国際学力テストで騒ぐ愚かさ

技術士 横井和夫


「五つ神童、十で天才、二十歳過ぎればただの人」という言葉がある。40年ほど前、韓国で100年に一人という神童が表れたという報道があった。それからおおよそ20年後、その神童は只のサラリーマンになっていた。今、どうしているんでしょう。

 今、似たような騒ぎが列島を覆っている。OECD主催(それだけでも怪しい。おそらくユダヤ人の陰謀だろう)の国際学力テストである。このテストは参加41カ国。国連加盟国が140カ国に登るから、一部の先進国しか対象にしていない。この中で、昨年に比べ日本の成績(正確には順位)が低下したということで政治家もマスコミも大騒ぎしている。実際には昨年一位が二位になったり、四位が六位になったりしている程度のことに過ぎない。それより、このようなことでうろたえる人間の学力の方が問題ではないだろうか。このテストは次の二つの大きな問題を含んでおり、この結果がその国の知的レベルや科学レベルを直接計る物差しではない、と考えられる。

 まず第一の問題は、対象者が10 才から15才に限られていることである。これは日本では小学校から中学校卒業後に相当する。つまり、このテストは初等教育の到達度を測定しているのである。この年齢は知的発展途上段階であり、個々の知的能力はその後の成長に伴ってどう変化するか判らない。当に「…十で天才、…」なのである。もし、この学力テストの結果が国家の知的能力を計る物差しになるというなら、学力テストを受けた世代が成人した後の、その国のGDPや特許出願件数等の経済・知的指標の変化を追跡調査して、学力テスト結果と相関が有るか否かを検証しなければならない。しかし、誰もそんなことをしない。何故なら、始めから学力テストと国力・経済発展とは無関係だということが判っているからだ。

 第2の問題は国によって教育システムが異なるという点である。新聞等で国別成績順位が公表されているので(抜粋のみで総合的な結果発表が行われていない。少なくとも筆者は見たことがない)、特徴は判ると思うが、大体次のような傾向である。

  1. 成績上位国は概ね中小国家である。特に日本を始め韓国・台湾・香港・シンガポールといった、中国系またはかつて中国文化圏に属した国家・地域が目立つ。韓国なんかスパイを使って事前に問題を入手しているのではないか、という疑いもある。あの国ならやりかねない。
  2. 日本は概ね全分野(読解力の14位というのもあるが)で上位に食い込んでいる。G8国家ではカナダ、オーストラリアが上位に顔を出すことはあるが、全分野ではない。なお、カナダ、オーストラリアのGDPはそれぞれ東京、大阪のそれに並ぶ程度である。
  3. アメリカが全分野で下位である。ヨーロッパの旧大国も上位に顔をみせていない。中国も顔を見せなかった。発展途上国ということで、参加出来なかったのかもしれない。

 つまり、国連安保理常任理事国は皆成績下位である。なお、イギリスは手続きミスで今回の学力テストに参加できなかったが、手続きをミスること自体、学力が低下している証拠。これはどういうことだろうか。一部には先進国にはハングリー精神が欠けているという見方もあるが、これは当たり前で、ハングリー状態を抜け出したから先進国になったのである。

 この原因は各国によって教育システム(特に初等教育)が異なるからである。
上に挙げた成績上位のアジア各国・地域は皆儒教圏で、基本的に学歴社会である。そういう社会では、どの学校を出たかでその後の人生が決まってしまう。だからその最初のステップである初等教育に力が入る。特に韓国・台湾では植民地時代に、日本の教育システムが浸透した影響も無視出来ない。日本はこれらアジア各国よりは社会が成熟している。社会が成熟するということは、人生の選択肢の幅が広がるということだから、相対的に初等教育への熱の入れ方も弱まる(つまり、ゆとり教育)。だから、学力テストの成績が低下しても仕方がない。

 一方、欧米特にアメリカは経歴社会である。つまり、社会に出てからの実績の方がものを云う。聞くところによると、アメリカの初等教育のスピードはものすごく遅いらしい。日本と比べても二年ぐらい遅れていると云われる。そうなら、その他のアジア先進各国・地域とは三年程度差があっても当然で、学力テストで遅れをとっても不思議ではない。しかし、問題はその後なのだ。アメリカの若者が実力を発揮するのは、高校以後、特に大学に入ってからである。日本の若者は大学に入るまでは(意味の無い)勉強をするが、大学に入ると途端に勉強しなくなる。ところがアメリカでは、大学に入るまではあまり(意味の無い)勉強をしないが、大学に入ってから(意味のある)勉強をモノスゴクする。これが最終的な知的レベルの差を作るのである。

 つまり、OECD学力テストは、その国の真の知的レベルを計るものではなく、むしろ発展途上国向けの物差しなのだ。であれば、先進国向けの知的測定基準を導入すべきと考えられる。その場合、日本はおそらく最下位だろう。それでもGDP世界第二位という地位は揺るぎそうにない。実はそれが一番不思議なのですがね(この答えは長くなるので省略(1))。

 さて、今回の結果を見て、政治家やマスコミが騒いだ理由として次の二つが考えられます。

  1. 中小国家、特にかつて植民地として支配してきた韓国や台湾にも追い越されたという屈辱感。
  2. このままでは、日本は二流国家になるのではないかという強迫観念。
  3. 日本人の頭は悪くなったのかという不安

1、を感じるのは、今や60代後半から70代以上の老人達や、彼らに影響された若手保守派に限られると思われる。但し、そういうのは只のオロカモノだから気にする必要はない。

2、は全く懸念の必要はない。今回、成績上位を取った国・地域は、日本を除けば皆中小国家である。そして今後も中小国家であり続けるだろう。何故なら、彼らは中小国家であることが存在価値なのだ。中小国家であるが故に、大国の安心感を得て、大国からの投資を受け入れられる。それが経済発展の原動力になるのである。

3、も当面は余り心配する必要はない。参加各国の宿題に当てる時間を調べると、日本は最低の1時間だった。つまり、一番勉強していないのである。それでいて、概ね成績上位に食い込めるということは、日本人の頭は未だ悪くはなっていないということである。だからといって安心していると、本当に悪くなるかもしれないから、そうならないための対策は必要。

 つまり、学力テスト成績が下がったからといって、大騒ぎする理由は何処にもない。まして、このような些末な現象で、教育システムをあれこれいじることの方が問題なのである。かといって筆者が現行の「ゆとり教育」を支持しているわけではない。あんな中途半端なものは百害あって一利なし。この点は「ゆとり」の始めから筆者が主張しているところで、それは大阪市大の中川先生はよくご存じと思う。今回の騒ぎで、文部大臣が「ゆとり教育」見直しを言い出した(就任当初、某民放女子アナが名前の成をナリスギと読んで話題になったが、ひょっとするとこの大臣、それが頭にあったのかもしれない)が、「ゆとり教育」の問題をこういうレベルでしか見られないことの方が問題なのだ。それと、「ゆとり」批判が出ると、早速「ゆとり」派から、「それなら詰め込みが良いのか」という開き直りとも云える反論が出てくる。一体、日本の教育界はどうなっているのだ。世の中には「ゆとり教育」と「詰め込み教育」の2種類しかないと思っているらしい。実社会で、我々が扱っている問題は、遙かに複雑なものである。今後、我々の生活圏で発生するであろう現象は、更に複雑になると考えられる(環境、資源・エネルギー問題)。当然、中には未経験の問題もある。それに対応出来る人材を育てるのが、今一番必要とされる教育システム(2)なのだ。
 
                                                  以上(04/12/17)

(1)(2)これらについては何れ稿を改めて論述したい。


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