滋賀県某テールアルメ崩壊事故3(作戦計画)


 裁判を戦争とすれば、これは味方1社が敵3社連合を相手に闘う戦争です。1:3だからとても勝てないと思うのは戦争のシロート。敵が連合軍の場合、最も弱い相手に兵力を集中して、これを屈服させれば、他は動揺して浮き足立つ。そこを各個撃破すれば勝機はつかめる。かつてナポレオンがアウステルリッツで実行し、クラウゼヴイッツが理論化し、モルトケが実証した戦法です。最近では1967年第三次中東戦争で、イスラエルはアラブ連合最弱国ヨルダンに兵力を集中し、アラブ側の動揺を誘ってイラク、シリアを順番に屈服させていった。これを使います。敵の最弱点は何か?それは「地すべり」です。相手3社に地すべりの専門家はいない。おまけに裁判官も地すべりのことは何も知らない。下手にテールアルメで打ってでれば、相手に足下をすくわれるおそれがある。要するに問題の争点を「地すべり」に特化する事によって、敵をこちらの有利な戦場に導き、敵の弱点を衝くことが唯一の勝機である。

 作戦計画の基本は先ず、「敵を知り、己を知る」ことです。これには、これまでの裁判記録を使う。

  1. 被告側人証
  2. 準備書面
  3. 証拠(甲、乙、丙、丁)
  4. 判決

 なお、事前の地質調査報告書もありますが、これは証拠として提出も採用もされていない。又、事前地質調査では、崩壊区間は調査の対象とはなっておらず、地質図もあるのはあるが、学部三回生の地質調査法実習レベルのお粗末なものなので、参考もなんにもならない。

 先ず、1、2、3を基に被告の言い分をまとめ(原告の言い分は被告の逆なので、敢えて文書にまとめる必要もない)、判決主旨に問題が無いかどうかを検討し、その中から被告側主張と原判決の中の矛盾点、技術的非合理性を洗い出して、それを衝いていくという作戦をとることにしました。1、2については、審尋及び提出日毎に原・被告毎に、それそれの主張の要旨、それに対する筆者の所見を時系列形式で並記する。4については、各争点毎に判決要旨とそれに対する所見を並記する。これにより、こちら側の作戦発起点を決めるというわけです。これを資料1(人証)資料2(人証)、資料3(書面)資料4(判決)に示します。
 以上が準備作業です。大体これに要した時間が丸四日間。無論、これらの資料に現れた事柄だけが、その後の裁判の争点になったわけではありません。又、原告側にも弱みが無いわけではない。それの代表的なものが、被告Dが一審の最終段階で出してきた@基礎の岩着の問題と、A採石置き換えの問題の二つです。この話はやや込み入っているので、少し解説が必要です。
1、一審の最終段階で、被告Dは突如「基礎の採石置き換えがなされていないのが原因である」旨主張しました。この時証拠として提出されたのが、丙第20号証です。これの右下に確かに「テールアルメが岩着していない場合は、置換採石にて処理する」とあります。この一文が後の裁判でも議論の的になります。
2、被告Dは崩壊後のボーリングから、基礎は岩着していなかった、その結果支持力が無くなってテールアルメが崩壊したと主張し出します。
3、一方、原告Aの現場担当者(裁判時退職)は「岩着と判断した」と主張します。処が、現場写真もなく、岩着の判断も本人ではなく下請けの作業員だったのです。
4、メーカーDの下請けで、現場技術指導に当たっていたK設計の担当者も、崩壊地点の掘削時には現場にはいなかった。
つまり、崩壊箇所の基礎掘削時には、責任ある立場の人間が、誰もいなかったのです。これがこの問題をややこしくした原因の一つです。
5、一方、原告側弁護士の言い分は「そもそも、元から岩盤はあった。それが地すべりの過程で軟弱化した」というものです。しかし、これはいかにも苦しい。前項で示した断面図でも、崩壊斜面下には、厚さ最大10mに及ぶ土砂層(誰が見てもこれは崩積土)が分布しており、これが一気に岩盤から土砂に変わったなど云える訳がない。

 一方、崩壊後の土質調査データ(丁第7-1〜7-10ボーリング柱状図)をよく見るとやたら玉石や転石の記事が多い。玉石・転石を地山の岩盤と誤認した可能性が一番高い、と予想できます。ではどの程度の転石があるのか、それが今更判るのか、等々の問題が沸き上がってきます。
 さて、この問題をどう解決するか!いささか頭の痛い問題ですが、それはともかくとりあえず依頼者代理人であるF弁護士の事務所に伺うことにしました。そこに我々の打ち合わせから少し遅れてやってきたのは、何だか銀行員のような二人ずれ。これがA建設の社長と担当の課長だったのです。聞くと、請求額の半分、せめて復旧工でのアンカー代金だけでも取り返したいという謙虚な要望。こちらは満額取り返すつもりだったのに、いささかガックリですが、とにかく一度現場を見ましょうということで、一回目の打ち合わせは終わり。


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