白屋地区の対策工をどう考えるか

・・・・・・1、の続き
2、対策について
 とりあえず貯水位低下をやっても、大事には至らなかったので、それはよかったのですが、それで安心出来るほど、世の中は甘くありません。洪水時最高水位323mまで17m程あります。これは未知の領域です。それと湛水試験は載荷試験ではありません。水位上昇→降下を繰り返すと、長期的には土粒子の構造が変化し(細粒分が流され空隙が大きくなります)、強度は低下します。また、将来の運用を考えたとき、洪水が来るたびに、今回のように50p/日ずつ水位を低下させるわけには行かないでしょう。こういうことを踏まえた上で、今後の対策を考えなくてはならないのです。
 対策としては、大きく次のようなパターンが考えられます。
         1)土地、家屋、地上権全てを国が買収した場合
         2)住民は移転に賛成したが、地上権(耕作権)が残っている場合
         3)地上権(耕作権)は残っているが、形態の変更には同意する場合
1)のケース
 権利が抹消されているか、今後抹消するケースです。この場合、国は何をやっても構いません。極端なケースでは、全面排土もあり得ます。これが一番後腐れが無くて、安いかもしれない。数100万m3の土を処理しなければなりませんが、この程度なら何とかなるでしょう。無論、そのための土捨場の確保が、問題として発生しますが、数100万m3というのは意外に大したことはない、例えば、高度成長期やバブル期の京阪神の宅地造成では、数100万m3の土工は当たり前だったのです。但し、そういう工事の経験者が殆どリタイアしてしまって、数100万と聞いただけで、びびってしまう連中が増えてしまったのです。なお、旧住民にとって生活根拠がなくなるので、その補償を考えなくてはならないのは、大きな問題です。これも又土木の一環でしょう。
 例えば白屋地すべり土塊を、仮に400万m3とする。土砂の掘削・運搬込みで800円/m3とすると、全体で32億、その他工事を考えても40〜50億円で済んでしまう。
2)のケース
 これは大変厄介です。権利は守らなくてはならないのは勿論ですが、下流の安全性確保という点でも、このケースが最も厄介なのです。何故なら、今回の地盤変状を生じた条件を、そっくり受け持ったまま、絶対的な安全性を保障しなければならないからです。以下は私の想像であって、間違っておれば訂正をお願いしたい(特に国交省の人から)のだが、本地すべり対策に関しては、ダム近傍の「超大地すべり」として、計画安全率を1.01で設計したのではないか、という疑いが感じられることです。もしそうなら、これ自身設計許容値として破綻したことは顕かです。やはり、計画安全率は1.05辺りを目標にすべきではなかったか。このケースではそれこそ、斜面の周りをコンクリートの擁壁で覆うか、巨大シャフト工ですべりを抑止するという話になります。
3)のケース
 1)、2)の中間案です。用地的には、いわゆる区画整理で対応する案です。排土工や抑止工を組み合わせて、対策工事費の極小化を図ると同時に、所有者の耕地面積を従来通りに維持する方法です。これなら旧住民にとっても、生活根拠が維持出来る(100%とは云いませんが)ので、地元でも呑める案と思います。無論、このケースでも計画安全率は、少なくとも1.05は確保する必要はあるし、そのための根拠を明らかにすることは当然です。

 筆者としては1)が一番安くなるように思えるが、やや非現実的な面もある。最も現実的なのは3)案でしょう。従ってこれを中心に検討すべきと考える。

 上記の内、1)の中の全面排土を除けば、どのケースでも、斜面の安定を確保した上での対策になります。斜面が安定であるか否かの判定は、現在では安定解析によります。安定解析の精度を左右するものは実は、地下水の挙動なのです。ところがこれに関するデータはW2の1箇所しか採れていない。これでどうやって安定解析をするのでしょうか。湛水試験は実はこの点を照査するデータを得る上での絶好のチャンスだったのです。これがどうやら無駄になったみたいですな。又、この点をいい加減にして、あて推量で事業を強行すると、下流の安全性が脅かさせることになります。
 私が奈良県知事であれば国交省に対し、地下水位観測設備を更に充実した上、再度湛水試験を実施するよう要求します。


その後、国交省から地すべり対策費が発表されました。総額は約270億。内、ダム管理費が40億、移転補償費が50億、地すべり対策費が180億。対策工事が何年かかるか判らないが、その間の管理費が40億というのは高すぎる。対策工事そのものは、発注を円滑に行えば、2〜3年で済むレベルである。白屋の住人は20数戸である。一戸当たり約2億の補償費。移転先はダム上流左岸の旧工事ヤードだから、用地費はタダ。対策工案では現白屋地区はそのまま残されるので生活基盤は確保されている。従って、補償対象は家屋のみの筈です。せいぜい一戸当たり2500万位が妥当でしょう。それとも御殿でも建てるのでしょうか。隣接する人知地区は、とっくの昔に移転に応じている。移転に応じなかった、白屋に過大な補償を行うと、会計検査上の大問題になるでしょう。用地課長は今から首を洗って待っていた方がよいのじゃないか。
 そして最大の問題が対策工事費です。白屋地区地盤変動検討委員会公式HPでは、対策案として3案が発表されています(計画安全率PF=1.1に対して)。

A B C
抑え盛土工 80万m3 80万m3 80万m3
集水井工 9基 9基 9基
排水トンネル工 400m 400m 400m
擁壁工 約400m 約400m 約400m
アンカー工 530本
鋼管グイ工 250本
深礎工 25本

どの案でも工費は大きく変わらないと思いますが、一番高そうなC案で概算工事費を出して見ましょう。
1)主すべり対策工
1.1)抑制工
  (1)集水井工    1基8000万として                                    A=9*8000 =7.2億
  (2)排水トンネル工   D=3〜4m程度のトンネル。30万/mとして                    A=400*30万=1.2億
                                              抑制工計        S1=8.4億
1.2)抑止工
  (1)抑え盛土工   積み込み・運搬込みで800円/m3として                       A=80万*0.08万=6.4億
  (2)擁壁工      H=10数mのバットレスになる。90万/mとして                   A=400*90万=3.6億
                                             (補強土とすれば多少は安くなるだろうがオーダーとしては変わらない)
  (3)深礎工      D=10m級の深礎を考える。100万/m、L=100mとして1億/基。        A=25*1億=25億
                                               抑止工計        S2=35億
                                              主すべり対策工計   S1+S2=43.4億
2)側面対策工  これは大したことはないので5億と見込む                         S3=5億
            直工費計                                          S1+S2+S3= 48.4億
3)諸経費(これは業者の利益ではなく、国交省の経費)  40%                      48.4億*0.4= 19.36億
            工事費計                                                    67.76億

 大体65 〜70億位がおおよその目安となります。どういう算術を使えば対策工事費が180億になるのでしょうか。私にはさっぱり判らない。それとも我々人民には判らない官僚数学(政治算法)というものがあるのでしょうか。現実に工事費負担を迫られている、下流各自治体並びに関電はもっとシビアに工事費を精査すべきでしょう。

 では私の対策案をもう少し詳しく説明しましょう。
(1)横井案の基本は排土をベースとするものです。地盤変動検討委員会の資料では、排土を行うと「”岩盤緩み域”に緩みを生じ、不安定化が増す」ので、対策案から排除するものとしていますが、これはとってつけた嘘です。委員会は地下数10mに及ぶ地すべり変動域を”岩盤緩み域”と主張していますが、深さ数10mの緩み域などあるわけはない。せいぜい数mです。はっきり地すべり崩積土といえば良いのです。そうすれば排土工は対策工として正当性を得られます。

 もし、委員会案のように掘削により、岩盤緩み域の強度が低下するなら、何故対策工に排水トンネルがあるのでしょうか。排水トンネルは岩盤緩み域(深い辷り面)の直下に配置されますから、これの掘削による影響(緩み)は、直接岩盤ゆるみ域に作用します。数10mも上の掘削が影響して、直下のトンネルは影響しないのでしょうか。委員会案はそもそも矛盾しているのです。
 ひょっとすると排土工に関してFEM解析かなにかをやってその結果、辷り面付近の要素が浮き上がるような現象が出たのかもしれない。これは当たり前の話。FEMでは要素が全て繋がっているから、荷重を低減すれば浮き上がってしまう。これは、移動土塊を岩盤ゆるみ域と云ってしまったが故の矛盾です。始めからすべり土塊とし、辷り面を塑性域として分離し、RBSMとかBEMのような方法を使えば別の結果が出たでしょう。


(2)一般に地すべりというのは、土が自分の重量に耐えきれなくなって、重力によって辷り出す現象です。重量を減らせば辷りにくくなるだろう、というのが排土工の原理です。まず排土計画を幾通りか(場合によっては10幾通り)仮定し、これによる安全率を計算します。一般には排土量が大きくなると、安全率も大きくなると考えやすい。しかし、ダムはそうはいかない。ダムでは水位急降下時(地すべり土塊内では洪水時水位、川側では平常時水位。つまり地すべりの内外の水位差が最大になった時点)を対象にします。排土量の小さいケースでは安全率は大きくなりますが、排土量が大きくなると、地すべり内の地下水降下が川の水位降下に追随出来ないので、土塊に浮力が作用して、返って安全率が低下します。この関係は横軸に排土量、縦軸に安全率を採って、排土量〜安全率の関係をプロットすればイメージ出来ます。おそらく上に凸のグラフが描かれます。最大になった安全率をFPとします。FP>PF(1.1)となってくれれば万々歳なのですが、そうは行かない。不足部分は対策工で補わなくてはなりません。この点を具体的に検討したかったのですが、白屋検討委員会のHPでは、安定解析に必要なデータは公開されていないので、私が出来るのはここまでです。
(3)上の計算では、抑制工は主対策工事費全体の20%程度にしかなりません。後の80%は抑止工です。抑制工は地すべり対策に基本形のようなものだから、削減するわけには行かない面もあるし、逆に抑制工を低減しても工事費に対する影響は少ないのです。だから抑止工を如何に抑えるかが、対策工設計のポイントになります。対策工事費と安全率の変化は、必ずしも比例はしませんが、安全率が大きくなれば、対策工事費も少なくなるのは当たり前です。委員会案では、現況での最低安全率(最も厳しい条件)から、いきなり抑止工で計画安全率に持っていこうとしているので、工事費が過大になります。しかし、当社案は中間に排土という過程を設け、一旦幾らか安全率を上げた上で、計画安全率をクリアーしようとするものです。従って、抑止工に対する工事費は、当然委員会案よりは少なくなります。いや、排土に要する費用がONされるではないか、という意見はあります。しかし、排土費用は大したことはない、抑止工の縮小分で十分吸収出来ます。
 つまり、委員会案はあまりにも過大設計の感があり、工法そのものを再検討すべきと考えられます。

 現在、国交省はコスト縮減に関する工法提案を募集しています。これがどの程度本気なのかよく判らない。単なるヤラセかもわからない。委員会が決定した対策工検討条件の枠内に留まる工法提案なら、委員会案と大差は出来ません。当社案は委員会条件をはみだすものです。それでもよければ設計しますよ。


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