´06 横井和夫の年頭予測

1、原油価格について

年の始めから、いきなり原油価格が、バーレル68ドルに値上がりしましたが、これは一時的な現象で、直ぐもとに戻ります。原油高騰の理由は、年初から、ロシアがウクライナ向け天然ガス供給をストップしたから。これで、何故国際原油価格が上がるのか、と思ったら、ヨーロッパ向け天然ガスパイプラインの8割が、ウクライナを通っており、ヨーロッパ向け天然ガスの供給が減少する。これをカバーするには、原油が必要だが、ヨーロッパ向け原油の精製は全て、アメリカヒューストンの石油精製基地に頼っている。ところが、昨年のハリケーン騒ぎ以来、ヒューストンの精製能力が十分回復していない。従って、ヨーロッパ向け原油供給が、品薄になるだろうという思惑買い。既にご存じのとおり、ロシアとウクライナのもめ事は直ぐに解決しました。なんとなく原油価格釣り上げを狙う、プーチンの陰謀のように思えます。それに直ぐ載せられるのだから、石油屋も大したことはない。
 さて、ここで驚かされるのは、国際的な・・・特にヨーロッパ・・・の資源確保・供給システムの脆弱さ、いい加減さです。自分達とは、全く関係のない、第三者同士のもめ事で、資源の供給が影響を受ける。何故、こんなことになったかというと、安易に市場経済主義を受け入れた所為です。ヨーロッパは、冷戦時代の方がもっと資源確保・供給を始めとする、社会の基盤整備には真剣だった。冷戦が終わって、グローバリズムの時代になると、たがが抜け、自己責任ということを忘れ、大事なことは、アメリカに任せ、目先の株価や配当ばかりに、目が行くようになった。つまり、ヨーロッパはみんな「小さい政府」を指向し、石油精製基地とか、備蓄基地と言ったインフラ投資には、誰も目を向けなくなった。その結果が、石油精製まで他国に依存するという、キリギリス状態になってしまったのである。たかがプーチンが、一寸脅しただけで、震え上がる。当にキリギリスでしょう。我が日本も、そうはなっていないでしょうねえ。(06/01/06)
 それにしても不思議なのは、ウクライナという国。あれぐらいの広さがあって、ドンやドニエプルという大河が走り、おまけに南は海に面している。資源を確保したければ、ロシアに頼らず自分で開発すれば良いのではないか。黒海やアゾフ海辺りには、石油や天然ガスがあっても不思議ではない。永年、ロシアに首根っこを抑えられてきたから、自分で考える根性も無くなったのだろう。


(2)東アジア状勢について
 現在、中台関係はかつて無いほど、良好です(政府間ではありません)。その理由は、昨年の総選挙で、統一派の国民党が勝利したこと。これで、総統選でも、国民党が勝てば、中国としては、台湾を脅す理由は無くなります。もともと、中国指導部には、台湾の武力解放などという、リスクの大きいビジネスをやる気はありません。国内の保守派、反体制派、不平分子の活動を抑えるガス抜きとして、台湾カードを使って来ただけです。台湾に国民党政権が出来れば、台湾は親中政策を採る。従って、中国としては、国内不平分子の矛先を、日本にだけ向けておればよいのだから、こんな楽なことはない。
 一方アメリカの対中・台政策には、伝統的に次の2パターンがあります。一つは、民主党で、伝統的に親中政策です。これはルーズベルト以来のものでしょうか、クリントン政権下でも露骨に、親中・日本無視政策に転じました。一方の共和党は、親台湾派です。これは、台湾系華僑資本が、ユダヤ資本と並んで、現在の共和党の、重要な資金源になっているからです(これら外国人資本は、昔はむしろ民主党の支持母体でした。それが、いつの間にか、共和党の資金源に、変化してしまいました。おそらく、レーガン以来でしょう。理由はよく判らないが、当時の民主党が左傾化してしまい、それに不安を感じたユダヤ人や中国人が、共和党に流れた、と考えられます)。現在のブッシュ政権に、台湾系華僑資本が影響を及ぼしていない、と考えるのは、いささかナイーブというものです。もし、国民党に指導された台湾新政権下で、第三次国共合作が成立すれば、台湾系華僑も、反共・大陸反攻を唱える必要はなくなる。パンダの贈呈は、その前準備。こうやって、次第次第に、中国への違和感を無くしていく。これが、毛沢東の云う「人民戦争理論」だよ。昨年末に、中国政府は農業税の廃止を表明しました。台湾では、日本統治以来、そんな物は存在しません。国家の最低基盤を作るものは、農業です。大陸に於ける農業税の廃止は、農業分野での、中・台の違いをなくすことで、その結果、国共合作を妨げる要素は、事実上存在し無くなります(なお、農業税の廃止を、日本のマスコミ、或いは政府は「農家収入の2%に過ぎず、大きな影響はない」のような報道をしていますが、これは「木を見て森を見ず」の例えどおり、如何に今の日本のマスコミ及び政府が、ものを見る能力を失っているか、の象徴です。大変な体制的変革になるでしょう)。第一、今の中国を、社会主義や共産主義国家と考えているのは、最早日本自民党の一部とか、文春「諸君」とか、サンケイ「正論」に代表される、超アナクロ保守主義者ぐらい(但し、その中に、コイズミとか、次期政権を狙う安部晋三のような、愚かなタワケモノがいるのは問題)にすぎない。ということは、アメリカ共和党も状況によっては、親中路線に転換してしまう可能性が高いということです。民主党は元々親中派だった。これに共和党も加われば、アメリカの政策は、一気に親中に片寄ってしまう。当たり前だが、その前には、中国という巨大市場が控えている。要は、これに参入する大義名分が必要なだけ。それは、第三次国共合作で実現される。こうなれば、アメリカが、日本に無制限に肩入れする理由は、なくなってしまうのです。六カ国協議は、中国ペースで進み、日本の頭越しに、米朝協議が整い、挙げ句の果てが、南北協商(事実上の南北平和統一。平和とは、軍事力を伴わないだけの意味。これが金正日の真の狙い)の可能性だってある。現在のアメリカ合衆国憲法では、合衆国大統領は、国益のために働くことが義務付けられている。国益とは、アメリカの国益であって、日本のそれではありません。アメリカと日本の国益が矛盾したとき、アメリカは自己利益のために行動するでしょう。今日のパートナーは、明日の裏切り者です。今の日本政府にそれだけの、シビアな現状認識があるでしょうか?今のコイズミ政権の外交政策は、余りにも、一方に片寄っている。かつての東条内閣が、ドイツに片寄ったのと同レベルである。あまり片寄ると、相手から裏切られたときの、ショックが大きいことを、お忘れなく。
(06/01/01)


´06 キッシンジャー博士の年頭予測

 毎年、この時期には、アメリカのキッシンジャー博士に対する、年頭インタビューが行われます。昔はNHKだったのが、最近ではテレビ東京がやっている。昔々、イラン・イラク戦争が始まった折り、日本の評論家達(例えば武村健一のように、英語が使えるだけで、中身のない、カラッポの案山子学者まで)は、みんな「原油価格が急騰する、日本はどうするんだ」、などと狼少年をやっていた。ところが、一向に原油価格は上がらない。何故か?と考えたとき、「なるほどそうか、イランとイラクが戦争を続けている限り、原油価格は上がらない」という結論に達した。そして、翌年のキッシンジャーインタビュー(確かNHK)で、博士が同じこと・・・つまり、「イランとイラクが戦争を続けている限り、原油価格は上がらない」・・・と云っていたのを覚えている。皆さん、判りますねえ。
 さて、今年のキッシンジャーインタビュー(01/08 5ch)。テーマは次の通り
  (1)中国元切り上げはあるか?
  (2)原油高は続くか?
  (3)中国の台湾攻撃はあり得るか?
  (4)アメリカのイラク撤退はあり得るか?
  (5)北朝鮮爆撃はあり得るか?

 殆どのテーマで、キッシンジャー博士と筆者の意見・予測は一致しているが、次の2点で異なる。
(1)キッシンジャー博士は、今回の原油高騰の原因を、供給が需要を上回ったとし、中国・インドの経済発展が続く限り、「原油価格が上がらない、としたら驚きだ」と述べる。博士は、原油価格は需要と供給のバランスのみで決定される、と考えているようだ。伝統的市場経済主義者の考えである。1970年代までなら、そのとおりだろうが、今は違う。21世紀の市場を決定するものには、これらに加え、自由化された余剰資金(所謂フアンドマネー)を考えなくてはならない。昨年の原油価格高騰は、行き場のなくなった資金が、一時的に原油市場になだれ込んだものである(これは三井総研の寺島理事長も同意見)。ファンド資金というものは、一旦価格が上がり出せば、そこに雪崩を打つように集中するが、価格が天井を打ってしまえば、後は需要、供給、資金の三竦み状態になって、大きな変動は無くなってしまう。そうなると、ファンドにとって、利ざや稼ぎの旨みがなくなるから、次の市場を探して、そこに移る。現代経済の特徴は、微分経済学とも云うべき、価格の瞬間的変化に着目して、利ざやを稼ぐことにある。これが可能になったのは、コンピューターとインターネットのおかげ。更に、金利が上がれば、直ぐにそっちへ移動してしまうので、資金不足になり、利潤確保のための投げ売りが始まって、価格は良くて安定、下手すりゃ下落する。後は、価格を決定するのは需給バランスのみ、と筆者は考えている。将来、原油市場には、ロシア原油という大物が参加するから、供給過剰になり、更に原油価格が下落するケースだってあるのだ。原油価格とは関係は無いが、現在の景気拡大を受けて、日銀は長期金利の引き上げを、政府に打診したが、竹中平蔵や中川(秀)などは、「未だデフレだ」と言って、引き上げに賛成しない。ひょっとすると、こいつら悪党は、自らファンドに投資しており、自分らの金儲けのために、金利引き上げを遅らせることを、画策しているのではないか?国民に損はさせても、自分らは損をしない、というわけだ。
(2)イラクからの米軍撤退について、博士は「撤退は必要だが、今はその時期ではない。今、米軍が撤退すれば、イラクは内戦状態となり、石油輸出システムは打撃を受け、混乱は周辺、特にサウデアラビアに波及する」と述べる。前半はそうかも知れないとは思うが、(100%は賛成しない)、後半は何となく、ベトナム戦争当時のドミノ理論を、思い出してしまったのである。40年前、アメリカは、この理論でベトナムの泥沼にはまり込み、大変な痛手を受けた。イラン革命が起こった時、アメリカはこの理論に基づいてイラクを支援し、サダム政権の強化に貢献した。旧ソ連がアフガニスタンに侵攻したときも、この理論に基づいてイスラム勢力を支援し、タリバンを育てた。この理論は、常にアメリカの国策を誤らせているのである。キッシンジャー博士のような、現代アメリカを代表する知性ですら、この軽薄で愚劣な理論の虜になり、ベトナム戦争の亡霊を引きずっていることに、驚かされる。なお、ドミノ理論の創始者は、確かランド研究所とかいうシンクタンクだったと思う。筆者は米軍が撤退しても、内戦にはならないと思う。バビロニア帝国以来のイラクの歴史の古さを考えれば、米軍がいるかいないか、などという小さいことで、内戦に発展する可能性など、極めて小さいとしか考えられない。いささか、イラクの歴史と知恵を過小視し、アメリカの実力を過大評価しているようですね。だからといって、石油精製施設が無事だったり、サウデアラビアが影響を受けない、とまでは云いませんが、あったとしても、全く別の理由でしょう*1。ドミノ理論は判りやすく、それだけに、アメリカ人のような、単純な頭には受け入れられやすいのかも知れないが、ベトナム戦争終結から、既に30年が経過している。いい加減に、目を覚ました方がよいのではないでしょうか?
 なお、インタビュアー(日高ハドソン研主任研究員)の質問の仕方がまずく、博士の意見の総括が、幾つかの点で間違っていたのが気になった。一つだけ、例を挙げておきます。「06年中に、日本と中韓との関係は改善されるか?」という質問に対する、博士の意見について「06年中に改善される」というテロップを流していた。実際は「06年中に改善されることを望む 」と述べているのみ。つまり「06年中には改善されない」というのが、博士の真意。
*1 もし、イラクから米軍が撤退すれば、中東で米軍が駐留しているのは、サウデアラビア、クウェート(ヨルダンもだったかな?)だけになる。サダムもいなくなり、大量破壊兵器も無かったことが判ったので、米軍駐留の理由が無くなってしまった。何時までも駐留を続けていると、これら各国はアラブ諸国から、支配層は国民からの非難を受けることになる。そこにアルカイダがつけ込む隙は十分にある。急いで、米軍駐留延長のための理由をつくりますか。例えば、75年前に日本軍が満州でやったように、イラン軍がイラク南部に侵攻した、と見せかける状況をねつ造するとか。ランド研やネオコンの頭なら、この程度でしょう。
(06/01/09)

その他、少し気になる意見を、幾つか紹介しておきましょう。

Q「06年、中国が台湾を軍事攻撃する可能性はあるか?」
A「今の中国指導部に台湾を攻撃する意図はない。但し、台湾が独立宣言をすれば、中国は台湾を攻撃する。それは、オリンピック前でもあり得る。・・・私が知っているアメリカ大統領は、全て「一つの中国政策(One China policy)」を採ってきた。ブッシュが、それを変更する根拠はない。」
Q「北朝鮮はかつてはモスクワと、今は北京と一体のように見えるがどうか?」・・・・愚問ですな。アメリカの一流シンクタンクの研究員が、こういう認識ではちと困る。
A「そうは思わない。キムジョンイルは独自の意志で行動している」

 なお、ポストキムジョンイル状況に於ける、朝鮮半島及び東アジア状勢の展望について、質問も所見も無かったのが、残念。
(06/01/10)


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