盛土の基本

技術士(応用理学) 地すべり防止工事士  横井和夫


 熱海土石流事故で俄かにメデイアに登場したのが「盛土」という言葉。国交相の赤羽がいきなり全国盛土総点検などとトンデモ発言をするものだから、現場は大慌て。それはともかく、地表に何らかの恒久的目的を以て土を積み上げた物が「盛土」とされる。盛土に似たものに「捨土」と云うものがある。これは鉱山や土木工事で出てきた不要土を仮置きするものである。盛土と捨土は見た目には変わらないので、見ただけでは区別は出来ない。但し土木ではこれを厳密に区別する。
 土木では「盛土」は施工段階で品質管理が要求される土構造物である。それは粒径、含水比、密度を段階的に・・・概ね3000m3に一回・・・測定し設計値を満足しているかどうかを確認し、更に沈下や変位の計測を併用する。「捨土」は単なるゴミだからこのような厳密な管理は不要である。どこがどう違うかと云うと積算価格が天地程違うのである。
 「盛土」だろうが「捨土」だろうが、誰だって勝手にやってよいわけではない。盛土は国土の改変だから、様々な規制がある。例えば都市計画法(市街化区域、市街化調整区域、風致など)、河川法(砂防指定地、保安林)、森林法(保安林)、土砂災害防止法(土砂災害指定地)などである。もし開発をやろうとして開発地がこれらのどれかにひっかれば、指定地解除とか指定地内行為等で許可を得なければならない。その時の技術基準が宅地造成規制法であったり、自治体で定める開発指導要綱である。
 さてここで問題は、開発予定地がこれらの法規制に懸からなかった場合である。何らかの規制にかかっておれば、それを手掛かりに行政との協議手続きに入り、行政指導の対象になる。しかし何もなければ相手にしてもらえない。行政にとっても、指導をしたくても法的根拠がない。逆に言えばこういう土地は法規制上の無法地帯なのである。
 土木、建築業界の中に計画屋と云う人種がいる。事実上地上げ屋である。彼らはこういう法規制に引っかからない土地を探して歩いているのだ。さて熱海の崩壊地が法規制上どういう土地だったかは知らないが、結構行政上の盲点を突いた開発だったような気はする。
(21/07/14
)

盛土の基本は?

 台風14号で山陽道の一部の盛土が崩壊した。これのTV取材に対して、施工したゼネコンのオッサンが「施工前の斜面はもっと急斜面だったので、この盛土で安全になったはずですが」などとトンチンカンな的はずれの答えを喋っていた。
 盛土の基本は「上から抑えて下から水を抜く」である。この基本が出来ていなかったのだろう。詳細な検討は後ほど(05/09/10) 

 盛土の基本は「上から抑えて、下から水を抜く」ことである。この基本さえ抑えておけば、どんな盛土も恐れるに足りない。台風14号で山陽道の盛土が山口県下で崩壊した。崩壊規模は大したことはないが、直下に人家があり、住民が崩壊に呑み込まれて死者を出した。早速マスコミが騒いでくれるので、大体のことは判ってくる。工事に関係したゼネコンの人間が、TVのインタビューで「元々の地形は急斜面で、盛土で返って安全になったはずですが」などとたわけたことを喋っていたが、こういうことを云うから土木屋は世間の信用をなくすのである。
 ここでは、この盛土の
1、 崩壊状況
2、 考えられる崩壊原因
3、 対策工
 について検討してみよう。
1、 崩壊状況
この崩壊は、盛土の崩壊としては典型的なもので、別に珍しくもなんともない。事故後、国交省の人間が「前代未聞だ!」と云ったらしいが、それは「高速道路で、人身事故まで起こしたものとしては」との注釈が必要である。崩壊の形態は既にTVやネットで公開されている。下はその一例である。


この写真は頂部滑落崖付近を本線から撮ったもので、滑落崖がほぼ垂直に立っていることが判る。写真右のパイプ足場の部分が盛土か地山かは写真だけでは判然としない。これまでの情報から判ることを纏めてみる。
1) 崩壊直後の上空からの写真では、当該現場は尾根に挟まれた狭い片切り片盛り区間である。斜面の性格は集水斜面。施工条件は良好とは云えない。
2) 盛土部分に沿って、土砂が流出している。崩壊部直上にほぼ垂直の滑落崖が発生した(上の写真)。
3) 崩壊土砂は盛土端部から20〜30mぐらいの位置で停止している。このことから盛土材は比較的粗流の砂質材と思われる。上の写真からも盛土材が砂質材であることが伺える。但し、滑落崖が直立していることから完全な砂質材ではなく、いくらかは細流分を含む。透水係数では1×10 -4〜-5 p/secのオーダーと思われる。
4) 盛土材が砂質材であったことが、崩壊を比較的小規模に留めた原因である。もし盛土材が粘土質であれば、崩壊土砂は泥流となってはるか下流に到達するので、被害は更に拡大したと思われる。
5) 排水パイプの敷設状況は写真からでは判らない。
6) この斜面の集水面積がどの程度のものであったかも判らない。

2、崩壊原因
 崩壊の状況から、この崩壊が台風14号に伴う記録的豪雨によるものであることは顕かで、盛土に浸透した雨水が何らかの作用を働いたというのは容易に察知出来る。ではどの様な浸透か、だが、これには次の3ケースが考えられる。
1) 法面から浸透してきた雨水が盛土内に地下水面を作り、盛土内間隙水圧が高くなってすべり破壊を生じた。
2) 法面からだけではなく、盛土周囲からの雨水浸透も盛土末端に集中する。それは排水管により排除されるが、排水管設計断面が流入水量に比べ不足していたか、目詰まり等により排水管断面が減少していた。その結果、排水管に内圧が加わり、排水管が破断して被圧水が盛土内に流入した。この流入地下水は高い被圧水圧と流速を持っている。上で述べたように、本地区の盛土は砂質材である。そのため法面末端でパイピングを生じ、一気に崩壊した。
3) 両者の複合
1) のケースが最も単純で、素人受けしやすいのだが、法面からの鉛直浸透は、飽和〜不飽和浸透であり、地下水面を作るまでに時間がかかる。タイミングからみてこれ単独では難しく、2)の要因を捨てきれない。
筆者なら、一応この3ケースを頭に入れて、現地調査を行って、結論を出す。調査のポイントは
@ 盛土材の土質・・粒度分布、密度、パイピング特性、強度特性。
A 排水管の有無、残骸の探査。

3、 対策工
 さてどういう対策工を行うか、だが、大きく次の3案がある。
1) 橋梁案
2) 構造物(擁壁等)による土留め案
3) 土工法面による対策

1)、2)はズバリ言って技術的に面白くもなんともない。素人で出来る設計である。そこで3)による対策案だけを下に示しておく。

1) 法面末端に(1)採石マウンドを築造する。必ず基盤の岩盤まで切り込むことがポイント。図では1段だけにしているが、盛土規模によれば、2段でも3段でも構わない。又、採石部の構造も鉄筋蛇篭工とか、H鋼との組み合わせなど様々な方法があるので、それらを適当に使えばよい。
2) 背面の残存盛土は原則撤去して地山との境界に(2)段切りを施し、フィルター層を敷設する。フィルターの末端は(3)排水管で処理する。
3) 復旧盛土を行う。この中に(4)フィルター層を入れておく。フィルターの入れ方は盛土規模で若干細かい工夫が必要。
なお、この図では(1)採石マウンドを1段にしているが、盛土規模によれば、更に追加することもある。又、地山からの地下水流入が懸念される場合は、別途集水井を設け、そこから水抜きボーリングを行う。
多分、これが一番安い対策工である。なお、筆者はこの手で本四陸上部のH=80mの盛土を処理しているから絶対大丈夫。なお、個人的な勘だが、対策工は橋梁で決まるのではないかと云う気がする。理由は、公団も民営化路線を走っているから、地元感情を最優先にするだろう。技術屋の矜持など最早ゴミのような時代だ。(05/09/12)


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