富士山の自然

横井技術士事務所
技術士(応用理学) 横井和夫

火山噴火予知は、それなりの金と手間暇を掛ければ必ず出来るので、地震予知に比べ未だ楽である(地震予知は幾ら金と手間暇掛けても、当てが外れることが多い)。富士山もその例外ではない。富士山(火山)の噴火は地震と違って、ある日突然と言うことはあり得ない。その何ヶ月とか何年も前から前兆現象がある。それはマグマの上昇に伴う山体の膨張ー地表面の変異、地熱活動の活発化ーガス活動や地下水(富士5湖などの湧水)の水温、湧水量の変化、地下熱量の変化ー地温変化、地電流・地下比抵抗の変化ー周辺の電気・電波現象の変化*などである。これらをこまめに追跡していけば、占いではない実証科学的噴火予知が可能になる。

*地熱が高くなれば、岩石の磁力が低下する。磁気と電位はマクスウェルの法則により、一意的な関係を持っている。磁気が変化すれば、周辺の電場も影響を受ける。これを利用するのである。


 富士山が世界遺産に登録されてご同慶の至りですが、それに伴ってメデイアに登場するのが、富士山噴火説。 僅かな噂をネタに、メデイアがこれでもかこれでもかと話しを広げるものだから、世間には今にも富士山が噴火するのじゃないか、という風評が広がる。これは原発で、ただの割れ目に過ぎないものを、メデイア(とそれにワルノリするアホ学者)が「活断層だあ!」と騒ぐものだから、ただの割れ目が今にも動く活断層に変身する様とよく似ている。
 最近もテレビで、産総研の誰かが、富士山噴火説を述べていた。彼の描くストーリーは概ね次のようにまとめられよう。
1)富士山頂部に岩脈が集結していて、これが笠(キャップロック)のような役割を果たす。
2その下にガスが溜まり、内圧を押し上げる。
3)地震が起こって山体に亀裂が入ると、そこからガスが噴き出し、マグマが噴出して富士山爆発になる。
 要するに、「今の富士山はガスが溜まった風船のようなものだ」。これは宝永噴火によく似ている。

1)岩脈について
 ここで面白いデータが見つかりました。下図は富士山周辺の磁気異常分布です。磁気異常とは、世界各地で標準地磁気分布が示されており、それとの偏差を表したものです。


 これを見ると、富士山から箱根や伊豆東部に高い異常帯が分布していますが、なかでも富士山山頂部に、強い異常帯が円状に分布するのが注目されます。これが岩脈の分布を示すものでしょうか?高い磁気異常を示すのは、その地域に強磁性鉱物が分布する事を意味します。強磁性鉱物を含む岩石の代表に玄武岩があります(他に蛇紋岩もありますが、富士山でこれを考える必要は無いでしょう)。一般に富士-箱根火山帯を構成する岩石は安山岩で、磁性鉱物を含むが玄武岩ほどではない。と言うことは、富士山の活動末期にマグマの成分が変化し、玄武岩質になったと考えられます。

2)ガスが溜まる
 地下に熱源があり、地上からは地下水が浸透する。これによって地下水が加熱され、これが原因でガスが溜まるのは当たり前です。加熱熱源はマグマですが、これは数千年程度の短期間では容易に熱を放出しない。ここ当分・・・おそらく数万年程度・・・は、今の状態を保っていると考えられる。従って熱的状態は非可逆的になる・・・つまり幾ら雨が降っても温度は下がらない・・・ので、熱は地下に蓄積される。つまり地下温度は時間とともに上昇する。温度上昇とともに、ガス圧も高くなる。これが限界に達したときに爆発に至る。これが富士山噴火である。但しこの場合のガスの大部分は水蒸気で、他の火山性ガスは、量としてたいしたことはない。水蒸気による爆発が水蒸気爆発で、これが最も危険。そしてこれが、山体崩壊に繋がった例は数え切れない程ある。一番考えなければならないのはこのケースである。

3)地震で亀裂が入ると、そこから噴火が始まる。
 一番判りにくいのはこの点である。(1)まず第一に地震で亀裂が入るから、そこからガスが抜けるのではないか?つまりガス圧は下がってしまうのである。と言うことは、上で挙げた、富士山噴火原因の一つ、ガス圧上昇説がこれで消えてしまう。(2)地震で出来る割れ目など、目に見えるかどうかの程度である。そんな小さな割れ目からマグマが沸き出してくるのか?(3)過去に起こった噴火と地震との関係が、どの程度の有意性をもっているのか?
 この様な疑問が直ぐに出てくるので、地震イコール噴火とはなかなかならないだろう。 なお産総研の連中は、今の富士山の状態を宝永噴火の前とよく似ていると主張する。確かにそうかもしれないが、宝永噴火自身、あまり大した噴火ではない。問題は現在が、山体爆発が起こるような状態かどうかである。

 まず地震と断層と火山活動とが、それぞれに関係があるかどうか、を検討する必要があろう。
1)地震と断層
 これが密接に関係しているのは、疑う余地はない。
2)断層と火山活動
 断層の位置、火山の位置、全て判っている。これらが密接に関係を持っておれば、地震ー断層ー火山活動の関係は簡単に表される。処が、断層と火山活動との間には殆ど関連が見いだせない。 
 現代の活火山は、周辺に膨大な火山放出物を伴うので、火口付近の詳細な構造はなかなか判らない。しかし一世代古い火山では、火山放出物が概ね削剥されてしまって古い基盤構造がもろに出ていることがあります。
 中新世という時代には、紀伊半島北部から四国西部の中央構造線に沿って、安山岩質の火山活動が活発で、各地に火山群が出来た。近畿での室生火山群や二上火山がそれに相当する。それに伴う火山の噴出路(ネック=岩頚)が各所に見られる。下図は愛媛県松山市内で行ったMT探査の例である。寒色系の高比抵抗部は安山岩のネック。周囲は領家花崗岩である。花崗岩中に低比抵抗帯が見られるが、安山岩とは直接関係がある様には見えない。こんな低比抵抗帯(見かけの断層)は、何処にでもある(例えば関電大飯原発や原電敦賀など)。

比抵抗平面図 比抵抗断面図

 これだけではなく、他の安山岩噴出帯でも同様である。
 随分昔北アルプス北部立山周辺の地熱探査にも関係したことがあった。そこには立山火山とか、祖母谷変質帯とか、多数の地熱徴候はあったが、どれも断層の様な割れ目に関係するものは見いだせなかった。

 これだけでなく、主要な火山列と大規模な断層とは一致せず、ずれているのである。

3)地震と火山活動
 これは一番マスコミが飛びつきやすいネタである。「関係はある!」という人もいるが、筆者には未だ占いの域を出ていないように思える。例えば、戦後だけを取り上げても、M6〜7級以上の地震は100件以上ある。1年に1〜3回はある勘定である。逆に噴火を伴うような大規模な、火山活動は10数件位しかない。と言うことは、ある火山活動に着目すれば、それに関連づけられそうな地震は幾らでも見つかるということである。と言うことでこの説を真に受けてはならない。
 但し全くないとも言い切れない。あるものは関係があるのかもしれない。しかし、それと無関係なものを確実に分離する手法が、未だ見つからないだけである。
 

 と言うわけで、富士山噴火に対しては必ずこれだ、という確実な説は無い、ということなのだ。この場合必要なことは地道な観測である。例えば(1)富士山周辺に1000〜2000m級のボーリングを掘削して地下深部の地温分布や変動を測るとか、(2)山麓に地震計をばらまいて、火山性微動を観測するとか、中でも筆者が推奨したいのが(3)富士5湖を始めとする、周辺湧水点の水温・水質・湧出量の観測です。例えば筆者が昨年見つけた河口湖の湧水点は、観測点として持ってこいです。
 この方法の利点は(1)(2)の様な特殊な設備・道具を必要とせず、地元の人達の協力で結構ものに成るデータが得られることです。

(13/07/31)



  富士山は日本を代表する活火山。先日、河口湖方面を中心に富士山観光に行ってきました。その内面白そうな自然現象をピックアップしてみました(12/10/21)

河口湖畔から見た夕方の富士山。
河口湖岸の安山岩からなる溶岩台地。遠景は河口湖大橋。
湖面が何やら波だっています(写真中央)。魚でもいるのかと思って見ていても、波立ちの位置は変わらない。
 これは魚などではなく、湖底からのガスか水の湧出です。ガスなら湖面からプクプクと泡立つが、それはないので地下水の湧出でしょう。
上の湧出点の直ぐ脇に露出する安山岩の露頭。非常に割れ目が多く、これが地下水の湧出経路となってもおかしくない。
もう一つの経路が安山岩中の気泡です。これは溶岩が噴出した後、ガスが抜け出した跡です。
河口湖大橋の支承部。免震支承ではありませんでした。
 朝の富士山。山頂から斜め左に伸びる崩壊地が「大沢崩れ」。山頂に笠雲が懸かっている。山頂はかなり風が強くなっている。
 富士山北麓斜面。河口湖市街地と富士山との中間の台地が「青木ヶ原樹海」。背後尾根に点々と見える突起は溶岩ドーム。
 富士山山麓斜面は一般に火砕流からなり、地下水が豊富ですが、中にはそうではないところもある。
 写真左中央に張り出している尾根は、基盤の第三紀層からなりこういう箇所は水は出ない。だから火山の側だかといって、温泉や地下水が何処でも出るわけではない。基盤の形状(岩盤の凹凸)をしっかり調べておかないと失敗することがある。結構難しいのである。河口湖町内にある日本最長の掘り抜きトンネル遺跡などは、その失敗例の一つである。
翌日朝8時頃、富士山に懸かる雲と、新たな雲。山頂部は相当風が強く、天候が崩れる前触れ。
 事実この1〜2時間後、天候は崩れ富士山は雲の中。
 翌日は初冠雪。
 富士山に限らず、円錐火山は周辺に広い裾野が発達します。特に富士山は標高が高いだけ、すそ野が広い。これを利用して陸上自衛隊富士学校、北・東富士演習場があります。その所為で、周辺には陸自車両がやたら目に付きます。
 これは山中町旭が丘交差点で停車する96式装輪装甲車。市街地走行だから武装は外してあります。
 マニアには結構たまらない町でしょう。
 但しこの装甲車、月刊「PANZER」にによれば、値段の割に役に立たないらしい。

【富士山の地質と地下水】
 富士山は日本最高峰の成層火山です。成層火山とは地下のマグマが地表に上昇し、周囲に溶岩火砕流を噴出する。これを何度も繰り返す内に、中央のマグマが成長しその周囲に円錐状の火砕流斜面を伴うタイプの火山です。このタイプの火山の地形は、火口を中心に軸対称地形になるのが当たり前です。
 富士山の自然で幾つか不思議に思うことがあります。一つはあれだけの広大な集水域を持っていながら、富士山から流れ出す大きな川がないことです(富士川の源流は甲府盆地で富士山とは関係ない)。もう一つは、富士山の北斜面に湖沼(富士5湖)が集中していることです。
 富士山は周辺に広大な火砕流斜面が発達しますが、これは南北断面では非対称になります。南側(表富士)は末端が太平洋近くまで広がっているが、北側(裏富士)は北方の御坂・丹沢山地で遮られ、南側に比べ斜面長が小さくなります。この末端部に富士5湖が点在します。
 富士山の火砕流斜面を形成する地質は、第四紀の溶岩及び火砕流ですが、火砕流は空隙が多く良好な地下水の滞水層になる。溶岩も上の写真で見たように多孔質で、これも地下水の貯留層になる。こういう場所では、降った雨や雪解け水の大部分は地下に浸透し、地表に流出するのは極僅かになります。これが富士山を起源とする大きな川が無い理由になります。地下に潜った水はそのまま火砕流のなかを浸透し、斜面の末端で沖積平野の地下水に連続します。途中岩盤の浅い箇所や、沢が深くえぐれている箇所では、地表に湧出することがあります。富士の銘水と云われるものは、概ねこの様なものでしょう。アルプスや西日本の山のように、非火山性の山地では逆に地下に浸透する水は僅かで、大部分が地表から流出するため、その浸食作用により、深い渓谷を作り、平野に出ると、大きな川を作ることになります。
 一方裏富士では、火砕流の末端が御坂・丹沢山地で遮られるため、地下水は甲府盆地まで達することが出来ず、地表に湧出する事になります。こうして出来たのが富士5湖なのです。又、大雨が降ったり春の融雪で水量が増えても、これらの湖沼が天然の調整池になるので、周辺地域に及ぼす影響は僅かなものに留まります。と言うわけで、現在の富士の裾野や湖沼は、単なる観光資源だけでなく、広域防災にも大きな貢献をしていることになります。
 富士山に限らず、第四紀活火山地帯の地下水の賦存状態は、火砕流堆積物の分布状態に大きく依存します。これら活火山の山腹斜面の形状は極めて単調だから、内部の地質も単調と思いがちですがとんでもない。なだらかな外見に隠されて、その内部は極めて激しく変化します。特に基盤岩の形状は凹凸が激しく、短距離で大きく変化すると同時に、火砕流の中にも溶岩ブロックが介在したりするので、単に地表からだけの思いこみでは失敗することが多い。
 では富士の裾野で地下水や温泉の開発、或いはトンネルなどの土木工事をするときのポイントを紹介しておきましょう。
1)水井戸
 これは火砕流中に滞留している地下水を対象にします。従ってなるべく火砕流が厚く堆積している窪地で、且つ溶岩の少ない場所を選ぶべきです。事前調査としては、広域的な重力探査や磁気探査が有効でしょう。
2)温泉
 これは熱水を対象にします。火砕流中の地下水は温度が低いので温泉にはならない。従って、基盤岩中の地下水を狙います。このとき火砕流が厚いと、揚水しているときに温度が下がってしまう恐れがあります。従って、なるべく火砕流が薄い箇所で、基盤岩中の断層などの帯水層が発達する箇所を選びます。調査方法としては、1)と同じ探査に加え、断層な地下地質構造が判る探査を併用します。電気探査やMT探査などが揚げられます。
 
3)トンネル
 第四紀火砕流中のトンネルは、掘削時の湧水や切り羽崩壊の危険が大きく、あまり奨められたものではありません。出来るだけ火砕流を避けたルート選定を行うべきです。どうしても避けられない場合には、デイープウェルで地下水を低下させるとか、アンブレラ工法の採用が考えられます。一方基盤岩中にルートを採っても、火道との距離によっては、高温地熱や有毒ガス噴出のおそれがあるのでそれらに対応した対策が必要です。又、火山地帯のトンネル工事排水には有害物質・・・特に砒素・・・が含まれることがあるので、環境対策にも考慮が必要になります。
 事前の地質調査としては前記の調査手法に加え、弾性波探査やボーリングによる精査、地熱・環境調査の併用が必要になります。
(12/10/24)