21’熱海土石流災害と土石流対策

横井技術士事務所

技術士(応用理学) 地すべり防止工事士 横井和夫


 熱海土石流の堆積物から基準値以上のフッ素が検出された。この点について熱海市はフッ素を含む地盤固化剤を使用したため、盛土の透水性が低下し、全面崩壊に至ったという見解を示している。フッ素を含む地盤固化剤とはどういうものか?筆者は寡聞にして知らない。フッ素は揮発性だからそれ自体に固化作用はない。何らかの添加剤に使われたのかもしれない。使うとすれば塩化ビニール系だが、此の系列の固化剤は発がん性があるから半世紀前から使用禁止になっている。
 但し石膏ボードにはフッ素が含まれる。熱海土石流の大本は上流の産廃だ。これなら石膏ボードが含まれていても不思議ではない。雨がやみ乾燥すると破損した石膏ボードからアスベストが飛散する可能性もある。
(21/08/13)

 熱海土石流事故を受けて、国交省の赤羽(公明)が全国自治体に盛土の一斉点検を指示した。そしてこのほど山梨県知事が100数10箇所の点検終了を発表した。果たして盛土の何をどうやってどんな点検をしたのでしょうか?おそらくは職員というより地元業者、・・・それも土木、特に地盤工学の専門教育を受けていない只の測量屋だったりする・・・に丸投げだったり。
 そもそも盛土の点検と云っても何をどうして点検するのか、その手順・方法が実にいい加減なのである。よく何か事故が起こると施設管理者・・・行政とか電力会社・・・は、昨年の点検では異常はなかったなどという言い訳をする。本当に点検していたかどうか分からない。典型が2年前の大阪府北部地震。この地震では高槻市の小学校のブロック塀が倒れて登校中に児童が死亡した。この床の高槻市教育委員会は、点検では異常は見当たらなかったと言い訳している。それが本当かどうか分からない。点検も素人の職員が棒で塀を叩いただけで安定と判定し、結果として大事故を引き起こした。
 コンクリート構造物は比較的異常は見つけやすいが盛土はそれ自身変形しやすいので、安定性など、見ただけでは分からない。ボーリングを含むきちんとした地盤調査を行ない、その結果に基づく安定解析で判断を下すべきである。又表面ですら分からないのだから、盛土基礎地盤の様子はなおさら分からない。
 はっきり言っておくが、行政の点検終了とか、安全確認とか云う言葉に騙されてはいけない。まず谷や斜面の上にある盛土は危険だと思っておいた方が良い。但し安定化する方法はある。安くはないですよ
(21/08/04)

 

 

熱海土石流起点の盛土崩壊面。県は二次崩壊を防ぐため計測するとしている。多分地形屋の入れ入れ知恵で、GPSを使った地表面変位測定だろう。我々地質屋なら、まず対策工を考える。
1、斜面末端に大型土嚢を積んで二次的土砂流出防止を図る。
2、斜面にはとりあえず吹付をやって雨水浸透を防止する。更に鉄筋挿入工を併用して二次崩壊を防止する。19から22mm位の異径鉄筋を2から.1.5mピッチで打てば良いのではないか?
3、その間に恒久対策を関係者(県、市、所有者)間で協議する。それを取り持つのがコンサルの仕事。
 その効果確認や、施工のタイミング決定に上に挙げた変位測定を利用すれば効果はある。ところが県当たりの土木屋はその役割を理解できていないから、計測は計測、対策は対策とバラバラになり、結局はタイミングを逸して二次災害。何時もの光景だ。
(21/07/22)



これは熱海土石流の引き金になった、逢初川頂部盛土の崩壊直後の様子。最初見た時は只の道路盛土の崩壊かと思っていたのだがそうではなかった。画像を保存しておいて良かった。色が黒いのはこの土・・・盛土ではなく捨土・・・が火山岩起源だということで火山岩らしい岩片も見られる。これらの証拠を積み上げていけば、この捨土が何処からやってきた、概ね推定が可能。
 表面に水が溜まっているのは、この崩壊に水が何らかの形で関与していることを物語っている。これが仇の雨水か、地山からの湧水かが問題。電導度計で電導度を調べれば大体分かる。         ・・・・・・・・・(21/07/17)



 崩壊斜面の全景。写真左上に思った通りソーラー基地が見えます。但し、ソーラー基地と崩壊斜面との間に谷が入っているから、このソーラーが今回の崩壊に直接関与しているとは考え難い。しかしソーラー基地の両脇の谷の流出量は増えているから、下流での崩壊には何らかで関与している可能性もある。
(21/07/15)

 土石流の発端とされる逢初川上流の崩壊。報道では盛土とされていますが果たしてどうでしょうか?報道では以前からこの場所に土砂や産業廃棄物が投棄されていたと云われる。土木では盛土と捨土は厳密に区別します。盛土とはある目的を持ち、恒久的に維持されることを前提に、土質材料を用いて構築される構造体である。従って目的を実現するために所定の品質(密度、含水比、強度等)が設計値内に収まるように、施工に当たっても厳密に管理される。一方捨土は余った土を投棄処分するだけだから、品質管理は行なわない。どこがどう散ってくるかと云うと、積算単価が天地ほどちがってくるのである。
 果たしてこの崩壊土砂が盛土なのか、捨土なのか、その点を巡って被災住民と熱海市、静岡県とで揉め事が始まるでしょう。
(21/07/12)


 伊豆山町内で見つかった巨岩。土石流では、このような巨岩の集合体が先端にあり、これが高速度で突進して来るのです。ラグビーのフォワード一列のようなものだ。中途半端なガードではひとたまりもありません。これを土石流屋は”蛇頭(スネークヘッド)”と呼びます。その後に礫や土砂の集合体が続き、土石流堆を形成します。これは1/1000位の地形図をよく見るとわかってきます。河川調査ではこの点に注意するように。
 蛇頭としてはこの石は未だ可愛らしい方で、中には家ほどの巨体もあります。土石流対策はこういう土石流の形成過程をよく理解しておく必要があります。なお通常の盛土にこんな巨岩が含まれることはまずない。巨大岩塊が含まれると云うことは、この土石流は逢初川の盛土だけではなく、下流の側壁や河床も浸食して流下してきたことを意味しています。
(21/07/10)

静岡県熱海市伊豆山町で起こった土石流。報道を総合すると、上図・・・Googke Earthのコピーだから画質は良くない・・・の右上に見える裸地・・・何かの開発地か?・・・が崩壊し、土石流となって図の矢印に沿って流下したものと考えられます。この矢印が逢初川。写真だけ見ると目立った砂防施設も見当たらないので、砂防は掛かっていなかったのかもしれない。崩壊地の左の尾根にも何か帯状の裸地が見えます。場所から言ってソーラー基地の計画があるのかもしれない。はたしてこれが今回の土石流発生に関係するのかどうか、この先関係者で揉め事が始まるでしょう。
(21/07/05)


(ここからは土石流対策)

土石流対策を物語る前には、まず土石流とはどういうものか、どうやって発生するのかを理解する必要があります。まず典型的な例を見てみましょう。


 上図は2014年、中国地方西部の集中豪雨で広島市阿佐地区に発生した土石流です。中央右に大きな土石流が発生していますが、その脇にも土石流の発生や土石流跡と見られる地形が発達しています。つまりこの地域は過去にも、最近にも度たび土石流を発生しており、土石流の名所のようなところだ。こんなところに宅地開発を進めてきた広島県や広島市の感覚が疑われる。それはともかく、土石流発生の様子を知るには都合の良い写真でもある。
 土石流は山地崩壊の一形態です。山地崩壊の原因は多くがあって、例えば火山の噴火、氷河の浸食などもあります。地すべり、斜面崩壊は重力崩壊の一種です。山地斜面には通常雨水浸食に起因する渓谷が切れ込んでいます。渓谷周辺の地形は渓谷中心に向かう凹状斜面を作り、これらに挟まれた部分は外に張り出した凸状斜面を作る。凹状斜面の中心にある渓谷で発生するのが渓谷崩壊で、その崩壊堆積物が泥流化し平野まで押し出してきたのが「土石流」である。一方凸状斜面で発生するのが斜面崩壊(表層崩壊、深層崩壊)とか地すべりである。これらも状況によっては末端部又は全体が泥流化することがあり、土石流と区別しがたい事もあるが、本質に異なるものである。
1、土石流のメカニズム
 さて実際の土石流のメカニズムはどういうものか。下図はその様子を模式的にあらわしたものです。通常、渓流の源頭部は地形が凹状になっていて、水が集まりやすく、また未固結の崖錐(又は崩積土)が堆積していることが多い。



 豪雨が継続し、雨量が渓流の流下能力を越えると、周辺の地下水位が上昇し、まず渓流源頭部の崖錐で(a)一次谷頭崩壊を生じます。熱土石流はこの崖錐が人工的な捨土だった分けです。これまでの事例を見ると、この崩壊は一般に小規模で、後から見ると「なあーんだこんなものか!」と云ったレベルです。上の広島阿佐地区の土石流でも、上流や源頭部は樹木に隠されて見えません。
 しかし渓流勾配が大きいと、崩壊土砂は周辺の土砂を巻き込み次第に体積を増やしていきます(b)。体積が増えるとということは質量が増えるということだから運動エネルギーは益々増え、更に河床や側壁を巻き込んでいきます(側方浸食)。つまり土石流は雪だるま式に成長していきます。この区間を加速区間と呼びます。下流に行くにしたがって河床勾配は緩くなるのでブレーキが掛かり速度は低下し、平地に出ると更に減速し停止します。これが減速区間です。両者の中間が遷移区間です。平地に出てきた土石流は、先端に巨岩(礫)を伴う。それを(d)蛇頭と呼びます。熱海土石流で家屋で見つかった巨礫はこれです。その後により小径の土砂が接続し、土石流堆を形成します。これを上部から見ると、当に蛇がのたうった様に見えるので蛇体になぞらえたのでしょう。
 ではどういうタイミングで発生するかと云うと、過去の経験から累計降雨量200mmを越えると土砂災害発生が増加するというということが、防災の業界ではコンセンサスとして得られている。テレビの天気予報で気象庁から予測降雨量が随時発表されているので、これに気を付けておくこと。

2、土石流対策工
 土石流対策で一般に用いられるのは、待ち受け工と呼ばれるもの。これは発生した土石流を途中で待ち受けてストップさせ、下流被害を防止しようと云うもので、代表的なものが砂防ダムです。同じダムでも砂防ダムと貯水ダムとでは根本的に違いますが、大きく云うと大体次のようなものです。
1)貯水ダムは水を貯めなくてはならないから、堤体からの漏水はもとより堤体基礎岩盤からの漏水も防止する。だからカーテングラウトを始めとする止水工を併用する。
2)漏水の影響は堤体の安定に影響を及ぼすから、通常堤体内に監査廊(ギャラリー)を設け、ここで計測や追加グラウトを行なう。
3)砂防ダムは堤体背面土砂の土圧、洪水時の土砂の衝撃力にさえ耐えられれば良いので、漏水は問題ではない。それどころか堤体に穴をあけ、河川水の流出を確保する。
 ところが砂防ダムには色々欠陥があってあまり評判が良くない。
1)まず発生する土石流量を算定する方法がない。方法はなくはないが、長期の河床変動の測定が必要。誰もそんな面倒なことはしない。
2)堆砂域が埋まった時の対策。除斥出来るのかどうか、撤去後堆砂を何処へもっていくのか?
3)渓流生態系への影響。
 などである。

2-1)渓流保全工
 そこで筆者が提案するのが源流部保全工法である。先に述べた様に、土石流発生源は渓流源頭部の谷頭崩壊である。これを防げば、次に発生する二次崩壊を防げる。これにも色々考えられるが、筆者は下図のようなロックボルトによる鉛直補強が有効と考えている。

  源頭部の崖錐斜面に適当な間隔でロックボルトを打設する。
それぞれの頭部をワイヤーで連結すれば、なお補強効果は高まる。
 
 

 この工法は別に特殊なものではなく、既に地すべり地帯でトンネル坑口補強に用いられている「鉛直縫地工」を河川に応用するだけのものに過ぎません。何処でもやっている事なのです。
 源頭部崩壊はこれで防げるとして、下流の側方浸食は大丈夫でしょうか?これに対しても同様の手法で対応が可能です。

   渓流の側壁補強と云っても全体を補強する必要はありません。
図のように堆積物が厚そうなところだけ狙ってやれば済む。

この工法は従来の砂防ダムより安価で渓流の自然環境への調和性もよい。しかし多分採用されることはないでしょう。その理由は地元業者へのメリットがない、ということは選挙の票が稼げないからです。

2-2)盛土崩壊対策工
 以上は通常の土石流対策ですが、熱海事故の様に渓流上部にまとまった量の盛土があって、それが崩壊する場合はどうすればよいでしょうか?一番良い方法は撤去です。しかし諸般の事情で撤去出来ない場合は何らかの対策工が必要です。下図はその一つの例です。すべり崩壊を防止する最も有効な手段は抑え盛土です。しかし斜面内であれば抑え盛土自身が不安定化しかねない。それを防ぐには構造物で補強する必要があります。下図(a)は鋼管杭を2列打設し、その間に砕石を積んで抑え盛土とする。鋼管杭同士はタイバックアンカーで連結する。同(b)は鋼管杭を1列とし、グランドアンカーで引っ張ると云うものです。

 熱海事故の盛土量は7万m3超というそこそこの値でしたが、道路などではせいぜい数1000m3程度にしか過ぎない盛土が沢山あります。このような小さい盛土もチョットした大雨で結構崩壊しています。多分それらは土石流を引き起こしているはずです。只下流に人が住んでいないためニュースにならないだけです。

 通常道路盛土は盛土下半にブロック積みとかもたれ擁壁などの防護構造物を伴います。それにもかかわらず不安定化するのは構造物基礎が中途半端で背面からの土圧、水圧を受け止められないとか、基礎下地盤が洗堀を受けたかです。後者の場合は救いようがないので、一旦盛土を撤去して始めからやり直すなどの手法が必要です。そこまで行っていない場合には、下図のようにアンカーで擁壁を固定する方法があります。


どんな場合でも盛土の安定に欠かせないのは水抜きです。水抜き不足は主に次のような事が原因になります。
1)排水管径が降雨量に対し不足していた。
2)排水管の目詰まり、破損。
3)そもそも排水管が入っていなかった。。
 熱海土石流はどうも3)に該当するらしい。排水管の目詰まり程度なら管内清掃工で済ませられるが、他はそうはいかない。排水管の改築が必要になる。改築も簡単ではない。場合によっては盛土を全面撤去した上での改築になる。盛土規模が大きければ殆ど非現実な世界である。
 一方大口径ボーリング工法を用いれば、盛土を撤去せずに新規排水管を埋設することが可能である。
1)まず盛土の両端に深礎工法で立て坑を掘削する。
2)下の立て坑から水平ボーリングでパイロット孔を削孔し、更に拡大ボーリングで所定径に拡大する。この時のケーシングをそのまま排水管に利用する。下図ははその一例である。何もビッグマンのようなン大げさな工法ではなく、オーガーモール、ロックモール等様々な工法があり、これらは鉄道外既設構造物下への水道管、ガス管等のアンダーパス工事に使われている。

   KOKEN BIGMANの例
   排水管の施工例

なおこの工法には一つ弱点があります。まず盛土(或いは捨土)の水平方向への掘削は非常に難しい。盛土は掘削孔の崩壊が激しく簡単には掘れない。上図のようなケーシング掘りになる。捨土、特に産廃処理場の場合はなお厄介で、何が入っているか分からないからだ。例えば自動車の古タイヤなどに当たればお手上げである。有毒物質などの違法廃棄物があれば、ボーリング屋は機械を持って帰ってしまう。
 ではどうすればよいか?筆者なら発想の転換で、下図の様に盛土(捨土)の下の地山に排水孔を掘削する。そうすれば掘削孔の問題は解決できる。

  A;立て坑
B;盛土(捨土)
C;排水孔
D;抑え盛土
E;グラウンドアンカー
F;抑止グイ
G;地山

1)山側に深礎工法で立坑を掘削する。周辺の地表面勾配を立て坑に向かうよう整形する。
2)盛土(捨土)下方から深礎に排水孔を掘削する。これは逆でも構わない。
3)山側立て坑はそのままにして、調整池に利用する。つまり降雨は一旦立て坑に流入する。排水孔で流下できなくなった分は立て坑内に貯留される。この結果排水孔は通常用いられる300Φのような大口径ではなく、地すべり対策で用いられる150~200Φ程度で済む。
4)下流への流出量も抑制できる。

3、結論
 以上斜面上盛土に対する対策工案を述べたが、多分こんな高くつく工法をはいそうですか、と受け入れる自治体や事業者は少ないだろう。別にそれでもかまわない。許認可官庁としては、いざとなればこれぐらいのことをやってもらいますよ、と脅せば、相手もそれなりに真面目に考えるだろう、ということだ。
(21/08/09)