小池百合子の場合

横井技術士事務所
技術士(応用理学) 横井和夫


 これまでのマスコミ各社の予測では幾分差はあるにしても、自民300議席確保、「希望」「維新」失速、「立憲民主」躍進、更に「希望」小池への支持率減少継続という結果になっている。何故こうなったかというと、やっぱり前原・小池の政治勘というか政局勘の不足としか言いようがない。
 最大のチョンボは民進議員の「希望」加入に対し、「希望」側が出した誓約書なるものが、外部特にテレビマスコミに流出したことである。これを各マスコミが踏み絵と報道したので、「希望」どころか小池のイメージまで悪くしてしてしまった。
 誰がこんなもの作ったのか?若狭か細野か、それとも小池自身か?只間違いないのは、最初の太字で書かれた骨子の部分(憲法改正や安保法制への賛同等)は若狭他の幹部で書かれたのだろうが、それに続く細字の部分・・・これが一番肝心で公認に当たっての資金提供とか生臭い文章・・・は、後から様々なグループからの要求で追加されたのは顕かである。
 これがテレビで全国に出回るということを、小池らは予想出来なかったのだろうか?元テレビキャスターにしては不用心すぎる。前原の不用心ぶりはこれに劣らない。小池のような海千山千のメギツネに対し、70年代の青春映画みたいに、全てをさらけ出して抱き着こうとするのだから、あきれ果てて解説する気にもなれない。
 結局は前原の思い込みと小池の勘違いが全ての混乱の切っ掛けである。両方とも最早60代半ば、世間的には十分経験も積み、分別もある年なのだが、何故こんな浅はかなことをするのか、常人には理解できない。理解できないことをするから政治家とも云えるが、そんなことばっかりやっておれば、いずれ世間から見放される。前原なんてあんな浅はかな人間を雇う会社はない。当たり前だろう。何処の誰か出来たばっかりの会社に、会社の全資本を投入しようという契約を誰にも相談せずにやってしまったのだ。ビジネスの世界では商法違反、特別背任で刑事告訴の対象になる。山一証券や長銀、拓銀などは、みんなこれで潰れたのだ。
 なお選挙後に分裂した民進再結集という説がある。筆者はあっても当然で、「希望」の要求が当初思っていたことと違っておれば、契約を破棄する権利はある。前原はこの動きを「選挙民を愚弄するものだ」と批判するが、これまでの経緯をみれば、最も有権者を愚弄してきたのは前原自身と思うのが普通。前原が希望再結集に反対するのは、小池に対する負い目だけだろう。
(17/10/17)

 林真理子という作家がいて、昨年の都知事選の時は小池を支持したが、今はちょっと迷っているらしい。この女ホントにアホだな。そもそも作家という職業は人間の本質に踏み込んで、それを文章で表現するのが仕事。つまり人間の本性を見抜けなくては作家とは言えない。林は小池というメギツネの本性を見抜けなかったのである。
 小池は解散後に、中山成彬に「選挙はテレビがやってくれますから」と語ったらしい。まさに元テレ東ニュースキャスターらしい認識だ。つまりこれ、テレビワイドショーの主視聴者である主婦層を意識したものだろう。しかしこれは最早古臭い。今選挙を操るのはネットだ。
 政党支持率分布をみると、昔から変わらないのが無党派層が最大支持率を採る現実である。大体40%を堅持している。さて主婦層の支持率も影響大だ。都知事選では確かに小池に載った可能性はある。理由は冒頭にあげた林真理子のようなボンクラが多いからである。しかし国政選挙は違う。地域性が露骨に出てくる。
 地方の主婦は多くは保守的だから、おそらく自民党に行くだろう。「希望」が地域に根強い組織を持っておれば別だが、そもそもが都市型政党だから地方主婦の票をかさらうのは難しい。無党派主婦の投票行動を読むのは難しい
 一方はネットだ。先日も触れたがツウイッターフォロウ数の差である。立憲民主と「希望」との差は一昨日の段階で数倍どころかオーダーで異なっている。ある保守系評論家「これは判官びいきだよ」とうそぶいていたが、只の判官びいきではこんな差にはならない。通常は強い「希望」がフォロワー数をとり、立憲民主がその数分の一でも取れれば、判官びいきと云えるが、現実は全くの逆だ。このフォロワーの大部分が無党派層なのだ。だから小池も焦って、連合に支援を要請したのである。しかしこれ当に、本人が否定する「しがらみ」利用である。
 さてこのフォロワーがどういう投票行動に出るのか、無党派主婦と同様に分からないのである。つまり立憲民主が今回総選挙の台風の目になる可能性は大きい。前原も後でしまった、なんてことにならないように。
(17/10/07)

 本日小池百合子が連合に対し支援を要請した。意味はわかりますかあ?理由は二つです。
1、「希望」というのは要するに小池でっち上げ政党だ。やってみたはいいが、金も人員が足りない。それをなんとかしてくれということだ。
2、では誰が何とかしてくれるのかというと、労組というバックを持っている民進党派に頼らざるを得なくなった。
 そこで誰かを介して連合との会談になったのだろう。恥ずかしいったらありゃしない、というのが大方の受け留め。その背景にあるのが、ツイッターのフォロワー数。立憲民主の10数万フォロワーに対し「希望」は僅数千。世間からは問題にされていないのである。今はネット選挙の時代。ツイッターが選挙に影響を及ぼすのは、昨年のアメリカ大統領選挙で立証済み。
(1/10/06)

 昔「羊達の沈黙」という映画があった。意味は羊が大勢の群れを作っていても、そこに一頭の狼が侵入すれば、羊の群れは狼の言いなりになり、結局は餌になってしまうということである。アフリカのサバンナでも、インパラの群れが僅一頭か二頭のライオンに追い掛け回されて、逃げ惑う状況がテレビでよく放映される。
 今の民進党の状況を見ていると、小池と云う狼に引きずり回される羊の群れにしか見えない。何故そうなるかと云うと羊やインパラは草食獣であって、戦って餌を得るという習慣がない。何時も草を食べるために周りのことがみえていない。そもそも群れにリーダーと云うものがいないから、何かことが起こっても指図するものがいない。などが考えられるが、今の民進党が当にこれなのである。
 前原の対「希望」姿勢は、始めから戦いをあきらめ、新しい君主に額づく敗北者にしか見えない。現代政治を動かすものは数と金だ。「希望」にあるのは小池百合子というメギツネのカリスマだけである。つまり数と金両方に於いて、民進は「希望」に対し圧倒的優位に立てる。これを利用すれば民進が「希望」を吸収して全体を牛耳れるのである。ワタクシは当初てっきりそういう作戦だと思っていた。それにもかかわらず前原は小池のカリスマに怯えて、自ら狼の前の羊を演じてしまった。
 この背景に、筆者は小沢一郎の影を見ずにはおられない。小池も前原も政治家としての出発点は日本新党。これはのちに解党して新生党に合併。新生党の名目上党首は羽田孜だったが、実質上小沢一郎が党首。羊の中の狼だ。このとき以来、小沢の目的は打倒自民一遍道で、具体的な政策は何もなし。政策など政権を取ればなんとかなる、という考えだったのだろう。
(17/10/06)

 本日午前中の前原/小池会談の内容。少なくとも小池・・・嘘か本当か分からないが・・・は立候補しないと云っている。問題は選挙後の首班指名。小池もアベは許さないと云ってるから「希望」がアベに投票することはない。ここで筆者が予想するウルトラCだが、前原指名に動くのではないか?誰がこんなことを考え付くのか?やっぱり。
(17/10/05)

 段々分かってきたメギツネの正体。本質は金を集めてトンズラする算段。本日明らかになったのが民進党からの「希望」への入党希望者に対しする政策協定書(あるいは誓約書)の内容。これについては既にマスコミで取り上げられ、批判されている。
 ずばり云えば、まずは公認に当たっての上納金、その次は後は余計なことは云うな、ということだ。これは入社に当たって、新入社員から保証金をとるといことである。ある弁護士によれば、これは普通の企業ではありえない反社会組織かブラック企業特有のやり方である、そうだ。小池の目的が金集めであることはあきらかである。
 若狭は元検事で契約の適法性については熟知しているはずだが、何故こんな違法誓約書を作ったのか?あちこちから色々注文が出てきて、それを整理できずに項目を羅列しただけなのである。実は公共事業で、委員会が出来ると、よくこういう現象が起きる。各委員が全体のことを考えずに、自分の立場を主張するのである。理由は自分の背景にある業界や学会への忖度である。
 ということは「希望」はいまだ組織も理念もなんにもなく、只空気に載っているだけなのである。しかしかつての大阪維新もそうだった。維新と希望の違いは、維新はしばらくは関西特化の地方政党だったが、「希望」はいきなり国政進出だ。それだけでなく維新には、筆者の目では取るに足らない落書きに過ぎない「維新八策」なるものがあったが、「希望」にはそれすらもないのである。
 実体のない耳障りの良い言葉をばら撒いて、金を集めるのは、当に詐欺師、女狐の妖術である。では妖術に載って「希望」に集まった民進離脱者の運命はどうなるか?当たり前だが、旧民進から支給された公認料は全て小池に召し上げられる。それで足らない部分は自己負担。つまり借金での埋め合わせだ。落選すればそれっきりで、残るのは借金だけ。当選したところで無事では済まない。あのメギツネのことだ、自分に忠誠を誓うかどうかで選別する。この結果、旧民進党銀は殆どが追放され、一文無しで放り出される。メギツネだけがヤッタヤッタと高笑い。その程度のことが、何故わからいのか?現代の不思議
(17/10/03)

 昔から”希望”を売り歩くのは、大衆芸人かインチキ宗教家かペテン師と相場は決まっている。不動産屋もその類だ。そしてそのインチキ・ペテンに引っ掛かる人間が絶えないのも事実である。前原は完全にこのペテンに嵌まったのだが、本人は未だそれに気づいていないようだ。これも詐欺事件に多いのだが、詐欺に引っ掛かった人間は、しばらくはそれに気が付かないらしい。
 前原が小池のペテンに気が付いていない証拠は、この期に及んでも、未だ「希望」に全員公認を交渉するなど、無駄な希望にしがみついていることからも判る。この人物、性格的に目の前に美味そうな人参が転がっていると、毒があるかどうかも見極めず飛びつく傾向があるのではないか?かつての偽メール事件でも、これが本物かどうか確かめもせず、本会議に持ち出して大恥をかいた。
 今回もそうだが、党を解散するかどうかという重大事に、交渉記録も何もなく口約束だけで決めたのだ。籠池だって役人と交渉するときには、ICレコーダー4で記録し、それをマスコミに預けるぐらいの用心はしている。昔から京都は交渉事のような難しいことは、身分の低い使用人に任せ、後に記録を残さず、アウンの呼吸で決めるという伝統・文化があった。この基にあるのは京都公家社会に代表される階級意識と、農業共同体特有の信用文化である。
 ところが相手はカイロ大卒でアラブ遊牧民の交渉術を学んできている。そんなのに京都のお公家さん流が通用するはずがない。ユーラシア騎馬遊牧民族文化の基底にあるのは、不信文化である。この差だね。
 これまで小池百合子を支えてきたのは、裏切りと権力指向それと二枚舌である。これぐらい前原だって国会議員が長いのだから分かりそうなものだが、その世界に入ってしまうと、返って見え難くなるのか。しかし 小池のやり方が今後次々と明らかになるだろう。その結果一般市民もメギツネとその下に這いつくばる、若狭というイタチの存在に気づくはずである。ただしその邪魔をするのがテレビと広告代理店。投票者はキツネとイタチの存在に気付くべきである。
(17/10/02)

 随分前に「タレントクラシーの時代」という小論を本サイトに載せている。これは今から25年程前に考えたものだ。要旨は日本史を見ると、支配階級の変化は偶然ではなく、一定の法則に基づいているというものである。それは権力は、前時代の上位階級から、前時代では身分が低く表に出られないが民衆の支持を得ている下位階級へ移行するというものである。そしてその分岐点に必ず腐敗が発生する。
 150年前の明治維新で権力を握ったのは、前時代の封建武士から農町民を中心とする実務者階級だった。25年前まではそうだったが、その前にリクルートとか佐川急便事件が摘発され、いよいよこれも終わりとなった。さて次の支配階級は何かと考えたところ、結論はタレント・スポーツ選手である。そして今、当に筆者の予想が的中しているのだ。
 今、与党を見ても野党を見ても、男も女もテレビ映りの良いイケメン・別嬪ぞろい。その傾向は12年前のコイズミ郵政選挙から始まる。そしてこれが、現在の議会制民主主義の危機に繋がっている。議員がタレント化し、タレントが政治を支配しようとしている。
 議員がタレント化するのが、必ずしも政治の劣化にがるとは言えないが、タレントの質が劣化しているから、議員の質も劣化する。ではタレント質の劣化の原因は何かというと、云うまでもなくテレビ特に視聴率依存症候群、それと広告代理店の存在である。あ
 昨年の都知事選、今年の都議選、更に今の解散総選挙に絡む民進党吸収・排除騒ぎを見ても、世間は小池百合子のタレント性のみを取り上げる。しかしじっくり見て見よう。都知事選のコスチューム、その後のパフォーマンスを見ても、あれはシロートが出来る技ではない。バックにプロ、多分広告代理店が振り付けをやっている。それをみんな本人の才能と勘違いしているのだ。まさに女狐に、みんなたぶらかされているのである。
 妖術と云うのは、一旦かかるとなかなか解けない。小池新党に参加した人間(民進だけではない)は、いずれ生き血を吸われて投げ出されるだろう。しかし必ず悪は滅びるのである。
 なお、広告代理店費用は何処からでているのか?自腹あるいは支援団体からの献金なら問題はないが、政活費となると微妙。この辺りから政権交替の切っ掛け腐敗が始まるのである。
(17/10/01)

 「寛容ある保守」と云いながら民進離脱者の内リベラル派は排除と小池百合子。これ本人の本音かどうか分からない。そもそも事前に前原とどんな話をしたのか、それがさっぱり出てこない。前原も前原で、小池に居直られてオタオタだ。所詮学級秀才の限度。
 間に小沢一郎がいるのは明らかなので、小池も当初jはこんな強硬ではなかったはずだ。おそらく背後の反左派勢力を説得できなかったのだろう。反左派勢力とは、一つは「日本のこころ」。しかしこれは国会議員たった二人、それも夫婦だ。こんなの選挙力もなければカネもない、どうでも良い。もう一つが先に離脱した細野他民進保守派。彼らにとって民進主流派特にリベラル派が参入してくれば、逆に彼らにのみ込まれてしまう。断固反対で、小池にねじ込んだ、というのが真相だろう。
 しかしかつての民進主流派が抜ければ、選挙戦略が全て狂ってしまう。良いか悪いかは別にして、選挙と云うのは最後は数の勝負。しかもこんな短期決戦なら、とにかく数合わせも手段だ。自民党ならそうする。それが出来ずに、今だに理念主義に捉われているのが、民進の病根だろう。
 どうでも良いが、民進主流派を排除して「希望」は選挙を戦えるのでしょうか?若狭など全くダメだし、細野だって選挙に強いとは言えない。とりあえず小池イメージで売っていくしかない。ということはチルドレンの再生産になる。有権者はいい加減チルドレンに飽きているのだよ。飽きていないのがテレビメデイアと広告代理店だ。例の違法残業問題で電通は経営ピンチ。まさか電通救済選挙ではないでしょうね。なお、投票まで未だ一か月近くある。まだまだ何が起こるか分からないのである。
 では民進党内での保守派(右派)vsリベラル派((左派)の対立が何処から始まったのか?古くは旧社会党の右派vs左派の対立に遡れるかもしれない。これまた1930年代の第3インターの分裂か、と云うとそこまで深くはない。
 元々戦後日本の労働運動には、社会党系の総評と、民社党系の同盟があった。前者は官公労とか国労など国内産業中心で労使対決型。後者は自動車・紡績など輸出型民間単産主体で労使協調型。両者が揃って目の敵にしたのが共産党である。
 1970年代後半に始まった円高で輸出型産業は一斉にリストラをはじめる。この結果後者は組織が維持できなくなり、保守化が進む。一方前者の中心だった官公労も主要企業の民営化で組織が弱体化した。弱いもの同士が結合したのが連合である。
 一方これで旧社会党も分裂。アンチ保守派は社民党を結成。残った部分が民主党を作ったが、左派系労働組合が亡くなった。それを埋めたのがヨーロッパの緑の党に倣った市民運動組織。これが旧民主党左派(リベラル派)である。基本的には、民進離脱保守派というのは、政治的には旧民社党、組織的には旧同盟系で、選挙はこれを頼りにしなくてはならない。ところが現実には同盟系組合員の大部分が無党派なのである。
 一方彼らが目の敵にする左派は市民運動系、あるいは古い新左翼系。実態などあってないようなものだ。ということは何かあると急に結集する可能性がある。例えば68年新宿騒乱とか、大阪ベトナム戦反対デモなど、統一された指揮系統などなく、どこかから集合拡大したのである。これは実は「粘菌効果」と云われるもので、どう動くか事前に予測できない。実を云うと、京セラの稲森が言い出した「アメーバ経営」と云うのがこれだ。今の世間は挙げてAIだが、その対極に位置するのが粘菌なのだ。AIはコントロール出来るかもしれないが、粘菌はコントロール出来ない。さて誰が粘菌を手に入れらるかどうか。なお、粘菌とビットコインとは全く違います。
(17/09/30)

 今朝ラジオを聴いていると、いきなり小池百合子の新党結成演説。ずばりハッタリとデマゴギーと誤魔化しの塊。こんなのに気が付かないマスコミがいるとしたら、びっくり仰天。
 いきなり日本をリセットするという。つまり俺もリセットされるのか?という疑問。続けて日本の現在の病根を過去のしがらみや既得権益だ、と云う。現在日本の最大のしがらみは、年金・社会保障である。しがらみを断ち切るということは、年金・社会保障を断ち切ることに他ならない。
 筆者も年金受給者であるが、筆者的にはこの年金の根拠は、かつて高度成長期に設計基準もなにもない未開の原野のようなところで、高速道路や高層建築、ダムを作る基準作りを支えたことである。
 次に日本の現況を憂えて、日本の最高学府である東大でさえ、世界ランク46位でシンガポールにも劣ると嘆いて見せたが、この大学世界ランキングこそインチキの塊だと云うことがわかっていない。このランキングは、その大学の研究能力や学生の学力なんかではなく、留学生が多いいかどうかとか、学生一人当たりのキャンパス面積とか、英語が話せるかとか、おおよそ学問にとってどうでも良いことでランクをきめているのである。こんなアホ基準で振り回される政治家こそ、世界アホランキングトップだろう。
 そして結末がお粗末だ。終盤に差し掛かって、いきなり「寛容な保守政権を目指す」と云ったかと思うと、最後は「日本のこころと伝統を守る」で締めくくる。まず誰でも分かると思うが、前半は都議選で都民フに投票した支持者へのアピール。更には細野ら民進離脱派・・・党内リベラル派・・・へのサービス。そして最終は党内最右翼の「日本のこころ」へのサービスである。
 あちこちへ目配り気配りするのは政治家として当然だが、それがしがらみや既得権益を産んできたのである。それに対する否定(リセット)が、昨年の都知事選であり、今年の都議選だったはずだ。その回答がこれでは,、これまで云ってきたのはなんだ?ということになり、小池支持者にとっては裏切られたようなものだ。
 なお、小池はこのような矛盾した概念を統一するのがアウフヘーベン(Aufhewen)と云う。小池はアラビア語が出来るかもしれないが、ドイツ語の教養はないようだ。先日某テレビ番組で、この言葉を「矛盾した概念を統一することだ」と解説していたが、これは間違いである。おそらく小池は誰か(多分若狭辺り)から、こんな言葉を教わって、早速使ってみたのだろう。浅はかな女に多いパターンである。
 ヘーゲルは認識論で、認識の段階を「感性的認識」「理性的認識」「理論的認識」の三段階に分け、認識が深まるにつれて、より高位の段階に行くとした。この過程がアウフヘーベン(Aufhewen)である。ドイツ語でAufとは上位、hewenとは達するという意味である。つまりこの言葉の意味は、矛盾を乗り越え、より高位の認識的段階に到達することである。ところが小池は単に下位概念での統合にこの言葉を使っている。これはAufhewenではなく、只の野合に過ぎない。つまり間違った使い方をしているのである。
 なお、小池新党は国政政党である。この場合国会対応が重要である。大阪維新の例でも明らかだが、国会議員と地方選出議員との対立は避けられない。これが分裂の引き金になる。
 それと今のところ、小池新党の国会議員は全部で14人である。この内8人が民進党離脱者が占める。彼らが全員当選すれば、「希望」の主導権を民進離脱派で握れる。彼らが前原と連携すれば、民進が希望を乗っ取れるのである。
 これまでの民進離脱はこのことを読んだ前原の深謀遠慮とすれば、前原も相当の策士と云える。薩摩示現流ではないが、「肉を切らして骨を断つ」という戦略か?今日になって、前原が希望との連携模索を表明。ということは、これまでの民進離脱者は、実は前原が放った希望乗っ取りのための「陰の軍団」か?

(17/09/27)

 小池新党発足ですが、この党政党としてやっていけるのか?解散が近づいて周辺各党からの参加が引き続いて、数だけ増えていますが、そのどれも政治理念とかそういう高次元の話ではなく、生き残りのために小池を利用しようという、姑息な発想。
 そして今見える小池新党と云うのはどういうものかと云うと、左は民進離脱の細野とか柿沢、右には「日本のこころ」を解党して合流した中山恭子。これは自民党内でも最右翼。そして中間には全く政治経験のない公募都議。トップは当初若狭・細野のツープラトンシステムを考えたようだが、昨日いきなり小池がトップ就任を表明。つまりこの二人の意見が合わず・・・ということは選挙戦略も作れず・・・揉めだしたことに小池がいら立って”リセット”ということになったのだろう。これでメンツを潰されたのがこの二人。細野にしてみれば、かつて国務大臣もやったことがあり、中国に渡って人質解放を実現させたプライドもある。それに比べ若狭と云うのはオウム事件で少し名を上げただけの検事上り。一緒にしてくれるな、というわけだ。
 党も出来ていないのにこの騒ぎ。いずれバラバラになるのは目に見えている。それが早いか遅いかだけだ。本日昼の某テレビ番組で、東京都民である国際弁護士が、早くも小池新党に疑問発言をしている。この弁護士の発言・影響力は大きい。民進も接触した方がよい。
(17/09/26)

 

 小池新党の名前が「希望」になったらしい。若狭にしろ細野にしろ、この世代(50代ポストバブル)の非現実的メルヘン指向に嫌になってしまう。「希望」と云うものは幻のようなもので、遠くからはあるように見えるが近づくと消えてしまう。故岸洋子さんの「希望」という唄にもちゃんと謳われている。「希望と云う名のあなたを求めて」、汽車に乗ったのはいいが、それは「初めての恋」でむなしいもの。私が「大人になった時、黙って立ち去ったあなたー」なのだ。それを求めて「又汽車に」乗らなければならない。希望とは残酷なもので、そんなことは少しでも人生をやったことのある人間なら誰でも分かる。
 政治はもっと残酷なものだ。こんないい加減なメルヘンチックな名前を付けること自身、事実上党首の小池の感覚、それに従う若狭以下の知的レベルが推し量れる。所詮何かあればすぐに分裂し、希望を捨てて現実に逃れるだろう。つまりガラクタの再生産だ。
(17/09/23)

東京都で都民ファーストを中心に、家庭内喫煙を禁止する条例案が出来つつあるらしい。建前は東京オリンピック対策らしいが、これが出来るとその内、家庭内暴力防止や都民の健康管理を理由に都営住宅を中心にマイクが設置され、その内新築マンションや家屋には盗聴マイクの設置が義務付けられるようになるだろう。全ての日常会話は都庁のどこかに集められ、AIを用いて都民の監視と分別が行なわれる。これは冗談ではなく、ファシズムとは、このようにしてじわじわと迫ってくるのだ。
(17/09/20)

 09/01は関東大震災の日。この騒ぎの最中に発生した朝鮮人虐殺事件。その犠牲者に都知事が哀悼の意を表するのは、これまでの慣例だったらしい。ところが今回小池はこの儀式を省略した。色々言い訳しているが、実態はその前都議会で出た、某議員の質問にあった。質問要旨は、この事件の責任は日本人だけにあるのか、ということだ。この都議、自民の古賀という人物。
 95年前に起こったこの事件、警察調書を含む様々な資料から、あったことは間違いない。ではこの議員は、何故今更日本人無責任説を持ち出したのか?この事件が発生したのは東京全域ではない。概ね台東・江東・江戸川区など下町中心に起こっている。つまりその当時、下町に住んでいた人達の多くは、みんな同じ脛に傷持つ身なのだ。北野タケシの爺さんだって分からない。つまり上で挙げた都議会議員の爺さんも、この事件に関係していた可能性がある。現在殺人罪には時効免罪はない。ということは、今の多くの下町住人の爺さんたちが、殺人罪に問われることになる。
 もう一つ、被害者家族が、この事件に関し集団訴訟を起こす可能性がある点が挙げられる。訴訟相手は東京都になるでしょう。東京都と云っても、山の手や三多摩地区は、全くこの事件には関係していない。やったのは下町じゃないか、ということで東京都民自体が分裂する可能性もある。
 なお、殺されたのは朝鮮人だけではない。吉原や玉ノ井の様な三業地では、遊郭経営者が娼婦の逃亡を恐れて部屋に鍵をかけて閉じ込め、そのせいで大勢の娼婦が焼死した。数年前ブラジルのあるスーパーで火災が発生した時、スーパー経営者は客が商品を持ち逃げするのを防ぐため、ドアに鍵を掛けたので、大勢が焼死した。これと変わらない。一方、東京付中刑務所では、施設倒壊の危険があるため、囚人を一旦解放している。当時の東京下町住民の感覚は、今のブラジル人と変わらなかったのである。
 さて小池はこの質問に対し回答をあいまいにし、日本人(東京下町住人=都民ファースト支持者)の責任を胡麻化してしまった。結果が追悼文省略ということだ。これは最近アメリカシャーロッツタウンで起こった、白人至上主義者vs反差別主義者との衝突を、両者に責任があるとして、大統領としての責任を曖昧にしたトランプと同じ誤魔化し体質を感じる。
 そもそも東京下町は江戸時代初期、江戸の町のぞ製で諸国から集まった職人・商人・売春婦ら、つまり世間のガラクタの寄せ集めなのである。その延長戦上にあるんが都民ファースト。ガラクタは所詮ガラクタにしか過ぎない。
 国民選挙で選ばれるアメリカ大統領は、経済・外交・内政だけでなく、道徳にも責任を持たなくてはならない。それと同じで、住民の直接選挙で洗ばれた東京都知事は、東京都民の道徳にも責任を持たなくてはならないのである。これは他の道府県にも適用される。
(17/09/03)

 ワタクシが前から言っているように、小池百合子というのは、芸能人にして女ギツネである。どっちも人をだますのが習性である。このだましに気が付かない、アホ人間が実に多い。最近では民進の細野がその例だろう。都議選の惨敗にショックを受けて、今や日の出の勢いの小池に乗っかろうという算段。こういう手合いは都議選前後に随分いた。みんな女ギツネの妖術に嵌まっているのである。
 女ギツネが女ギツネである所以は、昨年都知事選の目玉だった豊洲市場問題決着を、何度も先送りした挙句、「築地は守る、豊洲は活かす」などと訳の分からないことを言って、結局は有耶無耶。どんな世界でも、二強並立はあり得ない。いずれ対立が始まり、どちらかが他方を食い尽くす。
 それだけではない。この決定を下した会議の議事録が残っておらず、それを追求されると、小池は「政治判断ですから」とすっとぼける。そもそも都知事選の問題は、これまでの都議会や都知事の情報公開が有耶無耶だったから始まったのではないか?それを煽った張本人が、肝心なところで「政治判断です」と逃げることこそ、ウソの始まりだ。これが女ギツネのだましなのである。
 豊洲問題は政治問題から始まったのではない。もとの豊洲移転計画が政治決定で行われたから、その間をクリーンにせよ、ということからはじまったのである。そして決定クリーン化を担いで当選したのが、小池だ。それが肝心な時に「政治的判断です」というのでは、小池に投票したン百万の都民は、詐欺に懸ったようなものだ。
 ところがこれに対し明確な批判が一向に見えてこない。メデイアも小池人気を気にしてごますり報道の連続だ。これでは東京都というのはガラはでかいが知能が足りない、地方都市いや痴呆都市だ。
 なお今を時めく都民ファーストも、中身は大阪維新と同じガラクタの集まり。。その内ぼろが出てくる。一番多そうなのが、男女不倫関係、それから学歴詐称とか政治活動費がらみ。レベルの低い話だ。トップのレベルが低いから、子分のレベルも低くなる。それは選挙民のレベルも表している。
(17/08/07)

 都議選前、自民二階は「落とせるもんなら落としてみろ」と、マスコミに対して毒づいた。そして見事に落とされた。元々この選挙、自民vsマスコミの対決的要素が強かった。そして勝負あったのである。
 自民都議選大敗北の原因は既にマスコミで色々取沙汰されているので、ここでは取り上げない。但し落ちた自民党候補にとってみれば、何故自分がおちたのか?普段から地域の面倒見は良かったつもりだ、落ちるはずがない、と思っていたのが落ちてしまった。
 誰の所為だ!只の小池旋風を台風に変えたのは誰だ!当たり前だが永田町、党本部とアベ晋三並びに官邸に巣くう蛆虫ども。彼らに、首を絞められたのだ。但し自ら飛び込んだアホもいる。例えば千代田区から立候補し落選した27才中村彩候補。本人は「将来総理大臣になるー」と叫んでいたらしい。これは落選後、党本部も応援してくれたがわきが甘かったと反省。わきが甘いのじゃなく、本人の頭が悪いのである。選挙でこんなに逆風が吹いていたことは、立候補してから始めて分かったといっているが、そんなこと立候補する前から分かっていたはずだ。やっぱり頭が悪いのである。こんなアホに総理大臣になられた日には、国民はたまったもんじゃない。
 小池旋風など、豊洲・築地問題だけで、これは都議選前に決着がついており、争点にはならない。ならないように小池も動いていた。ところが今春から始まった森友・加計学園問題、その後の閣僚失言問題などは、都議選の争点ではない。ところがこれがマスコミ放射熱で強大台風になってしまった。てなわけで末端(=国津神)の恨みは、強大なエネルギーとなって中央を襲った。籠池国津神の祟りだ。しかし党中央は保身と責任逃れに必死。かくて更にエネルギーは高まる。フランス革命と同じパターンだ。
 今回の選挙結果で、一番困っているのは都庁の役人だろう。これまでなら、何か案件があっても自民党のボスに持ち込めば、この件は誰それの処へ行けとか、なんとかけりをつけてくれた。しかし最大会派の都民ファーストはみんなシロートだ。その中の組織割りもできていない。そもそもやるかどうかも分からない。
 さてこれから始まるのが東京都政の混乱。よその街のことなどどうでもよいのだが、これは間違いなく言える。それが何時まで続くか分からない。下手すれば100年経っても同じことをやっているかもしれない。
 地方自治体がやらなくてはならないことは、社会保障・医療、教育、公共事業である。これらの分野は法律規則も複雑で、みんなプロの領分である。都民ファーストでこれを理解している議員が何人いるか、甚だ疑問である。もっと単純な話をすれば、今夏東京首都圏で懸念されるのは水不足である。果たして都民ファースト新人議員で、自分の家の水道水が何処からきているか、分かっている人が何人いるでしょうか?今後東京都政でどういうことが起きるか分からないが、混乱した時、その責任は都民一人一人にあることを忘れてはならない。
 もう一人困っているのがいる。それは「大阪維新の会」の松井だ。あのバッタ事業に過ぎない大阪IRと大阪万博を実現するために、大阪維新は自民にすりよってきた。その受け皿はアベ政権で、前提はアベ長期政権との影響の持続である。しかし今回の都知事選結果でその前提が怪しくなってきた。もしアベが夏にでも政権を投げ出し、解散に打って出れば、これまでのの目論見が全てパーだ。
 仮にアベが退陣し、岸田などの財政再建派が政権を採れば、大阪万博やIRは厳しい状態にたたされる。
(17/07/03)

 自民の若狭」が、加計学園問題で官邸のやり方に納得できないと言って「進退伺」をだした。何を出そうと当人のかってだが、何故「進退伺」などという中途半端なやり方を採るのか。これは片足を陸地に、もう片一方を舟に載せて、どっちに転んでも自分だけは助かろうという、いかにも木っ端役人的処世術である。これを一般には二股膏薬という。これで皆さんも、若狭という人間の本質がわかったでしょう。
 何故若狭がこんな中途半端パフォーマンスをやったかと云うと、会代表の小池百合子自身が二股膏薬人間だからである。、見てくれはアンチ自民のポーズをとりながら、実態はいまだに自民党員という中途半端さだからである。
 代表が中途半端なら、その下の組織も中途半端にならざるを得ない。つまり「都民ファーストの会」なる政治団体も二股膏薬団体なのだ。その結果が出てくるのが6月都議選か?それでも、こんな中途半端知事を、未だに7割り近い都民が支持するというのは、都民全体が中途半端症候群に陥ってしまって、二股膏薬状態に満足しているからである。
(17/05/29)

 小池百合子。この人物、今マスコミ的には人気の的だろうが筆者の見方では,、ものを決められない政治家の典型。一見強そうに振舞うが、中身は弱く常に誰かに支えてもらえなければならない。そのかわり世間の目を読むのは巧みタイプ。実はこれ、アベ晋三やトランプなど、大戦後世代に共通する性格だ。
 まず豊洲の問題だが、最初は昨年10月の調査報告を聞いて決断すると言っていたのに、委員会がこれでも安全だと云うと、途端に前言を翻し、「安全」と「安心」とは違うなどと、訳の分からないことを言って、又結論先延ばし。おそらく7月都議選後と思うが、もしこの結果自民が優位に立てばどうするのか?またまた結論引き伸ばし作戦だ。
 次に東京オリンピック費用だが、とりあえず仮設費用は東京都負担で決まったが、こんなもの全体の数%のはした金。その他ン千億の負担は全く手についていない。それどころか、この金に群がる亡者どもがうじゃうじゃいるのである。しかもそれは文部科学省や東京都官僚OB天下り会社の利権になっているのはあきらか。その中で一番美味しい汁を吸うのが、例のブラック企業代表の電通だ。
 こういう場合、都知事・・・・自分が知らない内に・・・とその周辺が利権の中心になってしまうのは、過去からなんども繰り返された事実。今の東京都民はこのようなゲス女狐の妖術に、たぶらかされているのである。
(17/05/12) 

 国内では相変わらず、森友問題と小池新党の話題。メデイア・・・特にテレビメデイア・・・では、今や小池は飛ぶ鳥落とす勢いらしい。これを見れば東京都民は相も変わらず、幼稚園児レベルに留まっているなあ、と感じるのである。
 何故幼稚園児と呼ばれるのか?常に玩具を取り換えたがるからである。例えば、これまでの知事に飽きたと思えば、中身は自分で確かめず、ママや保母さん(所謂評論家やマスコミ)の奨める玩具に取り換える。要するに東京都民にとって、知事など玩具に過ぎない。そういうことを何時までも繰り返すから幼児呼ばわりされるのである。
 舛添問題の時、週刊誌記事で、小倉智昭というマスコミ芸者が「東京都民だって馬鹿じゃない」なんていっておったようだが、舛添なんてのを選んだ時点で、東京都民は、自分は馬鹿であるということをしめしたのである。
 従って、今回の小池フィーバーも過去の焼き直し、幼稚園児の玩具の取り換えに過ぎないのだ。
(17/03/14)

 東京千代田区長選で小池支持派候補が圧勝。何がこの勝利を作ったのでしょうか?千代田区と云うのは、もともと官庁・ビジネス街。企業も三菱始め旧財閥系が多い。だから根っからの住民は少なく、それも保守層、つまり自民支持者が圧倒的だった。それが何故3ポイントという差で敗れたのか?それは大阪橋したの云う「ふわっとした民意」の所為です。
 最近の社会的問題に、人口の東京一極集中があります。千代田区もその例外ではない。ここ10数年来、千代田区も高層マンションが増え、その結果、地元にルーツを持たない新住民が増えた。彼らには旧住民のような歴史伝統に裏打ちされた、共通の価値観と云うものがない。彼らを動かすものが「ふわっとした民意」です。しかしこれはガスか風船のようなもので、風の吹きようによってどっちへ動くか、はたまた拡散してしまうのか予測はつかない。その代わり、集まった時には大きな力となる。これがポピュリズムの源泉なのです。
 ポピュリズム政治家がまずやらなくてはならないのは、大気中にバラバラに存在するガスを集め、それに息を吹き込み、大きな力にすることです。その息は嘘でも何でもよい、嗅げば心地よくなれば構わない。当にトランプがやったやり方です。
 ギリシア・ローマの時代から、ポピュリズム政治が国家を混乱させ、最後滅ぼした例は人類史上掃いて捨てるほどある。ナチスドイツは現代における典型的ポピュリズム政治だったが、続いたのはたったの12年。おまけに後半の6年は戦争だった。ナチを率いたヒトラーの人気は、今の小池並みだった。
 ポピュリズムは国家と民族の破滅以外何も残さなかった。筆者がポピュリズムに反対するのは、そういう理由からです。しかし民衆の中のガスは、何時でも発生する。かくてポピュリズム政治は何度でも生き返る。小池ポピュリズムが東京都の将来にとって、負の遺産を残さないよう注意が必要。
(17/02/07)

 トランプの就任演説が明らかになりましたが、ワタクシの見方では、何の新味もサプライズもない、内容空疎な選挙演説の延長。裏で誰かが書いているのだろう。本人が草稿を書いている映像がメデイアに流されたが、それと演説とは何の関係もない。第一彼が書いている原稿が報道されたわけでもない。
 彼の演説で笑わせるのは、自分が国民の分断を煽っておいて、今更団結を訴えるくだりである。自分で蒔いた種を他人に刈り取らせるのは、ポピュリズム政治家の常套手段。それに現在日本一番似ているのが、東京都知事の小池百合子。
 豊洲市場問題で、建屋の地下に盛土がなかった点について、技術検討委員会の結論を基に結論を先延ばしした。そして年明け、9回目の調査結果で、基準値超の地点が72箇所(全体の約1/3で、しかもその大部分は建屋と無関係の盛土地域)に上ることが明らかになった。この点について、検討委員会の委員長が、「大きな問題にならない」と所見を述べると「どう判断するかは政治の問題だ」と委員長所見を無視する構え。昨年の発言とは大矛盾だ。
 自分の都合が良い時は他者の意見を利用し、逆の場合は無視又は否定する。この矛盾・ご都合主義こそトランピズムそのものなのである。
 筆者は小池百合子こそ、現代日本のミニ女トランプと考えている。大阪の橋したもミニトランプ。その女ミニトランプが石原シンタロー訴訟に踏み切る。小池とシンタローとの間に何があったのか?むしろこれは今年の都議選に関連しているのではあるまいか?おそらく都議会や区議会、又都民の間に未だにシンタローシンパがいて、それが選挙の邪魔になる。それらを一気に葬り去ろうという算段か?そうだとすれば、これこそ小池百合子というメギツネの妖術だ。
 というより、東京都知事と云うのは、このところシンタローとか猪瀬とか、妖術使いかキツネ付きが続いている。東京都民というのは、よっぽどこういう妖術に騙されやすい性質か?
(17/01/21)

 トランプの最初の記者会見が話題になっていますが、それはさておいて、ここでは小池新党を取り上げます。先日小池政治塾は次の都議選に向けて、立候補希望者を公募したところ、なんと1200人が集まって、塾側はこの内40名程度を絞り込んで政治家教育をすると言われる。立候補者公募と云えば、数年前の大阪橋した維新の例が思い浮かびますが、その他にも05年郵政選挙刺客候補とか、12年4、14年衆院選などがある。ずばり云えば、ガラクタの拡大再生産である。
 何故ガラクタと云うと、正規品ではなく、非正規品だからだ。非正規品とは、正規の設計や製造工程を踏まなかったり、検品で排除された製品が、正規ルートを通さず市場に出回る商品である。見かけや性能は正規品と変わらないが、製品に保障がなかったり、場合によっては他社製品のパクリもある。その代わり値段は安い。パソコンには結構マニアっぽいのがあるが、シロートは手を出さない方が良い。
 公募議員も、たった一度の面接や筆記試験だけで、当落が決まり政治家としての基礎訓練を受けていない。その分既存政治家や政党にとって安上がりだ。しかしその結果、維新の上西小百合のようなとんでもない欠陥商品が産まれることになる。
 公募と云えば聞こえは良いが、実態は「私募」である。そもそも主催者は公的機関ではなく、私的団体にすぎない。従って当落判定基準は、主催者の恣意・主観によることになる。例えば如何に理想を述べても、それが主催者の戦略に反すればアウトである。つまり主催者のお眼鏡にかなうものだけが、合格するのである。
 そして現在のようなビジュアル社会では、当否基準は中身より見てくれが重視される。つまり政治的識見はどうでもよく、テレビ映りの良いものが合格し、一般ピープル・・・ジャパントランピアン・・・の支持を集めて当選し、議員となる。かくてコイズミに始まる劇場型政治が続くことになる。そういえば、小池はコイズミ劇場の初代刺客議員だった。
 今の議員は、昔に比べイケメン・美人が多くなった。その代わり、ボキャブラリイが乏しくなった。五輪担当の丸川など、なにも喋ら(れ)ない議員が増えているのである。全体としてキャラクターがタレント化している。そういえば、筆者は20年程前、これからの日本をリードするのはタレント・スポーツ選手であると、予言している。まさにそれが当たったようだ。しかし、彼らも又腐敗するだろうとも、予言している。小池新党も、このような失敗商品を更に作り出すだけで、何の益もないだろう。
(17/01/12)

 小池の逆が民進の蓮舫。小池の陰に隠れて影が薄いが、これもテレビのニュースキャスター出身。同じじゃないかと思うかもしれないが、根本的な違いがある。小池が芸能人なら、蓮舫はジャーナリストだ。ジャーナリストが芸能人に弱いのは、都知事選で鳥越が大敗したことで分る。おまけに小池はテレ東という民放出身。それに対し蓮舫はNHK出身。この差だ。
(16/10/26)

 なんとか政治塾というのが流行っている。主旨は官学に染まらない政治家養成だ。古くは松下政経塾があるが、卒塾生に大したのがいない。高市早苗なんてのがいるのだから、三流もいいとこで、未だましな方である。その後嘉田政治塾とか小沢政治塾とか橋した政治塾とか、いろいろあったが、ろくなのが育っていない。
 さてこのたび衆院東京10区補選で、小池命の若狭が当選して、小池政治塾に4000人応募。かつての橋下公募に迫る勢いである。さてこの連中、政治塾に何を期待して応募したのか?まさか全員が議員になりたいとか、小池を利用して利権を漁りたいというわけではあるまい。要するにいまをときめく小池という女王蜂に近づきたいだけだ。これでフェロモンを貰って自分も元気になれるという妄想である。
 小池百合子という人物、果たして政治家か?ワタクシは芸能人と考える。この女から、具体的な政策・政見・・・例えば税制や福祉・安保政策・・・を聞いたことがない。何か政局の時に突然現れ、世間の注目を浴びると姿を消す。
 芸能人だからマスコミは注目し、書き立てる。それが更に支持率を上げる。支持率が上がると、マスコミは更に注目度を上げる。しかしこれには限度がある。どの程度が限度というのは難しいが、まあ半年とか1年といったところだろう。それぐらい時間が経過すると、また別の注目ターゲットが現れる。かくて没落が始まる。今のトランプが当にそれだ。この法則から逃れられる芸能人はいない。
 ところがみっともないのが自民党。小池の威光を恐れて、若狭を慌てて追加公認。若狭はこれに頭に乗って、都知事選で増田を応援し、自民から除名された区議・都議7人の処分軽減を党本部に要請。そうするとあの肝っ玉のない幹事長の二階は、ホイホイとそれに乗るだろう。何事も勝てば官軍だ。
 しかしここでメンツを潰されたのが、石原伸晃。親父のシンタローはもはやよいよいだから頼りにならないが、これで黙ってはおれないだろう。必ず第二幕はある。
(16/10/24)

 豊洲問題に衆院補欠選が加わって、現在東京の自民党は、中央も都議会も裏切りの連続だ。みんな自分の生き残りだけを図って、従来の主君(シンタローや内田)を裏切り、早くも新君主(ユリコ)にすり寄って尻尾を振る、飼い犬議員が大量発生。
 こういう現象は日本の歴史に何度か現れている。例えば敗戦直後占領軍にすりよって、払い下げでぼろ儲けした奴とか、南北朝時代も酷かった。つまり日本人は精神性に置いて中世から殆ど進歩していないということである。というより退化しているといえよう。
 ソ連崩壊以来、歴史は逆転しているというのが筆者の理論だが、今の東京都議会の体たらくは、まさにその証拠ということで、非常に興味が深い。
(16/10/07)

 豊洲市場問題で、世間やマスコミは小池ヨイショ一色だ。しかしこの風景、いつか見たことがある。それは石原シンタロー知事誕生の時だ。このとき彼は400万票を取って、これを背景にその後15年間の独裁体制を続けた。今回の豊洲問題も、その始まりシンタロー独裁に行き当たる。
 シンタロー独裁を批判したメデイアもあったが、すぐに無視された。小倉智明というタレントが今回の騒動について「東京都民も馬鹿じゃない」などというコメントをだしていたが、東京都民が馬鹿だから、こういう騒ぎをおこしたのである。このように反省がないのが東京都民はじめ関東人の特徴だろう。
シンタロー独裁も遂に化けの皮が剥げたように、小池の化けの皮もいずれ剝げ落ちるだろう。
(16/09/22)

たかが盛土で全職員を粛正すると脅す小池ヒトラーあるいは小池ジョンウンか?
(16/09/11)

 民法が改正されて成人年齢18才となった。少年凶悪犯が増えて、少年犯人を死刑にすることが目的で、世間一般ピープルの要求に答えたもの。これはクーデターで倒された皇帝に対し、ローマの民衆が「死刑を!死刑を!」と叫んだのと似たようなもの。
 それと同じことが、東京築地市場移転騒ぎで起こっている。某民法が都内で行った世論調査では、小池決定賛成がなんと85%に達している。又、同番組に出演した元自治体知事さん達は、どれも都民がこれだけの支持を出しているのだから小池知事の判断は正しかった、といかにも元官僚らしく世間おもねり発言。
 はっきり言えば東京都民85%がアホだということだ。小池は開業を延期すると云っているだけで、中止するとは言っていない。ところが、東京都民の大部分はそれを勘違いしているようだ。中止と延期とは大違い。中止とは事業そのものにストップをかけることで、再開の目途は立たない状態。延期とはとりあえず事業着手を隻送りで、一定の目途が立った段階での事業再開を前提とする言葉。
 小池の頭にあるのは、とりあえず豊洲移転を先送りし、点数を稼いだ後、来年の四月か五月頃に、「苦渋の決断でございました」とかなんとか、大向こうアホ観客をうならせるセリフを吐いて、森や都庁とシャンシャンてなところだろう。始めから筋書きが決まっている、安物三流大衆演劇の世界だ。
 そして豊洲移転を発表すればどうなるか?それまで移転しなかった業者は、相変わらず築地で営業できるのだから、これはごね得以外の何物でもない。又、あくまで移転反対とする業者がいれば強制執行だ。つまり小池女狐はどっちに転んでも、自分には傷がつかないように呼吸をはかっているのである。
 さて冒頭に挙げた18才成人問題。筆者に言わせれば、今の日本人の大人・・・30から50才代・・・は昔に比べ10才から20才ぐらい幼児化している。特に自民党はじめ保守系国会議員に顕著である。上に挙げた小池政策に賛同した85%の東京都民も、おそらくそういう世代だろう。オレオレ詐欺と小池女狐に、一番騙されやすい世代なのである。
(16/09/02)

 やっぱり築地市場の豊洲移転延期発表。思っていた通り、マスコミが書いた筋書き通りだ。これではたいしたサプライズにはならない。豊洲開業は予定通り実施します、と云った方が、よっぽどのサプライズ。
 さて開業延期で得するものは誰でしょうか?残念ながら誰もいない。せいぜいマスコミ受けを狙った小池だけ。小池は延期の理由として
1)安全性
2)建設費の異常な膨張
3)事業決定経緯の情報公開
 これらの内、1)は11/07にはある程度の結論は出るが、2)3)については何時結論がでるか、見当もつかない。小池はこれらの問題が解決するまで豊洲開業を延期するつもりでしょうか?その間築地と併用すればよい、なんてアホなことを云う連中が出てくるだろうが?その間東京都(か築地市場会社か知らないが)はズーット借金の利子を払い続けていかなければならないのだ。
 こういう東京都のごたごたを見ているのが、千葉・埼玉のような隣接県。わたくしが千葉県知事なら船橋かどこか東京に近いところに土地を作って、そこに卸売り業者と仲買業者を呼び込み、千葉市場を作ってしまう。第二の築地市場だ。
 なお安全面に関しては、小池もマスコミも移転反対派も、築地が豊洲に比べ絶対に安全だ、という妄信にとらわれている。築地だって安全とは言えない。第五福竜丸の原爆マグロが埋まっているともいわれるし、その他冷凍材や生物由来有機物質で汚染されているだろうし、なにより前大戦東京大空襲時の不発弾が、未だ埋まっているかもしれない。つまり土壌調査や処分をやっている豊洲の方が安全なのである。少なくとも地震に対してはそうだ。東京湾岸の工業地帯で安全なところはない。
 又、昨日プライムニュースでは、誰かが小池のやり方をコイズミと同じ劇場型と評したが、筆者は劇場型とは採らない。むしろテレビワイドショー型と云った方がよいだろう。なにしろ、これの原点はテレ東キャスターなのだ。テレビの扱いはプロだよ。
(16/08/31)

 東京築地市場の豊洲移転を延期するとかしないとか。どっちでもよいが、築地は関東平野でマイナスの重力異常が最大の場所。ここから東京湾中心を通り、浦賀水道、相模トラフに続く断層が推定されます(間違いなくあるでしょう)。この断層が東京直下地震の震源になる可能性は高く、築地は最大の揺れを観測するでしょう。
 築地市場は出来てから数10年以上。もちろん建物は老朽化し、現在の耐震基準にも適合していない。大きな地震が来ればイチコロだ。そんなことはとっくの昔に分かっていたはずだ。ということで当然出てくるのが、補強だとか建て替えとか移転とか云う話。そこに降ってわいたのが、東京オリンピックと豊洲移転騒ぎ。どっちも当時都知事の石原シンタローの仕業だ。
 豊洲といえば内田。つまりこの件には内田とシンタローの利権が絡んでいると考えてよい。そういえば、今度の都知事選で、シンタローは小池を指して「厚化粧の女は嫌だ」とか、小池攻撃。息子のノブテルも内田と組んで、敵陣を支援した都議は身内まで含んで処罰するとコワモテを見せた。何故小池をそんなに忌避するのか?これが豊洲疑惑とすれば合点は行く。
 さて、小池は豊洲疑惑にどこまで踏み込めるか?その覚悟はもっているのか?この疑惑の本質は東京五輪である。当然影響は政権中央に及ぶ。それだけではなく、ゼネコン利権にも関係する。本気なのかねえ?本気なら考えてやってもよいが、やっぱり芦屋の女は信用できない。
(16/08/27)

 ネットの書き込みは、しばしばヤラセのケースがあるのであまり信用できない。昨日東京都議会のドン内田の利権に関する記事が出たところ、ツウイッターでやれ「内田をやっつけろ」「小池さん頑張って」などという書き込みがあった。これを書き込んだ人物は江戸町奉行と東京都知事の違いが分かっていない。つまり小池百合子と遠山の金さんをごっちゃにしているのである。
 江戸町奉行は将軍が直接任命する特別職で、江戸の民生・治安に関しては絶対的権力をもっている。その権力は将軍の権威からでてきたものだ。従って、絶対的権力を持っている。ところが都知事は都民の選挙で選ばれたものだ。一方都議員も選挙で選ばれている。立場・地位は対等である。議会制民主主義の下では、内田をやっつけられるのは東京都選挙民。それも内田の選挙区区民だけだ。報道によれば、内田は豊洲に利権があるらしい。とすれば内田をやっつけられるのは、台東区民だけだ。しかし内田は、これまで台東区に何か不利益になることをしただろうか?むしろ逆でしょう。ドラキュラ(≒ルソファー)は危機に会うたびに力を増す。というわけで内田とその支持者はマスコミや、ネット世論の批判が高まるほど結束を強めるでしょう。
 内田の本質はただの小物かもしれない。しかしこれを大物に育てたのは、石原シンタローである。続く猪瀬も舛添も、これを頼りにして甘えさせた。つまり、シンタロー・猪瀬・舛添は、みんな内田の同罪なのである。そしてこのアホ知事を圧倒的支持で当選させたのは、当の東京都民なのである。その都民が内田をやっつけろなどとは、矛盾も甚だしい。天に唾する行いである。
 ズバリ結論を言えば、このネット投稿者は、自分じゃ何も考えず、漫画やテレビで描かれるバーチャル世界を現実と勘違いする、ただのアホ。小池に投票した250万人のアホ東京都民のひとりだ。これまでの知事に投票した東京都民は全員、頭を丸めるべきである
(16/08/26)

 台風が首都圏直撃というのに、都知事は呑気にブラジルへ。別にそれをあれこれ言う声もないようだから、あんなのいてもいなくてもどうでもよいということか?どうでもよい人間を選ぶのに、ン100億円の選挙費用を払った東京都民の太っ腹に関心する。ただの人気投票を都民の税金でやっただけだ。朝寝朝酒朝湯で身上潰した小原庄助的都民・都政。
(16/08/22)

 なんだか段々明らかになってきた舛添追放の裏。東京都知事となった小池百合子が最初にぶち上げたのが、カジノの推進。そういえば東京オリンピックもカジノも前前任のシンタローがぶち上げたプロジェクト。猪瀬はその両方をひきずって沈没。
 両方とも巨大な利権を産む。それを潰したのが舛添だ。まずカジノについては興味がないと云って、それで都知事選に勝ち、猪瀬時代に出来た担当部局をつぶした。おかげでメンツをつぶされたのがシンタロ^ー他カジノ推進議員たち。シンタロー時代、国会にカジノ推進議員連盟なるものが出来、最高顧問にアベ、麻生、石原ら旧福田・森派が目白押し。
 次に舛添がやったのが、五輪予算の見直し。国立競技場計画のやり直しがその最たるもの。これで利権と顔を潰されたのが森。他にも五輪予算の見直しを表明した。ところが突然出てきたのが、公金流用問題。しかし流用額はたったの400万で、その内250万は国会議員時代のものだ。これを明らかにしたのが週刊文春。文春の問題は後で述べるが、、東京五輪4.5年前とというのはタイミングが良すぎる。何故か舛添には五輪予算は使わせないぞ、と言わんばかりである。そしてカジノの復活である。
 文春の動きは五輪やカジノ利権の動きに合わせているようである。丁度東京都知事選。鳥越が政策として、環状8号線問題と豊洲市場問題を取り上げると、途端に週刊文春がどうでもよい鳥越女性問題を大げさに取り上げた。これで鳥越はアウト。そして勝ち残ったのが小池だが、実はこの女、カジノ推進議員連盟のメンバーで副会長も務めていた。
 その中で不思議なのは官邸の動き。一連の騒動の中で、官邸は表向き動いてはいない。しかしなにもないわけではない。アベはカジノ連盟の事実上の大ボスである。実は小池とアベは裏で繋がっていて、利権の山分けについて話がついているのだろう。そのプロパガンダをやったのが、週刊文春という乞食週刊誌。「右や左の旦那様、どうぞ儲けを分けてください」というわけだ。
(16/08/18)

 張本が大谷のバッテングを合格点だ、などと言っているようだが、あいつに他人のバッテングを四の五の言える資格があるでしょうか?生涯打率3割4分というが、その大部分は内野安打。例えばワンアウト二塁で三塁線上にドラッグバントなんて、普通なら誰もやらない。普通なら一塁線上に落とすか、ライト方面への犠牲フライで、走者の塁を進めるものだ。
 ところが張本のやり方は、二塁ランナーを犠牲にして、自分だけは内野安打で打率を稼ぐという卑劣なやり方。清原のバッテイングは常に正々堂々で、こんな卑劣なことはやらなかった。
 このやり方は、ライバル候補者を誹謗中傷してでも票を稼ぐという、小池百合子の卑劣さに共通する。ところが、世間には、手段はどうであれ、勝者が正しく、敗者は無能だ、という考え・・・勝者正義説で、じつはダーウインの適者生存説につながる・・・の人が結構いるらしい。
 この考えはそんなに昔からあるわけではない。これを広めたのは司馬遼太郎である。勝者正義説に基づく司馬遼史観は、近年学会レベルでは批判が高まっているが、一般世間には未だ及んでいない。
 司馬遼史観の問題は、国家・社会を成功/不成功で2分してしまうということである。
(16/08/07)

 私ははっきり言って小池百合子という人間が嫌いだ。何故嫌いかというと、まず信用出来ないこと、めだたちがり屋で常に華やかな場に居たがること、そのために手段を択ばないことである。まるっきり吉原の女郎、性格は女狐である。何故信用できないか?小沢選挙制度改革で、伝統ある衆院兵庫2区も分割され、伊丹は兵庫10区となり、コイズミ郵政選挙で小池百合子という落下傘候補が舞い降りてきた。筆者自身伊丹で育ったから分かるが、小池と伊丹の接点など、まるで想像もできない。伊丹の人間は何故こんな刺客を受け入れたのか?
 小池はテレ東のキャスターを辞めたあと、政界に進出。その後の足取りは一直線ではない。ある時は小沢・鳩山に接近し新進党に属したり、またある時は鳩山を裏切って小沢自由党にいったり、またまた小沢を裏切って自民党に潜りこんだ。自民党時代は当初小渕派だったが、小渕派の分裂に伴い、主流の森派に接近。ここで環境相・初代防衛大臣の2ポストをゲット。男にろくなのがいなかっただけだ。さてアベ政権だが、12年総裁選には当初アベ支持を匂わせていたが、土壇場で石破に鞍替え。そして今度の都知事選。アベは二度に渉って裏切られたわけだ。つまり小池百合子という名前に付きまとうのは、裏切りと権力指向という言葉である。知事になっても、選挙に挙げた四つの公約はやらないだろう。出来ないのではなく、初めからやる気がないのである。
 独裁指向者あるいはポピュリストというものは、最初に出来もしない約束をする。人々はそれに騙されて彼(又は彼女)を権力者の地位につける。しかし新たな権力者にとって、人民との約束は権力を得るための手段に過ぎない。だから初めからやる気はない。やってないじゃないかと問われれば、ただ今努力中です、とか抵抗勢力が強くてできないと言い訳すればよい。アベノミクスがまだ道半ばと言い訳しているのと同じだ。そのうち、人民は約束そのものを忘れてしまう。一年も経てば、私が言ったとおりだということが分かる。
 人を裏切ってきた人間は、最後は人に裏切られる。誰が裏切るかって?それは東京都民である。東京都民のようなミーハーは信用してはならないのである。
 筆者の見るところ、小池百合子という人物は、テレビメデイア出身のただの俗物である。俗物だから、俗人が欲しがるものがよく分かる。それをばらまいただけなのである。
 なお、今回の選挙で小池の得票数は約250万票近く、増田・鳥越に比べ圧勝である。しかしよく考えてみよう。前任の舛添も、前前任の猪瀬も圧勝だった。その原因は、既成政党とか、既得権益層とのしがらみがない、テレビで顔がよく売れている、しゃべり方が政治家っぽくなく直接的だ、ということだった。今回の小池もそれとそっくりだ。ところが前任者の引き際はみんな惨め。誰がこんな惨めな人間を選んだのか?小池も今は猫を被っているが、そのうち権力指向の地が出てきて、化けの皮が剥がれる。その時がピンチ。「舛添の場合」が「小池の場合」にならないように用心用心。
(16/08/01)

 東京都知事選のキーワードに、「実務家」というものがある。これは自民東京都連や都連の支配下にある区長会などの要望である。彼らの言い分は、これまで三代文化人系知事が続き都政が混乱した、このあたりで実務家知事が欲しいというわけだ。これまで三代文化人知事を支持・推薦してきたのは、自民東京都連自身。今更それはダメだったというのは身勝手もいいところ。
 ところでこれまでの三代知事というのは、石原シンタロー、猪瀬、舛添の三名を呼ぶ。さて果たしてこの三名、文化人と呼ぶに値するでしょうか?筆者にはシンタローが文化人とは到底思えない。40頃から政界に入り、属した派閥は自民党でも官僚派閥の代表である福田派(今の細田派)。立派に実務家修行をやっておる。その後の彼の行跡をみれば、文化人どころか政界ごろつきの類。猪瀬は石原の下で副知事を務め、これも実務家修行をやってきた。だからポスト石原都知事選で、自民都議連も彼を押したのである。舛添はテレビに出ていたから文化人と云いたいらしいが、それならダウンタウンもキミマロもみんな文化人だ。彼が卒業した東大法学部は、れっきたした実務官僚養成機関。舛添の経歴をみれば、彼が実務家の主流を歩み、その裏表を知らないわけがないことが分かる。
 つまりこれまで三代の知事は文化人ではなく、実務家あるいは実務家もどきだったのである。実務家あるいは実務家もどきが失敗したのだから、今回は本当の文化人を選んだ方がよい。
 ところが、一般世間は都知事に実務家要望。これは大矛盾である。現在立候補している三名の中で、純粋に文化人と呼べるのは鳥越だけである。筆者なら、知事を鳥越に、増田・小池を副知事に招く。増田の役割は都庁官僚のコントロールと政府とのパイプ。小池の役割は都議会対応だ。これを鳥越が表明すれば、選挙の流れは一気に変わる。なお、これは別に新しい方法でも何でもない。中国戦国史から日本中世まで、その例はいくらでもある。
(16/07/23)

 一昨日の週刊文春に「鳥越の女性凌辱過去」という記事があって、鳥越側が文春を刑事告訴する騒ぎ。これに対し大阪の橋したが「鳥越のケツの穴は小さい、ボクの場合は・・」と批判。鳥越のケツの穴は小さいかもしれないが、橋したのそれはよっぽど大きいのだろう。どれほど大きいか見たくもないが、その穴はどちらの方向を向いて、どなたを待ち受けていたのかね?石原シンタローか、アベ晋三か公明山口か?誰が一番気持ちがよかったのでしょうか?
 まず問題に取り上げたのはどちらも週刊文春記事。ただしこのときの双方の地位は大違い。鳥越はまだ一候補者であって、公人ではない。公人でない一市民がメデイアから一方的に名誉を棄損されれば、抗議するのは当たり前。内容によっては告訴だってあり得る。
 一方、橋したが文春から取り上げられたのは、知事になってから。知事ともなれば行政権限を使って、様々な方法で反撃することも可能である。それがその後の彼の対応である。彼はネットを使って「くそ文春」とか「くそ新潮」とか下品な言葉で攻撃する。他のメデイアは面白がって、それを拡大報道する。
 その最たるものが「週刊朝日」事件である。これは佐木隆三というルポライターが、橋した徹の出自から現在に至る過程、その選挙手法を週刊朝日に連載したものである。内容は根拠はあり・・・・筆者もそう思う・・・、従って名誉棄損で提訴しても原告敗訴となる可能性が大。そのためか、彼は提訴は避け、こともあろうか週刊朝日とは経営権も資本も完全に分離されている朝日新聞に対し、取材拒否・謝罪を求めた。こんな滅茶苦茶な話はない。子供の喧嘩に親を引きずり込むようなものである。
 このように当事者をターゲットから外し、その周囲を叩くのは、やくざ・同和の常とう手段。それに日本中のマスコミが引かかったのである。最もみじめなのは朝日新聞とテレビ朝日。取材拒否という恫喝に屈して橋したに屈服してしまった。その他の新聞・テレビも似たようなものだ。
 さて未だ一市民でしかない鳥越と、知事という職権を利用して反対派を封じ込めた橋したとで、ケつの穴という評価基準はさておいて、人間としてどちらが信頼できるでしょうか?*
 このようにケつの穴の大きい大阪橋したは、自分のケつの穴をひけらかして、日本中に汚物をバラ撒くのである。無論世の中には、汚物を好むカラスやネズミ・イタチの輩も多くいるから、なかなかなくならない。週刊文春や新潮はこの汚物をバラ撒くくカラスのようなものか?
*かつての大阪府知事選で、橋舌は盛んに自分を同和地区出身者と訴えた。これに騙された左翼系マスコミもあった。実は彼と彼の家族は同和地区に住んだことはない。少なくとも定住履歴はない。つまりカタリ同和なのだ。
(16/07/22)

 都知事選が始まると突然出てきたのが猪瀬の暴露。ターゲットは、東京都議会自民のドンと呼ばれる内田という人物。この人物が都議連会長の伸晃を唆して「都連が推薦していない候補を本人だけでなく親族も応援すれば処分する」なる文書を配布した。ところがその直後に弟の佳純が他候補を支援するような発言をした。そこで大混乱。下手すると、都連会長が除名処分されかねないことになる。しなければしないで、不公平だという声が出る。何ともはや、馬鹿につける薬はない状態。
 さて、猪瀬によればこの内田なる人物、都議選だけでなく、都知事選、国政選挙でもその推薦・公認に絶大な影響力をもっており、東京都のあらゆる利権を左右できる権力を持っているらしい。猪瀬はそれに盾突こうとして首を斬られた、と主張している。
 では舛添はどうか?メデイアの追及が厳しくなった時の記者会見で、彼は目じりを下げて「・・・分るでしょ」と嫌に自民すり寄り発言。この心は内田ドンへの救援願い。しかし世間の大勢は舛添辞任。これに抵抗すれば自分の首もあやうくなるから、舛添斬りを決定。こうなれば舛添だって黙っていられない。舛添だってかつての都知事だから、東京都利権には無関係ではあり得ない。投票直前でも、何らかの裏情報が出てくる可能性がある。
 ではなぜこんなモンスタードンが生まれたのか?大きく育て利用したのが石原慎太郎ということは疑う余地はない。猪瀬によれば、前任の青島もこのドンの所為で何もできなかったというから、その前の鈴木俊一12年都政の間に小さな蛹が巨大なモンスターに成長したのだろう。
 鈴木俊一こそ東竜太郎都政時代に副知事を務めた都政官僚中の官僚。彼の時代に内田が現れ、強固にして複雑な東京都政官複合体が形成されたのである。そして今回の都知事選で、都議会や区長会から一斉に上がった「実務者期待」の大合唱。これこそ、かつての政官複合体の復活願望のあらわれなのである。
 ユングはこういう現象を「集合無意識」と呼んだ。数1000年前に人間の脳に形成されたといわれる。人類が文明を獲得すると、一旦は消えるのだが、それでも数100年毎に復活する。現在世界全体に見られる保守化傾向・・・過去回帰主義(昔は良かったという妄想)・・・もこの現象である。
(16/07/17)

 昨日たまたまネットを見ていると、タレントの東国原がかつて鳥越俊太郎に暴言を吐かれたということで、鳥越を「ヘロヘロ」「ヨレヨレ」と、悪口雑言。ではどんな暴言かというと、某番組で鳥越に「君は宮崎で終わった」と言われたことらしい。これ、暴言ですかね?私もそう思うし、世間でもそう思っている人は少なくないだろう。人間誰でも本当のことを言われると、腹が立つものだ。
 彼は宮崎県知事を辞めたあと、色々発言があって注目を集め、総理総裁でも目指すのかと思っていたが、それもできず、今やテレビバラエテイー番組の階段タレント。何かをやるのかやらないのかあいまい.。また生き方もタレント芸人でいくのか、政治家をめざすのか、それも顕かではない。つまり人間として中途半端なのだ。何故か?要するに、彼にはいざとなればこれでいく、というテーゼがないのである。だから世間から利用されるだけ。いずれ世間から忘れ去られるだろう。
(16/07/15)

 さて、東京都知事選候補者がほぼ出そろいました。シンタロー、猪瀬、舛添の失敗から、知名度より政策を、という声が多い。しかしこれは東京に限っては、あまり大きな要因にはなりえない。
 昨日記者会見で、鳥越俊太郎は「公約は何もありません。都の財政状況やオリンピック費用は詳しくはしらない」*と本音を喋ってしまったが、他の三人も一応公約は掲げているが、どれもたいしたことはなく、あんなもの公約・政策の内には入らない。
 そもそも都市が持つべき政策の基本は、「財政」と「治安」と「防災」である。現在の東京は、頬っておいても税収がじゃぶじゃぶ入ってくる。今や都内の一部では、かつての、バブルを上回る地価高騰が発生している。東京限定のニューバブルだ。
 公共事業でも東京オリンピックを錦の御旗にすれば、政府がいくらでも金を出す。最近東京でも凶悪犯罪が増えているが、それでも発生率は世界主要都市の中では最低レベルだ。
 「防災」の主テーマは首都直下地震対策だが、地震対策予算は東京がダントツで、あとは次いでのようなもの。地方都市の場合、熊本の例で分かるように、地震関連予算は地震が起こって初めてつくのである。
 このように東京都は、なんでもかんでも政府におんぶにだっこで、何も考える必要はない。ひたすら周辺から入ってくる金を、ブラックホールのように消費しておればよいのである。だから利権の巣窟になる。
 ということで都知事など、政策がなくても誰でも務まる。従って都知事選は、知名度勝負のイメージ選挙になるのが当たり前。
*これで世間は鳥越を政策オンチと見るかもしれないが、彼は毎日時代、スクープの鳥越と言われたぐらい情報収集能力がある。又彼の同僚・後輩がまだ毎日の社内外にいる。彼らが政策面で彼をサポートするだろう。更に毎日が情報提供で支援する可能性も高い。東京都闇世界においては、最強の敵になるかもしれない。だから舐めたらアカンのだ。
(16/07/13)


 東京都知事選候補について、昨日夜、民進松原は「党は古賀茂明」擁立で一致したと断言。ところが一夜明けると、野党統一候補として鳥越俊太郎で決定。一体何があったのでしょうか?
 それはともかく、参院選結果などから考えると、今のところの筆者の読みは
  鳥越・・・・・〇
  小池・・・・・Δ
  増田・・・・・×
 というところか?
 増田は都庁官僚や都議会受けはよいが、投票するのは都民。元岩手県知事というキャリアが災いするだろう。東京都民のプライドに関しては、岩手県出身者をトップにかつぐのは抵抗感があるのだ。自分たちも十分田舎者だが、関東や南東北出身者には、「岩手県より東京に近い」、という妙な優越感があるのだ。
 小池は自公の支援を受けられないことと、保守層を増田と分け合うというのがハンデ。その点鳥越は、野党共闘がこのまま持続しておれば、漁夫の利を得られる。
 なお現代の選挙では、知名度もあるが、中年女へのセックスアピール度がポイント。橋したや小泉が何故受けるかというと、あの笑い顔と突然の攻撃的演説、このギャップが、閉経した中年女性の子宮を刺激するのである。
 その点、小池は中年女性の反発を受けやすい。増田はアピール度がない。鳥越は甘いマスクと優しい低音で、橋したや小泉とは違う意味での対中年女性アピール性を持っているのである。
(16/07/12)

 小池百合子出馬で都知事選自民は分裂模様。場合によっては除名処分もあり得る。筆者が不思議に思うのは、何故アベ官邸が小池を見限り対決姿勢を選んだか、である。舛添問題が泥沼化した4月頃には、自民党は次期候補選定作業に着手しておかなければならなかった。舛添辞任が秒読み態勢に入った先月中旬には、候補を決定しておかなければならない。それを衆院絶対多数に胡坐をかいて、サミットや沖縄問題にかまけてホッタラカシにしていた隙に、小池に先手を取られたのである。これは官房長官の責任である。あの秋田のハゲネズミの所為だ。
 他に候補がなければ、先に手を挙げた人間に乗っかるのも一つの手である。ところがそれもせず、出来もしないこと・・・桜井父の担ぎ出しとか・・・にあれこれ時間を費やしてしまった。これ戦前の日本のやり方にそっくりなのである。何故小池に乗っかるのを拒否したのか?一応党内手続きを踏んでいないとか色々理由をつけているが、本質はアベが小池を嫌っているという、極めて自民党的ドロドロ人間関係工学の結果である。
 小池は当初細川新進党以来小沢にくっつき、その後自由党とか色々あるが、一貫して小沢べったりだった。ところがコイズミ政権下でいきなり自民党に入り、コイズミに可愛がられた。当然その後アベ側近となり、12年総裁選では直前までアベシンパだったが、本選となると、いきなり石破に寝返った。その結果、アベ政権下では要職につけず干されっぱなし。
 何故小池がアベを見限ったのか?いや、アベが小池を見捨てたのか?それはアベの関心が小池ではなく、稲田朋美に移ったからである。アベの目では、小池はコイズミの妾。しかもとうのたった60ババアだ。こんな妾にあれこれ言われたくない。おまけにこれまで男を色々変えておる。こんな女は信用できない。そこで目をつけたのが、以前から関係のあった(ズバリ不倫)稲田。それに比べ稲田はまだ40代のピチピチ。小池にしてみれば、「この小娘ふざけんじゃないわよ」というわけで、両方への当てつけで都知事選立候補。要するに、今回の都知事選は中塾年女の不倫の恋のさや当てというわけだ。
 なお今回都知事選の影響はこれだけにとどまりません。元々官房長官の菅と、幹事長の谷垣とはそりが合わない。谷垣はどちらかと云えば、調整型だが、菅はボスの力をかさに着て独断専行が目に余る。そう思っている自民党幹部は少なからずいる。もし、この選挙の結果で、自民党が一敗地に塗れることがあれば、たちまち菅VS谷垣の対立が顕かになる。それに石破が介入してくりと、自民党内はシッチャカメッチャカ。とても東京オリンピックどころではない。
 ああ、呪われた東京五輪
(16/07/06)

 小池百合子が「自民の支持がなくても我が道を行く」と宣言。これに対し自民は中央も都連も有効な手を打てず、一部議員には元岩手県知事の増田寛也を押す動きまででてきた。増田は元々民進が推してきた人物。この期に及んで増田とは、自民得意の抱き着き作戦か。それとも抱き着きだけでは手緩いから横取りに出たか。もしこういう状態で都知事選に突入すれば、自民都議や支持者のかなりの部分が小池に流れる可能性がある。野党とすれば無理に候補者を立てず、高みの見物を決め込む手もある。
 何故こんな混乱を生じたのか?直接の原因は、自民と官邸が舛添問題の解決を、自分ではなく世間・・・というよりテレビはじめメデイア・・・の流れに委ねたことである。実際今のアベ内閣程、メデイアの動きに過敏な内閣は見たことがない。消費税でも沖縄問題でも、解決を先送りするのは、メデイアの反発を恐れているからである。アベはコイズミ内閣で官房長官や幹事長をやって、メデイアの力を目にしたのだろう。メデイアというものは味方につけると利用価値は大きいが、敵に回すと大変だ、ということである。
 それはさておき、今の段階になって、党と都連が一致して推せる候補がいないということは、余程自民に人材がいないということだ。人材不足の原因は、彼の師匠のコイズミ純一郎が、経世会憎しで派閥を潰しまくったこと、その後政権交代で多くのテラン議員が党を去ったこと。その結果、今の自民党はアベ一強他弱体制になった。
 キャリアに乏しい新人議員は、常にボス・・・昔は派閥の親分だったが、今はアベオンリー・・・の顔をうかがうばかりで何もできない。その証拠が、今回参院選対策で、90才というご老体(野中広務)のお出ましを願わなくてはならないという恥さらし。おまけに野中はアベの敵対派閥の総帥だった。そして都知事候補すら立てられないという非常事態となってしまった。
(16/07/02)

蓮舫都知事選出馬拒否。まあそういうこともあるかと思っていたら、その通りになった。9月には民進党党首選。これに打って出て、民進党党首となり将来は日本の首相が狙い。都知事などに道草食っている暇はないということか。
 蓮舫首相!これは面白いが、日本人として相当の覚悟を迫られる。蓮舫は台湾出身だが本省人。中国とは相いれない。まずそこから始まるのだ。筆者個人として、今の日中関係をみれば、いい加減な自民党よりは、強固な台湾人を味方にしたほうが良い。
(16/06/18)

 自民党東京都連顧問の平沢が、舛添問題について「これはマスゾエじゃなくてマキゾエだ」とぼやいたが、確かにこの所為で東京都議会からのリオ五輪出張が取りやめになった、とんだマキゾエだ。
 今のところ風がきついから首をすぼめているが、嵐が過ぎ去るとまたぞろ首をもたげ、東京都を食い物にしようとするだろう。次期都知事にはそうはさせない政策と実行力が求められるが、肝心の東京都民が飽きっぽい江戸子だから、あまり期待できない。
(26/06/25)

 さて昨日舛添が都庁を去りましたが、マスコミの扱いは酷いもので、やれ「何も語らずに」とか「誰にも見送られず寂しい去り方」とか弱いものいじめのし放題。特にTBSが酷い。別に舛添の肩を持つ気はないが、彼のはらわたは煮えくり返っているだろう。それは表情からも見てとれる。必ず復讐するという意志だ。
 まず許せないのが自公の裏切り。最後は自民が助けてくれると思っていて、会見でも自民持ち上げをやったにも関わらず、アベは目先の参院選が怖くて舛添斬りに奔った。あの晋三のチンピラこそ許せない。何が何でも復讐せねば。
 さらにマスコミでは文春だ。芥川賞作家元都知事の公私混同・公費濫費には目をつぶり、文壇に縁のない俺を踏みつけた。これは許せん。テレビも同じだ。頭の悪い文学部系・・・・本当に文系特に文学部系は頭が悪いと私も思う・・・の連中はみんな裏で繋がって、法学部など応用系を敵視している。これはあいつらの入試偏差値コンプレックスの仕業だ。
 辞意を表明して実際の退庁まで約一週間、何をしていたか?TBSのある番組で、某出演者が残務整理って何があったんですかね?などと子供のようなことを言っていたが、やることは一杯あったのだ。
 まず東京都庁というのは、かつて伏魔殿と呼ばれたぐらい、利権スキャンダルの塊だ。怪しい話は山ほどある。その情報はすべて知事の下に集まってくる。都議会集中審議で、「政治家なら言えないことぐらいあるの、分るでしょ」と謎かけをしたのは、一種の脅しだ。舛添は残務整理と称して、そういう怪しい資料を集めていたのである。それを持ち出すことは可能か?可能です。持ち出せないのは表の資料、裏資料は別。
 さてここで興味を引くのが、例の竜宮で会談したという、元週刊誌記者で出版社社長という人物。筆者はこれを作り事と考えていたのだが、仮に実在するなら面白いことになる。この後、これと舛添が共働して都庁スキャンダル暴露本を出せばどうなる!無論文春は手を出さないが、ライバルの現代とかポスト、宿敵朝日なら判らない。
 時期は後1~2年後。来年春は統一地方選挙、18年暮には嫌でも衆院選。それまでに必ず一度は解散総選挙があるはずだ。19年夏には参院選。そして20年夏には、東京都知事選と東京オリンピック。そのどれかのタイミングを狙って、ややこしい暴露記事が現れるだろう。これが舛添の復讐だ。なんだか金色夜叉の世界に似てきた。こんな世界に乗り出そうなんてお人好しはそうはいない。だからみんな都知事選は断るのだ。
(16/06/22)

 都知事選に50億かかるというので、あちこちでブーイング。しかし都知事が辞めればこういうコストが発生するのは当たり前、みんな分っていたことだ。第一本人は辞めない、辞めたくないといって言っているのに、辞めろ辞めろと云ったのは東京都民だ。その希望がかなったのだから、うれしくて仕方がないはずだ。50億ぐらいそのお祝いのようなものだ。このように理性的な判断を怠って、感情の赴くままに突き進むのは、アズマエビスと長州・九州人。縄文人の特徴か?
 さて何故東京都民が舛添を嫌ったのか?その理由は公私混同のセコサだという。だったらセコくない公私混同なら構わないのか?どうもそうらしい。都知事の公私混同の始まりは石原慎太郎である。贅沢海外出張も彼から始まった。舛添は自分が買った美術品を都庁に展示したが、慎太郎は四男の下手な絵を、都立美術館を使って展示した。他にも環境調査と称して、パラオやあちこちにダイビングに行ったり、最悪は猪瀬などというボンクラを副知事に採用したことである。
 猪瀬が何故副知事になったかというと、こいつはそれまで道路公団民営化やなんかで、マスコミに顔を売っていたが、実は三島由紀夫をテーマにした小説を書いて、それで何とか賞をとっているのである。三島ー石原の繋がりが、猪瀬を副知事に押し上げた。こんな公私混同はない。ところが猪瀬は選挙のイロハも分らないドシロートだ。1選目は前任者の援護射撃があって何とかなったが、2選目は自前で戦わなくてはならない。そこで馬脚が現れたのである。
 都知事になってからの公私混同費用は、舛添は慎太郎の1/100以下だと思う。それでも許せない東京都民は、舛添より遥かにセコイのである。セコイ人間は、結局セコイボスを選ぶしかない。それと任期途中での知事辞職による選挙は無駄だから、残り任期を副知事に任せよう、という考えが出ている。しかしこれには地方自治法だけでなく、憲法改正も視野に入れなければならない。筆者の知る限り、知事が自己都合や金がらみスキャンダルで、途中辞任したのは、大阪の橋したと東京都だけで他の自治体では聞いたことがない。スキャンダルに襲われた知事は大勢いるが、彼らはとにかく任期だけは全うし、次の選挙にでられなくなっただけである。
 東京都限定問題を種に、法改正やまして憲法改正に持っていくなど、不届き千万。河野太郎は逆さ磔が相当。何故東京都だけにこのような問題が発生するのか?それは徳川幕政以来、江戸・東京市民は国家権力から甘やかされてきたからである。だから我慢することができない。その挙句が御奉行様の公私混同だ。江戸・東京市民はみんな揃って、公私混同をやってきたのだよ。なお、この背景を詳説すると、一つの論文になってしまう。
(16/06/20)

 喜劇王バスターキートンによれば、笑いの本質は無意味なことをまじめに繰り返すことだ、そうだ。そういえば先代知事の猪瀬の集中審議で、5千万円の札束がバッグに入るか入らないかを、大の男が大真面目でやっていた。今度の舛添集中審議でも、相変わらず「精査します」「記憶にありません」の繰り返し。どちらも思わず笑ってしまう。二代続けて喜劇役者を知事に選んだ東京都民のユーモアセンスに感服する。
 さて次の都知事だが、都庁内部ではタレント・作家出身知事はこりごりだ、ここら辺で実務家タイプに代わってほしいという声が上がっているらしい(サンケイ)。その本音は都庁OBの知事復活ということだろう。
 彼らは舛添には目立った政策成果はなかった、というが、泥棒にも三分の理で、舛添にも手柄はある。それは新国立競技場計画を白紙に戻したことだ。事の発端は新国立周辺整備事業の都負担分について、舛添がクレームをつけたことである。ああいうことは、非実務家型人間でしかできない。実務家というのは、必ず背後に官僚のような既得権益層を背負っている。彼らの意向を無視した行動はとれない。もしこのとき都知事が官僚OBの実務家だったら、国の言い分に唯々諾々と従ったかもしれない。その中にはとんでもないブラックマネーが仕込まれていて、その請求書がいずれ都民や国民に回ってくるのだ。
 都民のみなさん!くれぐれも実務家と称する悪徳役人とサンケイの口車に騙されないように。なお舛添が誤魔化した金は今のところ、たったの400万。小渕優子後援会長が誤魔化した金はその数倍に上るだろう。それどころか、東京オリンピックを巡る竹田五輪組織委員会のブラックマネーは、とてもそれどころではない。
(16/06/16)

 舛添問題は本人の自発的辞職で一件落着。もっともめたら面白いと思っていたのに残念。ここでお粗末だったのが、「厳しい第三者」である二人のヤメ検弁護士。彼らの役割は、火が燃え広がる前に消し止めることだったのに、あのお粗末報告書で火に油を注ぐ結果になった。この結果舛添と彼らとの間に、「下手な報告書作りやがって」「手前が書けといったんじゃないか」という責任のなすりあいが始まって、訴訟に発展すれば、第二幕として面白い。おまけに自発的辞職なら、そのあとだれも追ってこない。竜宮も後楽園も誰と行ったか分らなくなる。メデタシメデタシだ。
 さて各党次の都知事候補者選びだが、自民党は意外に石原ノブテルの可能性が高いように思われる。理由は今の官邸にとって、邪魔だからだ。野党は民進党次第。蓮舫期待論は高いだろうが、参院選を考えると党としてのリスクが高い。第三極として東国原とか、ホリエモン・・・・金をもっているから自前で選挙ができる。日本のトランプのようなものだ・・・とかが出てくる可能性もある。要するに誰でもありだ。
(16/06/15)

今やマスコミサイドでは断末魔の舛添要一だが、実は彼は都議会や自公与党を脅しているのである。
1、都議会への脅し
 舛添は自身へのけじめとして報酬の50%カットを申し出た。実はこれには仕掛けがあって、知事の給与は自分では決められない。議会に諮って新たな条例を作らなければならない。そしてこの条例は彼だけでなく、次の都知事も縛るのだ。つまり都議会が彼に対し不信任案を突き付けた時、彼は議会を解散し出直し選挙に打って出ることもできる。そのとき野党だけでなく、与党にも給料が半分になってでもやろうという人間が、果たしているでしょうか、てなことを見越しているのだ。無投票居直りもなくはない。
2、自公与党への脅し
 一昨年の都知事選で舛添を押したのは自公だ。それが私を裏切るとは考えられない。こっちだっていろいろネタは持っているんだ、その落とし前はついていない。やれるものならやってみろ、といことで、これは殆どヤクザの世界。
3、東京オリンピックへの脅し
 8月にリオ五輪が行われ、次期開催都市への五輪旗の受け渡しセレモニーが行われる。舛添が狙っているのはこれである。一気にこれで巻き返しを、ということか?ただし、このセレモニーは代理出席でも構わないはずだし、そもそもここまで来て、都議会が舛添のリオ出張旅費を認めるはずがないはずだが、この予算は既に五輪関係予算に「組み込まれているのである。
(16/06/12)

 東京都民の97%が「あんたはもういらん」と言っているのに、「これでは死んでも死にきれない、もう一度仕事をさせてください」という舛添の神経。これはなかなか理解しがたく、政治工学ではなく、もはや精神医学の世界ではないかと思う。
 普通の東京都民なら、「死ぬのは勝手だ」とか、お前に仕事などさせたくない、というだろう。それにも関わらず、舛添が何故こんな見え透いたことをうのか?それは彼の出自、就中北九州という地域の特殊性にある。アベ晋三の出身地山口県北部(いわゆる長州)と北九州は、実は朝鮮文化圏。ずばり朝鮮なのである。李氏朝鮮は14世紀明の朔封を受けると儒教を受容し、徹頭徹尾社会政治制度を明風に改めた。それは極端に言うと、強いものには徹底的に這いつくばり、弱い者には居丈高に振る舞う。居丈高に振る舞うことは、更に上位の中国皇帝に忠義を尽くすことである。
 舛添の対応を見ると、まさに儒教=朝鮮的なのだ。その理由は質問にはまともに答えず、はぐらかす。その答えは、決して問題を皇帝にまで持っていかないということなのだ。かれが自民党議員だったときは、皇帝は誰かは分かる。しかし今、彼にとって皇帝とは何なのか?自民党総裁を期待していたのは間違いないが、あれも選挙で舛添どころではない。今のところ彼は世の中の小さな動きすら読み間違っていたようだ。
 そういえば、かれは昔天才的国際政治学者としてチヤホヤされていた。そのころ、私も彼の言い分をテレビなどでみたことがあるが、どれも納得できるものはなかった。あんな馬鹿映像を流したテレビ朝日こそ詐欺商法加担罪だ。
(16/06/11)

 連日の舛添報道で、舛添と並んで批判にさらされているのが例の”厳しい第三者の眼”を持つ佐々木弁護士。ここまでオオアマだの、何に調査もしていないなどと批判されていると、商売あがったりではないか、と思うのは一般ピープル。
 筆者はこの件で彼らの売り上げは却って上がると考える。何故なら、世の中政治家だけでなく脱税だの性能ごまかしだのスキャンダルのネタを抱えている個人や企業は沢山ある。彼らにしてみれば、あのセンセーに頼めば、なんでも適正・適法になる。こんなありがたい話はない。少々弁護料は高くても、やっぱり頼もうということになって却ってオファーが増えるのだ。もっとも、佐々木ともう一人が、どこでそういうテクニックを覚えたのか、よく分からない。
 ただし、この手は舛添が上手く逃げ切れた場合だけ。逃げ切れなければ、ブーメランだ。
(16/06/09)

 またまた舛添問題ですが、昨日東京都議会で突っ込まれたのはH14年正月、千葉県館山市ホテル三日月で行われた会議内容。自民も共産党も会議の相手は誰かと質問するが、舛添は「相手の立場があるから」と回答拒否。
 ワタクシは誰とも会っていないと思う。第一、ホテル側は週刊文春の取材に対し、当日は家族だけだったと答えている。だから名前を言えない。つまり会議費と称して家族で政党助成金をネコババしただけだ。ところがこれが顕かになると政治資金規正法違反になるから、何としてでも誰かと会ったことにして置かなくてはならないのだ。
 これを誰が考えたのか?舛添本人か?それともあの弁護士二人か?どっちにしろ、こんな下手な時代遅れ”カブキ”はすぐに見破られる。それに気づかないのが、今の60代以下世代の浅はかさだ。
(16/06/08)

 昨日舛添記者会見。世間の評判は散々だが、東大法学部的には、あるいはサムスンとかソフトバンクの昇進試験的には100点満点。舛添もしてやったりと思っているだろう。まず調査項目を10幾つか挙げ(誰が決めたのか判らないが)、その全部を適正とすると世間のひんしゅくを買うから、幾らかは不適切を混ぜておく(一種の中和剤のようなもの)。これらは既にマスコミに明らかにされており、隠しようがないものである。それらに対しては、けじめを付けるとして、返金とか寄付などを行うとして自らペナルテイーを課す。
 不適切案件はマイナスである。一方自己ペナルテイーも身銭を切るわけだから、世間的にはマイナス。マイナス×マイナス→プラスとなり、全問正解、メデタシメデタシというわけだ。
 誰がこういう方法を考えたのか?舛添自身か、それともあの弁護士か?あの二人の弁護士を”厳しい第三者”だなんて,、世間の誰も思っていない。また、返金や美術品を慈善団体に寄付するとか、湯河原の別荘を売るとか言っているが、相手が誰だか判らない。
 そもそも舛添物件などといういかがわしいものを欲しがるものがいるのか?回りまわって結局自分や近隣者に戻ってくるのではあるまいか?舛添陣営はこれで一件落着と思っているかもしれないが、寄付先はどこだとか、別荘を買ったのは誰かとか、他にまだ隠し事があるのじゃないかとか、終着点はまだまだ判らないのである。
 まあ、舛添会見を聞いていてあきれたのは、政治資金の公私混同について「誰も指摘してくれる人がいなかった」というくだり。この男、いい年してそんなことも自分で決められなかったのか、ということだ。尤も、年からいうといわゆる「新人類」の走りだから、そうかもしれない。本人辞める気はない・・・これも責任は他人へ、という新人類的発想・・・から、東京都民はあと2年半ほど、この馬鹿と付き合っていかなくてはならないわけだ。これというのも、テレビの露出度だけで投票先を決めた、自分達の浅はかさの所為だ。
(16/06/07)

1、舛添の場合
 昨日昼の某ワイドショーでゲストの政治評論家(時事通信の田崎)が「とりあえず謝って、細かいことは会計責任者の所為にして逃げる」と言っていたが、事実はまさにその通りだった。夕の会見では、舛添は、不法支出Tされた数件について返金するとしたが、これはみんな既にメデイアを通じて明らかになったものばかり。また「詳細は会計責任者に任せていたが、本人は既に退職しており分からない」と、田崎予想通りの模範解答。こんな答えなら中学生でも出来る。
 まず舛添はその二日前のBSフジで「今事実関係を精査するつもりです。その時間をください」と言っていた。普通精査なら一週間ぐらいかかるのかと思えば、たった1~2日だ。本当に精査していたのか?マスコミに挙った分だけの言い訳をつくっただけではないのか?という疑問は残る。「精査」という言葉の意味は、我々技術屋と東大法学部とでは随分違うようだ。
 さて返金するとして誰に返金するのか?彼の政治団体しかない。つまり金が右のポケットから左のポケットに移るだけだ。おまけに政治団体は非課税だから、彼の懐は痛くもかゆくもない。これが個人であれば、返金額は雑所得として来年確定申告しなければならない。また、税務署が他にも隠し金があるのじゃないかと調査に入る可能性もあるが、その時はあきらめろだ。
あの会見では35点落第。次の選挙が危なくなってきた

(16/05/14)

 枡添の高額出張費問題は、一部の新聞マスコミでは報じられていたが、テレビでは無視されてきた。ところが昨日週刊文春が「公用車を使った別荘通い」を報じると、途端に夕方にはテレビがこれを取り上げる。なにせ相手は甘利、宮崎、乙武を血祭りに挙げた政治家の天敵、鬼の週刊文春だ。テレビだって無視できない。枡添も次に何が出てくるかビクビクだろう。
(16/04/28)

 枡添の海外出張費が都知事就任以来過去8回で2億数千万に登ることが判って大騒ぎ。一回あたりおおよそ2600~2700万円だ。あの贅沢知事の石原シンタローに比べても、1000万円オーバーと言われる。一方埼玉県知事は昨年の海外出張では一回で700万円、東京都は使いすぎとクレーム。ざっと3倍だ。実際その内訳を見ると、埼玉県知事は、飛行機はビジネスクラス、ホテルもビジネスホテル、随行員も5~7人。それに比べ、枡添は飛行機はファーストクラス、ホテルも一流ホテルのスウイート、随行員も15~20人近く。確かに埼玉県の3倍規模だ。
 ある香港紙の取材に対し、枡添は「オタクの国のNO1が外国に行ったとき、二流のビジネスホテルに泊めますか?」と反撃したらしい。本人、自分が日本のNO1と思っているようだ。日本のNO1は飽くまで天皇である。それに比べれば、内閣総理大臣でも臣下、まして都知事など下郎にすぎない。それが国のNO1と称するのは、平清盛以来前代未聞。当に逆賊である。こんな奴は打ち首獄門が当然、良くて喜界が島へ遠島流罪だ。
 天皇が外国を訪問されるとき、幾らコストが懸かっても、国民はまず文句はいわない(共産党は別だが)。何故なら天皇に恥をかかせるわけには行かないからだ。しかし天皇と総理大臣や都知事は、そもそも身分が違う。その違いは天地ほどのもので、同列に論じること自体ナンセンス。日本人なら、天皇には思わず頭を下げるが、総理大臣や東京都知事に頭を下げる馬鹿はいない。もしいるとすれば、腹に一物背に荷物の類だ。枡添のような思い上がりは、小心で田舎者が強大な権力者の地位に付くときに発生することが多い。つまり、大勢引きつれ金をばら撒くのが自身の偉大さの証明という錯覚が原因である。
 権力者の地位に就いて莫大な贅沢をした代表に豊臣秀吉がいる。大阪城を金箔で塗り固めたり、北野茶会や大阪での天下茶会など、限りない贅沢をした。しかしその費用は秀吉が全部地自分で出していたので、税金(年貢)は使っていない。その理由は秀吉が全国の金鉱山を抑えていたからである。つまり秀吉の贅沢は借金なしの景気刺激だったのである。この結果大阪経済は大いに発展し、その効果は全国に及んだ。つまり慶長版トリクルダウン効果である。
 さて枡添の場合を考えてみよう。彼の出張費出費で潤うのは、航空会社、旅行代理店(当たり前だが東京都の誰かとベタベタ)、現地のホテルやレストランなどの観光・旅行業。出張先は大いに潤うが、日本特に東京都経済には殆どバックがない。東京都民の税金で相手国産業とか政治家を潤しているのである。この点が、、飽くまで自前で贅沢する人種と税金で贅沢することが当然と思う人種*との差である。秀吉は田舎者だったが、小心ではなかった。それに比べ、枡添は田舎者でなおかつ小心者だということだ。
*アベノミクスの前提が、異次元の金融緩和ということはみんな知っている。、つまり今以上の借金を重ねて見かけの景気浮揚を図るのがアベノミクスなのである。これが逆に枡添のような無責任利権人間を産んでいるのだ。枡添の最終的狙いはなにか?それは勲章だ。勲何等かの旭日賞を貰ったときの、枡添の晴れやかな顔を想像すれば、みんな判る。
(16/04/14)