温泉演出とは


 昔々、ある大阪のゼネコンから、そのゼネコンが有馬温泉の北の方で掘っている温泉掘削工事を続けるべきか否か、鑑定してくれという依頼がきた。現地でコアを見たところ、700m位から下にはがちがちの花崗岩になっており、しかも工法はWLに切り替えているから、これ以上ほっても無駄だと云って、工事の続行を中止させた。さて、その後、報告書の打ち合わせにゼネコンの現場事務所に行くと、ゼネコンの所長と温泉工事会社の営業がなにやら密談中。耳をこらして聞き入ると・・・
 温泉屋の営業「ここをこういう風にやりますと十分『温泉演出』は可能です。はい」。
 所長「フンそうか。そんならそれでいこか」・・・・・
 ここで、始めて耳にしたのは『温泉演出』という言葉。温泉演出とはどういうことか?しばし考えた後、はたと思い当たりました。よく温泉地へ行くと、街の真ん中や、ホテルの前に、小公園のようなものをしつらえ、温泉らしきものが、こんこんとわき出ている情景を眼にすることがあります。これが『温泉演出』なのです。一般観光客は、中身は何であれ、これを見ただけで温泉に来た気分になります。それが付け目なのです。『温泉演出』は、自噴泉の原理を知っておれば、誰でも簡単に出来ます。必要なものは、貯水タンク(小さなもので結構)、水道管、炭酸ガスボンベぐらいです。自噴泉の原理は「温泉と土木建築工事」を参照。
@先ず、湧出点の地下に貯水タンクを設置します。
A貯水タンクに水道水を引きます。
B貯水タンクに高圧の炭酸ガスを送り込みます。給水系とガス供給系との関係は自噴機構をどうするかによって、幾つかのパターンが考えられ、単一ではありまん。
C高圧ガスにより、水が噴出口から噴き出します。又、この時炭酸ガスの一部は水に溶けます。
Dあたかも温泉が自噴しているかのように見えるし、水には僅かでも炭酸ガスが溶けているので、水を飲んでも、舌に弱い刺激感を与えられる。温泉水をのむ場合でも、大概はコップで口に含む程度ですから、誰も疑わない。

実に簡単な手品です。偽称温泉は、最初はこのような子供だましから始まったのでしょうが、その内段々と感覚が麻痺し、ついには全面的な誤魔化しに走ったのでしょう。しかしこのようなことは、そもそも温泉に素人の旅館経営者が気がつくような性質のモノではない。先に紹介した、自称温泉コンサルタントと称する怪しげな輩の暗躍が感じられます。どういう連中でしょうか。多くは温泉掘削業者そのものや、業者崩れ、或いは地質コンサルタント崩れ、場合によっては学者崩れなどです。皆さん、崖崩れだけでなく、専門家崩れにも十分注意しましょう。



吉良温泉の問題

 愛知県「吉良温泉」で温泉泉源が枯渇したらしい。その件付き毎日新聞に署名記事が載っていた。意見があったらお寄せ下さいというので、早速意見を述べて見ました。以下に全文を公開します。



                                 「吉良温泉の問題」について
                                                  大阪府 高槻市 技術士(応用理学)横井和夫
 03年9/11付け「記者の目」に「吉良温泉」の問題が指摘されていた。筆者は吉良温泉の実態について何ら知識は無いが、気のついた点を意見として送りたいと思います。本記事の指摘事項は次の2点に要約されると思います。
1) 現行温泉法の問題
2) 吉良温泉は枯渇した?
1) 現行温泉法の問題
 この問題は我々温泉開発に関係する技術者にとっては余り気がつかなかったのですが、一般消費者の目から見るとそうなるのかという感がしました。無論この法律は非常に古い法律で、成立時点では現在のように温泉がポピュラーなものになることが予測出来なかったためで、記者が指摘する点以外にも現状にそぐわない点はまだあります。
 吉良温泉の場合、各旅館で水源がバラバラで温泉でないものまで温泉として供給していた例があるらしい。この理由の一つに水質試験が泉源のみに留まっていたことを記者はあげている。各供給施設口元での水質規制も必要ではないか、と指摘している。
 しかし、原則的にいうと泉源規制のみでよいはずなのです。何故なら、古い湯治場では泉源から各宿泊施設へ分湯することは古くから行われていました。地域で組合を作り自主的に泉源管理を行っていたのです。草津や有馬・湯村等の著名な温泉は皆そうです。それは江戸時代から地域の権利として確立されており、温泉法は単にそれを追認したに過ぎないともいえるのです。このように既得権が確立されているところでは、新規参入者は既設泉源からの供給は受けられませんから、自主開発とするか、あきらめて撤退するほかありません。つまり、泉源が地域で確実に管理されておれば、水質は泉源規制のみで構わないことになります。しかし、現実にはそうはなっていない、と言う点が問題なのでしょう。
 吉良温泉ではこれまでどのような対応をとってきたかは記事だけでは判りませんが、一般的に考えると
(1) 地元の自治体や観光組合が、観光客の増大効果のみを狙って泉源の維持に関する努力を怠っていた。
(2) 泉源湧出量に限界があるにも拘わらず、各旅館が増築・新築に走った。特にバブル期に。
といった原因が考えられます。
いずれにしても地元関係者(行政も含めて)に温泉に関する認識が不足していたために他ならず、法律以前のような感がします。
2) 吉良温泉は枯渇したか。
 記事では温泉が「枯渇した」といった刺激的な表現が用いられていますが、原理的には温泉が「枯渇」することはあり得ません。現象としては「従来の方式では温泉が湧出しなくなったか、湧出量が著しく低下した」ということに過ぎません。この理由は沢山あってどれがどうとかは一概にいえず、当該温泉の状況を詳しく調査する必要がありますが、概ね次のようなものが挙げられます。
1) 過剰揚水による地下水位、水圧、ガス圧の低下。過剰揚水の原因には井戸の能力を超えての揚水や、地域の地下水涵養能力を超えた井戸の掘削、揚水が挙げられます。ガス圧の低下は特殊な例ですが、意外にこれではないかと思われる例が多い。
2) 周辺の地下水環境の変化。例えばトンネルの掘削や大規模土地開発。温泉ではないが旧丹那トンネルを掘った後、丹那盆地の井戸が皆枯れたという事例があります。これはトンネル掘削時に盆地の水がトンネル内に流入し、地下水位が低下したためで、盆地内の水が無くなったわけではありません。アフガンの井戸枯渇現象は地球温暖化の例です。周辺の氷河が縮小したため平原に流入する水量が減少し、地下水位が低下したのであって、現在の井戸の下にはなお地下水は存在しています。
3) 地殻変動(大きな地震の前後に温泉の温度や湧出量が変化することはよくある出来事。
4) 坑井や揚湯設備の老朽化。
吉良温泉ではおそらく「1)過剰揚水による」可能性が「大」と考えられます。吉良温泉の泉源の深さがどの程度か知りませんが、おそらく数100mから1000m位でしょう。その水が無くなるのだから水位はもの凄く低下したと思われるでしょう。しかし、そんなに大きな地下水位の低下は必要ないのです。上記ぐらいの深さでは、200〜300m付近にポンプを設置するのが普通です。ポンプが十分性能を発揮するには、実はポンプに十分な水圧が加わっていることが必要です。揚水量を大きくしようとすると、ポンプによる地下水位低下量を大きくしなければならない。そのために高い地下水位が必要になるのは矛盾していますが、そうなのだから仕方がない。ポンプの性能が不十分になるだけの水位低下があればよいのです。おそらくは100〜100数10m程度。通常は一時的に揚湯量が低下しても暫く揚湯を停止すると水位は回復します。これを怠って連続揚水を継続したため、しらずしらずの間に地下水位が安全限界を超えたのでしょう。アルコール肝炎のようなものです。
 しかし、吉良温泉周辺の地下水環境がここ数年で大きく変化したとは考えられません。従って温泉揚湯量の減少は既設泉源とその周辺に限定されるローカルなものと考えられます。従って、その原因も泉源に内在的なもののはずです。吉良温泉周辺の地質構造を考えると温泉を原状に回復することは可能と考えられます。但し現在用いている坑井は一旦閉鎖し、新しい帯水層に対し新たに掘削する必要があります。新規坑井の状況によっては旧坑井を再開することも可能でしょう。以上
(追伸)
 大事なことを忘れていました。それは税金です。吉良温泉では泉源が枯渇(正確には給湯不能)状態に至っても温泉と称して営業を続けていたらしい。であれば、各旅館は入湯税を徴収していたはずです。一方記事によれば各旅館では他の温泉からタンクローリーで運んだり、水道水を湧かしたりしたと言われる。只の風呂なら構わないが、温泉と称するなら入湯税を徴収しなければならない。旅館経営者はこの事実を承知の上で営業を続けています。又、狭い吉良町のことだから行政も知らない筈はない。入湯税は国と自治体とで折半ですから自治体としては貴重な収入源です。本来はこのような不法行為は行政が取り締まらなくてはならないが、先に述べたことから行政が問題隠しに一役買った可能性は大いにあります。又、旅館経営者が観光組合役員、議員を兼ねているケースはよく見られるので、その点から行政が及び腰になった可能性も考えられます。
 なお、先に不法行為と言いましたが、現行温泉法ではこのようなケースに対する罰則規定はありません。つまり、一旦温泉として認可を受ければあとはやり放題になります。これは我が国の温泉に対する信頼度を低下させることになるので望ましいことではありません。温泉法を実態に合うに改正するか、不当表示禁止に関する法律等を駆使して規制する必要があるでしょう。


 結果として、過剰揚水になるのですが、経過としては井戸の相互干渉が強く疑われます。大阪梅田当たりでも温泉掘削が盛んですが、時間が経つと井戸が相互干渉を起こして、揚水量が低下する現象は十分予想出来ます。


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