地熱発電は夢のエネルギーか?

技術士(応用理学)  横井和夫


地熱発電の盲点
 アメリカ地質調査所(USGS)によれば、アメリカ中西部で21世紀に入ってからの地震発生件数は、20世紀の6倍に登るという。USGSはこの原因を、明言はしていないが、人為的なものであることは間違い無いとし(当たり前だが、アメリカ中西部で自然地震など起こるわけがない)、シェールガスや地下水採取の影響、特に水圧破砕で生じる廃液の循環の影響を示唆している(04/19ロイター)。
 日本の地熱開発で今後主流とされるバイリニアー発電も、水圧破砕法を利用する。上手く行くかどうか、やってみなくちゃ判らない。少なくとも地震が発生する可能性があることだけは、覚悟しておいたほうがよい。なお、日本の地熱熱源は元もと割れ目が多いから、地震は発生しにくいという説もある。しかし、逆に熱回収効率が悪くなって、採算に合わないことになる。
(12/04/19)

 アメリカオハイオ州で、天然ガス(シェールガス)採掘に伴うと思われる地震が多発している。このガス田では水圧破砕法によるガス採掘が行われている。水圧破砕法の説明は詳しくは省略しますが、要するに、地下に2000〜4000m級のボーリングを複数本掘り、内一本(生産井)の深部にパッカーを掛け、地上より高圧水を注入して周囲の岩盤を破壊して空隙を作る。天然ガス採取の場合は、水圧破砕で出来た空隙に石英の粒(ビーズ)を注入して、空隙が閉じるのを防ぎ、地上から特殊な薬液(粘度の大きいポリマー泥水か?)を注入して、別孔(還元井)からガスを追い出す。この泥水は更に注入井から地下に戻される。地震は水圧破砕時或いは、地下への還元時に起こるらしい。地震発生のメカニズムは詳しくは判っていないが、原因は水圧破砕とそれに伴うガス排出に伴う、地下深部に急激な応力変化にあることぐらいは誰でも判る。問題はその応力変化がどの方向に向かうかが未だ曖昧なだけだ。他に、地下の水圧が急激に変化したことによって、地震が発生した例はある。
1)1970年代、アメリカが放射性廃棄物処理場調査のために実施したデンバー実験。
2)阪神大震災の前、兵庫県東南部から大阪府北西部に掛けて発生した原因不明の群発地震。これはその後の京都大学の調査により、温泉の過剰掘削の所為とされた?。
3)関電黒四ダムは、満水にすると地震が発生するので、満水に出来ない(という噂がある)。
 さてこのメカニズム、実は地熱発電にそっくり当てはまる。現在日本で主流とされている地熱発電システムは、バイリニアー発電と呼ばれるものである。これは生産井と還元井を掘削し、水圧破砕により、両井をつなぎ、生産井から水を注入加熱して還元井で熱を回収するというものである。
 一般に地熱発電の長所とされる者は次の通りである。他にもある・・・例えば政府の補助金が出るとか・・・が、大したことではない。
1)資源は日本に無尽蔵にある。
2)2酸化炭素を排出しないので環境に優しい。無公害である。
3)太陽光や風力のように、気候や季節・時間に左右されない。
 てなことばかりがマスコミを通じて宣伝される。そうすると、皆そうかと信じてしまうのだ。一種の集団催眠である。
上記でその通りだと云えるのは3)だけである。
1)日本は確かに世界有数の地熱国である。しかし、地熱が単に高いということと、それが有効利用出来るかとは全く別問題だ。一般に地熱分布は一様ではなく、斑に分布する。つまり温度が高いところと低いところがモザイク状になる。地熱開発をしようとすれば、当然地熱の高い部分を狙わなくてはならない。日本ではそういうところは、北海道・東北・北関東・中部山岳・九州の脊梁火山地帯で、例外は北近畿・南紀ぐらいなもの。多くは国立公園地帯だったり、温泉地帯だったりする。国立公園など、指定区域を少し変更すればどうにでもなる(無論、環境団体や左翼政党の猛反対があるだろうが、そんなものは無視すればよい)が、温泉地帯は厄介である。地域経済に影響するし、ひいては選挙にも影響が及ぶ。温泉にも無関係なところと言えば、場所は極めて限定されてしまうのである。だから、地熱は幾らでもあると思うのは只のアホである。
2)確かに地熱発電そのものは2酸化炭素を排出しない。しかし、掘削や稼働中に硫化水素や水蒸気を発生する。これらは立派な温室効果ガスである。又、火山性熱水には必ず砒素や何らか重金属が含まれる。これらは劇毒物又は有毒物質で、排水は除去しなくてはならないが、このコストが馬鹿にならない。又、これらの除去は100%はあり得ない。今のところ、開発量が大したことがないので問題になっていないが、再生エネルギー論者の云うように日本の基幹エネルギーに据えれば、莫大な地熱井が必要となり、長期的には、必ず河川や地下水の汚染が問題になるだろう。
3)さて、地熱は本当に安定供給されるのでしょうか?地熱発電に必要なものは、確実な熱源と安定した冷却水の供給です。確実な熱源とは十分大きな規模のマグマの存在です。これは高温乾燥岩体と呼ばれ、全く水を持たない・・・割れ目が存在しない・・・表面温度が数100゜C以上高温の岩体です。しかし日本に本当に、そんなものが存在するのでしょうか?実際にはアメリカやアフリカ大陸ぐらいしかない。日本の高温岩体は、それぞれが規模も小さく(アメリカの数100分の1以下でしょう)、変動帯だから、目に見えない小さい割れ目が発達する。こんなところに高圧水を注入するとどうなるかというと、圧力を加えている間は割れ目は開いているが、圧力を下げると直ぐに閉じてしまう。ビーズを注入しても、効果は発揮出来ない。更に高圧水の経路が岩盤の割れ目に沿ってランダムになるから、教科書どおりにはいかない。つまり、高圧水を注入しても、思ったように圧力は上がらず、本当にバイリニアー型の経路がつくれているのか判らないのである。
4)仮に何処かで成功したとしよう。日本人の性格として、何処かに上手い儲けがあると知ると、たちまちみんなが集まってくる。一カ所に固まるのである。しかも、日本の経済産業省という役所は、これが儲かると見ると、業界の尻を叩いて追い立てる。そのかわり、風向きが不利になると自分だけさっさと逃げ出し、後始末を業界や地域や国民(つまり税金)にマル投げしてほっかむりする体質を持っている。ところで、地熱発電の場合、一カ所の坑井で開発出来る熱量には限度がある。狭い場所に井戸が集まってくると、互いに干渉しあって逆に開発効率が悪くなる。同一マグマに対し、仮に2000m級の地熱井を複数掘削するとすると、それぞれの間隔は少なくとも10〜20qは離しておかないと、相互干渉によって熱効率が悪くなってもめ事の原因になる。日本の地熱帯に果たしてそんな余裕はあるでしょうか?
5)そこに今回降って沸いたようなオハイオの地震騒ぎ。日本のような割れ目の多い岩盤に高圧水を注入すれば、当然岩盤の破壊が進むから地震が発生する可能性は高くなる。但し地震といっても大したことはないので、恐れることはないが、それでも観光業にとっては大変なダメージになる。ウチの温泉は何時地震が起こるか判りません、などというCMを流す温泉街など何処にもない。又、その影響が周囲の環境、特に地下水系、温泉に対しどういう効果を与えるかは、具体的には何も判っていないのである。こんな状態で地熱開発を推進するなど正気の沙汰ではない。原子力ムラの二の舞だ。
(12/01/07)

あきれた代替エネルギー楽観論
 6/14毎日新聞に米シンクタンク(アースポリシー研究所)のレスター・ブラウン氏へのインタビュー記事が載っていた。一読して未だこんな馬鹿げたことを云う学者と、それを有り難がる無知マスコミがいるのに驚かされる。ブラウン氏発言の要点 は次のとおり。
1)先進国の中で日本ほど最も地熱開発が突出した国はない。地熱を利用すれば、(2酸化炭素削減量)を25%から75%に増やすことも可能だ。
2)古いエネルギー経済は化石燃料に偏っていた。アメリカも再生可能エネルギーへ転換する方針を示した。
3)過去1万年の間、気候システムと生態系はバランスを保っていた。最近の二酸化炭素増加や生態系への人為的影響が生物多様性破壊に大きく寄与している。
 果たして本当でしょうか?我々現実(場)主義的地質技術者には、なかなか納得出来ない部分がある。
 そこで、下に示す意見を毎日新聞に送ることにしました。

(環境主義者はもっと現実を見るべき)
 毎日新聞6/14米シンクタンク(アースポリシー研究所)のレスター・ブラウン氏へのインタビューで、氏は代替エネルギーについて所論を述べている。ざっと読んだところ、根拠も何もない甚だ粗雑な議論としか云えない。ここでは次の3点について、意見を述べたい。
1、日本は地熱大国である。
 ブラウン氏は日本は地熱が豊富でこれを利用すれば、CO2削減を25%から75%まで増やせる、と主張するが、そのためにはどの程度のエネルギー量が必要で、それをどうすれば日本で自給出来るかどうかの説明がない。日本が火山国で地熱も豊富だということは間違いはない。しかし、それを利用出来るかどうかは別問題だ。一般に地熱評価に使うのは地温勾配という尺度である。日本の平均値は0.03゜C/mぐらいで、世界平均のおおよそ3倍になる。この点がブラウン氏が日本の地熱資源に注目する理由であろう。しかし、日本の地熱開発には次のような制約がある。
1)日本でも地温勾配の分布は地域によって大きなばらつきがある。つまり地熱分布は斑なのである。地熱発電に必要な地温は熱水を採水する深度で300〜400゜C以上はないと採算に合わないが、そういう場所は日本でも限られており、しかも大抵は観光地か国立公園地域になっている。つまり、地熱発電は限られた高温地熱地帯の内、更に限られた場所でしか行えない。
2)現在の日本の地熱発電は地下深部まで井戸を掘削し、高温熱水を回収し、熱交換機に送ってタービンを廻すという方式を採る(単独井)。温排水は河川に放流する。日本の高温地熱地帯の多くは、第四紀火山地帯とラップする事が多い。ところで日本の火山は老朽化が進み(活動のピークから数1000〜数万年経過している)、地下水に不純物質を多く含む。これは温泉としての効果をもたらすが、地熱発電の場合は逆になる。地下水中に有害成分(例えば砒素とか)を含むため、地熱井はしばしば排水対策が必要になり、発電コストを押し上げる結果になる。又、地下水を汲み上げるから、周辺に温泉があると、それへの影響が懸念される。世間では、地熱発電は環境に優しい無公害と宣伝されるが、決してそんなことはない。
3)2)の単独井方式に対し、バイリニアー方式というものがある(日本では実験は行われているが、未だ実施例はないと思う)。これは地熱地帯に井戸を2本掘削し、水圧破砕という方法で、両者の間に人工的に空隙を作る。一方の井戸から高圧で水を注入する。水は人工空隙を伝う間に加熱され、高温熱水に変化する。それをもう一方の井戸から回収し熱交換機に送る。この方法だと、2)のケースのように周辺環境に影響を与える事はない。しかし、日本は火山国であると同時に地震国でもある。一見シッカリした岩盤に見えても、目に見えない割れ目が入っている。そこへ高圧水を注入すると、割れ目から漏水を起こし、思ったほど熱水を回収出来ない。それどころか、場合によっては地震を起こすことだってある(数10年前、アメリカ政府は放射性廃棄物処理研究のために、デンバーで1000mほどのボーリングを行い高圧水を注入したところ、地震が起こって実験を中止してしまった・・・デンバー実験)。
 と言うわけで、日本列島での地熱発電は、ブラウン氏が思っているほど容易ではない。関係者だって別にサボっているわけではない。それぞれの立場で努力している。その結果が0.2%という発電シアーなのだ。なお、ブラウン氏は、先進国の中で日本ほど地熱発電が進んでいる国はないと云っているが、それは偶々先進国の中で日本が数少ない火山国だからに過ぎない。潜在地熱資源の最大保有国はアメリカ。しかしその地熱地帯は概ねイエローストン国立公園とラップするから、ここでも地熱開発は思うように出来ないということをお忘れなく。
 なお、別の地熱発電法がある。それは、今後地下300〜1000mの地下空間*に貯蔵されることになっているハイレベル放射性廃棄物を利用する方法である。放射性廃棄物は放射能レベルが一定値に下がるまで熱を放出し続ける。これを利用して発電を行うもので、日本が原子力発電を行っている間、原料の供給がある。プルトニウムを使えば殆ど半永久的に発電出来る。周辺環境に与える影響は無い。
2、代替エネルギーの副作用について
 ブラウン氏は風力や太陽光などの代替エネルギー効果を述べているが、その副作用について言及していない。氏はサハラでの大規模太陽光発電を例に挙げている。サハラで太陽光発電をしようとすれば、平原地帯になるが、平原地帯でも僅かながら生物多様性はある。又、僅かな牧草を求めて移動する遊牧民がいる。そこへ大規模太陽光発電施設のような無機物質を持ち込めば、生物多様性は失われ、遊牧民は移動ルートを遮断されて餓えるのみだ。そもそも、半導体のような純粋無機物質と、有機生命体が共存出来るはずがない。そこに発生するのは、欧米白人電力資本+それに手を貸す現地政治家対遊牧民の抗争である。ブラウン氏や欧米人はサハラは何もない、何も住んでいない無機空間と思いこんでいるのではないか?
3、生物多様性破壊の原因について
 ブラウン氏はこれの最大原因は気候変動だという。それは確かにそうだ。しかし、温暖化がこの原因になるわけではない。地球の歴史から云えるのは、生物多様性破壊は寒冷期に生じ、温暖期には生物多様性が活発化するということである。しかし、今別の生物多様性破壊が進んでいる。その最大の原因は農業と市場原理主義経済が結びついたアグリビジネスである。そもそも農学が専門であるブラウン氏が、何故アグリビジネスの危険性に言及しないのか?甚だ疑問である。アグリビジネスが進めば、将来人類はかつて経験したことのない餓えに見舞われるだろう。

 ざっと記事を読んだところ、レスター ブラウン氏のエネルギー・環境に対する認識には新味はなく、浅薄でせいぜい高校生程度のレベル。環境を創る要因は、その国の地形・地質・気候等の自然条件だけでなく歴史・文化も含まれる。当然エネルギー政策もその国の歴史・風土を踏まえなくてはならない。最近の欧米発信の環境・エネルギー関連議論はそれを無視し、欧米の価値観の押しつけに過ぎないようなものが少なからず見受けられる。そういう技術は必ず失敗するだろう。


*当初は確か600m以深だったと思ったが、知らない間に300m以深になってしまったようだ。

 さて、上記の意見が採り上げられる可能性はあるでしょうか?全くないと云っていいでしょう。何故なら、今の世界、マスコミも役人も政府も、全て温暖化論に洗脳されているからです。


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