滋賀県某テールアルメ崩壊事故2(とっかかり)


3、私の役割
 平成12年の暮れ頃、知り合いの補償コンサルから「滋賀県でテールアルメの裁判がある。先生はテールアルメに詳しいから一つこの話しに乗ってくれないか」という意味の電話があった。別にテールアルメ如きに詳しいとは思わんが(あんなモノは誰だって判る)、そこは謙虚に「施工のことになると判らん部分もあるから、知り合いの施工の技術士と相談して対応する」といって電話を切った。同じ高槻在住のO技術士に「これこれこいう話があったんだが手伝って貰えるか」と電話すると、「それはA建設の物件じゃないか?実はあれは三年越しで引き受けとるんや。問題は地すべりや。こっちは地すべり云うとるのに相手は納得しよらん。おまけに基礎を掘削したときの写真を撮っとらんから話がややこしゅうなっとる」という返事。「なんだ世界は狭いなあ、その時はその時で行こう」と言って、電話を切る。その後何処からもなんの連絡も無いので、殆ど忘れていた平成13年3月末、O技術士から「例の件の控訴が決定した。ついては今後の対応について相談したい」という電話が入った。相談もなにも、先ずこれまでの裁判資料を見てからにしましょう、と言うわけでO技術士の自宅にお邪魔しました。そこでみたのは、段ボール箱一杯分位の裁判資料。先ず、これを見る。予め問題は地すべりだ、という予備知識があったので、本当に地すべりかどうかのチェックを重点に行う。崩壊が起こった位置の平面と断面は下の通り。

摘要 平面図 断面図(丙第10号証)
概要
記事 図中の地形区分線は筆者が後から追加したもので、始めから記入されたものではありません 図中のボーリングデータは崩壊後行われたもので、肝心の設計時には全く地盤調査は行われていませんでした。テールアルメの法線は2本ありますが(図中垂直線)、この内向かって右が当初設計、左が実施。両者で約4mのずれがあります。

 この図だけでも当該斜面は、もともと地すべり地だったという疑いは非常に強いし、これが裁判ではなく、単純な道路や土地造成なら、これだけで地すべり地として対策工を設計して構いません。
1)平面図を見ると、破線の内側の下半部は、等高線の間隔が、その周囲よりやや広がっていることが判ります。これは、この範囲の斜面の傾斜が、周囲より緩いことを意味しています。何故緩くなるのでしょうか。
 周囲の地質は皆同じ「鮎川層群」です。これは砂岩・泥岩の互層で、短距離で岩石がコロコロ変わる性質はありません。この点から、この斜面を構成する物質は、地山の岩石が崩壊したもの、つまり崩積土が斜面下に堆積したものと予想できます。あくまでこれは予想であって、結論ではありません。
2)左の断面図を見てみましょう。予想通り、斜面下方では、N値2から10程度の軟弱層が最大厚さ12mに渉って分布していることが、崩壊後のボーリングで判りました。そして、確かにテールアルメの基礎は岩着していないようですね。この軟弱層は何者でしょう。当該地は滋賀県甲賀郡の山の中です。大阪市内や大津市内のような、沖積層が分布する処ではありません。地形から見ても、背後の山地斜面の地山が崩壊し、岩屑が斜面下に堆積したもの、つまりいわゆる「崩積土」なのです。崩積土は地すべりの有力な素因の一つです。
 しかし、これだけで裁判に持っていくのは難しい。崖錘など山地斜面には幾らでもあるし、動いているかどうかは別問題。つまり、地すべりと判定するための、必要条件は満たしているが、十分条件が弱い。そこで何かネタは無いものか、と証拠を見ていくとありました。下の写真です(甲45号証の22)。

 崩壊斜面上には15〜20年生の杉が植林されていますが、いずれも根元が屈曲しています。これは植林後、斜面が移動していることを意味しています。おそらく20年位前に、何らかのイベントがあったのでしょう。

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