2013年静岡県浜松地すべり

横井技術士事務所
技術士(応用理学) 横井和夫


 昨日昼食時に暇だからワイドショーを見ると、この崩壊の続きをやっていた。未だ終わってないみたい。そこに静岡県の対策工の映像が入ってきた。何でも集水井を掘って地下水排除をやるらしい。別に他人がやることだからとやかく言う筋合いはないが、率直に云って多分ダメでしょう。静岡県土木部の目は明後日の方を向いているようだ。
 一般に斜面形状が急激に変化する場合、下図-1の様に変化点の付近に引っ張りなどの何らかの応力不均衡が生ずることが多い。これはFEM解析をやるとよく判る。こういう箇所では地山中に目に見えないような潜在亀裂が入り、亀裂に沿って雨水が浸透しやすくなる。また同時に剪断強度が低下するため、豪雨や強い地震力が作用すると簡単に崩壊する。本崩壊地は当にそういう斜面である。図-2は斜面肩付近での崩壊の状況(NHK NEWS WEB)であるが、これは斜面肩の不安定部崩壊の様子をよく表している。

 図-1 図-2

 下の図は今回生じた主滑落崖側部の状況である。主滑落崖に平行な割れ目が発生していることが判る。従って、この崩壊は今後側方に向けて拡大するでしょう。

図-3 図-4

 今回発生した崩壊は、元々あった応力不均衡を回復する・・・熱力学的に云えば、極小化していたエントロピーが増大する・・・過程とも云える。こういう崩壊への対策としては大きく、1)積極的に応力均衡を回復する、2)自然に応力均衡が回復するまで抛っておく、の2案がある。1)に対応するものとしては、例えば(1)アンカーによってプレストレスを加え、強制的に応力均衡を回復する、(2)不安定部を開削排土し、斜面を安定勾配に整形する。但しこれは結構金が懸かる。たかが茶畑を護るためだけにそんな金が使えるか!というのが2)である。茶畑が崩れれば補償で補填すればよい。下の河川への土砂流入が心配なら、下流に砂防堰堤でも作って一時しのぎをやり、土砂が溜まれば除斥すれば良いという考えである。どちらでも良いが、集水井工はそのどちらにも属さない中途半端な工法である。また、集水井工だって決して安くはない。直工費だけでン千万、仮説や諸経費を含めれば楽に1億は行く。しかもこれは低角度で緩慢な動きの地すべりに対応するもので、本件のような急速崩壊とは相性が悪い。従って、根本的な対策にはなり得ない。この点が筆者が冒頭に挙げた「静岡県土木部の目は明後日の方を向いているようだ」の理由なのである。静岡県の目が明後日を向こうが何処を見ようが、これが静岡県の単費なら別に構わないが、緊急防災事業で国庫補助対象となると、そんな鷹揚には構えていられない。だから一般国民も、何でもかんでも役人に任せっぱなしにせず、こういった自然災害にも関心を持たなくてはならないのです。

 なおNHK WEBで面白い映像をみつけました。これは本崩壊地を別の角度から撮った斜め写真です。04/23で示した範囲より広い範囲で、旧崩壊斜面が広がっていることが判ります。それと画面右上の尾根の向こう側に、何やら怪しい斜面が見えます。これは古い崩壊が更に進行し、本格的地すべりに成長した形態と考えられます。


 と言うことで、この地域は静岡県の地すべり屋にとっては、なかなか楽しみの場所の様です。アベノミクスの後押しもあるから期待しましょう。
(13/04/26)

 この地すべりというか崩壊は収束したかと思ったら、本日昼食時に偶々ワイドショーを見ると、未だ拡大しているようだ。拡大は図-1で筆者が示した旧崩壊斜面沿いらしい。現地は未だ雨が降っているので、崩壊は更に拡大するでしょう。最悪の場合、図-1で示した旧崩壊部分全域に及ぶ可能性があります。又、奥行き方向ですが、茶畑にクラックが入った映像は出るが、それが具体的に何処かが判る映像が無いので、この点はペンデイング。
 基本的には、斜面の最下端から安息角(大雑把に言えば30゜)で引いた線と台地との交点の内側を長期的不安定域として、今後の安定化対策の対象とし、監視を続けて行けば良い。
 なお、この地域に地すべり発生機構に関する筆者の予測が正しければ、問題の台地の縁辺に沿って、似たような崩壊が発生する可能性があるし、又川の対岸には流れ盤性地すべりが発達していると考えられる。
(13/04/24)

 2013/04/21から22にかけて、静岡県浜松市の某所で地すべり発生という報道が有りました。どんな地すべりかとNHKニュースで検索すると、下のような映像が現れました。ずばり云ってあまり大した地すべりではない。地すべりというより崩壊、特に最近流行の言葉で言うと深層崩壊と云ったほうが良いかもしれない。但しこれも正確ではない。正確にはトップリング性深層崩壊というべきである。


図-1 NHK NEWS WEB

まずこの崩壊は茶畑が発達する台地の縁辺部急斜面に発生した。図-1では今回崩壊地の両脇にも古い崩壊地形が見られる。従って、崩壊は今回が初めてでなく、本斜面内では何度も繰り返し発生していたことが、この映像からも容易に読みとれる。この台地は南アルプス東縁に発達する第三紀丘陵地帯の一画にある。この丘陵地帯は所謂南部フォッサマグナを形成するもので、地形的には南アルプスの隆起に伴い、全体として西から東に向かう傾動地塊を作る。南アルプスを形成する地層は、主に白亜紀四万十層群及び古第三紀瀬戸川層群である。南部フォッサマグは全体として沈降帯である。その地質は古第三紀層を基盤岩とし、その上に新第三紀層が厚く堆積する。新第三紀層は全体として一つの褶曲帯を作る*。この様子をスケッチ的にまとめたのが下図である。


図-2

 上図で「糸魚川ー静岡線」の左(つまり南アルプスの東南側)では、大局的には第三紀層は流れ盤となり、この方向の斜面では大規模な「流れ盤地すべり」が発生する。一方斜面を切り込む河川の北西斜面では「受け盤」となる。こういう箇所では、トップリング性崩壊が発達する。今崩壊斜面は当にこのトップリング性崩壊斜面に相当していたと考えられる。トップリング性崩壊は、斜面がブロック状になって崩壊することが特徴の一つである。図-1をもう一度見てみよう。今崩壊斜面下方に樹木を含んだ岩塊が幾つか見られる。この点が本崩壊がトップリング性崩壊と見られる証拠になる。
 今は台地の河川側の斜面の崩壊ですが、むしろ図-1の台地のズーット向こう側で将来もっと大きな地すべりが発生する可能性があるのです。期待しましょう。

 ではこの様な崩壊を防ぐ崩壊はあるのでしょうか?あると云えばあるし、ないと云えば無い。要するに対コスト効果を考えれば容易ではないということだ。

 それともう一つ。浜松市といえば昔は東海道沿いの小さな街だった。ところが今度の地すべり騒ぎでとんでもなく広がったのが判った。これも平成大合併の所為である。要するにこのお陰で浜松市はとんでもないお荷物を背負い込んでしまったのである。今流行りの道州制**
では、皆さんとんでもないことになるかもしれませんよ。

*昔浜松ではなくズーット東の箱根寄りの、国道1号のあるバイパス計画で、空中写真を見たことがある。その時、マイオシーンのくせに細かいリニアメントが沢山発達しているので、「こりゃ六甲並みだ、さすがフォッサマグナだ」と驚いた記憶がある。と言うことで、フォッサマグナ地域の第三紀層は割れ目が多く、その分岩盤も脆くなっているから、この様な時すべり・崩壊が頻発してもおかしくないのである。

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この様な河川災害対策費は下流が一級河川の場合、現行なら負担率は地元(県):国=3:7ぐらいの比率になり、地元浜松市の負担は殆どないが、道州制を採った場合地元(州):国=9:1位の割合になり、浜松市も3割位の負担が発生します。 道州制論者はその点をもっと明確に具体的に、納税者に対し説明すべきです。奈良県知事が関西広域連合にも加わらず、道州制に反対する理由はその点にあります。

(13/04/23)