東電柏崎原発関連(2)

 IAEAが柏崎原発を視察して、「被害は微弱」と発表。これで政府や行政は一安心、一件落着と行きたいところだろう。ワタクシは元もと原子炉本体が停止している以上、被害はこれ以上に拡大せず、又、連日TV・新聞で報道されている発電所内の異常も、原発の安全性とは無関係の枝葉末節の問題と考えていた。一応IAEAと見解は一致したようである。但し放射能漏れは別。しかし、世間やマスコミがこれで満足している筈がない。原理的反原発主義者や、無知なる環境系市民団体、それに迎合するマスコミ、或いはこの騒ぎで東電から幾らか巻き上げようとたくらんでいる悪党達(これには地元の漁業組合から政治家まで、様々なレベルがある)が、今後も色々騒ぎ立てるでしょう。その一例が、原子力安全委員会で、「今回の地震は良い実験だった」と発言した東大教授が委員をクビになった件です。反原発主義者は、この東大教授に対し「今更実験などと云わず、実験してから造れ」と反発する。一見もっともに見えるが、これは反原発主義者が如何に「実験」というものを理解していないか、ということを物語っているのである(反原発主義者には、理科の苦手な文系人間が多いから仕方がないかもしれないが)。重要なことは、今回の地震被害を他山の石として、他の原発の地震対策に役立てることである。
 ここではその後公表されたデータを基に、原発の地震対策の問題について検討してみよう。

1、原子炉建家と長周期地震動・・・・何が想定外だったか?
 ここで云う「長周期地震動」とは、一般的に云う周期数秒程度の地震動を指すのではなく、設計上の卓越周期に対し相対的に周期が長い振動のことである。今回の地震で、稼働中の原子炉の一部から微量の放射能漏れがあったことが確認された。問題はその漏出経路であるが、それは、その後の調査で、一つは排気ダクトのずれから、一つは使用済み核燃料貯蔵プールからのあふれ出しからと確認された。原子炉本体からではなかったのである。筆者は東電柏崎原発関連(1)で、使用済み核燃料貯蔵プールからのあふれ出しは、プールがスロッシングを起こした可能性があり、地震動の中に低周波の振動が含まれる可能性があると予測した。その後東電ホームページを見ていると、「柏崎刈羽原子力発電所平成19年中越沖地震に於ける地震波形の解析に関する報告(第1報)」なるレポートがあった。これによる加速度スペクトルの例を紹介します。

 まず左の図(1号機)を見てみよう。設計時ではEl Centoro、TAFT、GoldenGateの3種類の既存地震動に対する応答解析が行われている。いずれも古典的地震記録の代表的なものである。これによる加速度応答スペクトルパターンは、NS、EW成分共に0.18秒付近に卓越周期が見られる。GoldenGateでは、0.18秒付近に強いピークがあるのみで、他の周波数帯への分散は乏しい。他の地震では、0.18〜1.2秒の間の広い範囲に、比較的強いスペクトルが分布している。又、どの地震でも長周期側の加速度レベルは卓越周期のそれを下回っている。
 実地震動では、NS成分とEW成分とでモードが異なる。NS成分では0.2〜1秒付近の範囲に応答スペクトルの山が見えるのみで、明瞭なピークは見られない。但し、この帯域での加速度レベルは応答解析結果とよく一致している。一方EW成分では応答解析結果と大きく異なるパターンを示す。事前応答解析と 同様、0.18秒付近に卓越周期があるが、応答スペクトルは1秒付近までの長周期側に分散している。特に 0.7秒付近に強いピークが見られ、ここでの加速度レベルは0.18秒付近のそれを大きく上回る。
 一般に、軟弱地盤での応答スペクトルはある特定の周波数に集中し、明瞭なピークを造る。一方、岩盤でのそれは比較的広い帯域に分散し、特定の固有周期がはっきりしないことが特徴である。1号機の事前応答解析ではGoldenGateが軟弱地盤型の典型であり、他は岩盤型のそれに近い。又実地震動ではNS成分が岩盤型の特徴を示している。EW成分は岩盤型と軟弱地盤型の混在のようなパターンである。
 右の図は2号機での加速度スペクトルの比較である(以下の原子炉でも、実地震動とS2基準地震波形との比較しか載せていないので、既存地震動の照査は1号機だけで行ったのだろう)。この特徴は、事前の応答解析結果と実地震動に大きなずれがあることである。
 基準地震動ではNS、EW成分共に0.25秒付近にピークがあり、これより長周期側ではスペクトル分散は見られない。単純な周波数特性を持つタイプになっている。
 一方実地震動では、0.25秒付近に一つピークが見られるのは基準地震動に同じだが、NS、EW成分共に1.5秒付近までスペクトルが分散している。NS成分では特に特定の周波数でのピークが見られないが、EW成分では0.5〜0.7秒及び1秒付近という長周期帯域に強いピークが見られる。特にこの帯域での加速度レベルは、0.25秒のそれより大きい。
 以上から、地震動の中に長周期地震動が含まれているのではないか、という筆者の予測は、実地震動観測記録から裏付けられたのである。他の原子炉でも傾向は同じである。このことから、本原子炉建家設計に於ける構造物の変位・応力応答解析では、周期0.25秒付近を設計上の地盤の固有周期とし、より長周期の波は考慮しなかったと推測される。これに最も似ているスペクトルパターンは、GoldenGateのそれである。応答解析結果は線形モデルを用いれば、基盤入力地震動のアナロジーだから、GoldenGateをS2基準地震動としたのではないかと思われるが、何故そうしたのかは判らない。応答加速度最大値を示す地震はEl Centroだが、これは1秒付近の長周期帯域までスペクトルが分散しているから、これを使ったとすれば応答解析結果と矛盾する。
 又、何故長周期地震動が現れるかも問題だろう。単なる地震モデルの設定の間違いだけではないと思われれる。中越地方地下を構成する厚さ数qに及ぶ新期堆積物(いわゆるグリーンタフ)の影響かもしれない。これから先の議論はこのデータだけでは出来ない。柏崎サイトだけではなく、中越地方全体の地震データ及び地質構造を対象にしなければならない。筆者の能力に余るものである。
 なお、事前応答解析は3例(El Centro、TAFT、GoldenGate)しか載せられていないが、他の地震は対象にしなかったのだろうか。柏崎プロジェクト時点では、他に新潟地震、宮城県沖地震、根室沖地震などがあったはず。特に岩盤上の地震波形としてよく用いられる開北橋(宮城県沖地震)データが無いのはむしろ奇異に感じる。まさかあったのを隠しているのではあるまいな。
 


 上の図は原子炉建家の代表断面(1号機)である。地階が細かいブロックに分割されているのに対し、上層階は中間の壁もなく、だだっ広い空間が広がっているのみということが判る。この様な構造物では、周期0.25秒のような波長の短い波よりは、0.5〜0.7秒或いは1秒といった波長の長い波に対し共振しやすくなる。原子炉建家で起こった、排気ダクトのずれ、使用済み核燃料プールのスロッシングやクレーンの座掘、照明の落下などは、この種の長周期の波が関係していた可能性が高いと考えられる。何年か前の宮城県沖地震の折り、仙台市内のプールで天井からぶら下がっていた照明が一斉に落下した事故があった。これもプール建家が中間に柱のない大スパンの構造物だった。これと似たメカニズムが働いたと考えられる。
 窓ガラスが割れたとか、低レベル廃棄物貯蔵用ドラム缶の転倒などのような、下らない事故にもならない事故は、短周期の波の所為かもしれない。
 以上述べたことから、想定外の地震動の本質とは、単に振動の大きさだけでなく、周波数特性に於いても想定されていなかったということである。
 1)当初想定した地盤の固有周期より長周期の振動がある(想定外の周期)。
 2)想定外周期の地震動の方が、想定固有周期の振動より大きかった(特にEW成分)。
 何故、想定されなかったか?それはある時期(昭和50年頃)から、地盤の固有周期を求める方法が、PS検層一点張りになったことと関係すると思われる。それまでは常時微動測定を併用して、より広範囲の周波数帯を見ていたのである。今の方法に変わって、動的解析の作業が単純化され、非常に便利になったのは確かだが、どうも重要な部分を捨ててしまったようである。

2、原子炉について
 原子炉については未だ詳細な点検が行われていないので、何とも云えないが、おそらく大きな損傷は認められない、という結論になるだろう。その根拠は震災後放射能強度の増加が認められていないからである。原子炉内部は既に強く放射能で汚染されている。もし何らかの損傷があれば、そこから中性子や他の放射性核種が飛び出して、環境を汚染しているはずだ。そうならIAEAもみずから視察に行くなどと云う筈はないだろう。その理由は原子炉が無事停止したからである。
 何故無事停止出来たか?それには上に挙げた想定外地震動が挙げられる。実際に最大地震動として作用した波の周期が、当初想定地震動の固有周期と大きく異なって(長周期側にシフト)いたからである。原子炉そのものは小さいので、振動には比較的短い周期の波が効いてくる。これが周期0.25秒付近の波である。この付近の加速度レベルは、想定時と実地震動とでは大きく変わらない。せいぜい1.5倍程度である。これから発生する応力は、炉体の安全率の中で吸収出来る。一方想定地震動を大きく上回る加速度は、より長周期領域で発生している。この場合、波長が長くなるので炉体を透過してしまい、大きな振動を発生させない。
 要するに運が良かっただけなのである。もし、想定時と実地震動で周期が一致しておれば、原子炉は共振を起こし、無事に停止出来たかどうか判らない。更に見かけでは見えないかもしれないが、今回の地震で何らかのダメージを受けているのは間違い無い(殆ど電子顕微鏡レベル)ので、耐久性が低下している可能性がある。運転再開に当たってはその点を考慮する必要があるだろう。

3、屋外の被害
 屋外災害で最も目に付いたのは3号機屋外変圧器の火災だろう。その他、TV映像では路盤の沈下や擁壁の沈下、路面の波曲などが大映し。中には消火器が傾いているのまでTVに映る。殆ど姑の嫁いびりに近い状態。そしてその原因とされたのは地盤沈下である。何故大きな地盤沈下を生じたか?結論を云うと、単に東電が盛土が下手だった、というに過ぎない。つまり技術的には、わあわあ大騒ぎするほど難しい問題ではないのである。
 柏崎原発の地盤は、鮮新統西山層からなる丘陵を切土し、海岸や平野部を盛土して造成されたものである。原子炉建家のような中核施設は全て切土盤に設置されている。西山層という地層は、我々の感覚から云うと、とても堅固な岩盤とは言い難いが、それでもあの程度の地震で沈下を起こすほど柔な地層でもない。だから、地盤沈下の原因となった地層は、盛土とその下の沖積層以外には考えられない。地盤沈下の原因が液状化か動圧密かは、はっきりしない。両者はメカニズムとしては異なる(動圧密は、瞬間的に発生した動的過剰間隙水圧が消散する過程で発生する体積減少現象。液状化は、動的間隙水圧の蓄積が限界に達した状態で生じる剪断破壊現象)のだが、現象的には区別が難しい。おまけにTVのスポット映像だけでは判断出来ない。
 さて、3号機屋外変圧器の場合はどうだったでしょう。これは地盤沈下で変圧器が傾斜し、絶縁材である油が何らかの原因で引火し、火災に至ったとされる。変圧器は原子炉建家に隣接して設置されている。それならここは切土盤の筈だ、地盤沈下をする筈がない、というのが常識的な見方。上の1号機断面図を見てみよう。図の左端に地表から地下4Fにかけて逆台形(G16)が記入されている。これはこの部分を掘削し、その後埋め戻したことを意味する。他の原子炉では施設概要図のみでそのような表示はないが、原子炉建家は30〜40mの掘削を行っている。敷地には十分余裕があるのだから、そのような大規模掘削を垂直掘削一本でやっている筈がない。おそらくは上半法切りオープンカット、下半垂直掘削の併用で行ったのではないかと思われる(この点は施工図があれば直ぐに判る)。この場合、建家地階部分完成後、上半オープンカット部分を埋め戻すのだが、それをどういう方法で行ったか、が問題なのだ。なお、この火災で国も県もうろたえて、原発にも化学消防車を設置することを義務付けることにしたらしいが、今までやってこなかった方が不思議なのである。別に化学消防車設置に反対するわけではないが、このようなドタバタ対症療法よりも、不燃性絶縁材を開発するとか、変圧器の発熱を防止する素材を開発する方が、将来的にはズーット役に立つ。
 それより、東電が平地部の埋め立てや建家廻りの埋め戻しを、盛土と認識していたかどうか疑わしい面がある。原子力発電所を造るような土地は、そもそも地目山林で非課税。土地の改変については何の法規制も無い。つまり、土地造成については無法地帯なのだ。だから、施工は事業者のやりたい放題。電力会社は重要構造物基礎を盛土基礎で構築する場合には、ガチガチの転圧をやるが、その他の一般部は無関心。平地の盛土や埋め戻しを、捨て土で処理した可能性が考えられる。盛土ならそれ相応の施工管理が必要だが、捨て土ならその必要はない。無論ゼネコンもそのつもりで施工する。3号機変圧器基礎地盤の埋め戻しも、捨て土で処理したのではなかろうか。それなら、変圧器基礎が地盤沈下を起こしても不思議ではない。盛土できちんと施工管理されておれば、幾ら強い地震でも、あのような変状は生じなかったと考えられる(全く無い訳ではない。程度問題)。
;阪神淡路大震災でも、神戸のポートアイランドや六甲アイランドでも、埋め立て地で大きな変状を生じたではないか、と思われるかもしれないが、これらの埋め立て地は皆土捨て工事で発注されている。無論、関西新空港も同じ。

4、まとめと提言
4-1)原子炉施設について
 今回の柏崎原発が辿った経過は、想定外地震動→原子炉の自動停止→関連設備も同時に停止→放射能漏れ事故の防止、となってメデタシメデタシだ。これを、始めからしまいまで論理的に説明出来れば、設計の妥当性が証明されたことになる。しかし、その内一カ所でも論理性に欠ける部分があれば、結果は単に運が良かっただけに過ぎない。原発のような危険な設備の安全性を、運の善し悪しに任せる訳にはいかない。今回の地震で得られた最大の教訓は、基準地震動で想定した固有周期と異なる周期で、大きな振動が発生することがある、ということだ。この点から原子炉施設の設計においては、次のような点に留意すべきという結論が自動的に導かれる。
(1)基準地震動の設定に当たっては、常時微動或いは周辺既往地震の強震記録を参照して、出来るだけ広帯域での地震動を地震対策に反映させること。
特に、日本海沿岸、太平洋岸の新生代堆積物が厚く堆積しているような地域では、地震工学から導かれる地震動だけでなく、より長周期帯域の地震動に留意すること。
(2)建家や炉体基礎構造を、広帯域地震動に対応出来るようフレキシビルなものに改めること。特に、基礎に免震構造、原子炉駆体・設備に制振機構を取り入れることにより、施設の安全性をより高めることが出来る。
 と行きたいところですが、ここに邪魔者(悪代官)が立ちはだかる。それは経産省原子力安全・保安院による「原子力発電所に係わる耐震設計の概要」という通達である。ここでは原子炉施設は岩盤上に建設するものとし
 ・原子炉建家は岩盤に直接支持させる。
 ・建家は剛構造とし、一般建物に対し地震力による変形を小さくする。
 ・安全上重要な機器・配管系は剛構造の建物に固定する。
としている。
 カチンカチンの”剛な”頭です。これでは、免震や制振工法が付け入る余地は当分ありそうにありません。

4-2) 屋外付属施設について
 地震後、原子力安全委員の一人が屋外の被害に肝を潰して、「屋外施設も原子炉施設と同等の耐震設計をすべきだ」などと口走ってしまった。これにワルノリするマスコミもいるから始末が悪い。オイオイチョット待ってくれよ、と云いたいのである。
 原子力発電所だけでなく、工場・プラントの中で、施設の性格によって重要度が異なるのは顕かです。重要度を決めるのは何か?それは次の4カテゴリーが考えられます。
 (1)破壊されることによって生じる周辺環境への影響の深刻さ。
 (2)破壊の進展を食い止めることの困難さ
 (3)生産停止による事業へ与える影響の深刻さ。
 (4)施設再建の困難さ。
 原発では原子炉やタービンなどの中核施設が、上記カテゴリーの内(1)(2)に相当し、屋外施設は主にカテゴリー(3)(4)に相当する。もしこれらを一体化すれば、原発安全審査の範囲は無限に広くなってしまう。極端な場合、下水管まで安全審査の対象になってしまう。通常原発の安全審査は、そうしょっちゅう開かれるものではない。上記委員の意見に従えば、原発の安全の本質と異なる枝葉末節的案件で、安全審査が引きずられてしまい、本質的議論が何処かへ行ってしまうおそれがある。国による安全審査は飽くまで中核施設に限定し、附帯施設は関連法規で処理することが合理的である。
 では現状のやり方で果たして満足出来るだろうか?実はそうではない。上で挙げた「原子力発電所に係わる耐震設計・・・」では、附帯構造物については「建築基準法」によること、としか明記せず、敷地造成に関しては全く無頓着である。一方、3、で筆者が挙げた屋外被害の原因と考えられるものの大部分は、盛土・・・即ち敷地造成に係わる問題なのである。従って、この種の被害発生を避けたいと思うなら、敷地造成・・・特に土工部・・・に関する技術基準を明確にしておかなければならない。一方、土地造成技術は土木の中でも、十分成熟している分野の一つである。通常の造成の場合、それを応用すれば事足りるのである。もしそれで不足なら、電力事業会が独自基準を策定し、国の認可を受けた上で自主管理を行えば良い。そこで筆者が疑問に思うのは、そんな枝葉末節のことまで国が一々口を出さねばならないのか?という点である。国が国民に対し絶対安全性を保障しなければならないのは、原子炉を含む中核施設である。その他の付属施設は、むしろ自治体の管理・監督に任せて何ら問題はないだろう。。
 日本資本主義の牙城である電力業界が、この程度の事まで一々国の指導・認可を仰がなくてはならないようでは、話しにならないだろう。国がつまらない指導基準を出して業界に縛りをかける前に、一刻も早く自主基準を策定し、信頼を回復することが望まれる。出来るかなあ!無理かもねえ。
(07/08/24)


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