リオグランデ海膨と黒潮古陸

横井技術士事務所
技術士(応用理学) 横井和夫

 アトランテス大陸とは、遙か昔アテネから逃げ出したプラトンがエジプトまでやってきて、エジプトの神官ソロンから聞いた話として、テマイオスという対話篇に伝えた物語です。ソロン自身も誰かからの言い伝えと言うから、本当の発信者が誰かは判らない。アトランテスとは大西洋に浮かぶ大陸で、そこにはオリハルコンという金より高価な金属がある。金など鉛ぐらいの価値しかない、というお話です。だから、強欲なヨーロッパ人はアトランテスの妄想から離れられない。これをテーマにした小説は、ベルヌの「海底2万浬」始め幾らでもあります。このほど、日本の深海探査船「しんかい」が南大西洋の海底で花崗岩を発見したというので、俄にアトランテス伝説が注目されて来ましたが、これはプラトンのアトランテスとは全く関係はありません。しかし、今回見つけた海域の海底下には膨大な量の地下資源が眠っています。これこそアトランテス大陸の富です。

 最近Google Earthのバージョンが変わって、NOAの情報が組み込まれるようになりました。お陰で海底地形が、陸上と同じように観察出来るようになりました。これは大変有り難いことです。その一つの例として、太洋下の海膨を取り上げます。

リオグランデ海膨とアトランテイスの富


【太平洋の海膨】

 今度はジャッキー海膨で火山岩が見つかったという報道。火山岩と云っても色々あって、どんな火山岩が問題。恩師市川浩一郎先生は「黒潮古陸説」を唱えるに当たって、「火の気」を強調していた。「火の気」とは火山活動の事で、おそらく酸性火成活動のことを頭に思い描いていたでしょう。酸性火成活動なら安山岩か流紋岩。しかし海洋地殻の中ではいささか考えがたい。まあ、玄武岩でしょう。それはともかく、古い「黒潮古陸説」が次第に復活する事は、弟子として大変興味深いものがあります。
(13/09/08)

昔1970年代半ば、亡き恩師市川浩一郎先生が南方洋上大陸説(黒潮古陸)というのを提案した。根拠は紀伊半島、主に南端の四万十層群中の中新統に見つかった、オーソコーツアイト礫を含む岩礫泥岩層である。オーソコーツアイトは石英含有量が90%以上になる砂岩のことである。こういう砂岩は、後背地の母岩が花崗岩又は片麻岩で、長い距離を運搬淘汰されなければ出来ない。そういう場所は即ち”大陸”である。
 ところが当時の地質学界では、この説は受け入れられず、それどころかケチョンケチョンにけなされ、先生もとうとう引っ込めてしまった(意外に根性がないのである)。批判の急先鋒が当時岩手大学の助教授だった大上。彼は阿武隈帯の変成岩が得意だったらしく、それを武器に紀伊半島南端のオーソコーツアイト礫を岩石学的に検討した結果、これを阿武隈山地由来とし、又古流向解析から、これらの礫はNE-SW方向の海流に載ってきたのであり、現在の阿武隈山地と紀伊半島の位置関係と矛盾しない、とした。筆者は仙台転勤時にこの論文を見たのだが、その時ひっかったのが
1)中新世当時の日本列島の形が仮に今のままとしても、阿武隈山地から発生した礫が紀伊半島南部までたどり着くだろうか?
2)オーソコーツアイト礫が見つかった中新統は、独立した堆積盆を形成しており、阿武隈山地とは別個の存在である。
3)そもそも中新世で、日本列島の形が今の状態である保障はない。
 三番目の疑問は、今でこそプレート論によって当然視されるが、70年代半ばの時点では未だ異端だった。

 それはともかく、今回リオグランデ海膨で花崗岩質岩石が確認されたことは、太洋底の海膨から陸地へ大陸性岩石が供給される可能性を示したものである。つまりある時、かつてのテチス海(今の太平洋の先祖)に巨大玄武岩プリュームが出現し、海膨・海山を作った。それはプレートに載って次第に日本列島に近づいてきた。又プリューム内部では結晶分化により、表面に花崗岩質岩石が形成された。このプリュームはその大陸化し、表層地殻の一部は河川で運搬淘汰され円礫を作った。それらは海底移動によって大陸縁辺に付着した。これがオーソコーツアイト礫を含む含礫泥岩層である。そして元あったプリュームは、大陸縁辺に形成されたサブダクション帯から、プレートの下に沈み込んでいった。こういうことが数1000万年の間に何度も繰り返された。つまり黒潮古陸は実際にあったのだ。これこそアトランテイス。今回リオグランデ海膨で発見された花崗岩質岩石の中に、オーソコーツアイトかそれの元になる岩石が含まれておれば、冒頭に挙げた南方洋上大陸説が、息を吹き返す可能性を示唆している。
 まさかと思う人も多いでしょうが、北太平洋には今回のリオグランデ海膨の数倍の規模を誇る巨大海膨があります。そしてそれは少しずつ日本に近づいています。楽しいですねえ。これが列島に付着すれば日本の領土は数倍以上に拡大します。但しその時は大変な地殻変動が起こり、とても東北太平洋沖地震どころではありません。
(13/05/17)


 大西洋の年齢はせいぜい7000万年ですが、太平洋は大西洋に比べずっと古い海です。だから同じ様な海膨が沢山あっても不思議ではない。ここではその内の一つジャッキー海膨を紹介します。

下の図は北太平洋のUSA-NOAの画像です。中央のカムチャッカ半島東部から南に伸びる線は、天皇(エンペラー)海山列。これは途中でESEに方向を変えますが、その端っこにあるのが今のハワイ諸島。

 

 天皇海山列を挟んで左右に、海が浅い部分(色が薄い)があります。これが海膨です。向かって右がヘス海膨、左がジャッキー海膨です。日本に近づいているのが、ジャッキーだという事に注目。NOA の画面をよく見ると、太平洋上には似たような海膨が沢山あることが判ります。

 ではジャッキーの中身をみてみましょう。下図はジャッキー海膨のアップです。


 ジャッキーは結構あばた面です。様々な小さいニキビの様な腫れ物が一杯あるのが目立ちます。ジャッキーのほぼ中央をENEーWSW方向の地溝帯があり、これによりジャッキーは南北二つのブロックに別れます。南のブロックにも、端にWNW-ESE方向の筋があります。
 真ん中の地溝帯に近寄ってみます。これは直線状の断崖と、それに沿って一列に並ぶ小さな突起からなることが判ります。さてこの断崖や突起は何でしょう。それと筋の北側にある大きな半円状の平坦部が注目されます。この平坦部の真ん中に、噴火口の様な穴が見られます。更によく見ると、これの右側にも似たような半円状平坦部があります。


 更に近寄ってみます。突起の実体が判ってきました。頂上の穴があいた円錐です。これは海底火山の跡です。キューポラかも判りませんが。かつては盛んに噴煙(ブラックスモーク)を上げていたはずですが、今はもうそんな状態ではない。しかし、この噴煙の中には金・銀・銅・鉛と言った金属や、チタン・ニッケル・マンガンなどのレアメタル、更には今注目のレアアースが高純度で含まれています。それらが今、ジャッキーの表面に厚く堆積しています。これを頂ければ・・・、というお話。


 下の映像はジャッキー海膨の中で最も不思議な構造。真っ直ぐに溝が伸びています。当に断層と云ってよい構造。これに沿っても海底火山の噴出が見られます。一体これはどうして出来たのでしょうか?


 (13/07/02)


【リオグランデ海膨とアトランテイスの富】

  
 日本の深海探査船「しんかい」が花崗岩を発見したというので、すわアトランイス大陸か?と俄に注目されたのが、ブラジル沖のリオグランデ海膨。ワタクシはあまり大西洋を見たことが無かったのですが、今度の騒ぎで見てみる気になりました。
 下の図が大西洋南半の海底地形です。図の中央やや右を縦に走るギザギザの線が中央大西洋海嶺(MAR)。これと南米大陸との中間の半円形の色の浅い水深が浅い)部分が今注目の”リオグランデ海膨”です。MARを中心に、横に走る線がトランスフォーム断層です。


図-1

 南大西洋の海底地形は大きく次の4者に分けられそうです。
1、MARとその廻りのトランスフォーム断層が発達する領域
2、南米及びアフリカ大陸沿岸に発達する大陸棚・・・・大陸の周りの色の浅い領域
3、南半部で、1と2に挟まれた深海底部。ここではトランスフォーム断層などの断列系は見られない。
4、1と3との境界付近に見られる浅海部。MARの南米側ではリオグランデ海膨がそれに相当する。アフリカ側では大陸に続くNE-SW方向の海底山脈が見られる。
 4の成因はこの映像だけからでは判らない。それを明らかにするのが今回の潜水探査の目的だったのだろう。

 今回の探査ぼポイントは、リオグランデ海膨で花崗岩質岩が存在する証拠を得た事である。大陸の認定基準は地形学と地質学とでかなり違っている。地質学はそこが海の底であろうか無かろうが、大きさも無関係に、大陸地殻物質で出来たものはみんな大陸である。大陸地殻物質の代表的なものが花崗岩と安山岩である。このどちらかがあれば、それは大陸と見なされても不思議ではない。このことから、リオグランデ海膨も”大陸”の一部という情報が伝わったのである。しかし、世の中そんなに甘くはない。
 ではリオグランデ海膨とは何か?をプレートテクトニクス理論に基づいて考えて見よう。地球上の大陸は遙か昔には超大陸パンゲアに集約されていた。それが二畳紀末、白亜紀末の大規模な地殻変動でバラバラに分解され今のような状態になったのである。
 下の図-2aは三畳紀、未だゴンドワナ大陸が分裂する前の南米とアフリカ両大陸の関係を復元したものである(D.F,マッケンジー/J.G.スクレイヤー「インド洋とヒマラヤの形成」別冊サイエンス プレートテクトニクス1975、日本経済新聞社)。両大陸の境界に挟まれる色の薄い部分が今の大陸棚に相当する。図-2bは現在の両大陸の関係である。もしリオグランデ海膨が大陸の一部とすれば、図-2aでは海膨に相当するだけの膨らみが南米側に無くてはならないし、図-2bではそれに相当するの陸地欠損が無くてはならない。ところが、両図ともそのような異常は見られず、問題なく繋がっている。と言うことは、リオグランデ海膨も、アフリカへの海山列も、元々あった大陸の一部ではなく、大西洋の拡大に伴って産み出されたものと言える。

図ー2a 図ー2b

 筆者はこの海膨の形成を次のように考えている。大西洋拡大のある時期(おそらく3000万〜4000万年前)、MARで大規模な玄武岩の噴出があった。おそらくメガプリュームと言って良いほどの規模だろう。この結果海底上に巨大な陸塊が生じた。その一部は海面上に達したかもしれない。玄武岩プリュームは噴出後、結晶分化を生じる。重いFe、Mgは下に沈み、輝緑岩や蛇紋岩などのの苦鉄質〜超苦鉄質岩石を作る。一方軽いSiやAlは上昇し、安山岩や流紋岩などの珪長質岩石に分化する。この様な同一マグマからの結晶分化は別に珍しいことではなく、世界中の各地で見られる。又、玄武岩活動の末期には、珪長質岩が岩脈として貫入してくることがある。これも花崗岩と誤認されやすい。この陸塊はその後二つに分裂し、一つはリオグランデ海膨へ、もう一つはアフリカへの海山列になった。何故そのような事になったかは判らないが、潮流の影響もあるでしょう。
 と言う事で、リオグランデ海膨が大陸かどうかについては、なお議論もあるでしょうが、筆者の結論は海洋地殻の一部に過ぎない、ということです。アトランテイスなんてとんでもない。

 ではリオグランデ海膨とはどういうものでしょう?

 下の図ー3aは海膨のアップです。結構複雑な地形をしていることが判ります。海膨の地形上の特徴には次の三つがあります。
1、海膨の外周を取り囲むような高地帯。
2、海膨の中央を左上から右下にかけて走る谷状地形とその周囲の高地帯。
3、両者に挟まれる低地帯。
4、海膨の中やその周囲にポツポツと点在する突起。


図ー3a

1、外周の高地帯
 はっきり云って私にはよく判らないが、玄武岩プリュームの上昇に伴う急冷帯でしょうか。急に温度が下がるのでガラス質の岩石が出来、周りの玄武岩との剛性の差、或いはその周囲の玄武岩との密度の差で、軽い部分が浮き上がったためかもしれない。
2、中央の谷状地形と高地帯
 これはもの凄く興味のある地形です。何故こんな物が出来るのか?はっきり云ってこれも判らないのだが、HPに取り上げた以上、何らかの説明をしておかなければならないと思います。ワタクシの考えとしては、プリュームが海底面まで上昇してきて、更に下から物質が加わる。当然下からの圧力が強くなる。一方、表面は急冷するため、プリュームには体積を減少させようとする力が働く。そのためプリューム上部には引っ張り応力が働く。この谷はその結果出来た引っ張り亀裂の跡ではないか、ということです。但しそれでも何故2列に枝分かれするか、その理由は判らない。
 又この高地帯を切断するように断層の様なリニアメントが見られます(図ー3b左端)。


図ー3b

4、低地帯
 外周高地帯と中央高地帯に挟まれて起伏に乏しい平坦面が広がります。図ー3cはその内、南西側のものです。何だか月のクレーターのような感じです。この中にも突起が点在しています。
3、海底の突起
 これのアップ映像を図ー3b、cに示します。図ー3b中央(海膨のほぼ中央)に突起があり、これは山頂部に噴火口のような凹部があります。図ー3cは谷の左上のアップです。ここでも突起は一列に並んでいます。中には頂部に穴が空いているようなものもある。



図ー3c

  ではこの突起はなんでしょうか?図ー3aに戻って眺めてみると、この突起はランダムにあるのではなく、一列に並んで北西方向に伸びていることが判ります。この突起は海底火山の跡*です。海底火山に伴って、熱水キューポラという煙突のような熱水の噴き出し口が出来ます。熱水キューポラとは、地下のマグマから発生した熱水混合物(ブラックスモーク)が海水中に吹き上がるときに、重金属が海底に沈殿して出来る地形です。極めて高濃度に、金・銀・銅など様々な金属・鉱物を含有することが特徴です。つまり、リオグランデ海膨は実は海底資源の宝庫、宝の山です。これが得られたなら、それこそ「アトランテスの富」です。

 今はレアアースブームですが、去る80年代にはチタン・ニッケル・マンガンなどのレアメタルがブームになりました。かといって、レアメタルの重要度が減った訳ではない。国家100年の計を為せば、レアメタル鉱床の確保は極めて重要なアイテムである。

 今回「しんかい」が行った探査は、単に花崗岩があったとかどうとか、という話しではなく、南大西洋に日本が資源権益を確保出来るかどうか、という国家戦略の問題なのである。

*前回はこれを熱水キューポラとしましたが、キューポラにしては規模がでかすぎる事と、キューポラ自身海底火山の付属物ですから、海底火山に改めます。

 実はもう一つ問題があります。それはこの海膨の表面地形が結構複雑だということです。こんな複雑な地形が海底面下だけで作られるのでしょうか?特にあの大きな谷状地形が引っ掛かる。これが、この海膨がかつて海面上に現れたことがあるのではないか、という疑問の原因です。もし海面上に現れたことがあったとすれば、海膨の規模から云って、見かけ上大陸と云ってもおかしくはないでしょう。2500万年以上前の古第三紀という時代は非常に寒い時代で、海面は今から2000m以上も下がっていた、とう説がある。これが本当なら、この海膨が海面上に姿を現していたことがあり得ると云える。そうなれば見かけ上大陸と云って良いかもしれません。さてどれが本当でしょうか?今回の探査で、海膨表面から褐鉄鉱などの酸化生成物とか、二枚貝、牡蠣、珊瑚などの浅海凄生物化石が見つかれば、これは決定的な陸化の証拠になります。面白いですねえ。
(13/05/10)


では1)この様な海膨は他にあるのでしょうか?2)そしてこの海膨は将来どうなるのでしょうか?
1)の疑問について
 幾らでもあります。日本に関係あるものとしては北太平洋上のヘス及びジャッキイー海膨です。これらは約1800万年後に日本列島に衝突付加すると考えられています。

2)の疑問について
 筆者はいずれ将来南米大陸に衝突付加し、大陸の一部になるか、それともプレートの下に沈み込むだろうと考えています。約7000万年前のゴンドワナ大陸分裂後、南米大陸は南米プレートの上に載って移動してきました。リオグランデ海膨もそれにつられてやってきたのです。ところが太平洋側には強敵が待ちかまえていました。それがナスカプレートです。南米大陸はナスカプレートと南米プレートに圧され、アンデス山脈という造山帯を作りました。しかし大西洋側では何も起こらなかった。しかしそんな静穏な環境が何時までも続く訳がない。南米大陸の西側ではナスカプレートが東向きの力で圧してくる。更に南米大陸は軽い珪長質岩石で出来ているので、重い海洋プレート岩石(玄武岩)はその下に沈み込んでしまう。この結果、南米大陸東縁にプレート沈み込み帯が出来る。海洋地殻物質はそこに目掛け衝突付加する。リオグランデ海膨のその例外ではなく、上に書いたような運命を辿るでしょう。
(13/05/11)