白屋地区変動観測結果から何が読みとれるか

大滝ダムの地すべりは今、白屋地区だけが問題にされていますが、これだけで済むでしょうか。前回の湛水位から満水位まで、あと17mあります。湛水域は更に上流に広がります。何も無ければよいのですがね。白屋以外にも眼を向けるべきでしょう。
 国交省は地すべり対策工事費を270億と見積もっています。しかし、「白屋」HPで公開されている対策案ではとてもこんな数字にはならない。せいぜい数10億。表に出ない(出せない)費目があるのでしょうか。

 紀伊半島の脊梁をつくる大台ヶ原山系より発した吉野川は、奈良県南部の山地を北流して、吉野郡上市付近で流路を東西に変え、ほぼ中央構造線に沿って西流し、和歌山県に入って紀ノ川と名前を変え、和歌山市北方で紀伊水道に注ぎます。大滝ダムは吉野川の上流域、奈良県吉野郡川上村字大滝地先に先程完成された、洪水調整用の重力式コンクリートダムです。ダムの概要は大滝ダムホームページを参照してください。大まかな諸元は次の」とおりです(大滝ダム公式ホームページより)。

 計画以来、40年を経て、平成15年春漸く提体が完成したこのダムが、急に全国的に有名になったのは、03年2月から始まった試験湛水で、上流右岸にある「白屋地区」で地盤変動が発生し、それがマスコミで報道されたからです。それからの顛末は、しばしばTV・新聞等で報道されているので、詳しく説明する必要は無いでしょう。
 私は大滝ダム本体は勿論、「白屋」についても取り付け道路関連の法面以外、殆ど関係は持っていませんが、本体工事が始まった頃から、上流の関連工事の関係でしばしば国道169号を走ることになりました。その時、「白屋」を始め、大滝ダム湛水域の様子を、嫌でも眼にすることになります。その時、「こりゃこのダムは水を貯められん!・・・・・水位が上がるとあちこちで地すべりが動き出すので、結局水は貯められないだろう」という印象を持ちました。ほんとにそうなっちゃたので、こっちの方が驚いた位です。但し、それが「白屋」とは思いませんでした。何故なら、「白屋」こそが、大滝ダムの象徴、国土交通省(旧建設省)が、面子を掛けて取り組んだ地すべり対策の筈だったからです。20年近い時間を費やした裁判、地区末端斜面を覆い尽くすばかりのアンカーの列、あれは一体何だったのでしょうか。
 その後、TV等で「原因調査委員会」の「水位を下げて斜面の詳細を調査する」という答申を見たので、またまたビックリしました。「大丈夫かあ?」と言うのが正直な感想です。何故かというと、水位降下の方針が公表された時点は、湛水開始からかなり時間が経っており、地すべり土塊の中にも水が浸透してしまっていると考えられます。このような状態で急速に貯水位を下げると、地すべり土塊内に残留水圧が発生し、有効応力の回復が遅れ、斜面の安定性は水位低下前よりも低くなります。最悪の場合は全面崩壊です。この崩壊の影響は単に「白屋地区」には留まりません。崩壊した土砂はダム湖を埋め、土石流となって大滝ダムを襲い、ダムを越流して下流に大惨事をもたらします。現大滝地区は勿論いちころです。これが、貯水池内地すべりの最悪シナリオです。だから、もしやるとすれば、綿密な計測を行って、変状をコントロールしながら、水位をゆっくり低下させる以外に方法はありません。無論、委員会の答申の背景には、国交省の意向が反映されているはずだし、国交省も自信が無ければ、そんなやばいことを言い出すはずはない、ともいえますが、実際やってみると、私の懸念が的中したことになりました。
 では、この貯水位降下実験で、何が読みとれたかを紹介してみましょう。


1、現場計測の結果
1−1、貯水位と地下水位の関係
 試験湛水が始まってからの貯水位、亀裂騒ぎが始まってからの地下水位のデータが公開されています。下図はそれを図化したものです。ダム貯水位は03/5月始めに305.8mに達した後、湛水が停止され一定水位に保たれています。03/8/1より水位低下が開始され、同10月下旬に258.2mに達して以後、一定に保たれています。図右の判例では計8箇所の観測井があることになっていますが、図では5本しか線がありません。これは、図に描かれていない3箇所は、標高が高すぎて図に表されないことを意味しています。図でもNO40、NO59の2箇所は、貯水位の変化と無関係に高止まりしていますが、これはこの地点の地下水がダム貯水と無関係・・・つまり岩盤内の地下水であることを示しています。要するに貯水位と連動した水位変動記録が得られたのは、W1、W2、NO58の3箇所と言うことになります。これらの地点では、湛水時、水位降下の初期では地下水位と貯水位がぴったり連動していることが判ります。但し、8月下旬以降、W1、NO58では地下水位が井底以下に下がってしまったのでそれから先のことは判りません。結局、8箇所の水位観測井の内、水位変動を最後まで追跡出来たのは、W2の1箇所のみということになります。何故こんなことになったのでしょう。これらの調査計画を行った人達の頭には、想像力というものが無かったのでしょうか。
                    

1−2、地表面変位
 地表面変位は、地すべり変動を直接追跡する手段として、最もよく用いられ、その代表的なものに伸縮計があります。「白屋地区」では他に、クラックゲージやGPS計測も用いられていますが、全てを採り上げると大変煩雑になるし、結果は大して変わらないので、ここでは地表伸縮計の結果を紹介します。実を云うと、伸縮計は全部で50箇所近く設置されており、その位置図を見ても、どれが何処のデータかさっぱり判らない。これが国交省の手かと思いますが、こういう瑣事にこだわっても仕方がないので、全体の結果を示すのみに留めます。
   
 

 湛水を停止しているのに、変位している計器がありますが、これは湛水を停止したから動き出したのではなく、その前から動いているのです。水位降下を開始した8月始めから、殆どの地点で動きが活発化しています。これは最初に述べた、「水位低下は一時的には返って斜面の安定性を低下させる」という予測を裏付けています。しかし9月半ばには動きは沈静化の傾向を見せ、10月に入るとほぼ収束傾向に移ります。これは貯水位の低下に伴い、地すべり土塊内の地下水が排出され、貯水位とバランスを採った結果と考えられます。考えようによっては、単に運が良かっただけ、とも云えます。

1−3地中変位
 すべり面位置の決定等に、地中変位の測定は欠かせない物です。「白屋地区」では、孔内傾斜計、パイプ歪み計、地中伸縮計が設置されていますが、途中で測定器具が挿入出来なくなったり、測定不能になったりする計器が続出し、その都度計器を追加しているらしく、外から見ているだけでは、データの一貫性に欠けるように思えるので、今回は省略します。

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