国際思想いろいろ


 

 最近の海外政治で興味を覚えるのは、これまで猛威を振るってきた右派ポピュリズムに対する反動が表れだしたことだ。
1、先月行われたイスラエル総選挙では与党リクードが敗北。中道右派と連立を組まざるを得なくなった。これまでの強硬派ネタニヤフの求心力は急速に弱まっている。
2,同じくオーストリア総選挙では極右政党が大敗し、党首が辞任する始末。
3、イギリスではジョンソンに逆らって保守党脱退者が続出。
4、ブラジルでは国際批判を恐れてアマゾン焼却作戦が沈静化。ボルサリオもがっくり。
5、更に極めつけはトランプのウクライナゲート事件。もし大統領弾劾となれば右派は大ショック。
 などです。この動きが更に大きなうねりになるかどうか未だ分かりませんが、過ぎたるは及ばざるがごとしで、いよいよ右翼ポピュリズムの終わりも見えてきたようだ。
(19/10/03)

最近のテレビ報道番組ではとにかく日韓問題だらけ。これをテーマにすれば視聴率が稼げるとばかり、地上波もBSもこれだらけだ。そして出てくるのは、やれ韓国や文大統領は外交を知っていない、あるいは日本の主張やその背景にある国際法の取り決めを理解していない、このままいけば韓国経済にとってマイナスしかない、等々の批判である。
 この批判はその通りなのだがまるっきり韓国に届いていない。その原因は日韓両国で現状の認識法に大きなずれがあるからである。そしてこの認識法の違いは今に始まったことではなく、1000数100年越のことなのである。現在の韓国民の認識をリードしているのは大統領である。現在の日韓関係を理解するためには文在寅の人格を理解しなくてはならない。
 彼の人格理解のヒントになったのは、南北が統一し力を合わせれば、経済・国力で日本を凌駕出来るという過日の演説である。この演説が何の根拠もなく只のスローガンで、仮に南北が今の状態で統一したところで、韓国経済にとってマイナスにしかならないだということは、肝心の韓国民が一番よく知っている。確かに北朝鮮には地下資源は豊富だが、それを開発するためのインフラが未整備、最も大事なことは開発を行う人民が永年の官僚主義支配で、上からの指示が無ければ何も動かないという悪弊に陥っていることである。この結果、韓国が北挑戦を併合したところで経済はマイナス方向にしか動かず、再び半島は分裂に向かう。しかもそれは南の韓国から始まるであろう。てなところは少し国際情勢をかじった人間なら誰でも分かる。ところが文在寅はそれらの不確定要因を無視して単純にGDPの足し算とかそんな単純な話で将来を語ろうとする。
 ということで筆者が彼に下した結論は、文韓国大統領は理数系科目が苦手な文系、いわゆる儒学系官僚人間。王朝時代であれば体制に忠実だが頑固で正義感が強い正論派官僚。権力者側には嫌われるが部下や民衆には結構人気がある。だから政府も簡単に首に出来ない。頃合いを見て国王が肩を叩いて故郷に隠居。両班として読書でもして余生を過ごす、てな人生を送っただろう。
 儒学にも色々あって、文が学んだのは多分李氏王朝時代主流だった朱子学。これはいわば王朝原理主義思想で、国家のあるべき姿がまずあって、これに反するものはすべて排除するというもの。韓国司法の特徴である法理より民族意識を重視する正義論もこの延長にある。
 儒教の根本思想は北極星(年間を通して動かない)にある天帝の意が地上の皇に伝わり、地皇はそれから生まれる徳をもって人民を支配する(出来る)というものである。地皇の徳は周囲に伝わるがそれも限界があり、届かない地域に棲む蛮族は夷荻とされ差別される。
 儒学で重要な思想に”虚実”がある。人間に例えると”実”はその人間の能力のような実体である。”虚”はそれを覆う衣類や飾りのようなもの。これを如実に表す言葉が「メンツ」である。我々日本人は実態を重視するからあまりメンツにはこだわらない。敢えて拘るとすれば、政治家、やくざ、芸人といった表街道を歩けない連中である。中国や韓国・北朝鮮と云った旧儒教国でメンツが重視されるのも、もっともなのである。
 実の極端が力である。儒学では力が軽視されるから逆に弁舌が重視されるようになる。中国戦国時代では弁舌をもって君主に使える「弁士」というものが登場する。彼らが駆使したのが相手を如何に言いくるめるかの技術である。その結果生まれたのが黒も白に(その逆も可)言いくるめる詭弁という技術である。これは日本にも輸入され、現在日本でも猛威を振るっている。典型がアベ晋三首相が駆使する御飯は食べておりません、パンを食べていますという「御飯論法」である。
 一方明代に朱子学のような形式学に対し、王陽明による言行一致の陽明学が起こった。これが日本にm輸入され江戸時代後半に陽明学派というものが産まれた。それが大塩平八郎、佐久間象山、横井小楠、中江藤樹らの陽明学の系統である。しかし当時幕府や朝廷の主流を作っていたのが朱子学派だったから大きな勢力にはなれなかった。しかし幕府革新官僚に影響を及ぼし、幕政改革・明治維新の原動力の役割もつくったのである。
 さて文大統領だが彼の言動を考えると、どうしても原理的朱子学者の系統だろう。だから”実”を重んじる日本人とはどうしても理解し合えないのは致し方ない。
1、韓国の言う「礼」; 儒教というのはとかく礼儀を重んじる。なぜなら儒教が重視するのは外面に出る虚像であり、それが行動に現れるのが「礼儀」なのである。この礼儀は長幼、序列関係で特に重視される。先に述べたように、儒教では天帝の威が地上(中国)の皇に伝わり、それが徳になって周囲に伝わる。ということは皇に近いものほど大きい徳を得るから周囲に対し上位にある。
 韓国(朝鮮)は中国と陸続きであり且つ最も早く儒教を受け入れた。日本は韓国より中国から遠く、更に海を隔て儒教の受け入れも遅かった。従って韓国(朝鮮)が中国文化において長兄であり、日本は弟である。従って弟(日本)は無条件に兄(韓国)に従わなければならない、というのが韓国文政権の主張だろう。
 しかし日本では虚より実の文化が優先していた。中世では貴族は神道・儒教だったが武士は仏教だった。近世(江戸時代)では幕府は武士は儒教、庶民は仏教と定めた。しかし武士も真面目に儒教を学んだとは言い難い。当たり前だが武士の役目は領土を護ることで、虚である儒教的建前に関わりあってはいられない。それが江戸期後半に於ける実学重視政策につながり、その結果が明治維新となり西欧志向の近代化になった。しかし儒教を重視した中国(清)や韓王国はその流れに乗り遅れてしまって日本の圧力を招いてしまった。
 ホワイト国騒動では、日本は条約・規則通りにやっているだけで何も韓国に遠慮することはない、と考えている。しかし文始め韓国左派政治家はしきりに日本に対し「無礼である。礼儀をわきまえない」と説教する。その理由は、韓国は弟である日本が(中国に対し)長兄である韓国と対等に振る舞うこと自体が礼に反すると考えるからである。
 だからと云って日本人が礼儀をわきまえないということではない。但し日本人の礼儀は相手をむやみに蔑んだり服従を強要することではない。身分上下の隔てなく相手を対等に扱うことが最上の礼儀とされる。例えば大相撲は大変な階級社会だが、一旦土俵の上ではそれは問題ではない。たとえ自分が横綱で相手が平幕でも、勝負が終われば対等に礼をする。外交協議も同じで、どちらが上下ということはない。一旦協議がまとまり条約が締結されれば、不満があってもそれに従うというのが日本流の「礼」なのである。(続く)

 ノートルダム寺院消失によって300tの鉛が溶け出して環境汚染が大変だという。しかし我々地質屋の眼でみれば、ほぼ同量の金や銀も溶け出しているはず。これらの貴金属を回収すれば、聖堂復活費用問題は簡単に解決する。おりしも金も値上がりしている。鉛も使いようによってはハイテク材料になる。例えば原発炉体の遮蔽材とか*。
 さて、我が国では天正元年(1615)4月大阪夏の陣で大阪城は落城。金・・・瓦・屏風・天井あらゆるところに金が使われていた・・・に包まれた天守閣は燃え落ちた。果たして家康の本当の狙いは何処にあったのか?一般には、家康は豊臣家を滅ぼすことによって戦国混乱の再来を防いだなどという説が多い。司馬遼太郎のような歴史のシロートはこれに引っかかる。しかし私のような複眼思考人間にはとてもそんな単純な話には乗らない。
 筆者は家康の狙いは、今後徳川幕府就中徳川家の長期的安定を担保するための原資として、豊臣家財宝を確保活用することにあったと考える。豊臣家資産の塊が大阪城天守閣で、これを焼き落とせば、秀吉が貯めこんだ金が黙って手に入るのである。その額およそ600万両**ともいわれる。
 ところが孫の家光が寺社の新築修復再建に殆どを費消・・・「売り家と書く三代目」の典型・・・し、五代将軍綱吉晩年には幕府財政は大赤字になってしまった。これこそ秀吉(=豊国大明神)の祟りだ。家康は東照大権現になったが、権現(仏教)より明神(古神道=国津神)の方が強かったのだ。
*このあたり、中国が目をつけている可能性あり。
**豊臣家財宝はこれだけで済まず未だあったという説がある。それが豊臣埋蔵金説で、それは今の大阪城天守閣直下にあるという。昔ある人物がそれを電磁波(MT)探査で探そうとしたが、大阪市が邪魔して探査させよらんとぼやいていた。今話題のミュー粒子探査を使えばどうか?それこそ大阪街おこしの話題にはなる。こういうところに大阪市大が頑張らなきゃならん。
(19/04/20)

 パリノートルダム寺院が炎上して、これは世界人類の財産の被害だと、世界中から義援金が殺到。それはそうだろうし、義援金の募集も当然だと思う。しかしここでまたひねくれものの芽が開いてくる。
 今から10年前9.11事件の報復として、翌年ブッシュ=アメリカはアフガンに侵攻した。これに対しアフガン反米勢力(=タリバンと称する盗賊集団)はガンダーラ仏の頭部を爆破し、中にあった宝石を盗み出した。この暴挙に対し全世界は何も反応せず、未だにほったらかしだ。
 ノートルダム寺院の復旧に日本政府は支援を惜しまないと声明したが、ガンダーラ仏にはノーコメント。キリスト教の聖地は重要だが、仏教なら構わないのか?それともヨーロッパ人の遺産だから重要で、アジア人のそれは格下とみているのか?これなら人種差別*だ。
 間もなくアベはヨーロッパ歴訪の旅・・・何のために行くのかさっぱり分からない・・・に出る。そして最初の面会相手がフランスのマクロン。そのための手土産とすれば、元号だけでなく人類遺産の自己政治利用だ。
*戦前の日本右翼・・・例えば大川周明とか岸信介・・・には明らかにアジア人に対する人種差別意識があった。アベもその血を引いているのだろう。
(19/04/18)

 世界中・・・と云っても米欧だけだが・・・巨大プラットフォーム企業(要するにGAFAのこと)に関する規制。日本でもたかまりつつある。これに関する討論が過日BS-TBSの某番組で行われた。ゲストスピーカーは自民党競争政策委員会の議員、もう一人が元グーグルジャパン取締役社長の辻野という人物。
 番組は、まず欧米で始まっているGAFAに対する規制強化について解。自民議員は規制派、辻野は当たり前だが規制反対派。規制派が主張するGAFAの問題点は概ね次の3点に要約される。
1、広告業界における圧倒的な資本力により競争が阻害される。これはIT業界の資本の移動を妨げ、ひいてはIT業界でのイノベーションの成長を阻害する。
2、莫大な個人情報の取得方法、並びにその使用法について透明性が確保されていない。例として16年アメリカ大統領選挙で、フェイスブックからイギリスのIT企業を介して大量の個人情報がトランプ陣営に流れ、結果として選挙結果に影響した疑惑があ。その他GAFA の端末を利用することによって、個人情報がGAFAのサーバーに蓄積され、それが今後商売目的で利用される可能性が高い・・・これは筆者だけでなくみんな、既にそういうことをやっているだろうと思っている・・・。
3、まともに税金を払っていないのではないか?つまり経営が不透明である。
 これに対し擁護派の辻野は次のように反論した。
1,GAFA規制は社会主義だ
2、GAFAの社員は優秀で物凄く働く。モラルも高く、倫理性では問題はない。sもそも透明Ð度の高くない政府が透明性を言うのはおこがましい。
3、いくら規制を強化しても、GAFAは常にその先を行く。
 さてこの反論、皆さんはどう評価するでしょうか?私の感想ではこの辻野という男、頭は良いのだろうが、知性という点では高校生並み・・・ただし中学2年生並みと云われるトランプよりはマシだが・・・、あるいは確信的アナキストだ。
 まずあらゆる企業活動を規制するということを、社会主義ととらえること自体アナクロである。そもそも巨大企業の暴走を防ぐための反カルテルトラスト法・・・わが国では独占禁止法として用いられている・・・を最初に成立させたのは、自由資本主義のメッカ、アメリカである。
 その理由は現在のGAFA同様、ロックフェラーやモルガン財閥といった巨大財閥がアメリカの資本主義市場を牛耳り、存在を歪め誰も対抗できなくなったからである。つまり現在の資本主義はかつての巨大資本規制の上に成り立っているのである。自由な競争と巨大企業の暴走とは全く次元が異なる。
 GAFAの社員は優秀でモラルも高いかもしれない。しかし彼らが作る組織や企業の行動が倫理的とは限らない。元々GAFAの透明性に疑問を投げかけてきたのは欧米の消費者や中小企業主。EUやEU加盟各国政府が規制に乗り出したのは彼らの主張に逆らえなくなったから。日本でも今の日本政府や自民党が自ら規制に乗り出したのではない。EUと歩調を合わせなくて、対EU貿易交渉の妨げになるからである。
 辻野の主張は例えば、ラスベガスや最近のNZ大量殺人事件でも「銃に罪はない、悪いのは人間が」という全米ライフル協会や、NZ政府の銃規制について、「一人の狂人のために趣味の狩猟が出来なくなるのはおかしい」というハンター達の身勝手、自己責任放棄と同列のものである。それどころが、他とは悪いが暴力団や暴走族仲間の論理と変わらない。
 GAFA の透明性はデータ取得だけではなく税金の問題にも絡む。各国政府がGAFAに対し抱いている最大の懸念はこれである。GAFAの本社は一体どこにあるのか?これがさっぱり分からない。各国に分社化してそれぞれがインターネトで繋がっている。このネットを使えば、ある国の本社で発生したコストを次々に付け替えていけば、払うべき税金を極小化できる。全く払わないわけではない。しかし節税テクニックを最大限に活用すれば、数分の一に節約できるのである。
 辻野はいみじくも最後に云った。いくら規制を強化してもGAFAは常に先を行く。つまりいくら各国政府が税金を獲ろうとしても、GAFAは常にその抜け道を探し裏をかくということだ。
 さてKの思想、右翼でも左翼でもない。むしろ合法的アナキズムであり、何か16~17世紀に世界を股にかけて暴れまくった海賊の思想に似ている感がする。海賊は庶民に結構人気があったのだ。各国政府も海賊を利用していた。しかし近世に入り資本家(ブルジョアジー)の力が強くなると、各国政府は彼らの要求に屈して海賊退治にのりだした。そして海賊は見つけ次第縛り首となった。いずれGAFAもそうなるのではないか?
(19/03/30)

 女優のカトリーヌ・ドヌーヴ他のフランス芸術家が、アメリカでのセクハラ反対運動(MeeToo)を「男性にも女性を口説く権利がある、あれは清教徒主義だ」と批判。ということはドヌーヴらは女性にも男性を誘惑する権利があると、主張しているのである。至極まっとうで、非難するいわれはない。
 ここで彼女らの云う口説き・誘惑とは、中世騎士道以来フランス上流社会で洗練されてきたフランス流エスプリの効いた知的ゲームである。このゲームには誰でも参加できるわけではない。ドヌーヴやオランド元大統領級の知性が必要である。まして昨今日本マスコミネタになっている、芸人や三流政治家の不倫とはわけが違う。日本のそれは、サル山のサルの野合のようなものだ。
 日本では今から数100年前の江戸時代では男女の口説き・誘惑は当たり前で、誰もそれを止めなかった。その点では日本の方が今のフランスよりズーット進んでいたのである。但しこれが一歩進んで不倫までいくと話は別で、場合によっては厳罰がまっていた。それは子供が生まれた場合、武士の場合は家督相続、町人では財産権相続などでトラブル・・・いわゆる御家騒動・・・が発生するからである。しかしそれも家督が世襲の武士とか財産をもっている農商民だけの話で、何も持たない裏長屋の八公熊さんには何の関係もない。そこでこれら庶民はやりたい放題だったのだ。
 明治になって民法が出来、そこにも不貞罪というものがあったが、明治の民法は当時のフランス民法の丸写し。つまりこれが出来た1970年代のフランスには、まだ前時代のキリスト教的制約が残っていたのである。
 近代絵画の始まりと云われるマネの「水辺にて」という名作がある。これは中央の裸婦とその左右の紳士が戯れるという大胆な構図で、当時のフランス社会に大きな衝撃を与えた。保守的なある大物は「これは私に卑猥な印象を与える」と云ったので印象派の語源となった作品である。
 当時のフランスは女性解放運動(それと並んで社会主義運動)が盛んだった。中央の裸婦は解放された女性。左右の紳士は、彼女達を相手にどうしてよいか分からなくてドギマギしている保守的な男性達。そして画面遠方の湖のほとりには、着衣の女性が戯れているが、これはフランスにそっぽを向く、イギリスやドイツなどの保守的プロテスタント諸国への皮肉か。
 今MeeTooの本場はアメリカで、イギリスにも影響している。みんなアングロサクソンだ。フランス人とアングロサクソンは未だに100年戦争をたたかっているのである。
(18/01/15)