さすが唯物論の国ソ連らしい)。

 しかし、これで西側の連中が納得する筈がありません。第一、これでは映画や小説のネタにならない。今だにバハマ諸島のあたりとか云って大西洋説にこだわっています。では、大西洋に「アトランテス大陸」があったかどうか考えてみましょう。

 地質学では大陸と海洋を明確に区別します。単に島が大きいだけでは大陸にはなりません。大陸になるには資格が要ります。逆にこの資格さえあれば、大きさに関係なく、例えば淡路島程度の大きさでも大陸になります。その資格とは、それが花崗岩とか安山岩と云った種類の岩石で出来ていることです。反対に玄武岩という岩石で出来ておれば海洋になります。日本は大陸と海洋の境界部に当たっており、かつて海洋だった処が大陸化したものです。海洋ではその一部から、地球の中の物質(主に玄武岩質の物質)が沸き上がり、これが海洋底を作ります。

 地球上の大陸は元々一塊りでした(古代超大陸パンゲア)。これが中生代半ばのジュラ紀という時代15千万年前頃)に分裂を始めます。白亜紀の終わり(約65百万年前)にはユーラシア、アフリカ、南北アメリカ、南極、オーストラリア、インドといった大陸に分裂します。ユーラシア・アフリカ大陸と南北アメリカ大陸の間に入った裂け目に海が進入してきます。この海が成長したものが、現在の大西洋なのです。大西洋は東西に幅を広げて行きます。この広がりの中心が、現在我々が「大西洋中央海嶺」と呼ぶ海底山脈で、ここから海洋底が沸き出してきています。つまり、大西洋の真ん中には大陸が残るはずはありません。まして1万年程度の僅かな時間に大陸が大西洋のどこかに残っていることはあり得ないのです。

 だから、最初の質問の答えは「アトランテ大陸」は無かったというのが正解です。

2、アトランテイス文明は無かったか

 これは難しい問題で、あったとも無かったとも今のところ云えません。これについては第四紀という時代、特に、ここ数万年間の海水面の変動を頭に入れておかなければなりません。
 今から約2万年前には、海水面は約200m以上低下しています。氷河が最も発達した時期で、これをウルム最氷期と云います。その後海水面は急速に上昇します。地球の気温が急速に温暖化したことを意味します。12千年〜8千年程前の間では、多少の変動はありますが、海水面は―20〜―30mの間でほぼ一定しています。これは気候がある程度安定しているということを意味します。この時期は、ちょうどアトランテイス文明が栄えたといわれる時期に相当します。

その後、再び海水面は上昇し、6千年程前にはとうとう、今から56mも海水面が高くなってしまいました。気温が最も高くなった時期でこれを日本では「縄文海進」、ヨーロッパでは「アトランテイック海進」とよびます。今の処、欧米の研究家達はアトランテスを大西洋の真ん中当たりの島嶼と考えているようですから、私も一応この線に乗ることにします。大西洋の真ん中には、北はアイスランドから南はフォークランド諸島に至るまで、小さな島々が連なっています。これらの島々は「大西洋中央海嶺」と呼ばれる海底山脈の頂部に当たります。そして、これらの島々は大部分が玄武岩質の火山島です。彼らの説によれば、アトランテスもこれらの一つだったに違いありません。

 気候が安定すれば、このような小さい島でも海岸近くには海食で平地が出来、人間は定住生活を営めるから、ヒトが大陸からやって来れば、何らかの文明が発生することは可能です。つまり、アトランテス文明があったかどうかは、現在の海水面から―20〜―30mの間に何か平坦地があるかどうか、その上に文明の遺跡らしいものがあるかどうかを調べれば良い、ということになります。

3、アトランテイス文明はどうして滅んだのか

 ソロンはアトランテスの滅亡を@山が火を噴き、A一夜にして海中に没したと述べています。山が火を吹くのは火山活動があった証拠です。アトランテスが大西洋の真ん中にあったとすれば、それは玄武岩質の活動になります。玄武岩質の活動は、現在でも、ハワイやアイスランドで見られます。三宅島の噴火も玄武岩質です。火山活動としては、どちらかといえばおとなしい―というか、溶岩の噴出で島は成長する―ので、一夜で島一つを潰す程の規模になることは、火山学の常識では考え難いことです。これに比べ、大陸を構成する流紋岩や安山岩の活動では、島一つが吹き飛ぶことがたまにあります。アトランテス滅亡の原因を火山活動だけに限定すると、アトランテスの場所は大西洋の真ん中より、ソ連調査団の云うように東地中海地域と考えたほうが科学的には合理的です。「一夜にして没した」というのは大げさな比喩表現(伝説にはつきもの)で、実際はもっとゆっくり沈んでいったという考えもあります。

8千年程前から地球は再び温暖化が始まり、海水面は急速に上昇します。約6千年程前には、海水面は今から約56m上まで上昇します。上昇速度は平均約1.5p/年に達します。問題はこれだけでは済みません。海水面が上昇すると、川の水が塩水化を起こします。狭い島の場合、直ぐ飲み水に困ることになります。また、ハリケーンの勢いが大きくなるので、高潮の被害も発生します。これに火山の噴火が加わると、人々は恐怖のあまり逃げ出してしまう。そうして文明は滅びる。大西洋説にこだわると、アトランテス滅亡の原因はこんな処だろうと考えられます。

 ところで、現在の地球温暖化の影響は2酸化炭素の排出がこのままの状態で続けば、最悪のシナリオとして、100年後に約56mの海水面上昇が予測されています。約5p/年の上昇速度で、アトランテス滅亡シナリオの速度を大幅に上回ります。アトランテスの時代は人間の数も少なかったし、事実上国境もなかったから、あまり問題にならなかった(伝説で済んでしまった)のですが、今度は、そうはいかない。人類が想像もしなかったような混乱の発生が予測されます。

4、アトランテイス人は何処から来たのか

 アトランテスの場所を「大西洋の真ん中説」に限ると、この問いに答えなくてはなりません。現在の人類学の最も有力な仮説は「人類単一起源説」というものです(これはDNA解析に基づくものですが、私個人としては若干疑問を感じています)。これによれば、ヒトがあるとき、いきなり大西洋の真ん中の島に沸き出すことはあり得ません。「いやそうじゃない。宇宙からやって来た」とTVタックルでお馴染みのアノ人なら言うかも判りませんが、大槻教授は納得しないでしょう。

 アトランテス人は旧大陸(アフリカかヨーロッパ)から渡ってきたと考えるのが普通でしょう。新大陸からという可能性もなくはありません。そんな昔、遙々大西洋を渡って来られるのか、という疑問があるかもわかりませんが、海流に上手く乗れればそれほど難しくはない。一ヶ月足らずの航海でやってこられます。一つのケースは漁に出て、難破してそのまま海流に乗って島にたどり着いたというものです(ロビンソン・クルーソータイプ)。しかし、これはほんの数人で、しかも男ばかりだから、すぐ死滅する。文明を作ることは出来ません。もう一つは、集団がなにがしかの意図を持ってやってくるタイプです。このタイプで歴史上最も多いのが難民型(徐福タイプ)です。これは男女混合だから、人口も増やせるし、文明を作ることも可能です。

 アトランテスが栄えたといわれる1万年チョット前のヨーロッパは、人類が旧人から新人に変わる時期に相当します。この時、旧人と新人の間に何があったのか。旧人が自然に滅んで、その跡を新人が埋めて行ったのか、旧人が、さあどうぞと新人に地位を明け渡したのか。まさかと思うのが普通でしょう。西方世界の諸神話を見ると、旧人と新人との間に凄惨な闘争があったと想像させる物語が数多く残っています。新人に圧迫された旧人の一部、あるいは旧人に迫害された新人の一部が集団で旧大陸を逃れて島までやってきた、というのがアトランテス渡来で最も考えやすいストーリーではないかと考えられます。

5、他にアトランテイスはないか

 今まで、述べてきたことをまとめると、実は大西洋の真ん中に超古代文明が栄えたという可能性は非常に低いということです。あったとしても、たいしたものではない。だからといって超古代文明が無かったということではありません。そして、超古代文明遺跡は海底に眠っている可能性が高いのです。図―1を見るように、2万年以前では、気候は寒冷化し海水面は低下します。そうすると、海の近くの方が、相対的に気温も温暖で食料も豊富だから、人類は海岸近くに降りてきます。文明を持った金持ちは海岸近くに住み、貧乏人は山奥に住む。今も変わりません。10数年程前に沖縄県与那国島の海底で巨大石造遺跡が発見されました。これが一体何物かは今も研究中です。単純に海水面変動だけで考えると、数千年前の遺跡になってしまいます。但し、場所柄からいって、地震による沈降も考慮に入れると年代はもっと若くなる可能性もあります。ただし、今まで公開されている映像では建造物に地震による損傷の跡は見られません。

 このように、海底に注目すると、今まで判らなかった遺跡が次々と発見される可能性があります。先史考古学を志したり、興味を持っている人にとって大事なことは、現在の地形だけで考えるのではなく、考えようとする時代の地形や海岸線がどのようになっていたかを常に頭に入れておくことです。そのためには、やはり地質学のトレーニングが必要不可欠になるのです。


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