ジプチとアファー三角帯

 北アフリカアデン湾に面するジプチは、今回日本の海賊対策海自派遣艦隊の基地がおかれる港町です。ジプチは紅海ーアデン湾を繋ぐ航海上の要衝であるだけでなく、地質学的には、いわゆる「アファー三角帯」の南東端を形成し、プレートテクトニクスの立場からも非常に興味にある地域です。ではジプチとその周辺ではどのような地学現象が見られるでしょうか?

(図1)
 ジプチは東アフリカ紅海に沿いにあり、北はエリトリア、西はエチオピア、南はソマリアに接し、東はアデン湾に面する。直ぐ向かいはアラビア半島イエーメンである。
 アファー三角帯とは、西を北のアスマラ付近から南北に延びる「エチオピア急崖」に、南をジプチからアデスアベバに延びる「ソマリア急崖」に、東を紅海・アデン湾に挟まれる三角形の地帯である。
 この地形をよく見て貰いたい。対岸のアラビア半島南西の凸部を南西にずらすと、アファー三角帯にピッタリ重なる。
 紅海・アデン湾はプレート運動により拡大しつつある海である。アファー三角帯はこの運動により、アラビア半島の一部がはぎ取られた地帯なのである。
 なお、紅海、アデン湾の中央に延びる地溝帯は北東のアラビアプレートと南西のアフリカプレートを分けるプレート境界断層。アデン湾には、これを変位させる、NNEーSSW方向のトランスフォーム断層が多数発達していることが判ります。
 

 アファー三角帯の近代的な地質調査は1967〜70年にかけて、H.タジェフ等国際調査チームにより始められた。下図はその日本語版(「別冊サイエンス」日本経済新聞社 1973)掲載の一部である。(図2)
 

アファー三角帯は中央のギリエチ湖付近を境に、南北二つの領域に分かれます。
(図3)
 左の図は北部地域です。この地域の特徴は、西のエチオピア急崖と、東のダルキル・アルプスに挟まれた地域が海水面下だということです。この点から、昔は巨大な陥没地帯と考えられていました。1960年代後半のタジェフ等の調査で、上の大陸地殻が引き剥がされ、海洋地殻が露出していることが明らかになりました。
 三角帯中央部の黒い部分はエルタ・エール山脈。玄武岩質の海底火山脈です。山脈の周りを囲む白い帯は、海底が干上がって出来た塩の海です。この地域の塩は古代より、エジプトからサハラ・西アフリカ一帯にかけて輸出された貴重な外貨獲得源です。
 ダルキル・アルプス中腹に見える黒い筋は玄武岩の噴出です。

 では、エルタ・エール山脈に近づいてみましょう。

(図4)
エルタ・エール山脈の近景。火山の火口が幾つも見えています。山全体が緑っぽいのは、この山脈全体が海底火山活動で熱水変質を受けた、玄武岩質の砕屑岩(ハイアロクラスタイト)で覆われているからでしょうか?その中に見られる黒い不規則な塊は玄武岩の溶岩。

 

(図5)
南部地域は北部地域と異なり、優白色のデーサイト質火山・火山岩岩と、概ねNNW-SSE方向の断裂系が発達することが特徴です。又、この断裂系に沿って険しい峡谷が発達します。
 写真中央上がギリアチ湖。

(図6)
 ギリアチ湖南部の旧海底火山。エルタ・エール山脈と同じ、玄武岩質ハイアロクラスタイトからなる火山列が2本見られます。東(右)側火山列では、噴火口はほぼ南北に並んでいますが、タジェフ等はそうではなく、概ねNNE-SSW方向の断層に沿って、火山活動が生じていると主張しています。
 そういえば、図中央下に同方向の割れ目が4本ほど走り、その延長上に噴火口が出来ているのが見えます。

 西(左)の火山は全体が火山倣出物で覆われています。西側斜面全体を覆う黒い塊は玄武岩の溶岩。

(図7)
 視点を東にずらします。図の左上は図6の海底火山脈。此処でも多数の火山が列をなして続いています。しかしここでは色が白っぽくなり、岩石としてはデーサイト質に変化していることが判ります。
 マグマの性質が変わったのでしょうか?例えば、北部は海洋地殻だが、南部は大陸地殻に変わったなど。
 タジェフ等は、ストロンチウム同位体の研究から、そうではなく、根元マグマは同じだが結晶分化の過程で、玄武岩とデーサイトに分離したと説明しています。
 図上の黄色い線はエチオピアとエリトリアとの国境。
(図8)
これもアファー三角帯の奇勝の一つ。エチオピアとジプチとの境界にある、アベ湖北岸に見られる新しい火山。山頂に火口がありますが、その周りに塩を被った丸い平坦面が発達します。ギョーに似た平頂火山です。塩を被っているということは、この火山が、かつて海中にあったことを意味します。それが火山活動や地殻変動で次第に隆起し、地上に姿を現したのでしょう。それがいつ頃かは、山頂の新しい噴火口の岩石や、そこから流れ出している溶岩の年代を調べれば判ります。
 山腹を作るのは玄武岩質のハイアロクラスタイト。東側斜面に新しい玄武岩溶岩の噴出が見られます。
(図9)
 これも南部地域の地形を特徴付ける構造です。NW-SE方向に湾曲したシアーが発達するが、それを切るN-S方向の断層も見られる。
 これらの断裂系に沿って深い渓谷が発達します。白いのは雪や雲ではなく、みんな塩です。

 ジプチを含むアファー三角帯は、地質学的にも興味あるテーマを与えてくれますが、もっと重要なものがあります。それは地下資源です。アファー三角帯の地下資源開発に関し、タジェフは地熱開発を提案しています。しかし、タジェフの提案から30年以上経っても、この地域で地熱開発が行われた形跡はありません。もう一つの資源は、金属・鉱物資源です。若い火山地帯だから、金・銀・プラチナのような貴金属は勿論、各種のレアメタル、更に近年注目されているリチウムも埋蔵が期待されます。アファー三角帯は、現在は人も住めない荒涼とした・・・おそらく地球上で最も厳しい・・・環境ですが、これらの資源を上手く活用すれば、大きな富を得ることが出来ます。そうすれば、ソマリア沖で海賊などという、リスキーな商売をやらずに暮らせるようになるでしょう。


横井技術士事務所     技術士(応用理学)横井和夫

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